COMA-CHIが、和楽器とヒップホップの融合をテーマにした“ネオ民謡”アルバム「OTO」をリリース。⽇本⼈としてのアイデンティティを表現し、魂を揺さぶる⾳を世界に発信

2024/05/31

 

日本人女性ラッパーの先駆者として活躍を続けるCOMA-CHIが、5 月15日に⽇本の伝統⽂化である和楽器とヒップホップの融合をテーマにした“ネオ民謡”アルバム「OTO」をリリースした。

15歳の頃にラップを始め、ライブやサイファーなどでスキルを磨き、2005年にB-boy parkMCバトルで女性ラッパーとして初の準優勝を手にしたことで名を馳せたCOMA-CHI。2006年にDa.Me. Recordsよりファーストアルバム「DAY BEFORE BLUE」を出したのち、2009年にKnife Edge/ポニーキャニオンからメジャーデビューし、「RED NAKED」など3枚のアルバムをリリース。その後2011年に独立して自身のレーベル「Queen’s Room」を立ち上げ、クリエイティブな原動力にフォーカスした音楽制作に挑んでいる。

ニューアルバム「OTO」では、⽇本⼈としてのアイデンティティを表現、そして魂を揺さぶる⾳を世界に発信したいという想いで制作に挑んだと言う。和楽器ディレクターを務めた箏奏者のASUKAをはじめ、尺⼋や三味線、和太⿎、⻑唄などの伝統⾳楽奏者達とコラボレートし、Uyama Hiroto やSPIN MASTERA-1、Mecca GodZillaなどのプロデューサーとともに、“ネオ民謡”という新たなCOMA-CHI サウンドを確立した。

果敢にチャレンジし、常に自ら道を切り開いてきたCOMA-CHIをインタビューし、アルバムに込めた思いや、音楽に対する向き合い方、今後の夢などを聞いた。

 

アルバム1曲目の「序-OTO-」は、和楽器奏者とスタジオで一発録りしたもの。いろんな実験を繰り返して、一番の気づきと面白さを感じられた曲だった

―ニューアルバム「OTO」は、和楽器とヒップホップの融合をテーマに作られたそうですが、なぜそのようなテーマで作ろうと思ったのか教えていただけますか?

きっかけは遡ること2014年のことなのですが、私が参加したsly&robbieというアーティストのアルバムがグラミー賞にノミネートされて、授賞式にご招待頂いて行ったんです。そこにはスティービー・ワンダーやJay-Z、ビヨンセなどがいたりと自分が憧れてきた世界がありました。もちろん感動しましたし、いろんなことを感じて楽しかったんですけど、すごく気付かされたことがあって。自分と彼らがやっていることを比べた時に、ヒップホップとか目に見えているカルチャーの上で共通していることはあるんだけれども、彼らは自分のおじいちゃんおばあちゃんたちが聴いていたような曲だったり、祖先がやってきたことを通して繋がったり、いろんなことを背負った中で表現をしているのに対して、私はそういうことを何も知らないなって思ったんです。

―そういう場に行けてただ楽しいとか嬉しいだけではなく、大きな気づきがあったんですね。

それまではそういう世界に憧れて近づきたいと思ってやってきてたけど、考え方が少し変わって、自分は何なのかとか、祖先も含めて掘り下げようと思いました。それで日本に目を向けて、縄文時代をテーマにした「JOMON GREEN」というアルバムを作って2018年にリリースしたんです。そこからまた自分の中で考えが進んで、縄文時代の文化もありながら、そこにいろんなものが入って進化していき、和楽器や民謡という素敵な遺産が生まれたことに気づくようになりました。民謡は私が沖縄の石垣島に住んでいた時に習っていたんですけど、民謡の歌い回しが心地良く感じて、R&Bやソウルに寄り添わせる形で歌うことを実験したりしてました。さらにそれを進化させて、日本人として世界に堂々と発信できるような、オリジナリティのあるサウンドを作りたいと思って、このアルバムの制作に挑みました。

―ちなみに沖縄に住んでいた時に民謡を習っていたということは、沖縄に先生がいらっしゃるんですか?

沖縄の民謡は住んでいた時に習っていて、今しっかりやっているのは島根県の安来節という民謡です。「Yasugi」という曲がアルバムの4曲目に入ってますが、平均年齢81歳の安来節の保存会に入って、級を取ってやってます。

―安来節を習ったのは今回のアルバムのために?

