BICULTURAL SOULS
#29 | Dec 28, 2022

「世界 くらべてみたら」などで人気のニュージーランド人タレントが魅了された、静かなる弓道の精神世界。世界に発信していきたい大切な3つのこと

Interview & Text: Minori Yoshikawa / Photo: Atsuko Tanaka

様々な分野で活躍する日本在住の外国人の方々をインタビューし、日本と祖国の文化の違いなどをお話し頂くコーナー“BICULTURAL SOULS”。第28回目のゲストは、ニュージラーンド・オークランド出身のジェシカ・ゲリティーさん。少女の頃は大自然の中、小枝で自作した弓と矢を持って駆け回るなどした、ちょっとオテンバな子だった。公務員になろうと都市計画を勉強していた大学時代、日系ハーフの友達と出会ったことで日本に興味を持ち始める。それから毎年来日し旅して回るうちに、移住したいという気持ちが膨らみ、大学院卒業後英会話講師講師として来日。25歳の時、外国人タレント事務所に登録し、最初に受けたオーディションで「SmaSTATION!!」のレギュラー出演が決まった。また、2017年、以前から興味を持っていた弓道を始め、忙しい毎日同じを送る今も必ず2時間弓を引いている。さらに2018年から埼玉県の観光大使「LOVE SAITAMAアンバサダー」を務め、大好きな埼玉の魅力を伝える活動にも力を入れている。自発的に様々な挑戦を続けるジェシカさんに、煌びやかな芸能の世界の裏側、世界中の人に知ってもらいたい弓道の魅力などについて語っていただいた。
PROFILE

弓道家・タレント・埼玉県観光PR大使・ライター ジェシカ・ゲリティ

ニュージーランド出身さいたま市在住、マルチタレント、ライター、弓道家、伝統文化研究家。来日して20年、独学で日本語を学ぶ。現在3児の母で、埼玉県庁のPRをするLove Saitamaアンバサダーを勤めながら、テレビタレントとしてニュージーランドや埼玉の魅力を発信している。

ジェシカ・ゲリティ/ Jessica Gerrity

―ご出身はニュージーランドのオークランドだそうですが、どんな場所で、どのような環境のもと育ちましたか?

私が育った家には緑豊かな大きな裏庭がありました。私はどちらかというとおてんばで男友達が多かったので、木に登ったり、拾ってきた小枝で弓と矢を作ってロビンフッドごっこをしたり、大自然を駆け回ってました。

 

―子供の頃の印象的な思い出を教えてください。

ニュージーランドでは子供の誕生日に大きなパーティーを開く習慣があるのですが、私の両親は特に熱心で、毎年近所の友達をたくさん招いて盛大に祝ってくれていました。パイレーツやロビンフッドなど、その年ごとに決めたテーマに合わせて飾りやセッティングをしてくれて、すごく手の込んだコスチュームも作ってくれましたね。招待された人たちもみんなそのテーマに沿ってドレスアップして来ることになっていて、毎年とても楽しみでした。

 

5歳の誕生日会にて

―当時はどんなことに興味を持っていましたか?
読書やゲーム、車などに興味がありました。父が貨物船のエンジニアだったので、車のオイルチェンジやタイヤ交換などの整備の仕方を教えてもらって自分でやるのが好きでした。

 

―ご両親はどんな方で、どんな育てられ方をしましたか?

父は貨物船に乗って移動しながら働いていたので、一度出航すると数か月帰ってきませんでしたが、戻ってきた時はDIYをしたり、家事もたくさんしてくれていました。母は幼稚園の先生で、幼児教育にとても熱心な人。私が小さい頃、大学院に入学して更に教養を深め、難民の子供たちを受け入れるこども園を開園して園長として働いていました。両親とも、 には色々なものに興味を持って欲しいと、多くのことを経験させてくれました。

 

子供の頃、母と、父と

―中学、高校と通っていた学校はどんな学校で、どんなことを学びましたか? 

ニュージーランドの義務教育は、小学校が5歳から5年、中学校が11歳から2年、そして高校が13歳から5年行くようになってます。男女ともにラグビー部とクリケット部が人気で、みんな入りたがるんですが、私は人と違ったことがしたくてサッカー部に入りました。勉強には全く興味がなくて、とくに数学や読み書きが苦手でしたね。でも学校生活は楽しくてしょうがなかったです。高校は、近所の高校には受験することなく必然的に入れることになっていて、近くの女子高に入学しました。日本だと、得意科目も不得意科目も満遍なく勉強するように教育されますが、ニュージーランドでは、苦手な科目はやらずに、得意科目だけに集中して勉強できるようになっているんです。私は数学系の科目は全て排除して、好きな分野、主に化学を勉強していました。得意分野だけに集中したことで高得点も取れて国立のオークランド大学に入学しました。

 

―若い頃から好きなことや得意な分野を強めていけるいい制度ですね。大学では何を専攻してどんな大学生活を送りましたか?

