歴史に残るものを作ってみたい気持ちから、公募前にトーチの制作を開始。 被災地に思いを馳せながら、今までにないものを形に
トーチデザインの制作を始めたのは、公募が始まる前だったそうですが、いつ頃から考えていたのですか?デザイナーとして、トーチのデザインをすることは吉岡さんの昔からの夢でもあったのでしょうか。
2013年に東京にオリンピック招致が決まったのをテレビで観ていましたが、当時はまだ東北の被災地が大変な時だったので、社会のためになるような、被災地の方が立ち上がれるきっかけになるような何かが、デザインを通してできるんじゃないかなと思ったんです。デザインに関しては、トーチに限らず、スタジアムでもメダルでも、何か自分も挑戦したい気持ちがあったんですね。でも具体的に依頼があったわけではないし、公募されるのかも分からない状況でした。
それでひとりで作り始めたんですか?
その時はそう思って、2015年に被災地の子どもたちとお絵描きをするプロジェクトをやったんです。単純に子どもたちに元気になってもらいたくて、福島県の南相馬市に行って、現地にあった百年桜をテーマにして、みんなで桜のお絵描きをしました。子どもたちの描くものがすごく力強さを感じるものだったので、これが何かに繋がるといいなと思いました。そこで、桜前線のような聖火リレーができたら素晴らしいのではないかと想像していたら、しばらくしてアイデアが浮かんできたんです。今までにないような革新的なトーチができたらというところからスタートして、桜のトーチをデザインすることに辿り着きました。
福島県の南相馬市の子どもたちと桜の絵を描いた
ご自身の中でアイデアが決まった後に公募があったのですか?
はい。応募前は、トーチのデザインはすでに誰か採用される人が決まっていて、公募はされないと思っていたんです。ただ、歴史に残るものを作ってみたい気持ちがあるので、たとえ今回はダメでも、将来そういう機会が得られるかもしれないから、自分なりに挑戦してみようと思いました。そこで、実際に作り始めたところ、そのうちに応募が始まりました。
素材のアルミニウムは、東日本大震災の被災地である岩手、宮城、福島の仮設住宅の廃材から再生したものを使用されているそうですね。
被災地の方々に喜んで頂けるようなもので、日本の方々の想いが詰まっているようなものを、どう世界に発信できるかを色々考えていましたが、実は何の素材を使うかは決まってなかったんです。すると、一緒にやってくださる企業の方が、 役目を終えた被災地の仮設住宅が取り壊されるので、そこのアルミを使えるかもしれないとおっしゃって。アルミには、軽さ、発色の美しさ、それから押出成形という技術があることを知っていましたし、すごく再生に優れている素材なのでいいと思いました。
トーチに使ったのは、被災地の仮設住宅で使用されていたアルミ素材なのですね。
そうです。アルミが廃棄されるタイミングとちょうどよく重なり、岩手と宮城と福島と、窓枠やドアに使われていたアルミを溶かして集めていきました。もともと被災地の方達が主役になるようなものを考えていましたが、それによってさらに強い繋がりができたと思います。
製造方法も全て吉岡さんが提案されたそうですね。
まず、トーチのこれまでの歴史を振り返った時に、今までにないようなシンプルさと、時代を越えられるような力強さを持ったもので、作り方も今までにないような新しいものにしたいと思いました。すごくシンプルに、一体成形で作るデザインは考えていたので、これをどうやって作るか考えた時に、ネジで止めるでもなく、溶接するでもない、構造とデザインを融合させるような新しい方法ができないか考えて。それで、アルミニウムをむにゅっと出して削るとすごく画期的じゃないかなと思って、押出成形という方法を使うことにしました。
アルミニウムを桜のかたちに押出成形し切削することで、軽くて継ぎ目のないトーチとなる
新しいやり方がトーチ制作にフィットしたんですね。
想像の中ではできると考えていたんですけど、実際にできるかどうかは誰もやったことがないので、作ってみないと分からなくて。それに単に花びらの角度が変わるだけでも、全て変わってしまうんです。また、削ることはできても、それを1万本以上作らなくてはいけなかったので、3Dでシュミレーションして、毎日毎日そのことばかり考えていました。工業製品として成り立つかどうかはとても重要なんです。
あるインタビューで「トーチをデザインするのではなく、希望を繋いでいくもの、つまり『希望の炎』のかたちをデザインした」とおっしゃっていましたけど、その考えも初めからありましたか?
そうですね、桜って色も暖かくて、 海外の方も老若男女よくご存知ですし、桜の形を表現するのはすごくいいなと思ったんですけど、トーチは聖火を繋ぐものなので、トーチ本体よりも聖火そのもののほうが重要じゃないかなと思ったんですね。その時に、桜の花びらの部分から現れる5つの炎を中央で融合させるものができたら素晴らしいと思いました。世界がひとつになるイメージです。それで、スリットから空気を入れてトルネードを起こすようなものが浮かびました。炎って引き寄せあうので、一つに繋がるんですね。
桜をモチーフに、『希望の炎』のかたちをデザインしたトーチ
素晴らしいですね。吉岡さんご自身も故郷の佐賀県でトーチリレーに参加されましたね。
本当にたくさんの人の温かい応援の中で走ることができて感動しました。自分がデザインしたことはあまり意識せず、ただただ緊張していました。聖火リレーはランナーの皆さんにとっても一生の記憶に残る体験だと改めて思いました。
佐賀県で聖火リレーに参加した時の様子。最終ランナーを務め、聖火皿に点火した
聖火皿のこともお伺いしたいです。
聖火皿も、2年くらいの時間をかけて作ったんです。まず3Dを作って、次にダンボールで実物の大きさのものを試作してボリューム感を見るんです。大きすぎないかとか、バランス的にどうなのかとか、実際に作るとやっぱり違うんですよ。あまりにも大きいので、結局花びらの部分は一個ずつ作って、それを5枚セットに組み合わせました。あのような金属のかたまりってなかなか作れないので、すごく画期的なものができたのではないかなと思っています。
こうして拝見するとすごく大きいですね。
大きいです。ずっと作っていると、何がいいか分からなくなってくるんです。それでちょっと時間をおいて、角度や高さを比べてみたりしながら試行錯誤して作っていきました。
左:聖火皿とトーチ 右:ダンボールで作った聖火皿の試作品
吉岡さんのアイデアのベースは、今回のトーチのように、みんなが喜んでくれるものって何だろうっていうところにあるのですか?
自分の中で究極のものって、感覚的に誰もが分かるものなんですね。分かりやすくて心に響くというか、誰もが感動するようなものを作りたいです。そして、今までにないもの。形が重要ではなく、根本的な部分をしっかり見つめ、そこから新しい切り口や考え方を生み出していくことを大切にしています。それをすることで100年経っても色褪せないものが生まれるのではないかなと思いますね。
では、東京オリンピック、パラリンピックに吉岡さんが期待することはなんでしょう?
歴史の中で世界がひとつになる重要なイベントだと思うんです。今大会はコロナがすごく影響をしたと思いますが、その時期に開催されるイベントとして、その時間を世界の方がみんなで共有できればいいなと思っています。
次回へ続く