HIGHFLYERS/#15 Vol.2 | Jan 21, 2016

「料理の鉄人」に感動しフランス料理の道へ。辛い修行時代を経て、世界40カ国料理の旅へ出発

Text: Kaya Takatsuna/ Interview & Photo: Atsuko Tanaka/ Cover Image Design: Kenzi Gong

パリに店を構えて5年。予約困難なミシュラン1つ星フレンチレストラン「Sola」のオーナーシェフ、吉武広樹さん。第2回目は、吉武さんの生い立ちや修行時代に迫ります。フレンチを選んだきっかけを始め、修行時代に学んだことや肝に銘じた言葉、またその後、40カ国を旅した時の思い出をお聞きしました。
PROFILE

フレンチシェフ吉武広樹

1980年8月佐賀県伊万里市生まれ。幼いころにテレビで目にした、「料理の鉄人」で晴れやかに活躍する坂井宏行シェフに魅了され料理の世界を志す。
福岡市の中村調理製菓専門学校を卒業後、念願だった坂井宏行シェフの「La Rochelle ラ・ロシェル」(東京・渋谷)で3年間、茗荷谷フレンチレストラン「Le Pirate ル・ピラート」で3年間、厳しいなが らも、フランス料理の基礎を学ぶ。
2007年、フランス料理に留まらずさらに広い視野で見聞を広げるため 調理器具を背負い、アジア、中東、アフリカ、アメリカ等、 各国の食材、調味料を用いて現地で料理を作りながら世界を周る。
2008 年、本場のフランス料理を勉強するため渡仏。「Fogon フォゴン」、「Ze Kitchen Galerie ザ・キッチ ン・ギャラリー」、「les Magnolias レ・マニョリアス」そして「Astrance アストランス」の厨房に立つ。そこで吉武はシェフのパスカル・バルボの生み出す料理のシンプルさと、素材そのものの活かし方に衝撃と 感銘を受ける。
またその間、当時は夜のみの営業だった「居酒屋 Youlin ユーリン」(後にSakebar に改名後、2014年夏に 一時閉店)でも料理人として働き、ここで後のSolaを共同経営することとなるYoulin Ly(ユーリン リ ー)と出会う。
2009年夏、シンガポールの料理人コンテストに参加した吉武の料理がシンガポール投資家の目に留まり、シンガポールでレストランオープンのオファーを受ける。そして 2009 年9月、大きなテラス席を含めた、80席のフレンチレストラン「Hiroki88@Infusion」をオープン。2010年1月には、シンガポールレストラン協会が 開催したコンテストにおいて部門最優秀賞「Best New Concept Award 2010」を獲得し、一躍、シンガポールの食シーンで話題のシェフとなる。
その間パリでは、フレンチ居酒屋「Youlin」が軌道に乗ってきた Youlin Ly が、ガストロノミーレストラン のオープンに意欲をわかせていた。シンガポールでの吉武の活躍を耳にしていた彼は、一か八かで吉武に提案を持ちかけたところ、その場で話がまとまる。その後吉武は「Hiroki88@Infusion」を閉め、再度パリへと向かう。
こうして2010年12月、Youlin Lyと共にRestaurant Sola をオープン。2012年3月には、開店から1年 3ヶ月という短期間でミシュラン1つ星を獲得。日本をはじめ、世界中に多くのファンを抱え、食の都・パリ において唯一無二の存在を放つレストランへと成長させる。
さらに、現在は JAL のファースト・ビジネスクラスの機内食の監修や、2015年秋に NY にオープンする和食店 のメニュープロデュースなども行い、レストランの枠を越えた活動も積極的に行ってる。
また 2014年、若き才能を発掘する日本最大級料理人コンペティション「RED U-35」に参加。同年11月最終 審査が行われ、第2回グランプリに輝く。

叔母の言葉「石の上にも3年」と、負けず嫌いの性格でハードな修行を乗り切る

幼い頃はどういう子供でしたか?

負けず嫌いで、バスケットが大好きでした。姉と兄がいて一番下なので、本当に自由にのびのびと育ちましたね。実家が田舎なので、遊ぶと言えば、夏は皆で海に潜って魚や貝を捕りに行き、それを近所のレストランに持ち込んでお小遣いにしたりしていました。さざえやあわびが子供でも捕れる環境だったんです。

料理人になろうと思ったきっかけは何だったのですか?

「料理の鉄人」が大好きで、子供の頃からずっと観ていたんです。僕の田舎はフレンチレストランが一軒もなかったので、テレビの中で坂井シェフが創る料理は衝撃的でした。それで、福岡の中村調理製菓専門学校に行ったのですが、包丁などの技術は好きだったけど座学が大嫌いで、不真面目な学生生活を送っていましたね(笑)。ある時、坂井シェフが学校の講師で来て、仲間達と一番後ろの席でぼーっと聞きながら、「もし俺があのお店に入ったらどうなるんだろう」という話になって、その後冗談半分に先生に「坂井シェフのお店を受けたいんですけど、ダメですか?」って聞いたら、もちろんダメだって面接すら受けさせてもらえなくて。悔しくて、当時茶髪のロン毛だったのを坊主にして1ヶ月間真剣にやったら、先生が「じゃあちょっと聞いてみるから」って言ってくれたんです。その2、3日後に坂井シェフから連絡があって、東京に行って実際に会って話して、気に入ってもらえたので、学校卒業してすぐに坂井シェフのお店「ラ・ロシェル」で働くことになりました。

実際に働いてみてどうでしたか?

