HIGHFLYERS/#46 Vol.1 | Mar 4, 2021

ブームが去って、今スペシャルティコーヒー業界は初めての停滞期を迎えている。今後はいかに一般の人に広げていけるかが課題

Interview & Text: Kaya Takatsuna / Photo: Atsuko Tanaka

今回HIGHFLYERSに登場するのは、株式会社丸山珈琲の丸山健太郎社長。丸山さんは1991年に軽井沢で創業、長野や東京でコーヒー専門店を経営すると共に、2001年頃から頻繁に生産国へ足を運び、バイヤーとして品質の良い豆を直接買い付けてきました。また、生産国で毎年開催される国際品評会「カップ・オブ・エクセレンス」に数多く招待され、世界スタンダードのコーヒー豆を最先端で評価してきた世界有数のコーヒーカッパーの1人でもあります。そこで、スペシャルティコーヒーの創成期から、第一人者としてコーヒー業界を見てきた丸山さんの、コロナ禍での経営や、今までの半生、そして未来のビジョンなどを4回にわたってお届けします。第一回目は、現状を中心に、コロナ禍で経営はどう変化したのか、これからどのベクトルに向かっていくのか、今後の経営を続ける上でのアドバイスなどを伺いました。
PROFILE

丸山珈琲 代表取締役社長 丸山健太郎

1968年埼玉県生まれ、神奈川県育ち。1991年に軽井沢にて丸山珈琲創業。2001年からは、バイヤーとして生産地訪問を開始し、現在は年間150日近くを海外で過ごす。また、数々のコーヒー豆品評会、審査会における、国際的カッパー(テイスター)としても活躍。「世界でもっとも多くの審査会に出席するカッパー」と言われている。また、カップ・オブ・エクセレンス国際審査員、ACE(エース)(Alliance for Coffee Excellence Inc.)名誉理事を務める。

コーヒービジネスの利点は、生涯顧客化するところ。大切なのは、今から地道にお客様とコミュニケーションをとっていくこと

まずは現状からお伺いしたいです。昨年一気に3店舗閉店に踏み切りましたが、コロナの影響が大きかったということでしょうか?

実は去年の6、7月頃までは逆に攻める時じゃないかと思って、関西や九州方面に物件を見に行っていたし、都内もあとサインするぐらいまで話は進んでいたんです。でも結局何が起きたかと言うと、7、8月の軽井沢方面の売り上げが悪かったんですよ。皆さん夏に別荘に来ても、閉じこもってお金をあまり使わなかったんですね。その時に、全く予想がつかない事態が起きていることに気が付いて、コロナもまだ2、3年かかるぐらいの気持ちでいたほうがいいと思い直し、むしろ今進むべき道は逆なんじゃないかと思いまして。

それで大きく方向転換したんですね。

閉店したうちの表参道店は、社長直々のプロジェクトでブランディングのために作った店です。それをオープンして3年ぐらいで閉めなきゃいけないのは非常に辛かったんですが、今はより物販と通販に力を入れようと、戦略的に思い切って閉めました。

とはいえ、やはり寂しさはありましたか?

長野の店の片付けに行きましたけど、あっという間に回収業者が来て、あっという間に全部取り外して、わずか1時間でお店がなくなるわけですよ。それはやっぱり悲しかったです。表参道店にも夕方に行って、昔からのお客さんやスタッフも来てくれて、胸は痛かったですね。その後1か月間ぐらいは、仕事は続けながらも、心はもぬけの殻みたいでした。ただ、時代が動いているので、経営としては正しかったなと思いますし、コロナが終わった後、その時に一番かっこいいお店をやればいいのかなという風に今は気持ちを切り替えてます。今後はこれからの時代の事業モデルを考えなきゃいけないので、商品開発と一緒に今、色々試しているところですね。

左:長野店最終日 右:表参道店最終日

今までは年に150日以上海外に行かれていましたが、今は国内でどのようなお仕事をされていますか?

