「今が転機!」泉谷しげるとサイバーパンクの現在形―tHE GALLERY OMOTESANDOで展覧会開催中

2025/05/21

俳優、音楽、アート―ジャンルを越えて唯一無二の存在感を放つ泉谷しげるさん。2023年のtHE GALLERY HARAJUKUでの「VS」展に続き、今年再びtHE GALLERY OMOTESANDOで開催中の企画展「サイバーパンク展」にて、77歳にしてなお精力的な創作活動を見せている。1970年代にアメリカで出会った“幻覚的”コミック、そして映画『爆裂都市』の美術、サイバーパンクは泉谷さんにとって、ただの表現スタイルではなく生き様そのもの。本展では、構想40年の自身初となるオリジナル漫画『ローリングサンダー』を中心に、新作アートを披露。体力の限界さえも「生きてる証」と語り、今なお“娯楽としてのアート”を全力で届ける泉谷さん。荒廃の中に希望を見出すサイバーパンクの精神についてや、元気の保ち方、「毎日ある」と言うチャンスについてなどお話しいただいた。

俺は、ある時から自分に依存してる。だから、この作業は誰にも手伝わせない。「俺の遊び方だから、邪魔するな!」って。

今展示のタイトルは「サイバーパンク展」ですが、泉谷さんが1970年代頃からずっと描き続けてきたテーマだと伺いました。そもそものサイバーパンクとの出会いや、どこに惹かれたのかを教えていただけますか?

向こうのコミックを友達に紹介されて、おそらくアメリカの雑誌『ヘビーメタル』だったと思うんですが、普通のコミックとは違って、ちょっとドラッグ的というか、幻覚的な絵なんです。でも、ドラッグをやってたらあんなに緻密な絵は描けないはずで、つまり腕がすごくいい。アメリカンコミックともまた違って、どちらかというと「正義」を振りかざすようなものではなくて、人間の愚かしさが妄想的に広がっていくような世界観。でも、しっかり描かれている。それに衝撃を受けて、「これは何だ!?自分も描きたい!」と思ったんです。

当時、メビウス(ジャン・ジロー)や、車のデザイナーとしても有名なシド・ミード、それから映画『エイリアン』の造形デザインを手がけたH・R・ギーガーなどがコミックを出していて、僕はアメリカまで行って買い込んでました。興奮しながら自分でも描いていたら、その後『狂い咲きサンダーロード』や『爆裂都市 BURST CITY』という映画の美術をやることになって、そこで一気に開花しました。映画という形にできたのが、本当に嬉しかったですね。

イラストで描いていた世界観を、現実に落とし込んでいくような感じでしょうか?

そうですね。ただ、自分が描いたデザインを、監督の石井聰亙がすごいスピード感で表現してくれたことに、まず感動しました。「こいつ、天才だな!」って思いましたよ。編集も含めて映画づくりが本当に上手い人で。そういう世界観のデザインに目覚めちゃったから、それ以外のデザインはやる気が起きなくなっちゃった。役者としてはあちこち器用に出られるけど、映画づくりとなると、その世界観じゃないともう興味が持てない。周囲からは「いろいろやったほうがいい」って言われたけど、俺は誰かに仕事をもらいたくてやってるわけじゃない、自分で作るんだ、って考え方なんです。

―2023年のtHE GALLERY HARAJUKUでの展示は、お孫さんでもある糖衣華さんとの二人展「VS」でしたよね。その時の反響はいかがでしたか?

あの時、米原さんっていうちょっと変わった素敵なオヤジが、お客さんをいっぱい連れてきてくれたんですけど、それがみんなアパレルの代表だったり偉い人ばっかりで。それなのに、子どもみたいに「サイバーパンク大好き!」ってはしゃぐ(笑)。俺はたまたま77年に触れただけだったけど、みんなも同じように好きだったんだなって。大友克洋さん、寺田克也さん、バロン吉元さんなんかが描いてきた世界に共鳴してたんですね。あと、男が好きな世界だと思ってたけど、女性で興奮してる人もいて、「女には分かるまい」と思って作ってたのは失礼だったなって。素晴らしいなと思いました。

正直、私もサイバーパンクについてあまり詳しくなかったのですが、泉谷さんの漫画『ローリングサンダー』を読んで、「あ、こういうことか」と感じました。

定義なんてないですからね。平たく言えば、地球が滅びそうになっても、環境汚染でひどいことになっても、不良たちは多分楽しむんですよ。ゴミの中から何か面白いものを見つけたり、掘っ立て小屋になっても遊ぶだろうって。知識人は絶望しちゃうかもしれないけど、ダメだと思われてる人間の方が、意外とたくましいんです。

発想ってどこから来るんだろう? と思いながら漫画を拝見したんですが、どういうところからなんですか?

