IMPRESARIO KEYS
#13 | Jan 26, 2022

パワーリフティング全日本10連覇。自分の意識を変え、新たな感覚やイメージを探求し、やるべきことの具体化と継続を習慣化させたコーチング

Interview & Photo: Atsuko Tanaka / Text: Atsuko Tanaka & Yukie Hashimoto

「IMPRRESARIO KEYS(インプレサリオ・キーズ)」第13回目のゲストは、パワーリフティングの選手で、パワーリフティングジムとスポーツサプリメント会社の経営者でもある阿久津貴史選手。幼い頃からスポーツが大好きで、中高時代はサッカーやボクシングなどに夢中になり、大学で出会ったパワーリフティングにすぐさま魅了される。学生時代は思うような成績を残せずも、卒業後は、ジムでパーソナルトレーナーとして働きながらパワーリフティングの練習を続け、2012年に出場した第41回全日本パワーリフティング選手権で初優勝をおさめた。その後も10連覇を果たすという偉業を成し遂げている。そんな阿久津選手がコーチングに出会ったのは2019年。知り合いにコーチに向いているのではと勧められ、実際に受けてみて、面白みや効果を感じたと言う。現在は他のコーチからコーチングを受けることもあるが、セルフコーチングも習慣化しており、今回はセルフコーチングの方にフォーカスし、3つの事例を用いてどんな変化を遂げたのかなど解説してもらった。
PROFILE

パワーリフティング選手/株式会社ピークパフォーマンスニュートリション代表取締役阿久津貴史

1982年生まれ。中学はサッカーと極真空手、高校ではボクシングにはまる。17歳の時にプロのライセンスを取得するも元々視力が弱いことに見切りをつけ、トレーナーの勉強のため国際武道大学のスポーツトレーナー学科に進学。そこでパワーリフティングと出会う。在学中にNSCA-CPT,CSCSを取得。2012年から全日本選手権10連覇中。現日本記録保持者。2007年にアスリート専門サプリメント会社ピークパフォーマンスニュートリションを設立。2012年にパワーリフティング専門ジム「TXP」を設立。全国大会で17回の団体優勝と全日本優勝者を多数輩出中。指導の幅を伸ばすため2021年に認定スポーツメンタルコーチも取得。

【身体感覚の意識を変えていく】~イメージを自分の味方にする~

『VAKを活用して、どんな「V:見え方」「A:聴こえ方」「K:感じ方」が自分のハイパフォーマンスに繋がるのかを探す』

知り合いにコーチが向いているのではと勧められ、コーチングについて興味を抱いた阿久津選手。色々なコーチから話を聞いたり、実際にセッションを受けて、効果を感じ、自身のセルフコーチングも積極的に行うようになった。

まずは、子供の頃をお伺いしたいです。どんな子供で、どんなことをするのが好きでしたか?

スポーツが大好きで、サッカーや野球とか、運動ばかりしている少年でした。あと、何か目標を決めて計画立てて行うタイプだった記憶があります。小学生の時に学校でスポーツテストというのがあって、1級が取りたくて練習をして毎年取ってました。

中学、高校の頃はどんなスポーツをされたんですか?

小学校高学年くらいから興味を持っていたボクシングをやりたかったのですが、親にボクシングは頭を殴られて目が悪くなったりするから空手をやれと言われて、極真空手の教室に通って3年間続けました。高校に入って極真空手は辞めて、ボクシングに転向し予定通り、高2の時にプロのライセンスも取りました。でも、元々目が弱くて視力が良くなかったので、高3の冬にふと、このままやっていてもものにならないと悟り突然辞めました。トレーニングを勉強するのは好きだったので、大学で本格的に勉強しようと思い、ちょうどその時に日本で初めて国際武道大学にスポーツトレーナー学科ができると知って、新たな道に進みました。

それで合格されて。パワーリフティングを始めたのも大学生の時ですよね?きっかけは?

部活見学をしていた時に知って、ビビッときて、すぐに入部しました。元々筋トレが好きだったのと、力系の成功体験は小さい頃からあって自信があったんですよ。一番古い記憶は、幼稚園生の時に、のぼり棒を友達とやっていて、できるかどうかも知らないのに「俺は腕だけで登れる」と言って、足を挟まずに腕だけで登ったことですね。あと小学生の頃、当時住んでいた愛知県豊田市の小学校で腹筋大会があって、それも優勝しました。腕相撲も、小中ほとんど負けなしでした。体力測定の背筋力や握力は、同学年で一番強かったはずです。

さすが、すごいですね!それで、パワーリフティングは実際やってみてどうでした?

監督とかコーチが毎日見てくれるような部活ではなく、自分で勉強しながらやる感じだったので、最初はあまり結果が出なかったです。大学4年ぐらいの時にようやく全日本の学生大会で2位になりました。

その頃はプロを目指したりとか、そういう考えはなかったんですか?

パワーリフティングは、基本はアマチュア競技なんです。

なるほど、では大学を卒業したら普通に就職されて?

はい、一般企業に就職してパワーリフティングを続けようと甘い考えのもと入社したんですけど、仕事が忙しくてこれでは練習ができないと思って約1ヶ月で辞めてしまいました。それですぐゴールドジムさんでのバイトを始めて、パワーリフティングの練習をしっかり再開するようになって。やっていくうちに、フリーランスのパーソナルトレーナーの存在を知り、トレーナーの資格は大学の時に取っていたので自分にもできると思って、しばらくしてフリーのトレーナーとしての活動もさせてもらいました。

2007年にはご自身の会社、ピークパフォーマンスニュートリションを設立されましたね。それはどういう流れで?

