HIGHFLYERS/#14 Vol.3 | Dec 3, 2015

植物が教えてくれた人間との関わり方

Text: Kaya Takatsuna/ Photo: Atsuko Tanaka/ Cover Image Design: Kenzi Gong

家業に入ったことで、職人として、またプラントハンターとして突き抜けた才能を開花させた西畠清順さん。Vol.3では、人間と植物の共通点や、清順さん御自身が植物から学んできたことを伺いました。また卸業に徹し、メディアに一切登場しなかった時代に培ったものや、思い通りの人生を実現するために大切なこと教えてくださいました。
PROFILE

プラントハンター西畠清順

1980年 生まれ。幕末より150年続く花と植木の卸問屋、花宇の五代目。 日本全国・世界数十カ国を旅し、収集している植物は数千種類。 日々集める植物素材で、国内はもとより海外からの依頼も含め年間2000件もの案件に応えている。 2012年、ひとの心に植物を植える活動"そら植物園" をスタートさせ、 植物を用いたいろいろなプロジェクトを多数の企業・団体などと各地で展開、反響を呼んでいる。
著書
“教えてくれたのは、植物でした 人生を花やかにするヒント”(徳間書店)
“プラントハンター 命を懸けて花を追う”(徳間書店)
“そらみみ植物園”(東京書籍)

人生は一度きりだから、ご縁を無駄なく大切に

植物と人間は似ていますか?

似てますね。どの視点で見るかによると思いますけど、個人的な意見ですが、植物を見る時と人間を見る時ってちょっと似ています。植物ならみんな好きってわけじゃないんですよ。

どういう点が似ているのですか?

人間と同じで好きな人もいれば、嫌いな人もいて、気が合わない人もいるし、自分に関係ない人も関係ある人もいたり。その瞬間ご縁があっても、後にはなくなる人もいれば、その瞬間からずっと続く人もいるし、色々じゃないですか。植物も同じで、海外に行ったら色んな人間に出会えるように、色んな植物に出会える。そして、見た目から入ります。パッと見た時に好きか嫌いかとか、その花が美しいかとか、興味ないかなんていうのは、どうか悩まなくても自分の中で既にあるものだと思うんです。見た瞬間に興味のない植物も圧倒的に多いし、でもパッと見た時に目が合って、見た目も好きで、そうなると自然とその植物と何が出来るかなーとか、欲しいなとか、近づきたいなとか、もっと知りたいなとか、思うんです。で、知ったら知ったで、こんな特性があったんやとか、より好きになっていくかもしれないし、気難しすぎてもう無理やとか、あるんですよ、本当に。人間も同じでしょ?見た目が好きで付き合ってみたら、こんな面があると思ってなかったとか、ドン引きする瞬間がある。もしくは、はめられてしまったとか、そういうの絶対あるんですよ、人間でも植物でも。そういう意味ではほとんど全く一緒ですね。

植物に触れることで人間関係は敏感になりましたか?

結構敏感になったんじゃないですかね。

恋をすると美しくなるのは植物も同じだそうですね。

そうだと思いますよ。次の子供を産むってことが生物の全てなんで、そういう意味で一番ピークの美しさになるっていうのは、妊娠している途中や、生殖行為をしようとしている花、咲いていたり実が成っていたりする状態は一番美しい。桜もそうじゃないですか。眠っている時の桜と生殖して花満開になっている時って、誰が見てもいいと思うし、人間も同じことかなって思います。“あの子、可愛くなってきたな”って思ったら彼氏が出来たらしいっていうね。

世界遺産 二条城にて

植物から学んだことで、今の人間関係に活かせていることはありますか?

人間関係で活かすというよりは、要は人生一回きりだということです。花は一回きりの命を一生懸命生きている。それを見ることで、俺もこの人とこうやってご縁が出来たことは一回しかないから大切にしようとか、逆に一回しかないのに無駄だからもう絶対会いたくないとか、そういう決断に繋がっているような気はします。

今まで、衝動にかられてやってしまったことはありますか?

