今まで積み上げてきたと思っているものを手放すのは誰しも怖い。おそれることをおそれない世界になるよう貢献していきたい
自分の夢を実現化するのに必要なことは何だと思いますか?
大事だと思うのは、今の自分が思い描く夢に拘らないということ。人は変わるし、成長する。だからこそ人生は面白いんだと思います。今それぞれが持っている夢って、今思い描ける範囲のことしかないわけですよね。夢に近づいていくにつれて、見える景色が変わってくるし、そこで何か違うビジョンが出てくるのは、成長したということだと思う。だから最初の夢にあまり拘りすぎない方がいいし、今見ている夢を実現しようとするよりは、今の自分には見えないような夢を目指した方がいいんじゃないかと思います。
習慣にしていることを3つ挙げてください。
掃除です。掃除って終わりがないですよね、掃いたそばからちりが積もっていくんで。だからずっとそれをし続ける。あとは、お経もそうですね。それと、健康のために納豆などの発酵食品を摂るなど、食生活に気をつけること。「ちょうどよさ」ということを大事にしようと思って、食べ過ぎないようにはしています。
愛読本や映画、音楽などで好きなものとかはありますか?
そんなに趣味がないんですが、最近お経がいいなと思って、「テンプルモーニングラジオ」の後半で流れる、友人のお坊さん達から送ってもらういろんなお経の音源が気に入ってます。 お経自体は伝統的なものなので、それとした型みたいなものはありますが、鳴りものもみんなそれぞれ宗派によって違いますし、「ここは共通だな」とか、「こういう節回しがあるのか」って思いながら毎朝聴いてます。その人の個性もほどほどに出つつ、落ち着くものもあれば、結構アッパーなものもあって。
私も聴いていますが、とても面白いです。では、松本さんにとって“チャンス”とはどんなことだと思いますか?
自分が変わる機会。それは、いつもあるものだと思います。そして、それは待つもので、向こうからやってくるもの。
チャンスは自ら取りに行くものではないということですか?
自分から行こうっていう気持ち自体もやってくる。自分に必要なことはやってくるから、チャンスがやってくるのを受け入れられるように、心身ともに整えておくということだと思うんですよね。忙しすぎるようにしないとか、生活の中に余白というか、ゆとりを持つっていうことですかね。まあ、そう言いながら結構詰め込んでしまったりするんですけどね。
振り返って、自分が整えていたからすごく大きなチャンスがやってきたんだと思うことってありますか?
人との縁はすごく大きいと思います。いろんな人との出会い一つ一つをちゃんと大事にしてきたところですかね。
では、松本さんにとって成功とはなんですか?
成功とは幻想。成功っていう発想に落とし穴がありますよね。 成功は“掴む”という言葉がつきものですけど、「ここに辿り着けばゴールなんだ」っていう一点を考えてしまうと、それを掴んだ瞬間に成功はすり抜けちゃうというか、こぼれ落ちちゃうものだと思います。だから、一点固定したところを目指していくっていう発想自体から離れたいっていうのはありますね。成功を掴めばそれで全部オッケーなんだ、これで報われるんだっていう発想をしがちだけど、そうじゃなくて敢えて成功っていう言葉を使うんであれば、瞬間瞬間にちゃんと整っているかどうかっていうこと以外に成功はないと思うんですよ。
今、ちゃんと整っているかどうかが一番大切だということですね。
実は成功もそうだし、夢とか目標とか、そういうものって全て“ここではないどこか”の話なんですよね。ということは、成功を持つということは、それがないって言ってるんだから、今ここにいる私を否定するということですよね。その発想だと、いつまでたっても常に欠けていて喉が渇いている状態なので、それは仏教では成功ではないわけですよ。どこまで行っても辿り着けない、成功という名の幻想。いつも「あれが足りない、これが足りない、自分はまだそこに到達していない」っていう想い。それが苦しみの元なんで、そこから離れていくということですよね。だから僕はあんまり成功を目指して何かをやるっていうことにはまり込み過ぎないようにしてますかね。
小さい頃は、成功というものに対して、スーパースターみたいな、夢みたいな感じのイメージを持っていた時もありました?