漫画に描いてることって、自分が体験したわけじゃないんですよ。たぶん潜在意識のどこかで見た記憶とか、そういう思い込みなんでしょうね。戦後間もない時代、みんなが貧乏だったからこそ、夢を見た。ひどい目に遭ったからこそ、楽しい夢を考える。そういう感覚じゃないかな。

描くときには、そういうことを想像しながら?

いや、あんまり考えない(笑)。締め切りっていうプレッシャーが元気にさせてくれるんですよ。レコーディングも一緒で、締め切りなしで自由に作っていいよって言われたら、やらないですね(笑)。

わかります。締め切り直前ってバカ力が出ますよね。

そう。人間って、怠けるために生きてるんだから。一生懸命働いて、怠けるあのご褒美感。みんなとの打ち上げの楽しさ。俺はそれが目的かもしれない。「やったね!」って一緒に大笑いするのが、最高に楽しい。

『ローリングサンダー』は「構想40年」と書かれていましたが

ちょっと大げさだけど(笑)、でも77年にサイバーパンクに出会ってから考えていたことが今に繋がってるから、それ以上かもしれないですね。「漫画を描くなら、こういうのだな」って思い続けていました。

やっぱり、自分の漫画をいつか出したいと思っていたんですね?

思ってました。でも途中で漫画家を断念した時期があるんです。単純に、絵が上手くなかったから。特に女性が難しくて。自分は色っぽいことを描いてこなかったから、本当に下手で。どうしても男っぽくなっちゃう。普通の女性って一番難しいですよ。

この作品を描く中で、一番苦労したのもそこですか?

そうですね。一回描いて送って、また描き直して…って7回やり直しました。でも、うまく描けたかって言うと、まぁ普通かな(笑)。その悔しさを、背景とかクリーチャーにぶつけるんですよ。「女一人まともに描けねえくせに、この野郎〜!」って(笑)。

(笑)。ちなみに、Tシャツの背中にも「続く」と書かれていますが、続編はあるんですか?

あります。3巻ぐらいまでは描かないと終わらない。でもまあ、もともと終わりのない話ですけどね。大事なのは、ストーリーをちゃんと分かりやすくすること。他のサイバー系漫画だと、話がどこに行ったか分からなくなることがあるでしょ? いくら絵が良くても、ストーリーがつまらなかったら読まれない。それなら1枚の絵で勝負したほうがいい。だから、面白さやいたずら心を入れながら、勝手な思い込みで突っ走る。「もう、そういうことなんだ!」って、誰とも相談しない(笑)。

サイバーパンクを知らない人も多いと思いますが、今回の作品を通して、どう感じてほしいですか?

まぁ、お好きにどうぞって感じですね。自分は評価されたいとか有名になりたくてやってるんじゃない。このアート会場が有名になってほしいんです。器がなかったら描けないですから。米原さんが若いアーティストにチャンスを与えようとしてる。俺ももう77歳、若いやつのために働かなきゃ。でもね、若い人の作品を見ると嫉妬するんですよ。「うわ、俺にはこんなの描けねえ…」って。それでまた、自分もまだまだだなって思えて楽しい。あと、俺は女性にモテたいというより、男の子を熱狂させたいんですよ。男って興奮すると彼女連れてくるから、一緒に盛り上がってくれたらいいかなって。

これまで音楽、俳優業、アート、チャリティー活動などさまざまな経験をされていますが、ご自身の中で大きな転機だった出来事は何ですか?

