HIGHFLYERS/#14 Vol.1 | Nov 5, 2015

プラントハンターとは職業名であり、自分の生業

Text: Kaya Takatsuna/ Photo: Atsuko Tanaka/ Cover Image Design: Kenzi Gong

今回ハイフライヤーズに登場するのは、幕末より150年続く花と植木の卸問屋「花宇」の5代目西畠清順さん。プラントハンターとして日々世界中を飛び回り、数千種類もの植物を収集するほか、国内外の植物に関する多くのプロジェクトに携わっています。植物に対する熱く真っ直ぐなベクトルで、出逢う人達を常にワクワクさせ続ける清順さんに、プラントハンターについて、たくさんのことを伺いました。
PROFILE

プラントハンター西畠清順

1980年 生まれ。幕末より150年続く花と植木の卸問屋、花宇の五代目。 日本全国・世界数十カ国を旅し、収集している植物は数千種類。 日々集める植物素材で、国内はもとより海外からの依頼も含め年間2000件もの案件に応えている。 2012年、ひとの心に植物を植える活動"そら植物園" をスタートさせ、 植物を用いたいろいろなプロジェクトを多数の企業・団体などと各地で展開、反響を呼んでいる。
著書
“教えてくれたのは、植物でした 人生を花やかにするヒント”(徳間書店)
“プラントハンター 命を懸けて花を追う”(徳間書店)
“そらみみ植物園”(東京書籍)

皆に気付きを与えた曾祖父のように道を切り拓く

プラントハンターは、世界では17世紀頃から存在していたそうですが、日本では清順さんが最初に使い始めた言葉なのですか?

そうですね。きっかけは頼んでいたブログのデザインが上がってきたら、タイトルがプラントハンターだったんですよ。その時は「おお、大きくでたな〜」って思ったんですけど、「自分のブログだし、そんなにたくさんの人に見られるわけでもないし、まあいっか」でやり始めたら、エラいことに転がっていって。情熱大陸に出演した際も、植物収集家か、植物問屋にしようと思ったんですけど、プラントハンターの方が絶対いいと言われて、それからどんどん定着していったって感じがありますね。

清順さんの後から、プラントハンターって名乗り始めた人もけっこういませんか?

いるんかな〜?(笑)。まあ免許とかがあるわけじゃないし、「俺、プラントハンターや」って言い始めたら、誰でも名乗れるんちゃいますかね。それはいいことで、初めて気付きを与えてその道を切り開く人間っていうのがどの業界にも絶対いて、後からそれをまねするっていうのは、どの時代にもあるんですよ。俺の大尊敬している曾祖父は、明治時代、開花調整や促成栽培を世界で初めてやり始めたと言われているんですが、皆がそれをまねしたことで、色んな花や野菜を色んな時期に見たり食べたりすることが普通になったんです。いち早くやったことが、一つの大きなエネルギーを生み出して、気付きを与え、後から皆が着いてくるのって当たり前のことなんですよ。別にプラントハンターのことだけでもないし。

今からプラントハンターになりたい人は、最初何をしたらいいですか?

どうしたらいいんですかね〜?俺も分からないです。一つだけ言えることは、まず職業として成り立つかということは大前提だと思います。貴族、王族のために動いた昔のプラントハンター達も、趣味でやったわけじゃなく、持ち帰ったら報酬がもらえるから行ったわけで、やっぱり職業なんですよね。俺はプラントハンターは職業名だと思っているので、求めてくれる人達がいたり、使ってくれる場所があったりと、多かれ少なかれちゃんと食べていけるかというのは大事だと思います。

職業として成り立つかどうかという感覚は昔からありましたか?例えば夢を職業にしたい人は多いじゃないですか。清順さんは、夢よりも、まずは職業ありきの発想なんですか?

プラントハンターっていう言葉を使い始めたのは26、7歳だったんですけど、それまでは何も考えずにひたすら頼まれた植物を届ける仕事を繰り返していて、これが自分の生業だと思っていました。もちろん会社として食べていくためにひたすら努力したわけで、そういう意味では俺がやりたいことというよりは、すでに決まっていた道なので、夢という感覚で考えたことはないんです。

今プラントハンター以外の仕事はどのくらいの比率であるのですか?