結構それはあったんじゃないですかね。 自分に自分がどう感じるかじゃなくて、成功している人だと思われたい、あるいは「あいつは失敗した」って思われたくないと思っていました。成功は掴むもので、失敗はしたくないし、世間様からどう見られるかっていうことに拘っていたから受験なんかも頑張ったのかもしれないし。今は、昔よりはそこから程良い距離を取れるようになったとは思います。
それは仏教に入って、修行を積んで徐々に考え方が変わったのですか?
そうですね、仏道に入ってみてわかったことですが、お坊さんだって普通の人間だし、色々失敗しながら自分なりに世の中のいろんな人と関わることを繰り返しながら、悩んだりしているんですね。そこで仏教を参照すると、「そっか、これはそういうことを言っていたんだ」って気づくわけです。仏教に書いてあることは、二十歳の頃とか若い時だって読んでいたし、理屈としては理解できるわけですけど、本当にそれが自分の実体験として腹落ちするのは、そういう気づきがやって来るのを待つしかないというか。そのために心をオープンにしておくということですかね。やってくることや自分が変わることを恐れてしまうと、受け入れられなくなってしまうんで、変わることに柔軟でいるのは、チャンスを掴むために大事なのかなと思います。
では、松本さんから見て、この方は最も成功してると思う人はいらっしゃいますか?
子供たちみんなです。子供って本当に余計なことを考えてないというか、今を生きてますよね。全力で遊んだりするし、今、ここを生ききる。
そうですね。子供の頃は出来たことが、いつからかできなくなってしまうんですよね。
自分でややこしくしちゃってるんですよね。
世の中に対して嘆いていることや、心配に思うことがあったら教えてください。
本当はもっとシンプルにやったら良さそうなものを、みんながお互いをややこしくして縛りあってしまう。何でそうなってしまうかって言うと、そこから離れることを恐れて、慣れ親しんだものにしがみついてしまうから。これは仕方のないことで、特に日本社会はどうしても歴史も長いし、引きずってきたものも多いんで、なかなか手放せないものがたくさんあるのか、他の国以上に巻き戻しボタンを押そうとする力が強いところもあると思うんですね。自分はそういう感覚が強くないので、息苦しいと思うことはありますけど、あまり嘆いてもしょうがないというか、現実はこれしかないし、ここから始めるしかないわけで、それもまた縁なんでしょうね。
まだ実現していないことで、これから挑戦しようと思っていることや、興味があることってありますか?
お互いを縛りあってしまうようなものって、宗教という領域にも多いと思うんですね。その引きずってきたものが最も重い分野でもあるがゆえに、それをもっと軽くしたいなとは思っています。本当は救いとか、より生きやすくなるためのものがあるはずなのに、宗教の領域にいる人たちが結構色々抱えていたりするので。僕、色んな要素をひっくるめて、何だかんだ宗教が好きで、宗教への興味が尽きないんです。
やはりこれからも宗教のために貢献していくのですね。
仏教には、3つの布施、「法施(ほうせ・仏法を説く)」、「財施(ざいせ・財を手放す)」、「無畏施(むいせ・恐れをなくす)」というのがあります。この3つ目の「無畏施(むいせ)」とは、みんながおそれを持ってがんじがらめになってしまうところを、どれだけ軽くしていけるかということです。今まで積み上げてきたと思っているものを手放すのは誰しも怖いですよね。今だったら気候変動や安全保障の問題の背後にあるものも、最後はおそれだと思うし。でも、みんながおそれずに生きられるような、おそれることをおそれない世界になっていくために、何か貢献できたらいいなって思いますね。
最後に、松本さんは、3年後、5年後、10年後はどうなってると思いますか?
自分ももうちょっとおそれを手放せてるといいですね。
なるほど。10年後なんて、段々とブッダに近づいているのではないですか?
ブッダに近づいて、死ぬ、と。
死ぬのはまだまだ先のことですけれど。
でもね、死ぬのは明日かもしれないし、わからないですよね。だから、例えば3年後ということを考えた時に、もうその時は死んでるかもしれないっていうような感覚を大事にしたいなと思います。そういう感覚があるから今日一日を大事にしようという気持ちも生まれてくるんでしょうし。そういう意味でコロナは悪いことばかりじゃないかもしれませんね。コロナがあろうとなかろうと、そういう人生を私は生きていたんだということに、気がつくチャンスなんだと思います。