HIGHFLYERS/#41 Vol.4 | Jun 18, 2020

この世界は、たくさん努力して一つを極めた人が最高峰。やりたいことを早く決めて、目指す先を細分化するのが大事

Text & Photo: Atsuko Tanaka

三宅裕司さんインタビュー最終回は、影響を受けた音楽や本、人生で一番嬉しかった出来事、成功や夢についてなどを伺いました。喜劇役者を目指し、活動を始めて約45年が経った今も、真剣に「笑い」に向き合い続けていらっしゃいますが、三宅さんが感じる「笑い」の変化とはどんなことなのでしょう。また、55歳で結成した自身のジャズビッグバンドについてや、芸人やタレントに必要な資質、これからこの業界を目指す若者に向けてアドバイスも教えていただきました。
PROFILE

喜劇役者・タレント三宅裕司

1951年東京都出身。1979年劇団S E T(スーパー・エキセントリック・シアター)を旗揚げ。今なお毎年1万人以上を動員する老舗劇団を主宰する。劇団は昨年40周年を迎えた。舞台のみならず、ドラマ・映画、ラジオ、バラエティの司会として幅広く活躍するマルチエンターテイナー。2006年に熱海五郎一座を旗揚げし、毎年新作を上演。2014年に新橋演舞場に進出、シリーズとして定着する。

一つのことを日々努力し続けていると、チャンスを引き寄せる才能まで身に付くようになる。成功は、自分ではなく周りが決めること

普段習慣にしていることは何かありますか?

今は、大体の一年のスケジュールとして、3月にビッグバンドのライブ、6月に熱海五郎一座、8月にこども SET 、10月にSETの本公演というのが決まっていて、一つのことが終わると次を考えているので、暇さえあれば考えることが習慣ですね。

これまで、考え方に大きな影響を与えた本や音楽、映画などがあれば教えてください。

いっぱいありますが、音楽は、まずバンドを始めるきっかけで、音楽の楽しさを教えてくれたベンチャーズ。それからハーモニーやリズムのノリ、強弱のつけ方の面白さを知ったのは、世界最高のドラマー、バディ・リッチ のビッグバンドを通してですね。いつか真似したいなと思って、55歳の時に自分のビッグバンド(「三宅裕司 & Light Joke Jazz Orchestra」)を作ることができました。あとは音楽とカッコいい東京の笑いを認識させてくれたクレイジーキャッツ、そしてドリフターズですね。本は推理小説が好きで、江戸川乱歩から始まって、中学でアガサ・クリスティを読むようになりました。推理小説の、引っ張って最後に謎解きでドッと来る感じが好きなんです。今の舞台づくりの、いろんなことに役立ってると思います。

三宅さんのビッグバンドは、三宅さん以外は全員プロのミュージシャンだそうですが、メンバーの方達はどうやって選んだのですか?

選んだと言うか、ビッグバンドジャズサウンドの素晴らしさをもっと多くの人に伝えるためにビッグバンドを作りたいという想いが僕の中にずっとあって、プロの方にお声がけしたら、そういうことなら協力しますとすごい方達が集まってくれたんです。僕くらいの歳になると、大体どこに行っても怒られることはないんですけど、ビッグバンドでは僕一人だけド素人ですから、よく怒られたくさん恥をかきましたよ。僕は彼らとプレイする前に、まず一人で3週間ぐらい練習してから一緒にやるんですけど、それでも怒られますね。「三宅さん、この小節のここからここまで他のこと考えてたでしょ、リズムがモタってました」とかね。まあ、本当にその時は昼飯のことを考えてたんですけどね(笑)。

三宅裕司 & Light Joke Jazz Orchestra

読まれちゃうんですね(笑)。

読まれると言うか、音に出ちゃうんです。そこからとにかく集中して譜面通り叩くように、みんなの音を聴いてバランスを取るようにしました。ところが、今度はサックス5本とかがハモる音を聴いてると気持ち良くなっちゃって、自分のリズムが遅くなっちゃうんです。そうすると「三宅さん、さっきサックスのハーモニーで気持ち良くなっちゃったでしょ」って怒られて。いやぁ、やっぱりプロはすげぇなって思いました。

では、これまでの人生で一番嬉しかった出来事を教えてください。

たくさんあるけど、一本の電話かな。東京新喜劇の劇団を辞めてSETを作った頃、そうすぐに仕事はなく、バイトしたりして八方塞がりな時期があったんですが、辞めた劇団に残ったやつが寅さんの映画に出たのを聞いて、めちゃくちゃ悔しい思いをしてました。そんな時に、以前いた事務所のマネージャーさんから電話があって。彼は新しく事務所を設立するところで、当時ブルース・ブラザースが流行っていた時だったので、「日本もこれから音楽と笑いが来ると思うんだけど、三宅くんしか思いつかなくて」と言ってくれたんです。後日SETの公演を観に来て、とても気に入ってくれて、劇団ごとこの事務所で引き受けてくれることになりました。なかなか嬉しい出来事でしたね。

素敵なお話ですね。それでは、日本の笑いの世界に何十年と携わってきて、笑いはどのように変化したと感じますか?