もうあまりにも想像と違いすぎて、すぐ料理出来るのかと思ったら、最初の一年間はサービスだったんです。一年後、ようやく調理場に入ったら、包丁なんてまかないでちょっと使うくらいで、ほとんど触らせてもらえず、洗ったり、葉っぱを小さくちぎったりと雑用の仕事ばかりでした。毎日使う段ボール10個分くらいの野菜を全部綺麗に整理整頓していくんですが、「こんな所で葉っぱちぎりやるより、もっと小さいところで実践で鍛えた方がいい」って辞めて行く人は多く、その仕事を2人とかでやってました。

吉武さんは辞めようと思わなかったのですか?

僕も考えましたけど、負けず嫌いな性格で辞めるのが嫌だったんです。ウェイター時代が終わり、ちょうど調理場に入った頃、長年パリに住んでいる叔母に会う機会があって、「辞めてフランスに行きたい」って相談したんです。そしたら叔母が「石の上にも三年という言葉がある」と。叔母は自分で会社をやっていたので、「履歴書で最初の職場で3年やってない子はまず採用しない。まずは3年間、歯食いしばってやってみろ」って言われて、「確かにそうだな、もうちょっと頑張ってみよう」と思って、続けました。結局3年で辞めて、辞める時に坂井シェフに相談したら次の店を紹介して下さって、違うお店に移ったのですが、そこでは発注からメニュー作りに買い出しまで全て、オーナーシェフと二人でやっていました。

それぞれの店で、一番学んだことは何でしたか?

「ラ・ロシェル」では技術もたくさん学びましたが、今思えばずっと坂井シェフの背中を見ながら、あの方の人柄というか、そういうことを学んできたなと。坂井シェフは1000人に近いスタッフがいるにも関わらず、全員の名前と顔を全て覚えていて、「最近どうだ〜?」っていつも話しかけてくれるんです。「お疲れ様です」って言われることが嫌いで、「疲れてねぇよ!」って(笑)。朝、行った時と帰る時は、それぞれスタッフと握手したり、あのカリスマ性は凄かったですね。2軒目に働いたお店では 本当に忙しい日もあれば、そうでない日もあって、対照的でした。コスト的なことや、原価計算を学んだり、業者に頼まず自分の足で朝から市場に行くようにもなりました。今でもいい食材を安く手に入れるために自分の足で買い出しに行くのですが、そこでの経験からかもしれないです。

2軒目のお店の次はどうしようみたいな考えはあったんですか?

そのお店には3年いましたが、働いている時に誕生日のプレゼントに髙橋歩さんの世界一周の写真と詩が入った本、「Adventure Life」をもらったことがあったんです。それを見て世界一周に行きたくなって、特にフランスに行きたかったので、どうせなら世界中回りながらフランスに行こうって考えて。店を辞めた時は全く貯金がなかったので、しばらく派遣会社に登録して働いてお金を貯めて、その後、1 年かけて40カ国を回りました。途中で貯金がつきて、一度出稼ぎに帰りましたけど(笑)。

世界一周中、トルコのカッパドキアにて

ヨルダンの死海とそこに住む若者と

一番印象に残ってる国や、そこで出逢った食べ物などはありますか?

タイや、ネパール、ラオス。名前は忘れましたけど、タイの奥地で食べたラーメンみたいなものは美味しくて記憶に残っています。レストランにはほとんど行かず、ローカルな所ばかりで食べていました。

その時の食体験は、現在の御自身にどう影響されていますか?

今の店では大分、和の要素が強くなってきていますが、最初の頃はレモングラスとかコブミカンの葉っぱなどの香辛料を使ったり、自分でカレーペーストを作ったりしていましたね。

旅をしていた時に一番感動したことや、心に残っていることを教えてください。

タイの山奥で、コンロ一個で、井戸水を汲んで、1人で100名以上の結婚式の料理を作ったことがあったんです。唐揚げやおにぎりなどの日本食もありつつ、パテとか野菜の煮込みとか、ベジタリアンもいるから野菜だけの料理とか、どういう人が来るかなど、それぞれの来客の嗜好なども考えて色んなものを作りました。感情を込めて、出来るだけ優しい味っていうのを心がけて作ったのですが、僕の料理を食べた人達の中で涙を流して喜んでくれた人もいて、とても嬉しかったです。

タイの結婚式用に作った料理

吉武さんの味ってとても優しいですよね。料理もやっぱり作る人が表れますものね。

そうですね。食材に対して無理に味をつけようとせず、素材の味にちょっと手を加えることで本来の美味しさを引き出すようにしてるので、優しく感じるんじゃないかなと思います。

料理人として大切なことは何だと思いますか?

まずは料理が好きっていうのが一番。そして食材に対して興味があること。色んなことに興味を持ち、大切にすること。あとは、元気が一番だと思います。接客業で人と話す職業なので、内気であまり喋らずっていうのは料理人に向いてないんじゃないかと。お客様の前で元気があってオープンな人の方がまた行きたいって僕は思います。

吉武さんが料理人として自分はここだけは負けない、ここが世界一だと思っていることは何ですか?

負けず嫌いなところ(笑)。多分これからもずっとそうです。毎晩12時くらいに仕事が終わって家に帰った後、30分くらい走って、筋トレして、そこからメール作業とか事務作業とか色々やるので、寝るのは夜中の3時。睡眠時間は大体4、5時間です。人が寝てる時に働いてますね。

次回へ続く

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