一般教養を広く浅く学ぶことには全く興味が持てなくて、卒業後特定した職業に付けるように専門的な知識を身に着けたいと思い、都市計画学科に入りました。区役所や市役所で公務員になるか、自分で都市計画の事務所を持ちたいと思っていたんです。

 

―大学在籍中、日本人とニュージーランド人ハーフのお友達と一緒に日本に来たそうですが、どんなことをしましたか?

初来日は3日程度の短い旅行で、友達の家族が住んでいる姫路を拠点に、JRパスを使って大阪などを見て回りました。それから毎年その友達と一緒に日本に来るようになって、滞在期間はその時によって1週間から3週間くらいで、東京など観光して回って。同じ大学に行っていた日本人の友達も来て、その人の実家で年末年始を過ごしたこともありました。いつも日本語が話せる友人たちと一緒に来ていたので、何不自由することなく旅することができて、今考えると本当に恵まれていたと思います。

 

友達と旅行で日本を訪れた時

―毎年来るほど日本が気に入られたようですが、どんなことに興味をお持ちになったんですか?

文化にしても環境にしても、ニュージーランドと全く違うところですね。こんなに人口の多い国なのに、きちんと整備されていてゴミ一つ落ちていなかったり、電車が時間通りに来たりすることに感動しました。ニュージーランドは土地が広くて、高いビルもそれほどなく、悠々していますが、日本は色々なものがコンパクトにまとまっていて、マンションの一階にコンビニがあるのにも驚きましたね。でも不思議と、人口が特に多い都会でもなぜか息苦しく感じないんですよね。

 

―気付いた点や興味を持ったことが、やはり都市計画を勉強していた学生ならではですね!そこから移住しようと思うようになったきっかけはなんだったんですか?

それまでの人生、車がなくては生活できない環境で育ってきたので、車がなくても生活に困らない東京での暮らしにすごく憧れたんです。移住の可能性をネットで調べてみたら、日本語がわからなくても英語講師としてなら、ビザや住居などすべて手配してくれて簡単に移住できることがわかって、申し込むことにしました。

 

―実際に住んでみてどんな印象を感じましたか?

やっぱり観光で来るのと実際住むのとでは全く違うと思いました。とにかく皆さんよく働きますね。私にとっては日本での就職が人生で初めての社会人経験、そして初めての一人暮らしだったので、自国でそれをするのより少しハードルが高かったです。言語面ではそれほど不自由は感じませんでしたが、労働環境はかなりきつかったです。8時から23時のシフト制で、休みは火曜日と木曜日。連日じゃないから休まらないし、週末が休みの友達にも会えないしで、辛かったですね。それで4か月後、9時5時で週末休みの仕事に転職しました。

 

日本に移住して2年目の頃、友人と

―それはどんなお仕事だったんですか?

埼玉県にある保育園(インターナショナルプリスクール)で英語を教える仕事です。そこで一番日本語を学びました。私は園児に英語で話しかけるのですが、子供たちは日本語がわからない私に日本語を教えてくれて。それがシンプルで素直な教え方でとても分かりやすかったんです。

 

―興味深かったこと、又カルチャーショックなことなどありましたか?

今は大分変わったようですが、物件を探している時に外国人というだけで拒否され続けたときは、同じく日本で職を持って働いていても、外国人は別扱いなんだなと衝撃でした。大家さんによって、外国人は全てダメという人もいれば、出身国で判断している人もいて。ニュージーランドには色々な人種の人が暮らしているし、みんなニュージーランドの住人として扱うよう教育されてきたので少しショックでしたね。でもネガティブに考えずに、これも文化と思って受け止めるようにしていました。

 

―日本の企業で日本のしきたりで働いてみてどうでしたか?

ニュージーランドでは厳しい労働基準法で国民が守られているので、ブラック企業というものがほとんど存在しないんです。ですから、最初務めたところで遅刻したら罰金という制度があったり、他の企業でも、より遅くまで働くことを強いられたり、残業手当が出なかったり、過労死するまで働かされる人がいるということは日本に来て初めて知ってショックでした。

 

―その後モデルやエキストラなどの仕事を始め、タレント活動をしていったそうですが、どういうきっかけで始められたんですか?

