IMPRESARIO KEYS
#12 | Jul 28, 2021

人生のどん底で出会ったシャドウバース。出来事の見方や視点を変え、目標達成までの道のりをシミュレーション。勝敗に左右されないメンタルを強化する

Interview & Photo: Atsuko Tanaka / Text: Atsuko Tanaka & Yukie Hashimoto

「IMPRRESARIO KEYS(インプレサリオ・キーズ)」では、思い悩んだ時の突破の仕方や、人生を切り開くための方法を人間開発の技法「コーチング」を用いて紹介する。コーチングとは、心理学やカウンセリング理論に基づく対話による、クライアントの自発的な行動を促すコミュニケーション技法のことである。 第12回目に登場するのは、横浜F・マリノスに所属するシャドウバースのプロプレーヤー、あぐのむ。小さな頃からゲームやカードゲームが好きで、ゲーム大会などにも出場した経験を持つ。高校の時にさらにのめり込み、大学時代にシャドウバースに出会ったことで、プロになることを意識し始めた。2018年に横浜F・マリノスのeスポーツチームに所属し、念願のプロゲーマーとして活動をスタートしたが、思うような成績を残すことはできなかった。そこで、自主的にメンタルトレーニングを学んだり、瞑想を取り入れたりしていくうちに自身の中に変化を感じ始める。その後、F・マリノスのeスポーツチームマネージャーを務めていた武田氏と話し合い、スポーツメンタルコーチングを受けてみることになった。あぐのむ選手がコーチングを通してどのような変化を遂げたのか、3つの事例を用いて解説していく。
PROFILE

シャドウバースプレイヤーあぐのむ

横浜F・マリノスeスポーツチームのキャプテン。生活の全てをシャドウバースに捧げるほど、ゲームへの強い情熱を持つ。爽やかなルックスおよび、深いゲーム知識と分かりやすい語り口のトークには定評があり、番組出演や公式大会での実況解説を数多く経験している。感銘を受けた書籍は「嫌われる勇気」。

スポーツメンタルコーチ武田裕迪

株式会社リクルートを経て、2017年に転職入社。 eスポーツは2018年の立ち上げ当初から関わり、選手獲得・育成・マネジメント、スポンサーセールス&アクティベーション、ファンコミュニケーションなど全般を担当。 一般社団法人F・マリノススポーツクラブの新規設立にも関わり、同クラブのSDGsパートナーシップの推進を担当。 プライベートでは国家資格キャリアコンサルタントとスポーツメンタルコーチの資格を持ちアスリートの競技人生の支援をライフワークとしている。

【現状のポジティブな捉え方や見方に気づく】~「それはちょうどいい、なぜならば…」と、言語で思考をリード~

『事象に対する自己認識を変えて、前向きかつ未来志向に 』

プロのシャドウバースプレーヤーとして横浜F・マリノスに念願の入団を果たすが、最初の頃は勝てないことが続き、思うような成績を残せなかった。それにより世間から批判を受け、自己嫌悪に陥ったと語るあぐのむ選手。その後、独学でメンタルトレーニングを学び、さらにスポーツメンタルコーチの認定資格を持つ武田さんとセッションを実施することになった。

まずは、子供の頃をお伺いしたいですが、どんな子供で、好きだったことや夢中になったことなどを教えてください。

あまり活発ではなく、割とうちで遊ぶようなタイプの子でした。親が家でゲームを楽しむ趣味を持っていたので、僕も幼稚園の頃から一緒にスーパーファミコンとかをして、カードゲームは小学1年の時にデュエル・マスターズを始めました。ゲーム以外では、友達が野球のクラブに入っていたので、親に勧められて渋々やっていましたが、ボールが当たると痛いので、それが本当に嫌でしたね。

小学生の頃からゲームの大会にも出場していたそうですね。何年生の頃から?

小学4年の頃からです。当時新潟の田舎に住んでいたんですけど、コロコロコミックとかにゲーム大会の情報が載っていて、近所の家電量販店でも大会をやっているのを知って、友達を誘って出たんです。小学生の間で流行っているカードゲームだったので、僕たちみたいな小学生しかいないと思っていたら高校生や大人もいて、その人たちはたくさんのレアカードを持っているので、僕らは大敗しました。心が折れてしまう友達や、負けるのが嫌で辞めてしまう子が多かったんですけど、僕は逆に勝った人たちをかっこいいって思って、彼らのようにレアなカードをいっぱい持って、かっこ良くプレイして勝ちたいって思うようになりました。

小学生の頃。近所の家電量販店で友達とカードゲームをしている様子

中学時代は卓球部に入ったそうですね。ゲームをしながら、スポーツも続けたんですか?

中学生になってからは、ゲームは一人で家でするくらいで、カードゲームは一旦辞めたんです。周りの友達が辞めてしまったし、大会に一人で出るのもつまらないので。スポーツは痛いのが嫌なだけで、嫌いではなかったので、痛くないスポーツと思って卓球を選びました。だけど、まあまあの強豪校だったので結構部活が厳しくて、毎日遅くまで練習する日々を送っていました。

中学は卓球部に入部した

なるほど、そして高校時代はバトミントンに転向されたそうですが、なぜ?