昔からずっと憧れていた竜血樹という木があって、「世界で一番会いたい木は?」って聞かれたら、2010年の俺は確実に中東にある“ドラゴン・ブラッド・ツリー/竜血樹”だったんですよ。そうした時に2010年末くらいから中東が荒れ始めて、今のうちに見ておかなかったら、一生見られないかもしれないって、2011年の2月に衝動にかられて見に行きました。見に行ってる途中でムバラク大統領の銅像が倒されて、アラブの春が起きて、その歴史的な瞬間はイエメンにいたんですけど、とんでもない空気になってきて。意味の分からない検問がいっぱいあって、調べられたりするんですけど、ああいう世界に今行ったらほんま危ないですからね。あの時は「行っちゃえ!」で行って良かったなって思います。

イエメンにて

やっぱり衝動って大事ですね。

大事ですね。奇跡的なタイミングで行けて出会えたなって。もし一週間ずれていたら絶対アウトでした。

他に経験しておいて本当に良かったと思う事はありますか?

ひとつは、留学をして世界が広がったことですね。日常って目の前にあることが当たり前だと思いがちだけど、そんなのすごく狭いことで、色んな日常や色んな当たり前があるってことを知るのが旅の一番の醍醐味だと思うんですよ。自分にとって非日常じゃなくて、“誰かにとっての日常”を知りにいくわけじゃないですか。そういう意味で留学して良かったなって思います。もうひとつは7−8年間、メディアに出なかったこと。取材を受け始めたのは情熱大陸がほぼ初めてで、それまでは「うちの会社こんなんですよ」って宣伝も一切していなかったし、ホームページもなかったしね。

お父様はそういう事はするべきじゃないという感覚だったのですか?

親父もそうですが、どっちかと言うと俺の方が出すものではないという意識が強くて。今となっては親父が出たがり過ぎてちょっと大変になってるけど(笑)。俺はそういうことを結構シビアに考えます。

出すべきではないと考えたのはなぜですか?

卸業だったからです。俺たちが難しい木を持っていったり、花を咲かせたりしても、それをデザイナーやアーティストにポンって飾らせた方が偉いわけですよ、卸業だから。そういうのをずっと見てきてたけれど、そこに太さや圧倒的さは感じず、どっちかっていうと薄っぺらさを感じることの方が多くて。誰かが出ては消えてみたいな感じで、植物のアーティストで10年活躍出来た人はまだいないんです。卸業という立場から出て、流行りになって終わるくらいだったら出ない方がいいと考えてきたけど、ある時やっぱりやるなら歴史を変えるくらい圧倒的な規模でやらないとあかんって思って。それで声をあげようと思って取材を受け始め、ここに俺がいるということをちゃんと言葉にして伝えるようにしたんです。最初から色んなことを言っていたら、薄っぺらかったと思う。我慢して、本当にこういうことが大切なんだとか、ずっと思ってたことが溜まってたから、すごいエネルギーが涌いたっていうか。そうしてメディアに出るようになって、今3年、4年目って感じです。

自分が思い描いたことは全て実現しているっておっしゃっていますが、どうやってそれを実現してるのですか?

簡単ですよ、忍耐、忍耐(笑)。忍耐だけです。さっきの話と繋がるけど、心がまだ成熟してないと忍耐力がないから、被害妄想抱いたりするし、俺も最初の頃は、毎日泣いてたんです。結局は強い想いがあって、そこに行くために、どんだけ自分の気持ちや能力、時間を費やせるかです。その時に忍耐力が弱いやつは途中でいっぱい無数に落ちていって、“その他大勢”に入ってしまうんですが、俺は“死んでもあそこにたどり着く”っていう強い気持ちと忍耐力があったから今があると思ってます。

実現するまで凄く時間がかかることですね。

一般的には知恵を使ってポッと行く人もいるだろうし、生まれた瞬間に決まっている人もいるかもしれないし、あとは運を味方にすることもあるかもしれないけど、俺の場合はとにかくそうですね。

次回へ続く

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