25歳の時に日本人の友人が、モデルとかタレントの仕事をしてみたら?と外国人タレント事務所に連れて行ってくれたんです。「タレント」って日本独特な職業で、当時はどういう職種かも知らなかったんですけど、登録を済ませて最初に行ったオーディションで、香取慎吾さんの「SmaSTATION!!」のレギュラー出演が決まったんです。そこから、色々な番組に出させて頂くようになり、今でも同じ事務所にお世話になっています。

 

―日本のテレビ業界はとても特殊な世界だと思うのですが、実際働かれてどうでしたか?

それまでは一視聴者で、キラキラしたところしか見えていなかったのですが、その裏では視聴者の皆さんには想像がつかないほどたくさんの人達が一生懸命働いていて、多くの努力や苦労があることがわかりました。番組一つに出るにしても、皆さん細かいアンケートに答えたり、時間をかけてテーマをリサーチしたり、決められた尺の中でいかにおもしろいトークをして人を笑わせられるかなど常に考えています。特にお笑い芸人さんたちの頭の回転の速さには、傍から見ていていつも驚かされますし、自分の力のなさを思い知らされます。私は主に外国人タレントとして色々な人種の方たちと雛壇に座ることが多いですが、今でも自分の番が回ってくるまでは、うまく話せなかったらどうしようとかってドキドキしてます。

 

―たくさんの見えない努力の積み重ねで、あのきらびやかな世界は生まれているんですね。では、ここからは弓道について教えてください。どういうきっかけで弓道に興味を持たれたんですか?

ある時子供と大宮公園にお花見に行ったのですが、そこに、壁がなく柱が4隅にあるだけで中が丸見えなユニークな道場があったんです。中を除くと、長い弓をゆっくり引いて矢を射り、的に中てている人達がいました。それを見ていたら不思議なほど心が落ち着いたんです。家に帰ってすぐに検索して、それが弓道ということを知って、すぐにでも始めたいと思って近くの道場など調べたのですが見つかりませんでした。そんな中、妊娠し育児に忙しくなり、しばらく忘れていて。育児も落ち着いてきたある日、仕事でラジオ番組に出演した際、パーソナリティーの方に、何か新しく始めたいことはあるかと聞かれて弓道と答えたら、その人が弓道経験者で、たまたまその日、弓道部で一緒だったという木内さんという方を連れてきていたんです。彼から自宅から近い初心者クラスを紹介していただいて12年越しに始めることができました。

 

―運命ですね!そもそも弓道の何に惹かれたのだと思いますか?

西洋のアーチェリーは点数を取ることが目的のスポーツというイメージがありますが、弓道の弓を引く人たちは、落ち着いて静かな気持ちで引いていました。そこにとても惹かれたんです。実際始めてみて、子育てと仕事から来るストレスも和らぎます。

 

―そのイメージとは裏腹に、技術を習得するのは大変だったのではないですか?

思ったより、本当に難しかったです!決まった動き(八節)を覚えるだけでも大変ですけど、大好きなので楽しくてしょうがないです。私はA型で、几帳面で気が短く、せっかちでしたが、弓を引き始めてからすごく落ち着き、何があっても何を言われても動じないようになりました。

 

木内洋一氏と(写真左)。現在は二人で"弓と禅 You Me and Zen"という稽古会を定期的に開いている。未経験者でも参加可能

―日常の中で、リラックスできる、自分と向き合える時間を確保するって大切ですね。これまで5年続けてきて、改めて感じる魅力はどんなことですか?

無になれるところですね。日々忙しくしていると精神的に疲れますよね。そういう生活から少し離れて道場に入ったら、何も考えず、的に当てようとも思わない、ただ呼吸を整えて一つに集中できるんです。

 

―タレント、弓道家、ライターとして活躍されていますが、今後はどのような活動をしていきたいですか?

2018年から「LOVE SAITAMAアンバサダー」という、埼玉県の観光大使を務めさせていただいています。コロナの影響で少し活動が控えめになっていたのですが、これからはまた埼玉の魅力を発信する活動を盛り上げていきたいと思っています。また、弓道や武道を世界に広めるために、日常での気付きや、あまり知られていない情報などをSNSで発信していきたいです。あと、「月間秘伝」という雑誌にもライターとして関わらせていただいて(*英語版はネット上(budojapan.com)で閲覧可能)、そこでも日本の魅力をどんどん伝えていきたいと思ってます。

 

「LOVE SAITAMAアンバサダー」として、埼玉県の魅力を伝える活動をしている

―弓道のどんな魅力をどのように伝えていきたいですか?

