HIGHFLYERS/#15 Vol.4 | Feb 18, 2016

「日本でとにかく技術を磨く」。世界で通用する料理人になるための手法と精神

Text: Kaya Takatsuna/ Interview & Photo: Atsuko Tanaka/ Cover Image Design: Kenzi Gong

国内外で高く評価され、今最も注目されるフレンチシェフの吉武広樹さん。今後はシェフとしてだけでなく、「メニューデザイナー」という新しい肩書きのもと、世界での活躍の場を大きく広げていきます。最終回は、料理人として更なる高みを目指す吉武さんに、将来の展望やこれから料理人を目指す若者へのメッセージをいただきました。
PROFILE

フレンチシェフ吉武広樹

1980年8月佐賀県伊万里市生まれ。幼いころにテレビで目にした、「料理の鉄人」で晴れやかに活躍する坂井宏行シェフに魅了され料理の世界を志す。
福岡市の中村調理製菓専門学校を卒業後、念願だった坂井宏行シェフの「La Rochelle ラ・ロシェル」(東京・渋谷)で3年間、茗荷谷フレンチレストラン「Le Pirate ル・ピラート」で3年間、厳しいなが らも、フランス料理の基礎を学ぶ。
2007年、フランス料理に留まらずさらに広い視野で見聞を広げるため 調理器具を背負い、アジア、中東、アフリカ、アメリカ等、 各国の食材、調味料を用いて現地で料理を作りながら世界を周る。
2008 年、本場のフランス料理を勉強するため渡仏。「Fogon フォゴン」、「Ze Kitchen Galerie ザ・キッチ ン・ギャラリー」、「les Magnolias レ・マニョリアス」そして「Astrance アストランス」の厨房に立つ。そこで吉武はシェフのパスカル・バルボの生み出す料理のシンプルさと、素材そのものの活かし方に衝撃と 感銘を受ける。
またその間、当時は夜のみの営業だった「居酒屋 Youlin ユーリン」(後にSakebar に改名後、2014年夏に 一時閉店)でも料理人として働き、ここで後のSolaを共同経営することとなるYoulin Ly(ユーリン リ ー)と出会う。
2009年夏、シンガポールの料理人コンテストに参加した吉武の料理がシンガポール投資家の目に留まり、シンガポールでレストランオープンのオファーを受ける。そして 2009 年9月、大きなテラス席を含めた、80席のフレンチレストラン「Hiroki88@Infusion」をオープン。2010年1月には、シンガポールレストラン協会が 開催したコンテストにおいて部門最優秀賞「Best New Concept Award 2010」を獲得し、一躍、シンガポールの食シーンで話題のシェフとなる。
その間パリでは、フレンチ居酒屋「Youlin」が軌道に乗ってきた Youlin Ly が、ガストロノミーレストラン のオープンに意欲をわかせていた。シンガポールでの吉武の活躍を耳にしていた彼は、一か八かで吉武に提案を持ちかけたところ、その場で話がまとまる。その後吉武は「Hiroki88@Infusion」を閉め、再度パリへと向かう。
こうして2010年12月、Youlin Lyと共にRestaurant Sola をオープン。2012年3月には、開店から1年 3ヶ月という短期間でミシュラン1つ星を獲得。日本をはじめ、世界中に多くのファンを抱え、食の都・パリ において唯一無二の存在を放つレストランへと成長させる。
さらに、現在は JAL のファースト・ビジネスクラスの機内食の監修や、2015年秋に NY にオープンする和食店 のメニュープロデュースなども行い、レストランの枠を越えた活動も積極的に行ってる。
また 2014年、若き才能を発掘する日本最大級料理人コンペティション「RED U-35」に参加。同年11月最終 審査が行われ、第2回グランプリに輝く。

新しい料理人の形、「メニューデザイナー」としてレストランを超えた空間作りに挑みたい

進行中のプロジェクトや今後のイベントなどについてお聞かせ下さい。

今年の春、NYにオープンする「MIFUNE New York」という三船敏郎さんをテーマにしたレストランで、メニューデザイナーとしてメニューを監修します。三船さんがニューヨークに行ってから、“世界の三船”になるまでのサムライ精神をテーマにしたレストランなのですが、ベースは和食で、フレンチの技法を用いて、食材にフォアグラなどを上手く和食に落とし込んだりしています。あとは1月にスイスで「サン・モーリッツ」という日本を題材にした、海外の3つ星のシェフや世界で活躍する日本人シェフが集まるイベントに参加したり、3月に安倍昭恵さんと蔵王で復興支援のイベントをやります。

メニューデザイナーという言葉は初めて聞きました。

今までにない、これからの料理人の新しい形だと思います。

吉武さんの今後の夢や目標は何ですか?

メニューデザイナーとして、世界のさまざまな都市に表現の場を広げていきたいです。今、日本で飲食業界に関わる方達の多くは、世界に目を向けています。海外出店の際、海外で通用する知識と経験のある料理人は必要不可欠だと思います。今後、彼らがレストランを作った時に、僕やうちのスタッフ達がメニューデザインするなど、臨機応変に対応できる料理人のチームを作りたいです。そしていつか、新しいレストランの形と料理人の働き方を表現出来るような、最高にかっこいい店を作りたいと思ってます。

フランス人で日本で働きたいと思ってる人を日本に送ることなども考えていますか?

そうですね、それも出来るけど、やっぱり僕は日本人なんで、日本人が好きなんです。やっぱり日本の文化はすごいと思うし、こんな人種は他にいないと思う。

吉武さん御自身は、海外に来てから変わりましたか?

はい、僕は理不尽なことがすごい嫌で、日本ってまだそういう理不尽なことがたくさんあるんです。日本の料理人は、“仕事は仕事”って思って仕事を楽しんでないんですよ。料理も仕事も本当は楽しいものだから、人間関係でぶつかり合うんじゃなくて、もっと見なきゃいけないことってたくさんあると思う。同じ夢をもって同じ方向に向かうチームだから一生懸命やっていればぶつかり合うことはもちろんあるし、それは必要だと思うんです。ただ人間関係の無駄なしがらみの中で、時間を費やすって本当にもったいないと思います。だからそういうのが何もないような、皆が生き生きと働いているレストランを作りたいです。

これから料理人として世界を目指す人は、まず何から始めたらいいと思いますか?これは絶対にすべきと思う事があれば教えて下さい。

日本でとにかく技術を磨く。負けない技術、どこでも通用するだけの技術を磨いておくこと。海外に出てどこかの店で働く時に、一番下でも、そこから這い上がっていけるだけの技術を持って、絶対にその店で必要とされる存在になることです。意欲があっても、仕事が出来なかったら必要とされないので、とことん技術を磨く。技術があれば、海外で言葉が通じない中でも、見れば分かるし、教える事も出来ます。語学力はもちろんあるにこしたことはないけど、調理場で働く上で、大して必要ではないですね。とにかく技術が一番。そして、海外に出れば日本のことをたくさん聞かれるので、日本についてもっと詳しく勉強することも大切です。それと、「じゃあこんなの作ってよ」って言われた時に、自分のジャンル以外もちゃんと作れるようにしておくと一つの武器になります。“なぜその場に自分が必要なのか”という時に、“僕はこういうことが出来る”という一つの武器になりますから。

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