大学生の頃から好きで飲んでいたサプリメント会社が、ある時業態を変更するため製造をやめることになり、自分に作らせて欲しいとお願いして、その流れで会社を作ることになりました。実はそのサプリを作っていた会社は、私が大学生の時に唯一就職したいと思って一度連絡したことがあった会社です。社長はそのことを覚えていてくれて、工場を紹介してくれたり、色々と良くしてくださいました。

会社の業務としては、サプリの販売以外にはどういうことをされているんですか?

パワーリフティングとフリーウエイト専門のジム「TXP」を経営しています。私がパワーリフティングの日本チャンピオンに初めてなった2012年にオープンしたので、今年でちょうど10年ですね。ジムを始めたきっかけは、もともと通っていたジムがちょっと遠くて仕事も増える一方で通うのが大変になって、しっかり練習するために環境を変えたいと思っていました。場所を探している時に、自分が公私共々お世話になっているクライアントの方から今の物件のオーナー様をご紹介していただいて、始めることができました。

では、コーチングを始めたのはいつ頃でどのようなきっかけだったのでしょうか?

先ほど話したクライアントの方が人生やビジネス、キャリアをサポートするコーチをされていて、その方から私もコーチが向いてるんじゃないかと言われまして。コーチングってどんなものかを知りたくて、コーチングやスポーツメンタルコーチをしている方を何人か紹介してもらいました。話を聞いたり、実際に(一社)フィールド・フロー代表の柘植さんのスポーツメンタルコーチ養成講座にゲストで呼ばれたりしてすごく面白いと思ったし、受けた後はすごいスッキリした感じがあって、しっかり勉強したいなと思いました。

柘植コーチの養成講座にゲストで呼ばれ、コーチングを受けた時の様子

抱えていた問題

■足が滑るかもしれないと思うと全力で踏ん張れない

パワーリフティングの種目の一つに「ベンチプレス」がある。阿久津選手は、バーベルを持ち上げる瞬間に、足が滑るかもしれないという不安があり、全力で踏ん張ることが出来ず悩んでいた。

阿久津選手: バーベルを上げる瞬間に足がツルっと滑る時があるんです。床のフェルト生地に合わせて靴底を滑らない素材に変えるなどいろいろ試していたんですが、頭の中で「滑るかもしれない」という潜在意識があるせいで全力で踏ん張ることが出来ずにいました。

解決方法

■足の裏の意識を、全く違うもののイメージに変えてみる

靴底を変えるなどアイテム面での改善には限界を感じていた阿久津選手は、柘植コーチから受けた“意識”へのコーチングを取り入れ、自身に問いかけをしてみた。

阿久津選手: 元々持っていた足の裏に対する意識を、全然違うものに例えてみたら面白いなと思って、「ゴムの靴底に、アロンアルファをつけられたらどんな感じになるだろう?」と自分に問いかけてみました。そうしたら、床にくちゃ―っとねっとりくっついているようなイメージを得て。それまで足の裏が固くググって踏ん張っていたのが、少し脱力して弾力が出てきて、床に吸い付いていく様な状態になり、気持ち良く全力で踏ん張れるようになったんです。

得られた結果

■「意識へのアプローチ」を手に入れたことで練習の質が変わり、世界選手権で日本記録を更新

2019年の日本選手権に出場し、優勝して8連覇を成し遂げた。その年の世界選手権では日本記録を更新することが出来た。

阿久津選手: “滑るかもしれない”という潜在意識があり、全力を出し切れていなかったところを、“まったく滑らない”という意識に置き換えられたので、100%踏ん張れるようになりました。これまでも意識への取り組みはしてきましたが、全く違った意識へのアプローチ法を手に入れ、手札がいきなり増えた感じで、今もなお様々な点で意識の探求を続けています。そのおがけで、究極の「気持ち良く上げられる世界」へ向けて、感覚が「重いものを上げる」から「“気持ち良く”重いものをあげる」という風に変わりました。

2019年の世界選手権で、日本記録を更新。左:スクワット 中:ベンチプレス 右:デッドリフト

コーチ補足

■VAKで自分の意識を変え、新たな感覚やイメージを探求 

阿久津選手: このVAKというアプローチは、自分の「V:見え方(視覚)」「A:聴こえ方(聴覚)」「K:感じ方(体感覚)」の意識を、自分にとってより良い感覚になりそうなもの(=パフォーマンスや状態の高まるもの)を探していく手法です。下図のVAKのサブモダリティ(構成要素)を活用して、その瞬間、どんな風に見えて・聴こえて・感じられている状態が、自分のハイパフォーマンスに繋がるのか、自身と対話しながら探索していきます。例えば「V:見え方(視覚)」においては、私は試合中、観客席など前方を見るのではなく、自身の後ろ姿を後方から自分で鮮明に見ているように見ることで良いパフォーマンスが発揮できます。見る方向は後方なのか?真上からなのか?真下からなのか?距離感は?鮮明なのか?ぼやっとなのか?色がある世界の方がいいのか?白黒なのか?などあらゆることを試して一番しっくりくるものを探します。

次は、今まで一番印象に残っているコーチングについて

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