よく世界中の人達から「近くにできる所があったらやってみたい」という声をいただいて、私が調べて差し上げると、その方の家から徒歩十分のところに道場が見つかることも少なくないんです。南アフリカで見つけたこともありますよ!弓道を学ぶことで、日本の礼儀作法や伝統文化を学ぶ機会にもなります。私の場合、弓を引き始めたことがきっかけで、着物や袴に興味を持ち始めました。メルカリでいい着物が安く買えるので少しずつ集めています。やっぱり着物を着て弓を引くと全然心持ちが違うんです。そうやって、弓道を習うことによって、自然と着物や鎧の文化に触れることができるのも一つの魅力ですね。あともうひとつ、弓道はとても幅広い年齢層の方々に愛されているので、普段接する機会がないような世代の方たちと話したり時間を共にすることができるのも魅力の一つです。

 

―3人のお子さんがいらっしゃいますが、育児において気を付けていることやこだわりはありますか?

娘が二人と息子がひとりいるのですが、次女は先天性の知的障害と身体障害を持っています。てんかん、言語障害や歩行障害のほか、食事、お風呂、トイレなど全介護が必要なので、次女の介護が私のメインのお仕事になっています。障害がありつつも、彼女はすごく明るくかわいくて、どこに行ってもアイドル的な存在です。長女と息子は英語が公用語のインターナショナルスクールに通っているので、私が日本語で話すことを促しても、英語を話すことが多いです。次女は日本の特別支援学校に通っていますし、病院やリハビリでもかかわる方々は皆さん日本語ですので、私も日本語メインで話すようにしています。子供によって話す言語を使い分けるのは、最初ちょっと大変でしたが今は慣れました。

 

―芸能のお仕事に、育児や介護などで目まぐるしい生活の中でこそ、無になって弓を引く時間がジェシカさんにとって大切な時間なんですね。それではここからは、ニュージーランドについてお聞きします。まず、ニュージーランド人の国民性を教えていただけますか?

基本的に性別で判断しないというのがニュージーランド人の国民性の大きな要素だと思います。男性だからこうでなくてはいけないとか、女性はこうあるべきだという固定観念を持たないです。また、ほとんどの人は裏がなく、思ったことを素直に言い、DIYが大好きで、なんでも人に頼まず自分でやるというのも特徴ですね。あと、ニュージーランドでは個性を育てていく教育をしていて、一人一人の個性を尊重するのでとても個性的な人が多いです。

 

―日本語で好きな言葉はありますか?

日本語は二つあって、一つは「十人十色」です。「みんな違って、みんないい」“Everybody is different”という意味ですよね。ニュージーランドでは当たり前のことですけど、集団行動が求められる日本でも、こういう言葉が存在するのは少し嬉しいです。もうひとつは「七転び八起き」です。英語で“Never give up”ですね。日本に外国人として住む上で、諦めないことはとても大事だと感じます。弓道に出会った後も、情報が見つからなかったり、育児で大変になってなかなか始められなかったですが、諦めなかったおかげで今こうしてやることができていますしね。

 

―英語で好きな言葉は何ですか?

“Every cloud has a silver lining”(「どの雲にも銀の裏地が付いている」良くないと思えることにも必ず良い面がある)です。私はネガティブに見えることでも必ずポジティブに持っていくことができると思っています。

 

―マオリ語ではありますか?

“E kore a muri e hokia(発音:エ コレア ムリ エ ホキア)”起こってしまったことは変えようがないから、失敗したことを悔やまず、ポジティブに捉えて前へ進もうという意味です。

 

―ニュージーランドの教育でマオリ語は習うんですか?

私は幼稚園と小学校で挨拶や色などの基礎的なことや、マオリ語の歌を習いました。高校に入ると、第二言語として習う言語の選択肢にマオリ語も入っています。ニュージーランドがイギリスに植民地化され、英語が公用語となってからは先住民族のマオリ語の使用が禁じられてきましたが、最近政府がマオリ語を公用化する政策を始め、ファーストフード店やスーパーなど至る所でマオリ語を目にするようになりました。一般の人々がマオリ語を覚えるように、ゴミ箱とか、ドアなどにマオリ語の表記が加えられてます。この前ニュージーランドに帰った時にそれを見て、すごく嬉しく思いました。

 

―先住民族に敬意を払ういい試みですね。では、ニュージーランドに行ったら是非行って欲しい、ジェシカさんが大好きな場所はどこですか?