「Yasugi」をレコーディングした時はまだちゃんと習ってなかったんですけど、今回の制作を通して安木節の素晴らしさに気づき、改めて学ぼうと思いました。やってみると奥が深く、ちゃんとした安来節の曲としてリリースするのはそんなにすぐにはできないので、今回は安来節にインスパイアされたのものにラップなどを取り入れて“ネオ民謡”と呼んでます。

―和楽器奏者の方達とは前から一緒にやられているんですか?

いえ、今回大半の部分の和楽器ディレクションを務めた箏奏者のASUKAちゃんと出会ったのは2、3年前で、彼女はクラブミュージックなどの音楽にお箏を融合させる実験をしていて、聴いた時にすごく良いなと思って、ASUKAちゃんも私の音楽をすごく気に入ってくれて、何か一緒にやりたいねという話になりました。また、歌舞伎座にも出演されている長唄の杵屋六春(きねやろくはる)さんや、三味線の杵屋栄之丞(きねや えいのじょう)さん、TRAinnovation(トライノベーション)さんだったり、他の方たちは、発信をしていくうちに有機的に繋がっていった感じです。

―これまでいろんなスタイルの音楽に挑戦されてきたかと思いますが、今回のアルバム制作を通して難しいと感じたことや、改めて気づいた音楽の魅力はありましたか?

ヒップホップは基本的にBPMがあって、ビートとループの中で起こってる音楽なのに対して、和楽器をはじめとした邦楽は考えが真逆で、リズムは全く関係なく、間を大切に直感とか感覚でやる音楽なので、そういう面で合わせていくのがすごく難しかったです。和楽器奏者たちも、普段ヒップホップのグルーブに合わせて弾くことはないですし、一つひとつクリエイティブに手探りでやっていく感じでした。そんな中、いろんな実験を繰り返して最後に出来たのが「序-OTO-」という曲。逆の発想で、ビートのない和楽器の間の中でラップをしてみようって、和楽器奏者と一緒にスタジオに入って1発録りしたもので、完全に間で録ってます。今回の制作の中で、一番の気づきと面白さを感じた曲なので、1曲目に持ってきました。

和楽器奏者たちと。レコーディングの様子

―なるほど、そうだったんですね。ところで少し遡りますが、COMA-CHIさんは10代の頃にラップを始めて、渋谷や六本木のクラブでライブをしたり、ストリートでサイファーに参加もされていたとお聞きしています。その頃のシーンがどんなだったかなど、ご自身の経験も交えて教えていただけますか?

私が初めてクラブで歌ったのが16歳で、当時2000年頃はヒップホップシーンはまあまあ根付いてきた感じはあっても、女性のラッパーはあまりいなかった印象です。アメリカでは昔からMCライトとかクィーン・ラティファとか女性のラッパーがいっぱいいるのに、日本にはなんでいないんだろうって、逆にいないんだったらやってみたら面白いかなと思ってやってみました。そういう発想は今も変わってなくて、新しいところを開拓したい気持ちが常にあるんです。

―ちなみにヒップホップをやる前はバンドをやっていたんですよね?

そうです。中学の時はバンド部で歌っていて、ジャニス・ジョップリンが好きでした。元々洋楽が好きだったんですけど、レイジ(レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン)とかも好きで、英語が全くわからないからカタカナに起こして、真似して歌ったりしてました。

―ラップに挑戦してみた時は、すぐにできました?

レイジのカタカナラップに挑戦していたんで(笑)。日本語ラップも聴くようになって、RHYMESTERの「B-BOYイズム」を歌詞カード見て何度も練習したりしました。

―サイファーはどうでした?盛り上がってましたか?

サイファーやMCバトルなどのムーブメントは2005年くらいから少しずつ出てきて、その頃まさに私がフリースタイルにハマっていた時だったので、のめり込んでやってました。

―その後MCバトルで準優勝されて、2006年にDa.Me. Recordsよりファーストアルバムを出したのち、2009年にKnife Edge/ポニーキャニオンからメジャーデビューして3枚のアルバムをリリース。そして2011年に独立されて、ご自身のレーベルを設立されましたね。その頃からより音楽性の高いサウンドが増えていったように感じます。アーティストとして経験を重ねていくうちに、ご自身の中で表現したい音楽の変化が出てきたのでしょうか?

メジャーデビューして、音楽業界の仕組みを学ばせていただいて感じたのが、市場での商品として音楽があるということでした。でも私が一番大事にしていたことは自分のクリエイティビティを具現化して、それをみんなに喜んでもらうことだったので、メジャーではそれはできないなって、だったら自分でレーベルを立ち上げるしかないと思って。

―自分でやるのは大変そうですが、やってみてどうでした?

