ON COME UP
#72 | Mar 3, 2026

著書『きもののとりこ』が生まれるまで。DJとして世界を巡る中で見えてきた、着物の魅力

Text & Photo: Atsuko Tanaka / Video: Shusei Sato / Photo Retouch: Koto Nagai

今回OCUに登場するのは、DJ/着物スタイリストのマドモアゼル・ユリアさん。映画や音楽に囲まれて育ち、10代でロンドンのカルチャーに魅了され、DJとして世界を巡ってきました。さまざまな経験を重ねる中で出会ったのが、着物という日本文化。海外から日本を見つめ直したことで、季節や物語と深く結びつく装いの魅力に気づいていったといいます。著書『きもののとりこ』では、着物をただ身にまとうものとしてではなく、着る人の感性や、その場の空気までも豊かにする存在として描いています。DJとしての活動を経て、彼女が今、着物を通して伝えたいこととは何なのか。その半生を振り返りながら、話を伺いました。
PROFILE

DJ/着物スタイリストマドモアゼル・ユリア / Yulia Mademoiselle

10代からDJ兼シンガーとして活動を始め、現在東京を拠点にDJ、着物のスタイリングや教室、コラム執筆、モデル等の活動をしている。 2008年に現ユニバーサルミュージックよりデビュー。2枚のオリジナルアルバム、3枚のMIXアルバムをリリースした。サマーソニックなどのフェス、世界でのファッションウィークやブランドのイベントでDJとして起用されたことがきっかけで、ファッションの世界でもアイコンとして大手メゾンのグローバルキャンペーン等に起用される。 2020年には京都芸術大学を卒業と同時に、着物のスタイリングの仕事を始める。同年にはイギリスのヴィクトリア・アルバート博物館で開催された着物の展覧会"Kimono Kyoto to Catwalk"のキャンペーンヴィジュアルのスタイリングを担当。以降、着物スタイリストとして着物雑誌だけではなく、ファッション誌やファッションブランドのプロジェクトでも着物のスタイリングを手がける。 ファッションや音楽の世界で培った経験、着物の知識を生かし、現在「ELLE デジタル」、「東京建物YNK’s」にて連載を執筆中。 着付け教室は昭和初期に作られた洋館”KUDAN HOUSE”にて毎月開催中。 共著『自分で結ぶ結んであげるおとなの半幅帯結びコーディネートブック』世界文化社、11月末には『きもののとりこ』世界文化社が発売予定。 YouTubeチャンネル「ゆりあの部屋」は毎週配信。

 

小さい頃は、どんな子どもでしたか?

探究心が強くて、いろんなことに興味を持つ子どもでした。何に対しても「なんで?」と聞くので、親も大変だったと思います。父も母も映画が好きで、家には雑誌や写真集、映画のDVDなどがたくさんありました。美術館へ行く時も家族で行くことが多く、子どもながらに大人が楽しむようなものを一緒に楽しんで、いろんなものを見て育ちました。

 

ご両親はどんな方で、どのような育てられ方をしましたか?

父は美容師で仕事がとても忙しく、父と遊びに行くことはあまりなかったように思います。母はもともと洋服のスタイリストで、私が生まれた後に着物の着付けや講師をするようになりました。両親から「これをしなさい」と言われることはほとんどなく、すごく自由でした。

 

ユリアさんが小学生の頃に好きだったことや、なりたかったものは?

小学校の頃はバービー人形が大好きで、大人になったらアメリカのマテル(玩具メーカー)で働きたいと思っていました。1950〜70年代のバービーを復刻するシリーズがあるんですが、私は60年代の終わりから70年代のバービーが特に好きで。昔のバービーの良さって、人形自体はもちろん、ファッションや小物、パッケージまで全部可愛いところなんです。それらを眺めるのが楽しくて、パッケージのデザインの仕事をやりたいとずっと思っていました。

 

中高生の時はどんな学生生活を? 夢中になったことなどありましたか?

小学校は普通の公立だったんですけど、中学から女子校に行って、中1でバンドを始めました。軽音楽部に入って父にギターを買ってもらい、4人バンドで私はギターとボーカルを担当していました。メンバーのうち二人がイギリス人とのハーフの子で、私もイギリスの音楽カルチャーが大好きだったので、すごく影響を受けました。

 

どんな歌を歌っていたんですか?