今が転機ですね。レコーディングもできたし、ライブもたくさんやって、漫画も描いて展示もできた。宝くじに当たったみたいな感じ。みんなにずっと言われてたけど、こういう会場にいると実感が湧いてきます。この機会を大切にして、小さくならずに大胆に、自分をもっと“娯楽化”していきたいですね。体はあちこち痛いけど、それも生きてる証拠。全部はもらえないから、それは仕方ない。とにかく、皆さんが期待してくれるような人間になれるよう、目指したいと思ってます。

本当にエネルギッシュな印象ですが、泉谷さんなりの健康の秘訣や、元気の保ち方はありますか?

基本的にはないけど、よく食べて、よく寝て、誘惑に勝てるようにして、依存を避ける。全部の依存をなくすのは難しいけど、「自分に依存してね」って感じです。俺は、ある時から自分に依存してる。自分の体で遊んでるんです。だから、この作業は誰にも手伝わせない。「俺の遊び方だから、邪魔するな!」って。毎日何枚も描いてて大変そうに見えるけど、いや、楽しいんだってば。

今回の作品の中で、一番印象に残っているものや、思い出深いものはありますか?

やっぱり、昨日の朝まで描いてた作品が一番思い出深いですね。それから、これまで苦手だったオートバイや女性を描いた作品も印象に残ってます。かわいい女性をルッキズムで表現するんじゃなくて、“戦う女性”として描いてるんですよ。だって、女性って本当に日々戦っているじゃないですか。俺は恋愛とかそういうんじゃなくて、女性と一緒にアートな空間を作る仕事がしたい。実際に描くのは自分ひとりだけど、やっぱりいいチームが必要なんですよね。優れたチームを作るのが、今の俺の夢かもしれません。いい人を見つけるのは難しい時代だけど、こっちが人に依存せずに面白いことをやっていれば、自然とそういう人たちは集まってくれると思ってる。だから、楽しんでやっていこうと思ってます。

―では、「チャンス」と聞いて何を思いますか?

チャンスって、毎日あると思うんですよ。だけど、それに気づかなかったり、面倒くさかったり、「そんなの信じないよ」って思ってるだけなんじゃないかな。みんな笑ってくれるんだけど、俺ね、最近“普通のこと”をやるのがすごく感動なんですよ。ほんの数年前まで、誰かがいないと何もできないような生活をしてきたんです。でも、周りの人たちも年をとってきて、今では電車に乗るのも、書類を作るのも、全部自分ひとりでやってる。普通のことが、俺には大冒険なんですよ。山手線に乗って上野まで行けた時なんか、感動しましたね。次は一人で新幹線に乗って九州まで行ってみたい。

そういう日常の中にあるチャレンジこそが、チャンスなんじゃないかな。男って、女性と暮らす中で「そのぐらい自分でやりなさいよ」って言われて育ってきたでしょ?だから、少しでも自分でできるようになったっていうのは、立派な成長。そして、その成長がチャンスなんですよね。

―なるほど!では最後に、泉谷さんにとって「成功」とは何ですか?

成功っていうのは、みんなの喜んだ顔を見たときじゃないかな。それに、人間ってそもそも生まれた瞬間から成功してたんじゃないかとも思うんですよ。「かわいいね」って言われて、たくさんの人から愛されて祝福されて、それだけで十分成功してた。でも、大人になると親と離れて暮らすようになったりして、そこで初めて親へのありがたみを知るでしょ。そうやって気づくことも成功のひとつだと思います。愛されていたってことを、なかなか自分で認めたくないって人、多いけどね。多分照れくさいんでしょうね。

世の中、不安がってる人の方が頭良さそうに見えることもあるけど、俺はそうは思わない。もちろん注意は必要だけど、心配ばっかりしててもキリがない。だから、もっと“雑”に生きた方がいい。俺は結構、雑に生きてるけど、それって元気な証拠でもあるんですよ。雑って、気持ちいいんです。

―素晴らしい、その言葉で締めくくりたいと思います。

ぜひ。「雑に生きてください!(笑)」

 

Text & Photo: Atsuko Tanaka

泉谷しげる 個展 “サイバーパンク展”
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場所:tHE GALLERY OMOTESANDO
期間:5月16日(金) ~ 6月15日(日)
休廊日:月・火曜日
時間:12:00〜19:00
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