やる前は「自分でもできるかな?」ってめちゃくちゃワクワクしてました。最初の頃はマネージャーとかスタッフを入れずに、全部自分で制作を管理してやっていたんですけど、作り上げたものが形となって、タワレコとかに並んだり、お客さんに届いて良かったってフィードバックをいただけたりして、自分でもできたことに感動しました。

―素晴らしいです!ところで、音楽以外にもホロスコープ占星術の鑑定士や誘導瞑想アーティストとして活動をされているようですが、それらの活動はどのように始まったんですか?

スピリチュアリティは高校時代からかなり好きなジャンルだったんですけど、当時はマイノリティすぎて、みんなに言う感じではなかったので、アーティスト活動にあまり反映させていなかったんです。でも実は、メジャー時代に出した「perfect angel」という曲もハイヤーセルフの歌で、メッセージを隠していたりするんですけど。それでコロナが来る前の年、石垣島に移住した時に、スピリチュアリティが自分の中でマックスになっちゃって、ずっと勉強していた占星術を発信しようと思ってYouTubeを始めたら、占って欲しいという方がどんどん増えて。そうしたらコロナになってライブがができなくなったんで、当時はそういう活動を濃いめにやってました。

―石垣島は、スピリチュアリティがより濃い場所を欲して選んだんですか?

ご縁とお導きみたいな形ですね。私はあまり頭で考えないんで、「ここっぽい」と思ったらそこに行く感じです。

―バイタリティあふれるCOMA-CHIさんですが、自分の夢に向かって頑張っているけれどなかなか実現しない、もしくはやりたいことがわからないなどという方達にアドバイスをするとしたら何かありますか?

大事なのは自分軸で、どうやって自分の本音と向き合って直感を信じて進んでいくかだと思います。すべては周波数でできていると思うので、一番簡単なのは、自分がやりたいと思っていることを達成してる人に近づいていくことですね。

―自分が憧れる人に近づくんですね。

そう、それが一番早いと思う。その人のエネルギーや考え方、テンション感とかを感じていって、何をやったらいいかとか提示してもらえたらいいじゃないですか。私もそういうも場を提供しようかなと考えていて、学びたい方をサポートしていく教育プログラムを今作ってるんです。リトリートだったりも準備し始めているんで、ぜひ参加していただきたいです。

―楽しみですね。ちなみにCOMA-CHIさんが憧れる人はどなたかいますか?

憧れる人は特にいないですけど、会ってみたい人はビヨンセです。彼女は突き抜けていますし、あの神々しさはすごいですよね。

―では、COMA-CHIさんにとってチャンスとはなんですか?

チャンスは縁とタイミング、あとは導き、宇宙が用意してくれる面白い仕掛けみたいなイメージですね。私は「仕掛けられてるから乗っとこう」みたいな感じで、軽く受け止めるようにしてます。自分の辞書には「失敗」っていう言葉がなくて、やってみること自体が前に進んでる証拠だから、チャンスに手を出さないのは何も意味がないと思ってます。

―それでは、成功とは?

自分なりに設定したゴールをクリアすることだと思うので、自分がどこにゴールを置くかを明確にして、それを楽しんだ結果、用意されているギフトみたいな感じですかね。

―チャンスと成功についてお聞きした時に、目を瞑って考えていたのが印象的でした。目を瞑ることで何かが見えるとか?

意識してなかったですけど、制作する時も、ライブする時も、日常でもそうですし、自分自身が宇宙と繋がって生きてるから、目を瞑る癖がついてるんでしょうね。あとはメディテーションを結構やっているからかもしれないです。

―最後に、今後の夢や目標を教えてください。

夢はグラミー賞を授賞することです。最初に話した、10年前にご縁をいただいてグラミーの授賞式に出た時に、「ここで歌いたい、授賞したい」っていうワクワクがありました。そのワクワク自体をもらったことがギフトでしたし、今回のアルバムもそういう気持ちを頂いたことで出てきた作品だと思うんで、そこは常に自分の中での大切にしていきたい夢ですね。目標は、多くの国の人たちに私たちのカルチャーだったり、日本の面白さや伝統などをさらに進化させて魅力的に伝えていくことです。いろんな国でライブをして、みんなを楽しませるミュージシャンになっていきたいと思います。

Text & Photo: Atsuko Tanaka

 

COMA-CHI 最新アルバム「OTO(オト)」

【作品名】OTO (オト)

【デジタル発売⽇】5⽉15⽇(⽔)

【リリース元】Queen’s Room/Hydrofunk Japan

【配信リンク】https://ultravybe.lnk.to/comachioto