最初はラモーンズから始まって、クラッシュやセックス・ピストルズなどのブリティッシュパンクをやって。それからブロンディや、日本のプラスチックスの曲をやったり、オリジナルも作るようになりました。その流れでDJにつながる音楽も聴くようになって、15、6歳でDJを始めました。最初は何をどうすればいいのか分からなかったんですけど、いろんな場所でDJを見たり、上手い人に教えてもらったりしていました。

 

じゃあその頃は音楽に夢中という感じですか?

音楽というより、イギリスのカルチャーに夢中でした。絶対にイギリスへ行きたいと思っていて、高校生になってからはバイトで貯めたお金をベースに、少し親にサポートしてもらい、毎年夏休みに1か月、ロンドンに滞在しました。現地の語学学校に通って、とても楽しかったです。行くたびにロンドンが好きになって、卒業したら絶対に住むんだと思っていました。

 

すごい行動力ですね。その頃はヘアメイクアーティストを目指していたそうですね。

いえ、高校生の時は「ロンドンに行ければ何でもいい」くらいの感覚でした。大学進学も考えたんですが、さまざまな準備や莫大なお金が必要で、非現実的でした。お金を貯めながら、日本で美容学校に2年間通って、その後ロンドンのヘアサロンで働こうと思い、日美(日本美容専門学校)に入ったんです。

 

専門学校に通いながら、DJとして活動されていた感じですか?

そうですね。学校の方も大会に出て優勝したり、ヘアメイクとしてカタログ制作に関わったりと、すごく頑張りました。でも在学中にEMIからDJとしてデビューすることになって、だんだんDJの方が面白くなってきて。「DJでやっていくのもいいかも」と思うようになりました。ミックスCDを3枚と、自分のオリジナル曲を入れたアルバムも出しました。

 

そこから着物の道へと進んでいった経緯は?

その後、DJとしていろんな国に行くことになるのですが、2009年にパリのユニクロのオープニングパーティーでDJとして呼んでいただいた際に、滞在先のホテルを出たらカメラマンがたくさんいて、何でだろうと思ったらパリコレ期間中だったということを後から知りました。当時はパリコレのことをよく知らなかったので、ファッションブランドのPRをしていた友人に「パリコレのショーって普通に見に行けるの?」と聞いたら、「手伝ってるブランドが二つあるから聞いてみるよ」と。そのうちの一つがディオールでした。

 

いきなりディオールのショーに行けるとはラッキーですね。

そうですね。当時は、私の大好きなジョン・ガリアーノがディオールのデザイナーをしていたので、ショーも素晴らしかったですし、パリコレ自体の華やかさに衝撃を受けました。それからは毎年、パリでDJをしながらパリコレのショーを見に行くようになって。ショーやコレクションを見ていると、ガリアーノや(アレキサンダー・)マックイーンなど、多くのデザイナーが着物から影響を受けていることに改めて気付きました。さらに美術館でも着物の展示があちこちで開催されていて、「海外の方の目を通して見る着物って面白いな」と感じるようになりました。日本にいた時は近すぎて興味を持てなかったのですが、海外に行ったことがきっかけで興味が湧いてきました。

 

カンヌ映画祭のジャパンナイトでDJをしている様子

確かに海外の方の視点は、私たち日本人の視点とは違いますよね。

衣服をアートとして捉えていますよね。あと、私は本を読むのもすごく好きで、特に三島由紀夫が好きなんですけど、作品の中に着物の描写が結構出てくるんです。以前は読んでも情景が浮かばなかったんですが、着物を知るにつれて、だんだん情景が浮かぶようになり、「もっと知りたい」という気持ちが強くなって。24歳頃から母に着付けを教えてもらい、一から勉強しました。そうするうちに、着物だけではなく、お茶やお能、歌舞伎、日舞、華道など、いろんな文化も知っていた方がもっと楽しいんだろうなと思うようになり、大学で学び直そうと、20代後半くらいから京都造形大学(現・京都芸術大学)に通いました。

 

学んだ中で特に印象に残ることはありましたか?