まず一つは、私がないがしろにしてきた内部管理の仕事ですね。 もともと会議が大嫌いでトップダウンで何でも決めちゃうのが好きだったんですけど、その弊害に気がつきまして(笑)。今は、ズーム会議に次ぐズーム会議。 前は議事録すら残してなかったんで、みんなで決めていくのもいいなと感じています。以前も独占的に決めてたわけじゃないんですけど、やっぱりどこか私の顔色を伺うような会社になっていたので、その限界も組織としてあった中で、日本にずっと居られる今だからできることをしています。

生産者は会えなくなって寂しがっていませんか?

生産者とのやり取りは、あっけないぐらいズームで出来ちゃうんですよ。もう家族みたいなもんだから、「元気?」「元気だよ」ってぺちゃくちゃ話して、あっちもこちらの好みをわかっているんで、「ところで今度の買い付けのことだけどね」って比較的にすっと終わっちゃうんです。これが何年も続いたら、さすがにあちらの色んな変化が分からなくなるけど、今のところは、外で仕事して家庭を顧みなかったお父さんが、それを補うかのように家に居るみたいにテレワークしています (笑)。

生産国の空気は恋しくなりませんか?

向こうでは移動もすごいし常に疲れ切っていたので、あんまり恋しくならないんですけど、やっぱり本来の意味での、抜けた風景とか、特に南米とかアフリカの、本当に悩み事を忘れさせてくれる感じとか、あとは辛い思いをしている生産者たちに対しては家族のような気持ちで接しているので、多分久しぶりに会ったら、もう何も言わなくていいから泣いて抱き合っちゃうくらいの感じだと思いますけど。確かに会いたいなっていうのは少し出てきましたね。

次に行った時はすごいでしょうね。

そうですね、多分もう泣いて笑ってって感じじゃないですか。

素敵ですね。ところで、コロナの影響も大きいと思いますが、スペシャルティコーヒー業界自体の大きな変化みたいなものは感じていますか?

感じています。今までは要するにこの業界が新しかったので、何をやっても伸びる時期で、確実に新しい人が増えていくという追い風がずっとあって、 2000年頃から15年くらいかけて少しずつですけどずっと伸びてきました。逆に今は確立された業界になっちゃって、プレイヤーも多いし、その中で差別化がどんどん難しくなっているというのはありますよね。マーケットも2015年ぐらいから3、4年の間に一回コーヒーブームがあって、お客さんもなんとなくコーヒーというものを知って、もう興味は別なところに行っている。なので今、初めて停滞の時期が来ていると感じています。今まではすごく面白い人達がやっている尖った業界で良かったんですけど、それは残しながらも、いかに一般の皆さんにアプローチしていくかっていうところに来てるのかなっていう気がしますね。

ということは、今後はターゲットも中身も変わっていくのですか?

簡単に言うと、うちの会社は今までは素敵なお店をいい場所に作ってブランド感を出して、そこに人が寄ってくることで売り上げが上がるっていう、すごく上品なビジネスモデルをやっていたんです。でも今の時代やっぱりそれだと人が動いてないし、もう大体一回りしているんですね。だからこれからは、「皆さんの日常生活でスペシャルティコーヒーってこんなに楽しめます」という具体的な提案や、お客様の声を汲み取って、そこにちゃんと提供していくことはしなきゃいけないなと思っていて、それを前提とした商品開発はしています。

なるほど。その中でも譲れない部分といいますか、これだけはブレないってところはどこですか?

コーヒーの原料の品質ですね。スペシャルティコーヒーの点数より下のクオリティは扱いませんし、逆にそこさえきちっとしていれば商品の形はどうなっても大丈夫だと思っています。例えば、昔はコーヒーバッグだけじゃなくて、ドリップバッグすらも嫌だったんですけど、原料と焙煎をきちっとすれば美味しいとわかったので、結構自由度は広げていいんじゃないかなと思うようになりました。

上段:コーヒーバッグ。丸山珈琲のブレンド単品 200円 アフリカ、シトラス、ハーモニー、ナッツ、ベリーは単品 270円/5個組 1350円 下段:ドリプバッグ。丸山珈琲のブレンド単品 167円(全て税込価格) 

丸山珈琲といえばコーヒー競技会のチャンピオンを輩出するイメージが強いですが、それは継続していきますか?

