HIGHFLYERS/#59 Vol.1 | May 11, 2023

大学時代に行き着いた円と直線を使った表現方法。無限の可能性の中から新たなクリエイションに挑み続ける

Text: Atsuko Tanaka / Photo: Atsuko Tanaka & Shusei Sato / Web: Natsuyo Takahashi

HIGHFLYERS 5月号のゲストは、アーティストの高橋理子(ひろこ)さん。着物の制作から大手スポーツブランドとのコラボレーション、銭湯のブランディングなど国内外で多岐にわたって活躍されていらっしゃいます。そんな彼女のアーティスト人生が始まったのは幼少期、「ファッションデザイナーになる」と心に決めた時でした。揺るぎない決心は変わることなく、高校で服飾デザインを、その後東京藝術大学に進学し日本の染織技法などの伝統工芸を中心に学びます。そして大学在学中に着物について深く学んでいくことを決断し、「固定観念を覆す」をコンセプトに、これまで様々なものづくりを手がけてこられました。そこで高橋さんにインタビューし、第1章では創作のテーマや、ファッションとアートの融合を目指す自身のプロジェクト「HIROCOLEDGE」でプロデュースしている商品に関して、また、近年リニューアルのブランディングを手がけた銭湯「黄金湯(こがねゆ)」についてなどをお話しいただきました。
PROFILE

アーティスト・武蔵野美術大学教授 高橋理子 / HIROKO TAKAHASHI

アーティスト・武蔵野美術大学教授 東京藝術大学にて伝統工芸を学び、同大学大学院の染織研究領域における初の博士号を取得。正円と直線によるソリッドなグラフィックが特徴。 着物を表現媒体としたアートワークのほか、オリジナルブランドHIROCOLEDGEにおいて様々なもの作りを行なう。 近年は、アディダスやBMWとのコラボレーションなど、国内外ジャンル問わず幅広い活動を展開している。作品がロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館に永久収蔵。

着物姿で仁王立ちは自然に生まれたポーズ。人が考えるきっかけとなるような、小さな違和感を作品に潜ませる

高橋さんは正円と直線という二つの要素を使って様々な表現をされていますが、その発想はどのようにして生まれたのですか?

私がこの表現方法に行き着いたのは大学時代、着物について研究していた時です。着物を身近な衣服として捉えてもらうために、私たちにとってポピュラーな柄を利用しようと考え、辿り着いたのがドット柄でした。ドット柄は円のみで構成されていて、その大きさや密度を変えるだけでも多様な表現が出来る。線は、着物が直線で縫われていることから見えてきたもの。その二つの要素と、着物という普遍的な形の衣服で作品を生み出してみようと考えました。その可能性は無限で、一生かけても終わらない挑戦として今もずっと続けています。

同じことにずっと向き合ってこられていろんな気づきがあったかと思いますが、覚えている中で衝撃的な気づきはありますか?

円と直線はとてもシンプルで、いつの時代にも、世界中どこでも使われてきたモチーフなので、着物の制作に関しても難しいことはないという認識でした。大学時代は自分で生地から染めて着物を作っていたのですが、いざ社会に出て職人さんやメーカーさんにお願いすると、大抵「こんなデザインは染めたくない」と断られて。その時はなぜだか分からなくて、すごく驚きました。

なぜ断られたのですか?

着物の柄によく見られる花鳥風月などの有機的な柄は、例えば葉や花びらが一枚なかったり歪んでいても粗が目立ちにくい。でも、正円と直線で構成された規則正しいドット柄や縞柄は、滲みや歪みがものすごく目立ってしまうんです。それは職人さんにとって大きな失敗のリスクなんですよね。他にも、あるブランドとのコラボレーションでドット柄の靴下を作った時は、ドットが楕円になったり、間隔が均等にならず、調整に時間がかかりました。伝統的な手仕事だけの話ではなく、機械を使った現代の技術においても、正円と直線を使った表現はシンプルゆえに粗が目立ちやすく、簡単にはいかないんです。

それは意外でした。「HIROCOLEDGE」では、浴衣、手ぬぐい、バッグ、ワンピース、アクセサリーなど様々なアイテムを作られていますが、中でも特に力を入れているものや看板商品となるものは何になりますか?

今のところは浴衣と言えると思います。でも、浴衣や着物は着る人やシーンが限られてしまいがちです。海外のお客様も多い中、今は、国籍や性別を問わず身にまとえる新しい衣服を開発途中です。既に着物を特徴づける要素を反映した、ローブのような製品は販売しているのですが、さらにアップデートしたものを考えています。着物の「生地を無駄にしない合理的な構造」の部分と、和裁などの着物に関わる技術を引き継いで作れるものです。

上段左:着物 / 中:浴衣 / 右:バッグ / 下段:手ぬぐい「100×35」

手ぬぐいに関しては、商品名を「手ぬぐい」ではなく「100×35」とされています。なぜそのような名前に?