私は特に明治時代が好きで、西洋文化の影響を受けた日本文化がどう変わっていったのかに強い興味があり、明治の文化をいろいろ調べていました。着物で言うと、その頃に色合いや雰囲気がすごく変わっていて、色や柄に景気の良さが表れているのを感じられて。特に歌舞伎についても研究したのですが、当時は新富町に歌舞伎座があって、そこで初めてガス灯を使って、今に近い歌舞伎ができるようになったり、周辺に面白い作家がいたりと、本当に面白い時代だったことが見えてきました。

 

そうやって着物をどんどん取り入れるようになってから、仕事の幅が増えたり、出会う方も変わっていきました?

出会う人はすごく変わったと思います。もともと自分より上の世代の方のお話を聞くのが大好きなんですが、着物の世界に飛び込んでから、大先輩方にいろんなお話を伺うようになり、皆さん喜んで教えてくださるのでとても心強いです。

 

昨年末に著書『きもののとりこ』を出されましたね。写真がどれも本当に美しく、読み応えもたっぷりでした。また、本が季節の話から始まるのが、すごくいいなと思いました。

5年ほど前から着物教室をしているんですが、「どんな時にどんな着物を着たらいいですか?」と聞かれることが多くて。その人がどういう立場で、どこに着物を着ていくのかも大事なんですが、大前提として、着物の醍醐味は“日本らしさ”、つまり季節と呼応していることを大切にしている点だと思うんです。私はそれを知って心がとても豊かになったので、まずそこを伝えたいと思って、季節の色やモチーフについて書きました。色の選び方が分からない方は、季節の中にある色を取り入れてみるといいと思います。例えば夏なら、涼しい色が目の前にある方が、見た目にも涼しげでいいじゃないですか。そうやって、自分だけじゃなく見る人も楽しませたり、他人や環境、周りのことを思いやるのが着物の良さだと思っています。

 

今日(取材時)着ていらっしゃるのは、どういうことを意識されて選んだのですか?

この帯は川島織物さんと作ったもので、明治時代の図案をもとに現代に復刻させたものなんです。川島織物さんが明治時代に作って、そのまま眠ってしまっている面白い図案があり、今は使っていないと聞いて、「もったいない。今でも絶対着られるし、可愛いから復刻しましょう」と提案して作りました。

 

川島織物が過去に手掛けた帯のアーカイブから図案をセレクト Photo by 若林満(中)、明治時代の帯地見本裂から着想を得て、現代風にアレンジした名古屋帯 西山 航(世界文化ホールディングス)(右) 

とても素敵です。ところで、YouTube「ゆりあの部屋」で本の制作模様で、膨大な数の着物のスタイリングをされているのを拝見しました。着物をスタイリングする上で大切にしていること、逆にやらないようにしていることはありますか?

全体のバランスが一番大事だと思っています。一点だけを見て判断するのではなく、パッと離れて客観的に見てみる。あと、着物のスタイリングがどんなに良くても、髪型がダメだと私の中ではダメです。着物と髪型で、体感としては50%ずつくらい大切。美容学校に行っていたので、そういう感覚があるのかもしれません。また、着物は季節や行く場所を考えてスタイリングするので、その場に“調和する”ことも大切だと思っています。

 

確かに、本の中の写真も、髪型がどれも本当に素敵だなと思いました。

髪型は作る方によって全然変わるんですが、和に寄りすぎると急に玄人感が出たりするし、バランスが難しいうえにイメージを伝えるのも大変。今回表紙のヘアを担当してくださっている長田(博文)さんは、和と洋のバランスを一つの髪型の中でうまく表現してくださるんです。だからこの本では、ヘアカタログみたいに髪型が分かるように、たくさん載せています。

 

Photo by 若林満

着物に馴染みがないけれど、興味はあるという方にアドバイスをするとしたら? 何からスタートするのが良いと思いますか?

お店では「何にでも使えるからこれがいいよ」と言われるかもしれないけれど、それだと結局着ないことが多いので、「どうしてもこれが着てみたい」と思える一着を選ぶ。そして、それを着ていい思い出を作るのが大事です。例えば素敵なところで髪をセットしてもらって友達とお茶しに行くとか、他人に迷惑をかけずに自分が主役になれる場所を作るとか。自由に楽しむのがいいのかなと思います。そしてだんだん学んでいって、「次はこういうのを着てみたい」とか、「これは本当はこう合わせるんだ」って後から知っていけばいいと思います。

 

着物を買うのはどこがいいですか?

