自分の道を歩くために選んだ焙煎という仕事。アナウンサーから焙煎士へ、竹内由恵と「renag coffee」のこれから
2026/01/20

テレビ朝日のアナウンサーとしてキャリアを重ねたのち、結婚を機に静岡県浜松市へ移住。現在はフリーアナウンサーとしての仕事を続けながら、自家焙煎コーヒーブランド「renag coffee(レナグコーヒー)」を立ち上げ、焙煎士として新たなキャリアを歩み始めた竹内由恵さん。暮らしや働き方が大きく変わる中で、竹内さんにとってコーヒーは「好きなもの」から、「自分の生き方や価値観を見つめ直す存在」へと変化していきました。今インタビューでは、コーヒーとの出会いから焙煎を選んだ理由、アナウンサー経験が事業にどう活きているのか、そしてrenag coffeeの展望までをお聞きしました。
―竹内さんの自家焙煎コーヒーブランド「renag coffee」のオンラインショップが先月スタートされました。ブランドのコンセプトに“Walk your road, with a cup of coffee.”とありましたが、テーマについて教えていただけますか?
アナウンサーという仕事を辞め、結婚を機に浜松へ移住したことが、私自身がコーヒーの道へ向かうきっかけになりました。アナウンサー時代は、周りが期待する道を歩くことや、「いいと思われる仕事」を目指すことを大切にしてきましたが、環境が変わる中で少しずつ価値観が変わっていったんです。今はそれよりも、「自分が何をしたいのか」「自分自身が納得できる選択かどうか」を基準に物事を判断するようになりました。そのほうが、より自分らしくいられると感じています。ブランドコンセプトの“Walk your road, with a cup of coffee.”には、職業に関係なく、誰にでもそれぞれの進みたい道があると思うので、その道を歩く時間にそっと寄り添い、応援できる存在でありたい、という思いを込めています。

―素敵ですね。「renag」の意味は?
「renag」は、自分にとって大切な人の名前を組み合わせたものです。特別に強い意味を持たせたというよりは、あまり存在しない名前にしたいと思って付けました。ただ、少しインパクトに欠けることや「レナグ」と読みづらい部分もあるので、今後はカタカナ表記を併用するなどして、より親しみやすく、浸透していく形にしていきたいと考えています。
―竹内さんのコーヒーヒストリーについてお伺いしたいです。コーヒーとの出会いは?
コーヒーを飲むようになったのは、おそらく就職してからだと思います。カフェ巡りが趣味で、たまたま入った丸山珈琲でスペシャルティコーヒーを飲んだときに、大きな衝撃を受けて。それまでは紅茶の方が好きで、ブラックコーヒーの良さも分からず、カフェラテばかり飲んでいましたが、その一杯をきっかけに、コーヒーに対する概念が一気に変わりましたね。それ以来、自宅でも毎日豆を挽いてコーヒーを淹れるようになり、出勤前にフレンチプレスでスペシャルティコーヒーを楽しむ時間が、何よりの至福のひとときになっていました。
―ご自身でコーヒー事業を展開しようと思ったのは、いつ頃でしたか?
浜松へ移住した当初は、専業主婦という選択肢も考えていました。ただ、自分は仕事がないとダメなタイプだと、割と早い段階で気づいたんです。そこでフリーアナウンサーとして活動しながら、将来的にコーヒー事業に関われたらと思い、勉強を始めました。焙煎を始めたのは、その約半年後です。最初はフライパンでの手回し焙煎からスタートし、その後小型焙煎機を購入して練習して。ただ、その頃はまだ、コーヒーを事業として本格的にやろうとは考えていませんでした。

小型焙煎機で焙煎している様子
―本格的に決断したきっかけは?
以前から「このままでいいのかな」という思いはずっとあったんです。それでも、アナウンサーやタレントとして、依頼を待つ立場で仕事を続けてきました。でも、年齢を重ねる中で「この姿を子どもが見たらどう思うだろう」と考えるようになり、自分から動いて未来を変えたいと思うようになって。決定的だったのは、2024年の夏に風邪を悪化させてしまい入院したことです。一度立ち止まって考え、「このままじゃダメだ」と強く感じました。そのタイミングでコーヒー事業をやろうと決め、動き始めると、不思議なことに焙煎機や焙煎所、師匠との出会いが一気につながり、2025年末にブランドをスタートすることができました。
―女性でいうと、焙煎より自分でカフェを開くなどの道に進みそうなイメージがある中で、焙煎の道を選んだのが面白いなと思いました。
フリーになってからカフェでアルバイトもしてみましたが、自分が本当にやりたいことではないと感じました。カフェは「お客さんが来たら動く」仕事で、その感覚がアナウンサー時代の「人に求められる」「人に気に入ってもらう」ことと重なって見えたんです。それよりも、焙煎所にこもって、誰かに左右されずに自分のやり方で仕事をしたい。共感してくれる人が自然とついてきてくれる形の方が、今の自分には合っていると感じました。
―焙煎の師匠である内田一也さん(創作珈琲工房Crear)はどんな方で、どんなことを学びましたか?
内田さんは、「SCAJ(日本スペシャルティコーヒー協会)」の立ち上げ時にも関わっていた方で、日本におけるスペシャルティコーヒーの歴史とともに歩んできたような存在です。焙煎の経験も非常に豊富で、私が今使っている焙煎機についても、その特徴や扱い方、さらにコーヒー豆の中で起きている化学的な反応まで、本当に幅広く教えていただきました。自分が前に進めるように、必要な情報を惜しみなく与えてくださる方で、とても感謝しています。