ここ3年のうち1年半くらいは、プロジェクト運営に時間を割く事のほうが多いです。プロジェクトの量に比例して必要な植物も増えるので、ハンティングする量も増えるじゃないですか。だから1回に取り扱う量を前年に比べ何倍かに増やして、1回の動きで出来るだけ多くのものを得るようになりましたね。今まで俺が切りに行っていたものを、部下に頼んだり外注したりするようにもなりました。

様々なプロジェクトで活躍されると、人の出会いもすごく増えたんじゃないですか?

もう半端ないです。

そういう出会いの中で大切にしていることはありますか?

あんまりないですかね。でも、嫌いな人には会わないようにするとか、あまり興味のないことを無理してやらないとか、それはそう決めました。

会ってみて、この人とはずっと繋がっていたいとか、興味を惹かれる人っていますか?そういうのはピンと来ます?

ピンと来ますね。職業に関わらず。

9月15日に新刊「プラントハンター西畠清順 人の心に植物を植える: 地球を活け花する」が出版されましたが、どのような経緯で?

きっかけは糸井重里さんにご紹介頂いたNHKエンタープライズ プロデューサーの諏訪雄一さんとの出会いだったんです。諏訪さん御自身は、大学で植物学を学んだり、ヨーロッパの高山植物の写真集を出したり、30年地近く家庭菜園をやり、野菜の番組を作ったりしている方で、俺の仕事が面白いと目をつけて下さって。ドキュメンタリー番組を作って海外にも売り出して行こうという初めての試みの中で、安藤忠雄さん、三宅一生さんなどの中に俺も選んで頂き、「NHKスペシャル」という最高の形でゴールデンタイムに放映されて大反響がありました。そんな折りに「あの番組、本にもなるからね」って言われて凄く嬉しくて。今回のNHKスペシャルでは、ドローンやクレーンを使ったり、ありとあらゆる方法で約100時間カメラを回したらしいんです。それを編集して50分にするので、放映されたのはほんの1%くらいなんですね。感動したし、客観的に見て良かったと思ったけど、伝えられなかった大事なことや、もう一回活字で残したいことが今回本になったんです。生き物を扱っているし、何より俺がこういう感じで直感的に動いているから、色んな出来事が起こるんですが、そういう中で面白いエピソードや裏話、番組で伝えられなかったことを本に載せてます。

スペインにて、NHKスペシャル取材模様

現在、福岡市で11月29日まで開催中の「西畠清順の世界7大陸植物園」は全て清順さんが監修なさっているそうですが、みどころを教えていただけますか?

この植物園の醍醐味は、本当は出会うことのない世界中の植物たちが、福岡に一気に集まっているところです。アフリカはこういう植物が多いんだとか、オセアニアってこうなんだとか、北米だったらこういう面があるんだとか、大陸の風土とか空気感みたいのが福岡から伝えられればいいなって。福岡は位置的に、世界と繋がっているアジアのゲートウェイなんです。久留米などは緑の産地として有名ですし、福岡は緑が多いので、地元の木をPRするのは凄く自慢になるけど、それよりもアジアのゲートウェイということを広く伝えたいと思って。そう考えると福岡に世界中の各大陸の植物を全集合させるっていう発想の方がメッセージ性が強いし、ゲートウェイとして一つの象徴になると思ったんです。あと植物で言えば、恐竜時代にも生息していたというデクソニアという太古の植物や、パラボラッチョっていう南米のバオバブと呼ばれる巨木あたりが見どころになりますね。

世界七大陸植物園

この植物園のプロジェクトに関わって、新しい発見はありましたか?

この植物園は、福岡市が「アイランドシティ」という人工島を作ってからちょうど10周年を迎えたことを記念したプロジェクトなのですが、遊びじゃないから、何かを伝えたいと思って動き出すとお金がかかるじゃないですか。俺は植物屋だし、仕事だし、植物のことを伝えたいと思う事は当たり前ですが、九州で他にも同じように伝えたいと思ってくれる人達がもの凄く多くて、たった2週間で8千万円の協賛金が集まったんです。周りの人の熱も高かったことは、今回のプロジェクトの一番の驚きというか、その人達のおかげでやれてますからね。

じゃあ清順さんの望み通り、思い通りのものが描けてます?

人生いつも思い通りなんですよ(笑)。

次回へ続く

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