最初は後悔しないように、リサイクルショップやアンティークの着物を扱うお店で買うのがいいと思います。とてもリーズナブルなものもあるので、失敗しても痛手が少ない。きっとお店の皆さんは親切に教えてくれるので、分からないことはどんどん聞いたらいいと思います。

 

この本をこういう方に読んでほしいとか、特に見どころみたいなものはありますか?

着物に興味がある方はもちろん、興味がない方でも、ファッションが好きなら響くものがあると思っています。「最近着物を着ていなかったけれど、この本を読んでまた着たいと思った」という声をいただいて、すごく嬉しかった。いろんな方に読んでもらいたいです。

 

Photo by 森山雅智

では、ユリアさんの着物のスタイリングを一言で表すとしたら何でしょう?

一言…難しいですが、「物語をまとうスタイリング」ということでしょうか。

 

その日の物語ですか? それは着る前に決める?

そうですね。例えばこの本でも取り上げていますが、東海道五十三次を題材にした小紋を着る時には、弥次さんと喜多さんの帯留めを合わせてみたり、昔「煙草王」と呼ばれていた実業家の旧邸宅という洋館でお茶会をさせていただいた時には、煙草モチーフの長襦袢を着たり。誰に見せるわけでもないけど、自分の中でこっそり物語を仕込みます。髪飾りにも、その季節の花を咲かせるように季節感を取り入れたり、行く場所を意識して物語を作ると、スタイリングを考えるのがすごく楽しいです。そこから人との会話につながったりしますし、着物が世界を広げてくれる。本の出版記念パーティの時は、タイトル『きもののとりこ』に合わせてみんなで鳥のモチーフをどこかに入れました。「洒落」というか、そういう言葉遊びも楽しんだりします。

 

なるほど。そうすることで、自分らしさ、自分のスタイルも作りやすいですね。

はい。着物は形も使うアイテムも決まっているので、その中で個性を出そうとすると、すごく頭を使う。だから、言葉遊びや色合わせで物語を作る方が個性を出しやすいのかなと思います。

 

ユリアさんが今まで見た着物で一番感銘を受けたものはどれになりますか?

難しいですけど、自分が持っているものなら、京都のアンティークのお店で買った夏の振袖ですね。夏の振袖って今はあまり作られていなくて、その着物は明治から大正あたりに作られたものなんです。フランスの国旗やトリコロールが柄にたくさん使われていて、「どんな家の人なんだろう」と家紋を調べたら、由緒あるお家の方で。おそらくフランスの方を招いてのパーティーがあって、そのためにこの着物を作ったんだろうなと思います。特別な時のために作られた、しかも夏の振袖。すごく優雅な会だったんだろうな、と勝手に想像して「楽しそうだな」と夢がふくらみました。そういう物語を感じられる着物が好きです。

 

ユリアさんが一番感銘を受けた夏の振袖。フランスの国旗やトリコロールが随所に散りばめられている Photo by 西山航(世界文化ホールディングス)

では、自分の価値観に変化や気づきを与えてくれた出会いや言葉はありますか?

私は東京で生まれ育って、着物を着るまでは草花にまったく興味がなかったんです。でも草花を知らないと着物は着られないので、「今この時期は何が咲いてるんだろう」と目を向けるようになって。そうすると今度は鳥も気になってきて、だんだんと自然の素晴らしさに気づけるようになりました。それは着物を着るようになってからの大きな変化ですね。

 

憧れたり尊敬する方はいらっしゃいますか?

第一線で活躍されている方はみなさん尊敬します。ロールモデルは特にいないんですが、あえて言うなら黒柳徹子さん。洋服も着物も大好きで、面白いものをたくさん持っていらっしゃる。私も洋服も着物も大好きなので、勝手に親近心を感じます。いつかお会いできたらいいなと思っています。

 

好きな音楽や映画、ファッション、アートなどで特に影響を受けたものは?

世界観で言えば三島由紀夫、映像化された作品の監督で言うと、ウォン・カーウァイ、鈴木清順、市川崑、小津安二郎など。あの時代の人たちの色彩感覚が大好きです。映画は、音楽も衣装もヘアメイクも全部詰まっているので、特に大きな影響を受けました。

 

では、ユリアさんの理想の人間像は?