西オークランドにあるピハ(Piha)という海岸沿いにある町で、黒砂のビーチと美しい景色で有名なサーフスポットです。学生の頃はよくサーフィンをしに行きました。

 

―では、日本で大好きな場所は?

埼玉県さいたま市にある別所沼公園です。とても綺麗なところで、よく友達や知り合いに写真を見せると、「これ、埼玉…?」と驚かれる程です。もう一つは、テレビの仕事で近くに行くことが多い東京タワー。都会にいながらも四季折々の美しい景色が楽しめるので。

 

別所沼公園

―ジェシカさんが好きな日本の文化や特性はどういうところですか?

武道や着物などの伝統文化が好きです。2年前和種馬術とスポーツ流鏑馬も始めて、遥か昔から使われているのと同じ鞍や鞍などの馬具を使い、伝統に倣った乗り方や技術などを習っています。体長140㎝くらいしかない和種馬の木曽馬は海外の馬とは乗り方も違って、そういうことが学べるのもとても貴重で感慨深いです。また、和種馬は海外種と比べてとても穏やかな性格で、働き者で頑張り屋さん。そんな馬たちと触れ合うことも私の癒しとなっています。そこの馬場では在来種の保存にも力を入れている事ので、そういう面でも応援したいです。

 

―逆に変化が必要だと思うところを教えてください。

二重国籍の承認ですね。ニュージーランドでは一般的ですが、日本ではそれが認められていないために、どんなに長く住んでいても選挙権が得られなかったり、警察官や公務員になりたくてもなれなかったりといろいろな規制があります。二重国籍を認めないにしても、もう少し緩和できるところはあるのかなと思います。その国ごとに法律も違うのでしょうがないのですが、例えばニュージーランドでは、外国籍の方でもワークビザさえ持っていれば、警察官として働くことが認められているんです。

 

―これから少しずつでも変わっていくと良いですね。では、ジェシカさんが日本に住みながらも大事にしているニュージーランドの文化、習慣はありますか?

楽しかった思い出があるイースターとクリスマスは、子供たちにも味わってほしくて毎年やってますね。あと、ニュージーランドには、七夕にすごく似た「マタリキ」というお祭りがあるんです。ちょうど七夕と同じ時期にある、星にまつわる民話に基づく“Star Festival”です。それはマオリ人のお正月でもあって、ニュージーランドでは今年から祭日に認定されたことで今とても注目されているんです。我が家でも来年からは、七夕とマタリキを同時に祝っていきたいと思っています。

 

―素敵ですね。では、日本にはない、ニュージーランドの習慣、文化、考え方などで良いと思うものはなんですか?

裸足の文化ですね。ニュージランド人はスーパーでもどこでも裸足で行きます。子供の頃から裸足で生活しているとバランス感覚も良くなりますし、健康にもすごくいいんですよ。でも、日本では特定した場所やタイミング以外は考えられないですよね。私の子供たちも、ニュージラーンドに行くと裸足で街行く人たちを見てびっくりしています。

 

―社会で起こっていることで、気になることはありますか?

日本で自転車の交通法が最近厳しくなったことですね。日本は自動車の交通ルールはしっかりしているのに、自転車に関してはとても緩いなと前から思っていたんです。ヘルメットも、一時停止も手信号も義務付けられていなくて、逆走したり、すごく危ない乗り方をする人が多いと思います。ニュージラーンドだったら即罰金です。それが最近日本でも厳しくなりつつあって、皆の安全を守る意味としてすごく嬉しく思います。

 

―これからやっていきたいことや夢はありますか?

埼玉の観光大使として埼玉をもっと盛り上げていきたいです。個人のインスタの海外からのフォロワーが増えてきているので、もっと広い範囲で日本の文化を紹介していきたいですね。そしてもう一つは、娘のことをもっと発信していきたいと思っています。うちの娘のようなマイノリティー障がい児のことをもっと知ってもらって、そういう子供たちやその家族が生きやすい社会づくりに貢献していけたらなと思っています。

 

―楽しみにしています。では、ジェシカさんが生きていくうえで一番大切にしていることはなんですか?

心と体の健康ですね。自分が健康でいないと家庭に影響が出てしまいますので大切にしています。

 

—最後に、ジェシカさんにとって成功とはなんですか?

私は毎日より良い自分になるために、日常生活を工夫したりして同じ失敗を繰り返さないようにしています。振り返ってみた時に少しでも成長できていたら成功と言えると思います。

 

ジェシカ・ゲリティ Information