「100×35」はHIROCOLEDGEで最初に作った商品で、もともとは単に「手ぬぐい」として販売していましたが、名称を「手ぬぐい」としてしまうと、使う人が「手を拭くだけのもの」と、名称に合わせて機能を限定してしまうと感じていました。そもそも、手ぬぐいは、使い手によって用途も変化する日本の合理的なアイテムなのですが、「どのように使うのですか?」と聞かれることも多くて。そこで、単純にサイズを商品名にすることで、「単なる一枚の布だから使い方は自由」という手ぬぐいの本質が伝わるのではと考えました。また、当時は商品が販売される場所が、例えば百貨店であれば、呉服売り場や和雑貨売り場などに限定されてしまうという課題がありました。商品名を「100 x 35(cm)」としたことで、製品の機能が際立ち、百貨店のハンカチ売り場や、キッチン用品の売り場でティータオルと並べていただけるようになりました。人はその名称でものの使い方を限定してしまうと実感できた出来事でしたが、これからも使い手が自由に向き合える余地を残したプロダクトを通して、人々が考えるきっかけを作っていきたいと思っています。

ところで高橋さんと言うと、パッと思い浮かぶのが、ご自身が着物を纏って、仁王立ちのポーズをしている姿かと思いますが、あれにもいろんな意味が込められているとか。

実は活動当初、プロのモデルの方に着付けて撮影したことがありました。スタイリストさんや、その繋がりでフォトグラファーの方や着付けの先生方に協力していただき撮影したのですが、美しくはあるもののポーズが定番な感じで、私の作品のイメージではないと感じていました。そもそも着物を販売目的で作っていないですし、美しい人に美しく着せて見せたいわけでもないので、自分で着て表現するのが一番早いと思いました。ミュージシャンが自分でミュージックビデオに出るのと一緒のような感覚で。

なるほど、面白いですね。

それで自分で着てヘアメイクして、変なポーズをとって仲のいいフォトグラファーに撮ってもらって。ある時「自然に立ってみて」と言われてしたポーズが仁王立ちだったんです。私は柔道をやっていたので、それが自然に出たのだと思います。昔から自分の中に、ジェンダーを越えて、人としてどうあるべきかという思いを大事にしているところがあったので、このポーズで立つことで私の気持ちを表現できるんじゃないかと考えました。着物だけではなく、このポートレートの写真自体も作品として位置付けています。

写真を見た方たちの反響はいかがでしたか?

写真作品を発表した当時は、日本では「はしたない」とか「女のくせに」などと言われることも少なくありませんでしたが、海外ではコンセプトを汲み取ろうとしてくださる方が多くいて、捉え方に大きなギャップがあることを感じました。でも、日本も今はだいぶ変わって、瞬時にメッセージを分かって下さる方も増えてきています。私の中では何も変わってないけれど、社会の状況が変わって作品の見え方が変わるということを興味深く捉えています。

高橋さんの顔はフォトショップで同じものに統一して、マネキンとして機能させているというアイデアも興味深いです。そして手にはいろんな物を持っていますよね。その意図は?

同じ顔にしているのは、人の熱や感情みたいなものを排除したいから。手に色々な物を持っているのは、着物と関連のない物を組み合わせることで、人々が持つ着物に対する固定観念にアプローチしています。でも、そのコンセプトを言葉で発信することはしていません。わかりやすく説明することは、人々の思考を奪うと考えているからです。私が作りたいのは、人々が考えるきっかけです。「あれ?」と思う小さな疑問のようなものを生み出すことが重要だと思っています。なので、その目的のためであれば、表現方法は限定せず、どんなことにも挑戦するようにしているんです。

確かにいろんな活動をされていて、近年では「黄金湯(こがねゆ)」という銭湯のリニューアルのブランディングも手がけられましたね。DJブースやビアバーがあったり、コンセプトは「グローバルでありながらローカルな“グローカル銭湯”」という、高橋さんらしいセンスのある発想ですが、どういう経緯でやることに?

黄金湯のオーナーは、もともとご近所繋がりの方たちで、彼らが親戚から引き継ぐタイミングでリノベーションをすると聞いて、色々な可能性を話していくうちに、私がブランディングを手がけることになりました。そして、地域の人のみならず、銭湯を体験したことのない若い方々にも受け入れられる銭湯をイメージして、内装設計は私のスタジオも手がけた、建築家の長坂常さん(スキーマ建築計画)を選定しました。長坂さんは本質を捉えることに優れ、クリエイションも型にはまっていない。私たちが思い描く、新しい時代の、今までにない銭湯を生み出せると考えました。しかも、長坂さんはお風呂が好きで、各地の銭湯に足を運んでいるというのをちょうど聞ていたタイミングだったんです。やはり、銭湯が好きな人にお願いしたいよね、ということで。

やってみて大変だったことはありましたか?

私も長坂さんも銭湯を手がけるのは初めてだったので、最初のインプットの段階が一番大変でした。例えば衛生面や安全性、銭湯の伝統的な本質について、深く議論を重ねました。当然のことながら、継続して運営できるよう、ビジネス面での可能性も様々な角度から検証して、番台にビアバーとDJブースを備えた現在のかたちになったんです。老若男女、国籍も隔てなく全ての人々が銭湯を楽しめる状況を長い時間を使って検討しました。そのプロセスは、私がずっと向き合っている着物に対するアプローチと類似する部分も多くて、試行錯誤しながらも、楽しんで取り組むことができました。

上段左:黄金湯のオーナー夫妻と、建築家の長坂常氏と / 上段右:ミーティングの様子 / 下段:リニューアル完成後の黄金湯

オープンして2年経ったんですよね。今もよく行かれてるんですか?

それが、すごく混んでいるので、最近は銭湯には入っていないんです。オーナーこだわりのサウナが若い人たちに人気で、銭湯なのに予約制になる日があるほど。打ち合わせなどでよく行きますが、銭湯には入らず、ビアバーでビールを飲んだりしています(笑)。でも、大盛況で本当に嬉しいですね。

次回へ続く

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