HIGHFLYERS/#59 Vol.3 | Jun 8, 2023

人々の、ものごとに対する思い込みや固定観念を解き放ちたい。小さな刺激を生み出し、人が考えるきっかけを作る

Text: Atsuko Tanaka / Photo: Atsuko Tanaka & Shusei Sato / Web: Natsuyo Takahashi

高橋理子さんの第3章は、アーティストとして活躍するのに必要なマインドや、活動において重きを置いていることなどをお聞きしました。現在武蔵野美術大学で教授を務めていらっしゃる高橋さんですが、学生たちに接する中で刺激を受け絵を描くようになり、今では時間を忘れて没頭してしまうほど、熱心に取り組んでいるそうです。また、ご自身を変えた人や言葉、着物業界においての日本と海外の違い、国内の職人の現状なども伺いました。
PROFILE

アーティスト・武蔵野美術大学教授 高橋理子 / HIROKO TAKAHASHI

東京藝術大学にて伝統工芸を学び、同大学大学院の染織研究領域における初の博士号を取得。正円と直線によるソリッドなグラフィックが特徴。 着物を表現媒体としたアートワークのほか、オリジナルブランドHIROCOLEDGEにおいて様々なもの作りを行なう。 近年は、アディダスやBMWとのコラボレーションなど、国内外ジャンル問わず幅広い活動を展開している。作品がロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館に永久収蔵。

自分の存在意義を見出すきっかけとなった若手職人との出会いから、自身のクリエイションが伝統工芸界に貢献できる可能性を実感

高橋さんのようなアーティストとして活躍するのに必要なマインドや資質はなんでしょうか?

何かやりたいことがある時に、その思いを周りの人に伝えることはとても大事なことだと思っています。「有言実行」という言葉がありますよね。その意味は自分が言ったことを実行に移すということですが、私にとっては「有言実現」。言葉にしていると、一緒に誰かが実現してくれるんですよね。例えば個展を開催したいと思った時、人に伝えることでギャラリーオーナーを紹介してもらえる可能性が生まれる。言わなければ何も始まりません。自分では実現する方法がわからなくても、口に出して人に伝えたいほどの強い思いは、人の心も動かすのだと感じています。そのためにも、素直でいることは大切ですね。

確かにそれはとても大事ですね。

私は実はヒップホッパーに憧れていて、ことあるごとに言語化しています。毎日ジャージとスニーカーでダンスしながら生活したいと冗談混じりに言っていたのですが、2021年のアディダスとのコラボレーションでジャージを作ることになった時は、かなり興奮しました。言葉に出すと実現するんだと実感しました。

アディダスとコラボレーションし、半被やスニーカーなど様々な商品をプロデュースした

さすが引きが強いです。

最終的にはアディダスのプロダクトを100型ほど作ったので、その年はずっとスポーティーなファッションをしていたし、ヒップホッパーに一歩近づけたような気がします(笑)。

ところで、高橋さんは好きなデザイナーやアーティストはいるんですか?

フンデルトワッサー(フリーデンスライヒ・レーゲンターク・ドゥンケルブント・フンデルトヴァッサー)という、自然体でカラフルな絵を描くアーティストなんですが、彼が手がけた建築を見にウィーンまで行きました。歪みのない正円と直線しか許容できない完璧主義の私にとっては、その自由な表現に憧れがあるのかもしれません。自然体という意味では、キース・ヘリングも好きです。彼の活動というか生き様が好きで、ライブでどこにでも描ける強さに憧れます。

高橋さんご自身も今絵を描くことにハマっているそうですが、何かきっかけがあったんですか?

大学で教えるようになって、学生が試行錯誤しながら作品と向き合っている姿を見ていたら、創作意欲がわいてきて。学生に叱咤激励して創作をうながしているのに、自ら手を動かさないのは理不尽だなという思いもあり、以前から絵を描きたいと思っていたことを実行に移しました。同時に、憧れていたライブ表現の可能性や、完璧主義故の固執をうまく昇華できるアプローチを試し続けています。ゆがんだ線が許せない私が、試行錯誤の末にいきついた現在のスタイルで、すでに1000点は描いたかな。少しの空き時間でもひたすら描いてます。画材も色々試し、私も学生時代に戻ったような気分で楽しんでいます。

では、活動において大変だと感じることはありますか?

大変と言ったら生きていること全部大変です(笑)。でも、目的に向かう中で、その苦労も必要と思って生きているので、ほとんど気になるようなことはないですね。現状、時間に追われてしまうことも多いので、人に迷惑をかけないようにだけは心がけています。

デザイン業界でもいいですが、高橋さんが活動を始めた頃と比べて変化したと感じることはありますか?