探究心が自分の原動力だと思っているので、それは忘れないようにしたいです。これからもいろんなことに興味を持ち続けたいし、何事にも真摯に向き合いたい。探究心で掘り進められるのは、仕事だからというより、本当に好きだからなので。「好き」ってすごく大事。ずっと大切にしたいと思っています。

 

Photo by 森山雅智

これまで、一気に視界が開けた瞬間や、自分が成長したと実感した出来事はありますか?

自分が想像できなかったこと、難しいと思っていたことができた時って、すごくレベルアップした気がします。だから、思っているより難しいことに挑戦した方がいいんだと思っています。例えば最初にDJを頼まれた時も、ミックスCDを作ってと言われた時も、「どうやって?」から始まって、できないから練習して、できるようになると楽しい。最近で言うと、この本も最初は作れると思っていなかったんです。でも皆さんの協力があって、半年という短い期間で形にできました。文章自体は前からなんとなく書いていたんですけどね。「何かある時のために」みたいな気持ちで。すごくやりたかったことだったので。

 

オファーはどちらからされたんですか?

私からです。ご縁があって、この本の前に弓岡勝美さんとの共著で『おとなの半幅帯結び コーディネートブック』を出させていただいたのですが、その後「単著を作りたい」とお話しさせていただいて。それが一年ちょっと前くらいですかね。

 

―素晴らしいです。では、そんなユリアさんにとってチャンスとは何ですか?

「つかむ」しかないです。チャンスにはタイミングがあるから、タイミングよくつかまないともったいない。チャンスがあるなら、絶対につかみたいと思います。

 

今までつかんだチャンスの中で一番大きかったチャンスといったら?

DJや歌を始めたこと、それから本を作ったこと。着物の仕事を始めたのも、ある意味チャンスだったと思います。チャンスは何度もあって、そのたびにつかんできたつもりです。

 

それでは、ユリアさんにとって成功とは何ですか?

成功の概念は人によって全然違うと思いますが、私は、今やっていることに満足できていたり、人に必要とされていたりするのなら、それは成功なのではと思います。でもやっぱり、自分で実感できていることが一番の成功かな。どんなに周りからそう見えたとしても、自分の中で「ちょっと違うな」と思ったら、私にとっては違うから。自分がやりたいことをやって、納得できていることが成功だと思います。

 

3年後、5年後、10年後の自分はどうなっていると思いますか?

3年後はそんなに変わってないかな。10年後はどうだろう。10年前の自分は今の自分を想像できていなかったので、もしかしたら全然違うことになってるかもしれない。でも、着物の仕事はずっと続けていけるものだと思うので、おばあちゃんになっても一生やっていると思いますし、もしかしたらDJもまだやっているかもしれませんね。

 

かっこいいですね、おばあちゃんになっても着物でDJして。

どっちもやっているのが私らしいと思うし、自分の中のバランスを保てるので、とても大事だと思っています。

 

最後に、まだ実現してないことで、これから挑戦してみたいことや、夢、野望はありますか?

野望はそんなにないですが、夢はいくつもあります。本を作ることは夢だったので叶いましたが、これからは着物に関するモノ作りをもっとしたいです。そして、時間があったら昔の模様の研究とか、いろんな勉強をしたいです。DJもずっと続けていけたらいいですね。それと、シャネルが「le19M(ル ディズヌフエム)」という施設を作って、プリーツや織りなど、なくなりそうな技術を持つ職人さんをサポートして次の世代へ伝えるという取り組みをしていたのですが、私もたくさんのお金があったら、そういうことをやりたいなと思います。

 

 

マドモアゼル・ユリア Information

きもののとりこ

DJ兼シンガー、モデル、コラムニスト等幅広く活躍する異色の「きものスタイリスト」マドモアゼル・ユリアによる待望の初単著。

きものと帯の色や文様、帯留めや髪飾りのモチーフ、襦袢や半衿、帯揚げ、草履の細やかな色づかい──。

ひとつひとつに宿る「小さな物語」を組み合わせることで生まれる無限のコーディネート。異なるジャンルや時代感を縦横無尽にめぐって紡がれる、ユリア流きものスタイルの真骨頂がこの一冊に。