競技会は出続けますよ。競技会のいいところはスポーツと同じで、例えばバスケットのフリースローを入れるのに、練習の時と、試合のプレッシャーの中でやるのでは全然違うじゃないですか。追い詰められて圧力がかかった中での成長ってあると思うんですよね。日常業務でも成長するんですけど、ああいうめちゃくちゃな圧力がかかってる中でやると、みんなすごく伸びるんですよね。それを見てきているので、その場を与えてくれる競技会っていうのは、私はとても重要だなと思っています。

目指してる方は社内でもまだたくさんいらっしゃいますか?

います。ただ、ライフサイクルってあると思ってて、スペシャルティコーヒーが新しくて追い風だった時代は、競技会で成績が良ければ売り上げも上がる。でも今は必ずしもそうじゃないので、そこは戦略的に考えないといけないですよね。

競技会での結果と売り上げが比例しなくなったのはなぜですか?

ひとつは、今はいっぱいチャンピオンがいますよね(笑)。 競技会も多くなってきて量産されてる。でもそうは言っても「バリスタ?何それ?」っていう人もまだまだいて、ブレイクしてないと思うのも事実です。あとは、コーヒーって難しくって、どんなに美味しくても、茶色い、黒い液体なんですね。タピオカとかパンケーキとか甘いものって美味しそうですよね、たこ焼きだってそう、お好み焼きもラーメンだってそう。「ああ食べたい」と思うけど、コーヒーがいくら美味しいって言ったって行列はできませんよね。そこがコーヒーの難しいところで、なかなかマーケティング的に言ってもコーヒーという商品の難しさもあると思います。

丸山珈琲のバリスタ、鈴木樹。2016年ジャパンバリスタチャンピオンシップ(JBC)の大会にて優勝した時のもの 写真提供:一般社団法人 日本スペシャルティコーヒー協会

なるほど。では、コーヒーショップを経営している人は、今後どういう考えを持って経営をしていけば良いと思いますか?

ドリンクで勝負するっていうのは、流行りもあるし、なかなか難しいです。アメリカとかヨーロッパは、出勤前、10時、12時、2時、3時、退勤後と、同じ人が一日に何回も飲みに来るじゃないですか。本当の行列ができるようなお店でしたら、ドリンクの店は成り立ちます。東京でそういう現象が起きたのは、(インディペンデント系では)猿田彦珈琲の本店がオープンした初期の頃。あれは欧米と同じですごかった。僕が見た限りはあれだけですが、あれができるんだったらやった方がいいです。だけどできないんだったら、やっぱりロースターとして豆を売る。そうしたら後は簡単で、豆を個人に売るのか、卸しをするのか。卸しをするんだったら営業しないといけないし、個人を相手にするなら、きちっとコミュニケーションしていくことです。コーヒー豆ビジネスの良いところは、生涯顧客化するところですから。

生涯顧客化ですか。

何度も買ってくれて、贈り物にも使ってくれる、積み上げ式ビジネスなんですよ。ですので一番堅いのは豆を売ることなんですけど、なぜか最近の人達は、あんまり豆に意識がない。でもアメリカのサードウェーブの店も、かっこいいお店も、表面上はかっこいいけど、裏ではものすごい大きな卸しのアカウントを抱えてます。その裏を見ないで、かっこいいところだけを見てやっていても、お客様を育てるのは時間がかかるんです。そんなことを地味にやらなきゃいけないの?って思うかもしれませんが、今からやったもん勝ちです。僕も同じですから。

次回へ続く

1
 
2
 
3
 
4
 

ARCHIVES