これまた不純な動機なんですけど、中学で卓球を経験した結果、卓球部はモテないことに気づきまして(笑)。やっぱり思春期でモテたかったので、もっとモテるスポーツの力を借りようと思って、でも痛いのは嫌なので考えた結果バトミントンに転向しました。だけど実際は、めちゃくちゃ痛かったです(笑)。

カードゲームの方は復活されました?

高1の冬くらいに、部活の仲間とカードゲームを昔やっていた話で盛り上がって、当時のデッキがあるからまたやろうということになりました。それで久々に対戦したら、やっぱり面白いってなって。もともとつまらなくなって辞めたわけではないし、色々調べて、競技的なカードゲームの存在を知って、のめり込んでいった感じです。そのうち大会にも一人で出るようになって、のめり込みすぎた結果、高2の秋に部活は辞めました。

ゲームにのめり込んでいったとはどのように?

単純に面白かったですし、やっぱり勝てるのが良かったんですね。バトミントンとか卓球も真面目にやったんですけど、どうしても上の人たちやプロを目指している人たちには絶対に勝てないなと思いまして。対してカードゲームなら日本一になれる可能性があると、それくらい道が切り拓けていて盛り上がっていたし、だったらこれに全力を尽くした方がいいと思いました。多分昔から勝負が好きなんでしょうね。今も一人で動画を観て楽しんだりするのも好きですけど、生きていることを実感できるのは試合をしている時ですね。

その後、大学時代はどのような活動を?

勉強は全くせず、カードゲームやゲームをするだけの不真面目な学生でした。神奈川の大学を選んだ動機も本当にひどくて、もっと大きな大会に出て勝負をするためでした。親には一人暮らしをして成長したいんだとか言いながら、本当はただただ大会に出たかっただけなんです。サークルは、カードゲームのサークルがなかったのでポケモンサークルに入りました。ポケモンも、キャラやストーリーが好きとかではなく、対戦が好き。全国大会もあるので、ずっとサークルの仲間とゲームをしていました。

その頃はプロになろうという思いはなく?

まだシャドウバースに出会っていないですし、当時はカードゲームのプロという概念は全くなかったですね。趣味の範囲で大会に出たり、勝負したりするのが好きでした。

シャドウバースとの出会いはいつ頃どうやって?

2016年の大学4年の時に、人間関係でトラブルがありまして、友達が全くいなくなって、サークルを引退したり、留年が決まったり、人生で一番どん底だった時期がありました。どうやって生きていこうかって考えるくらい落ちて、家に引きこもってTwitterを見ていたら、シャドウバースがリリースされることを知って。自分に残されたものはもう何もないし、ここで爪痕を残してこの世を去ろうかなくらいの気持ちでシャドウバースをインストールしたんです。シャドウバースはスマホでプレイできる上に、全国にいる誰とでもすぐに対戦することができます。スマホでできる本格的なカードゲームって、当時国内では初くらい画期的なことで、僕は初期から頑張ったので、最初のランキングにも一桁台に乗るようになりました。色々やっていくうちに、大会でもいい結果を出せるようになって、大会の実況解説にも呼ばれましたし、配信活動も活発になっていきました。

それでプロとしてやっていこうと思うようになったんですか?

そうですね、シャドウバースのプロリーグとチームが発足されることになったのが2018年で、その情報を見た時はこれしかないと思いました。留年も決まって、バイトしながら1年間休学してシャドウバースをやるみたいな生活を送って、どうしようかなと悩んでいた時だったので、絶対になるぞって決めて、そこからプロになるために活動をしていきました。

ちなみにプロにはどのようにしてなれるんですか?試験とかがあるんですか?

最初に発足されたプロチームは4つあって、その時は応募したけれどご縁がなく、その半年後に2チーム参入するというタイミングで F・マリノスに応募しました。まずは書類選考、そして次に面接があります。スーツを着て行って、本当に就活みたいな感じでした。面接では、これまでどんな人生を送ってきたか、プロになってどうなりたいとか、F・マリノスのエンブレムを背負っていく心構えはあるかなどの質問をされました。チームによって違うようですが、当時のF・マリノスの選考には実技試験はなかったです。

F・マリノスチーム結成当初

そして念願のプロとして活動してみていかがでしたか?

最初の頃はあまり勝てないことが続き、思い通りにならないことが多かったです。それまでは結果も出して配信活動も活発にしていたんですけど、勝てない状況が続いてネット上で叩かれて、配信活動も億劫になることがありました。

それで、勝つためにメンタルトレーニングや瞑想を始めたわけですね。

どんどん自己嫌悪になって、メンタルが結構落ち込んでしまって、自分で色々調べ始めたんです。戦績の改善の意味でも、プライベートを含めた試合以外での思考を磨く意味でも、本を買ったり、動画を観たり、瞑想がいいと知って始めたりしました。その過程で、「嫌われる勇気」というアドラー心理学の本に出会ったことはすごく大きかったです。他の人に言われたことを気にしたり、「これってどうなのかな?」って自分の中でもやもやしたりしていたことがずっとあったんですけど、そういうことを切り離して考えるアドラー的な考えがすごくしっくり来て感銘を受けました。すぐに自分の中に落とし込むのは難しかったですけど、そういう考え方があるのを知っただけでもだいぶ変わったと思います。

コーチングとの出会いは?