左:焙煎の師匠である内田一也氏と 右:現在使用している焙煎機
―今でも定期的に学んでいるんですか?
はい。今後も、例えば私の焙煎の回転数が足りない時には、内田さんに焙煎してもらった豆を仕入れる、といった形で協力関係を築いていけたらと思っています。私が目標としているステージに進むには、焙煎機を大きくしないと難しいので、そうしたステップを踏んでいくためにも、技術面だけでなくビジネスパートナーとしても関わっていただけたらと思います。
―焙煎の大変さ、楽しさはどんなところにありますか?
楽しさで言うと、甘い香りに癒されながら焙煎する時間が本当に好きです。焙煎後はカッピング(試飲)をして、少しずつ焼き方を変えながら、その違いを自分で確かめていく。「こっちの焼き方の方がいいかもしれない」と調整していく作業は、すごくクリエイティブで、コーヒー好きとしてはたまらない時間です。一方で大変なのは、最近は焙煎をデータで管理できるようになっているとはいえ、同じように焼いたはずなのに味が微妙に違ったり、雑味が出たりすることがあるところです。「なぜ?」という疑問が次々に出てきて、突き詰めれば突き詰めるほど、その「なぜ」が増えていく世界なんですよね。ただ、そのすべてを技術的に追い込み続けることが本当に自分に合っているのか、今は少し考えているところでもあります。
一般の方は、細かな味の違いよりも、「こんなコーヒーがあったんだ」とか、「この味、なんだか不思議」といった体験を楽しみたい方が多い気がしていて。焙煎を技術者として極めていく道は魅力的でとても大事な部分ですが、私はそれと同時にビジネスの側面にも興味があって、いい生豆を仕入れるための関係性をいろいろなところで築いていくことにも面白さを感じています。実際に動き始めると、自然と情報も集まってきて、方向性が少しずつ変わっていく。今はまさに過渡期で、それも含めて楽しいですね。
―そういう情報は、同じ業界の方たちからもらうんですか?
そうですね。YouTubeやnoteなどで、取り組んでいる過程を発信しているので、それを見て興味を持ってくださった経験豊富な方から声をかけていただくことがあります。アナウンサーをしていたからこそ、こうして情報が集まる部分もあると思いますし、一方で、それが理由で距離を取られることもあるかもしれません。ただ、全体としてコーヒー業界はとてもフレンドリーで、競合に対しても優しい方が多く、やりやすい業界だと感じています。
―現在取り扱っている豆について教えてください。
グアテマラ、エチオピア、ホンジュラスの豆を扱っていましたが、ホンジュラスは在庫が切れてしまったので、次はコスタリカの豆を予定しています。豆のラインナップは今後も定期的に変えていくつもりです。グアテマラももうすぐ終わるので、次は少し発酵のニュアンスが特徴的なブラジルの豆を入れようかなと考えています。ただ、どのくらいのペースで消費されるかは、やってみないと分からない部分も多く、先を読んで仕入れるのはなかなか難しいですね。今は需要に対して在庫が足りない状況が続いています。