当時は「無駄のないもの作り」というような言葉も、さほど世間に響かなかったような印象があります。日本において日本人が日本的かつ伝統的なものを扱うことに対しても、古めかしいというか、ポジティブではない印象を感じていました。着物や手ぬぐいなど、今も扱っていますが、私にとっては自分の国の文化や伝統という意識はなく、単に身近なところに存在していた魅力的で興味深いものだっただけなんです。私の考え方や、円と線によるクリエーションは当時からずっと変わらずにいるのですが、だからこそ、周囲の変化に気付きやすいのだと思います。

着物の業界においてはいかがでしょうか ?課題というか、感じることは何かありますか?

例えば、もの作りの側面でいえば、生産する現場が著しく減少しています。コロナ禍の影響も非常に大きかったと思います。和服を着る機会が激減しましたから。工場や、職人の多くが廃業してしまいました。私にとってはなくてはならない存在です。作れる場所や機会が減っていくこの状況に焦りを感じています。

人々の着物の評価などは、変わってきていると思いますか?

2020年にロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で開催された大きな着物展の巡回展として、先日までパリの「Musée du Quai Branly – Jacques Chirac(ケ・ブランリー・ジャック・シラク博物館)」で開催されていた「KIMONO」展は、動員人数も多く非常に評判が良かったようです。国外において着物への注目度が高いことはとても嬉しいですね。この展覧会は着物を包括的に扱い、古い時代のものから、私の作品も含めて現代の着物までが一堂に会し、それにとどまらず、着物からインスパイアされた世界中の衣服までを網羅したもの。着物が世界の衣服文化に与えた影響を知ることができ、見た後では着物の捉え方が変わります。着物に対する偏見や思い込みから解き放たれるような、自由な感覚を得ることができる展覧会です。着物への海外からの注目が集まっていることは、この展覧会が各国を巡回しているということからも察することができますね。

パリの「Musée du Quai Branly – Jacques Chirac(ケ・ブランリー・ジャック・シラク博物館)」で開催されていた「KIMONO」展の様子。高橋氏がポスターのモデルとなった

国内においてはいかがですか?

展覧会のキュレーターとの会話の中で、日本では着物は過去のものとして扱われてしまっていると指摘されました。日本の着物展では歴史的なアーカイブが大半を占め、現代の着物はほとんど展示されることがなく、過去のあるタイミングでストップしてしまった文化のように扱われているようだと。日本人が持つ着物に対する固定観念というものがそうさせているのではないかと思います。

それは寂しいですね。

着物の歴史は長く、その中で培われ、引き継がれてきたものを簡単に変えられるとは思っていませんが、時代の変化とともに変えるべきことも多くあるのではないでしょうか。私が活動を始めた当初も、そのように感じる場面は多々ありました。新しいことに挑戦するのは勇気がいること。伝統の世界においては、ますます難しいのではないかと。私のクリエイションが小さいながらも一石を投じることができるのであれば嬉しいですね。

長く続く伝統工芸の世界を変えていくのは容易なことではないでしょうけれど、少しずつ変わっていくと良いですね。

最近では、世代交代して年齢が近い職人の方との出会いもあり、新しいものを作ることに前向きで、私の作品を挑戦しがいのある面白いデザインだと言ってくださいます。そういう方々とのもの作りは、伝統的でありながら刺激も多く、過去と現在、そして未来をつないでいくような明るい気持ちにさせてくれます。

若い方で、職人になりたいと思う人は少ないんですか?

多いとは言い難いですね。業界自体が縮小していることもあり、分業では回らなくなってきていることから、個々に求められる能力も多岐にわたってきているようです。技術や素材を理解した上で、デザインから機械のメンテナンスまでできる。さらには、オンラインストアの管理からお客様への販売対応までしなければいけないという具合に。単純に「好きだから」というだけで始めても、続ける人が少ないのが現状のようです。

一昔前の、自分の手仕事と向き合うだけの職人ではやっていけない時代なんですね。

そうですね。私にできることはないかと常に考えているのですが、なかなか直接貢献できる具体的なことにたどり着けない。でも15年ほど前、私の手ぬぐいのデザインを見て、注染職人になった方がいます。伝統工芸の職人になりたいと思って様々な工場を見学していた中で、私の浴衣や手ぬぐいを染めている工場で「これを染めたい」と思ったとのこと。そんなことが起こると想定してデザインしていなかったので、とても嬉しかったと同時に、責任というか使命感も感じました。

それは素晴らしいです。

その方が今年、伝統工芸士の認定を受けたことも感慨深いです。私のクリエイションがきっかけで職人になる人がいるのであれば、私にも伝統を引き継ぐ世界に貢献できることがある。「着物のことは任せた」と言ってくださった三宅一生さんの言葉と共に、そう思わせてくれた彼もまた、常に私を励まし続けてくれる大切な存在です。

次回へ続く

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