RSPL(RAGE Shadowverse Pro League)のアンケートに、僕が印象に残った本に「嫌われる勇気」を挙げたのですが、それを見たマネージャーの武田さんと本の話で盛り上がって。それで、メンタルコーチングのチームセッションを試してみないかと提案され、すごく興味があったのでお願いすることになりました。

抱えていた問題

■選手たちは自信を無くし、チームは暗い空気だった

RSPL 19-20 1st Season で1勝2敗と、あと1回負けたらもうプレーオフには進めない、しかも次戦は老舗の強豪チームとあたるという状況だった。

あぐのむ選手:一人ひとりが問題を抱え、暗い空気がチーム全体に漂っていましたね。次にあたる強豪チームに、自信を持って勝てると思っている選手は一人もいなかったんじゃないかと思います。

解決方法

■アンリソースフルをリソースフルに

武田氏は、チーム向けに「アンリソースフル=過去や現状で気になっていること」を書き出し、それを「リソースフル=見方・視点を変え、いいものや未来(前向き&未来志向)に変えてみる」というコーチングの手法を行った。

あぐのむ選手:シャドウバースは、ゲーム中何度も選択が求められ、状況により選択肢が変わっていく中で、いかに最善な選択をし続けていくかが大事なので、僕は「考えを瞬時に切り替えられる方法を知りたい」と書きました。その解決方法ではないのですが、「切り替えが大事なことと、選択肢が状況によってすぐ変わるということを知っている」ということに気づけたこと自体が僕にとって新しい視点で、どんな状況だろうと落ち込まずに、自分や現状のいいところに気づけるという、いい視点を持つことができました。

左:アンリソースフルの解説が書かれたホワイドボード 右:コーチングセッションの時に、あぐのむ選手が書いた付箋

得られた結果

■究極の場面でもリソースフルなチームに

1勝2敗で迎えての第4節は負けてしまったが、あぐのむ選手やチームはリソースフルな状態でいた。その象徴となる場面として、次戦で負ければF・マリノスのプレーオフ進出は無くなる状況で、延長戦を託されたチームメイトの水煮選手は、苦手とする選手を対戦相手に迎えても、「彼と戦うことはちょうどいい、なぜならば、勝てばヒーローになれるから」と視点を変え、迷いや不安や怖れを捨てて目の前の試合に集中できていた。チーム全体も、リソースフルな声をかけ合い、崖っぷちという状況を全く感じさせない、前向きで仲間の勝利を信じる空気感をチームみんなで作れていた。

あぐのむ選手:チームコーチングを通して、現状のアンリソースフルなところの見方を、視点を広く見ることでいいところも見られるようになり、みんな現状に落ち込まずにいい視点を持てるようになっていました。僕自身もアンリソースフルな状態は取り除けていたので、わりと清々しい気持ちで試合に臨めていました。負けても落ち込まなかったですし、チームの空気感も悪くなかったです。

コーチ補足

■「それはちょうどいい、なぜならば~」で、ポジティブな捉え方や視点に気づく

武田コーチ:チーム全体がアンリソースフルな状態でしたので、第一段階として問題を解決できるかは一旦脇に置き、試合のことでも日常のことでもなんでも、嫌だ、あるいは気になると感じている「事象」と「気持ち(その事象を自分はどのように認識しているか)」を全部洗いだし、みんなでシェアしました。そして、第二段階として、リソースフルな状態になるために、「過去は変えられないけれど未来は変えられるから、『それ(事象)はちょうどいい、なぜならば~』と言い換えてみよう」と伝えました。そうやって言葉で思考をリードすることで、捉え方(事象に対する自己認識)を変えることができ、マイナスな印象のことでもポジティブな捉え方や視点に気づき、かつ、引きずっていた過去と訣別し、前向き&未来志向になるきっかけにしていけるからです。例えばチームメイトの水煮選手は、負けが許されない状況で強敵と戦うという事象を、「それはちょうどいい、なぜならば~」のコーチングセッションを通じて、「怖い(試合から逃げたい)」→「勝てばヒーローになれる(試合を楽しみたい)」と事象を捉え直せたことで、実際に訪れた極限状況でも、充分な心理状態で臨めたのではないかと思います。

取材協力:eXeField Akiba(エグゼフィールド アキバ)
東京都千代田区外神田4丁目14-1 秋葉原UDX 4F LIFORK AKIHABARA内
営業時間:11:00-22:00(毎週火曜日定休)
https://www.ntte-sports.co.jp/exefield/

次は、今まで一番印象に残っているコーチングについて

1
 
2
 
3