renagのコーヒー豆とドリップバッグ
―思っていたより出ている、ということですか?
そうですね。それに加えて、発送作業が思っていた以上に大変で。コーヒー業界では、自社でアルバイトを雇って発送まで行うところが多いんですが、私は一人でやっていて、前回かなり大変だったのと、毎日焙煎ができるわけでもないので、他のお店とは状況が違います。焙煎した豆をまとめて業者さんに送って、そこから発送してもらう形が一番理想的なので、今はその体制を整えている段階です。
―豆は、自分で飲んで良いと思ったものを選んでいるんですか?
はい。卸業者さんが定期的に開いているカッピング会に参加して、飲んでいいなと思ったものを選んでいます。あとは、知り合いから「こういう豆が入るんだけど、一緒に買わない?」と声をかけてもらうこともあります。本当に希少な豆は、誰でも簡単に手に入るものではありませんが、今後はそういった豆も扱えるようになれたらいいですね。今は子どもがいるので難しいですが、将来的には自分で現地に買い付けに行くことも目標のひとつです。
―楽しみですね。今のところサイトは完売になっていますが(取材当時)、次はいつ出る予定ですか?
1月19日と、2月中旬です。大量に用意して常に在庫がある状態にしたいです。足りないとなったら、もっと増やして調整していく予定です。
―ところで、浜松へ引っ越してから約6年が過ぎましたが、向こうでの暮らしはいかがですか?小さい頃は海外にいらっしゃったんですよね。
小学4年生から中学3年生まで、アメリカ、イギリス、スイスで過ごしていましたが、高校以降はずっと日本です。そういう意味では、浜松は少し海外に近い感覚があります。東京は常に人の目があって、おしゃれにも気を使いますが、浜松は肩肘張らずに暮らしている方が多く、とても住みやすいです。公園や自然も多く、子育てにも向いています。コーヒー事業を始められたのも、浜松という環境があったからこそ、自分のペースでコツコツ積み上げることができたんだと思います。
―アナウンサーとしての経験が、コーヒーの仕事に活きていると感じることはありますか?
すごく活きていると思います。コーヒーは生活に身近な存在ですし、もともと私のことを知ってくださっている方には、ブランドのストーリーも含めて伝わりやすいと感じています。アナウンサーの仕事の中でも、自分に合わない部分は整理しつつ、インタビューなど好きな仕事は続けながら、コーヒー事業をしっかり成長させていきたいですね。

―同業者でも違う業界でも、竹内さんのご活躍を見て「自分もやりたいことをやってみよう」と勇気づけられる方は多そうですよね。
そんなふうに感じていただけたら嬉しいですけど、どうなんでしょうね。今はセカンドキャリアを考えている人や、副業を持つ人、「このままでいいのかな」と思いながら日々を過ごしている人も多いと思います。でも、一歩踏み出してみると、思わぬタイミングで一気に世界が広がったり、新しい景色が見えたりすることもある。準備が完璧に整っていなくても、まず始めてみるのも一つの選択なんだろうな、というのは、実際に自分がやってみて感じていることです。
―焙煎士は女性の方でも結構いらっしゃるんですか?
男性の方が多いですが、女性も少なめではあるけれど、いらっしゃいます。焙煎機の掃除などは力仕事ですし、突き詰める作業が好きな方は男性に多い印象もあって、そういう意味では男性の方が向いている部分があるのかなと思います。ただ、五感を使って味を感じるという点では、料理と近いところもあると思うので、女性がもっと増えてもいい仕事だなとは感じています。
―焙煎士に興味を持ってる方へアドバイスをするとしたら?
まずは手頃な小型の焙煎機を買って、実際にやってみることですね。そこから意外と世界が広がっていく気がします。カフェをオープンする場合でも、コーヒーを出すなら焙煎ができることは大きなプラスになりますし、焙煎は自宅でもできるので、隙間時間を使って取り組めます。それに今は小型焙煎機でも、豆や温度の変化をデータ化してくれる時代なので、誰でも挑戦しやすくなっています。ただ、私自身も最初は生焼けになったり、しょっぱく感じたりして、美味しいと思えるまでにはかなり時間がかかりました。すぐにできるものではないからこそ、良い師匠との出会いもとても大事だと思います。それから、コーヒー屋さんはたくさんあるので、焙煎だけでなく、これまで自分が培ってきた強みをどう生かすか、という視点も必要になってくるのかなと思います。
―では、竹内さんにとってチャンスとは?チャンスと聞いて、どういうことを思い浮かべますか?
チャンスが来たときに、その波に乗れるよう、日頃から準備をして状態を整えておくことだと思います。あとは、結構図々しさも大事ですね。私は猪突猛進というか、あまりリスクを考えずに動いてしまう性格なので、失敗も多いんですが、その分そこから広がる世界もありました。そういう少し向こう見ずなところも、きっと必要なんだろうなと思っています。

―では、「成功」とは何でしょうか?
ブランドのコンセプトでは“Walk your road”と言っていますが、それでも一般的に見て「成功」と言える状態は目指したいと思っています。自分の中で満足するだけではなく、誰が見てもきちんと実績が出ていること。自分よがりではなく、周囲からも認めてもらえる形であることが、私にとっての成功だと思います。
―最後に、今後の夢やブランドとしての展望を教えてください。
とても大きな目標ですが、街行く人が「renag coffee」と聞いたときに、「ああ、あそこね」と自然に思い浮かべてもらえる存在になることです。今は相談できる顧問もいる中で基本的には一人でやっていますが、少しずつ仲間を増やして、3年くらいで会社としての体制をしっかり整えていきたいと思っています。10年後には、10店舗くらい展開できていたら理想ですね。コーヒーだけでなく、生活雑貨など、暮らしに寄り添うものへと広げていくことも考えています。コーヒーを通して生まれるさまざまな出会いに期待しながら、まずは今のコーヒー事業を丁寧に整えていきたいです。
Text & Photo: Atsuko Tanaka