HIGHFLYERS/#19 Vol.3 | Sep 29, 2016

コストダウンや利便性、効率性ではない。「技術」とはあくまでも人間の心を豊かにするためのものであるべき

Text: Kaya Takatsuna / Photo: Atsuko Tanaka / Cover Image Design: Kenzi Gong

職人・菅野敬一さんのインタビュー第3回目は、ものづくりの現場で思うことについて。製品の値付けの悩みから、大好きな革のこと、尊敬する先代の職人達の腕の素晴らしさ、そして、ものづくりの世界における技術とは本来どうあるべきかという深い問いに向き合って下さいました。
PROFILE

職人 菅野敬一

1951年東京都生まれ。 早稲田実業高等学校を卒業後、働きながら夜間大学に通い、 祖父が創業した精密板金加工工場「菅野製作所」に入社。 父の後を継ぎ3代目社長に就任したものの2年後にはバブル 崩壊に伴い倒産。 その後、取引先の協力などもあって再建。 「死ぬまでに自分の欲しいものを作ろう」との信念を貫き、「エアロコンセプト」 というブランドを開発。 菅野の作る航空機部品の技術を応用した鞄や各種ケースは、モナコ国王、ウェストミンスター公、ジョージ・クルーニー、ロバート・デニーロなどハリウッドスター、世界の著名人、セレブ層から高い評価を得ている。

どんなに最先端の機械技術も、職人の腕の良さにかなうものはない

エアロコンセプトを始めて15年近く経つわけですが、自分の考え方などに変化はありましたか?

以前下請けとして飛行機の部品を作っていた頃も、技術を認めてもらえてはいたけれど、下請けとしての技術が良いから仕事をお願いされる取引上の関係だった。でもエアロコンセプトを始めてみて、僕が売るつもりもなかった自分のために作ったものをどこかで見て欲しいという人がいて、それに値段がついてお金を払ってもらえるってことは凄いことなんだって初めて分かったんです。いいねって言ってくれる人はたくさんいても、お金を払ってもらえるのと払ってもらえないのじゃ全然違うんですよ。人に欲しいって言ってもらえる時は、ものづくりをやってきて良かったって思うし、認めてくれてるんだなって嬉しい気持ちになります。

製品の値付けはどのようにされているのですか?

最初の頃は、下請けの仕事をやっていてコストダウンすることに慣らされていたもんだから、値付けは難しかった。僕がお客さんにダイレクトに売るだけだったらいいんですけどね。大体僕が値付けすると値段を安く設定しちゃうから、そうすると末端の価格と合わなくなっちゃうんで店舗に卸せなくなってしまう。流通のことを知らなかったから、最初はストレスがありましたね。

特注のものは特に値付けが難しそうですね。

特注の依頼を受ける時は、予算を大体最初に聞くようにしていますが、値段はあってないようなものなんです。エアロスミスのジョー・ペリーのギターケースを作った時も、途中すったもんだで何べんもやり直しして、何日徹夜したか分からない。利益はないかもしれないし、大変なこともあるけど、喜びもある。ジョー・ペリーの手元に行くんだなぁ~と思うと、僕も夢を見られるし、まあ嬉しいからいいかと。

製品に使っている革にもかなりこだわっていらっしゃいますよね。

例えば私の製品に使用している革の中に、クロコダイルのヒマラヤと言うものがあるのですが、それはエルメスが使ってるものと同じ製法で加工されています。日本ってシャネルとかエルメスとかと肩を並べるいわゆるスーパーブランドってないでしょ。だから問屋さんが買い付けてこれないんですよ。特にクロコダイルが中々手に入らない。高級革は、アフリカとかパプアニューギニアやタイなどに行って買い付けるのですが、エルメスとルイ・ヴィトングループが養殖場自体を買収してるんで、ほとんどは彼らが持っていってしまうと聞いています。だから大量には買ってこれないんですけど、どうにかして少しでもいいから買ってきてくれと頼みます。だからエアロコンセプトが使っている革は最高級なんですよ。