僕がコントの世界に憧れて芸能界に入って、テレビでコント番組を作り出した時は、ちょうどドリフターズの「全員集合」が裏番組の「ひょうきん族」に抜かれて、“考え抜いて作りこんだ笑い”から、失敗から何から裏を全部見せるような、“コメディアンの生き様を見せる笑い”に変わっていった頃でした。僕が求めていた笑いがどんどんなくなっていく中で、自分が思う笑いを守ろうと相当戦いましたけど、企画は通らなくなっていき、これはもう舞台でやるしかないとなったんです。だから、一番変わったのは、そこじゃないですかね。今はその人の生き様が面白くないと、存在も面白くなくなってしまうから、この世界で生きていくためにはそれまでの生き方を全部変えなければいけない。難しいところですね。

活躍する舞台をどこにするかで違うかもしれないですが、芸人やタレントとして今最も必要とされる資質はどんなことだと思いますか?

どこで活躍したいかで違ってくると思いますが、テレビで天下を取るためには、多分相当いろんなことをやらなきゃいけないだろうし、知識も豊富で、人間として素敵じゃなきゃダメでしょうね。若いうちからそんな人って、なかなかいないですよね。それから、舞台でやりたいのであれば、演じることをたくさん勉強しなきゃいけないでしょう。でも、演じることをどんどん掘り下げて必死にやっていけば、人間としても魅力のあるいい人間になれると思うので、最終的に行き着くところは同じなんでしょうね。まあ、それはある程度年をとってからじゃないと分からないですよね。

この業界を目指す若者たちにアドバイスをするとしたら?

やりたいことを早く見極めて、今何に時間を割いたらいいのかを早く決めた方がいいと思います。それでやってみて、これは絶対ダメだと思ったら早く切り替えることですね。とにかくこの世界は、たくさん努力して一つを極めた人が最高峰ですから。いろんなことができる最高峰もいますけど、やっぱりその道一本でやってきた人にはかなわないですよね。一昔前のテレビはいろんな幅の広いことをやっていたから、いろんなことができる人が天下を取っていたかもしれないけど、今はまた細分化してきていると思うんで、やっぱり目指すところも細分化しないと、何か一つを極めた人に最終的に負けるだろうなと。

あとは続けることですかね。

そうです。続けることが才能です。

それでは、三宅さんにとってチャンスとは?チャンスと聞いてどういうことを思いますか?

若い頃に、人生に3回チャンスが来る、それを掴むか掴まないかは自分次第と言われましたけど、ここまで来て思うのは、一つのことを日々努力し続けているとチャンスがこっちに歩いて来るような感じがありますね。チャンスを引き寄せる才能まで身に付くみたいな。一本のことをずっとやっていれば、それができる人がどんどん少なくなっていくんですから、チャンスは増えていく。自分一人になったらもう全てがチャンスですよね、他にできる人がいないわけですから。そういう意味では、僕も随分いろんなことやって遠回りしたけども、入院したことも良かったし、東京喜劇は誰にも負けないぞって思えるような人間にならなきゃいけないなと思いますね。

では、三宅さんにとって成功とは?

きっとこれは自分では決められないのかなと思います。昔は「食えるようになったら」みたいな考え方がありましたけど、そういう方面からではない、何か一つを極めるということになると、こういう世界はやっぱり自分じゃ決められないですかね。

三宅さんが思う最も成功してる人は?

難しいですけど、ある意味、由利徹さんですかね。笑いが低く見られて、文学的な作品で表現できた役者が評価されていた時代に、由利さんだけはアチャラカを貫き通したわけです。もしかしたらシリアスな演技が不得意だっただけかもしれないけど、貫き通したことでアチャラカでは大成功したということですよね。アチャラカの第一任者は由利さんですから。これってすごいことだと思いますね。

三宅さんのしていることで世界が変えられるとしたら、どんなことだと思いますか?

戦争をなくすことですかね。笑いってそのネタやギャグが面白ければ笑えるというものではないし、見る側のその時の状況で、何か引っかかっていたりすると笑えなかったりしますからね。だから誰もが大爆笑するようになっていたら、相当平和ないい状態ということなんでしょうね。だから世界中がそれを目指すようになれば…。

三宅さんが舞台で大切にされていることの一つに「子供からお年寄りまでが一緒に笑える、わかりやすい笑い」を作るというのがあると思いますが、全員にわかりやすい笑いを考えるのは難しいことですか?

多分ずっと考えていくうちに、自分の好きな笑いがわかりやすい笑いになってくるんだと思います。僕は昔、まずギャグを全部文章にしていたんだけれども、そうすると何が面白いかが見えてくるんですね。小学生からお年寄りまでが分かるように、「ここは、こんな勘違いをして、こういうことをしたから面白いんだ」というのをチェックしていくと、幅広い世代にウケる理由が明確になっていく。逆に文章にできない時は、その設定の説明が足りなかったり、勘違いが伝わってなかったことがわかるんです。

論理立てて、研究している感じですね。

そこにいるみんなが笑う笑いというのは、全員がフリからオチまで理解してるからなんですね。でもやっぱり、いろんなことは生の舞台で失敗しないと分からないですけどね。

最後に、これまでいろんなことを実現されてきましたけども、まだ叶っていない夢はありますか?

僕主演のコメディ映画(「サラリーマン専科」)が3作で終わってしまったんですけど、これがもうちょっと続いて、「このキャラクターに固まるのが嫌だから、ここで終わりにしたいです」なんて言えたならカッコ良かったんですけどね。まだやりたいのに終わっちゃった から(笑)。寅さんみたいにヒットしたら、それはそれで他のことができないから困るんでしょうけど。

でも、まだこれから先にチャンスはあるかもしれないですね。

ですね、まだまだ。

スタイリスト:加藤あさみ(Yolken)
ヘアメイク:家崎裕子

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