製品に革を使うのは、先代の時代にはまったく取り入れていなかった、エアロコンセプトが生み出したアイデアですよね。

僕はもともと革が好きなんです。だから、ただ金属に革が貼ってあるだけじゃ嫌なんです。触り心地が良くないとだめとか、コバ(革製品の端っこや切れ端の切断面のこと)磨きは手で素磨きしなきゃだめとか、どういう種類の革はどういう味が出るとか、細かいディテールまで革のことはよく分かってます。例えば日本の革は傷をつけたら、その傷は取れないけど、イタリアの革は取れちゃう。厳密には傷は取れないけど、革を染料でぐつぐつ煮ているので、表面から裏から中まで全部染料がしみ込んでいるから少し磨けば分からなくなる。革の色だって、紫外線を浴びると焼けてきて綺麗な色になるしね。僕は敢えて手入れをせず、ちょっとほったらかしておくんですけど、手入れをすればもっと綺麗な色になるし、ピカピカにも光る。

先代とは全く違うことをなさっていますが、過去に先代がやられてきたことを改めてすごいと思うことはありますか?

当然あります。うちには50年以上一緒に仕事してる70歳過ぎた職人がまだ2人残っていますが、彼らは今まで経験してきた「技」を持っていて、上手くいかない時の対処法を全て知っているんです。職人技というのは機械なんて問題にならないくらい凄いですよ。

今の日本のものづくりの現場に対して思うことはありますか?

戦後、世界中で機械化が進んで、機械にコンピューターが内蔵されて、それまで一時間に百個出来ていたものが五百個出来るような進化はしたけれど、それによってコスト競争が生まれた。「最先端」って言葉がつくと人はありがたがるし、例えば医療の世界は、新しい技術や機械が導入されたことで今まで治らなかった病気が治るという進歩もあります。でも、ものづくりの世界においてはマイナス面もあるんです。皆がプログラマーやオペレーターになって、機械が全てを作っていたら、人間の技術はどんどん低下していっちゃう。コストのことを考えたら、製造業は全部海外に移転したり発注したりするしかないから、日本からどんどんものづくりが消えていっちゃうんですよ。

効率性を求めた結果、弊害も生まれているのですね。

歴史的に見ても、日本のものづくりの素晴らしいところは個人の技にあるんです。例えば柘植の櫛を代々何百年も作っているような方達や、釣り竿や蛇の目の傘は職人さんが全部手で作ってますよね。昔はそうやって職人さん自身がデザインして作ったものを、自分のお店で販売していたけど、大量生産とか効率性を求めていった結果、個人のお店だけでなく、デパートにも店舗を作るようになっていった。でも作り手と売り手が違うと、作り手の想いが100%伝わらない非常に中途半端なものづくりになっていくんですね。効率良くお金にはなってるけど、中身が薄まるのはちょっと違うなと。

菅野さんがものづくりで目標にしている人は、やはりお父様ですか?

まあそうですね。親父とか爺さんの時代にいた人達はみんな腕が良かったんです。今回ジョー・ペリーのギターケースを作る時もなかなか上手くいかなくて、何度も麻布のお寺にある親父のお墓に行って、「出て来なくていいから、何とかして教えてくれよ」って頼んだ。うちの親父や爺さんだったら、多分こんなの朝飯前でやっちゃってたよ。大した道具はなくても出来ちゃう。腕がいいっていうのはそういうことなんですよね。

左:祖父の春吉さんと弟の修平さんと 右:父の良彦さんと

それがものづくりと毎日向き合うことで培った本物の技なのですね。

今の時代、技術って言うと、コストダウンや利便性、効率性っていう意味合いに捉えられるけど、僕が一番大事にしているのはそういうことじゃないんです。見た瞬間に心が豊かになったり、魅了されてしまったり、圧倒されたり、触り心地や直感力、品格とか潔良さとか思いやりを感じたり、そういう抽象的なことを成し遂げるのに必要なのが技術だと思う。技術はあくまでも人間の心を豊かにするための技術じゃなきゃいけないと考えています。

次回へ続く

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