31 Vol.4 | Oct 18, 2018

僕の硯と人生を共に歩みたいと思ってくれたら成功。いつか月の硯を作って、より多くの人に毛筆文化を広めたい

Interview & Text: Kaya Takatsuna / Photo: Atsuko Tanaka

製硯師、青栁貴史さんインタビュー最終回は、夢と成功について。毛筆文化を広げるために邁進する青栁さんは、今どんなことを思い、何を実現させようとしているのでしょうか。本当に大切なことだけに集中するため、SNSと距離をとり、シンプルなライフスタイルを心がけていると言います。他にも、例えばネットでものを買う時は、むやみに注文せずに欲しいものを2週間分まとめてから買うなどの配慮をしているそうです。青栁さんのように、直接自然に触れる機会が多く、日々地球の危機感を感じているからこそ行なっている日常生活のひと工夫なのでしょう。また、現在青栁さんは隕石で作る硯プロジェクトに取り組んでいらっしゃいますが、隕石にこだわる理由や、青栁さんにとってのチャンスと成功とは何かなどをお聞きしました。
PROFILE

製硯師 青栁貴史

1979年2月8日東京都浅草生まれ。郁文館高等学校在学中16歳時より祖父青栁保男に硯作りを師事。大東文化大学外国語学部中国語学科へ進学後、祖父の他界を機に中退し21歳時より父青栁彰男に師事。その後中国大陸の作硯家と交流しながら伝統的硯式の製作研究を始める。日本、中国各地の石材、硯式、時代に対応した硯の製作、修理、調整、文化財復元・復刻製作、改刻、日本中国における硯の製造プロデュース、現地石材調査に従事。2014年、神奈川近代文学館所蔵 夏目漱石遺品の硯を修復、鑑定。2016年、大東文化大学文学部書道学科非常勤講師就任。硯文化についての授業開始。2017年夏目漱石愛用硯復元製作。神奈川近代文学館にて常設展示。同年10月北海道硯材調査開始。日本初となる北海道硯石の採石に成功。2018年1月、ドキュメンタリー番組「情熱大陸」放送。2018年2月、個展「青栁派の硯展」開催。2018年6月、隕石NWA869を硯化。地球に存在しない鉱物から墨堂(鋒鋩)成形に成功。2018年7月、「switchインタビュー 市川猿之助×青栁貴史」放送。著書「製硯師」天来書院発行「硯の中の地球を歩く」左右社発行がある。

心のメンテナンスはお笑い番組を見ること。選択肢をできるだけ減らして、日常生活をシンプルにしたら有意義な時間が増えた

今、青栁さんは、昔ご自身が思い描いていたような人になっていますか?

全くなっていませんね(笑)。ある専門分野のプロになろうとした時に、そこに身も心も置いてしばらく熱心に取り組んでいるとします。そうすると、前まで素晴らしい形に見えていたものでも今は違って見えたり、自分の考え方も知識の積み重ねによって変化を遂げていきますよね。だから、思い描く自分の未来の姿というのは、日々更新されていくのがいいと思います。思い描くのは明日のことで、大事なのは今現在です。

夢を実現するために必要なことはなんだと思いますか?

当然のことかもしれないですけど、諦めないことと、感謝することです。夢を実現しようと思って頑張っていくと、自分の周りの世界が手を貸してくれるようになり、人脈も広がり、実現へのスピードが加速していきます。例えば最近の僕で言うと、アウトドアメーカーのモンベルさんと仕事をご一緒したり、業界が違う方との接点が生まれたりするんです。そして、ついつい忙しさを言い訳にしがちですが、どんな状況でも周りへの感謝を持ち続けることが大事だと思います。僕だったら自然や石、また、石を分けてくださる山の方、今こうして製作に没頭できる環境や仲間への感謝を怠ってはいけないと思うんですね。これはどんな仕事にも共通して言えることなんじゃないかと思います。

日常生活で習慣にしていることは何ですか?

習慣としてやっているのは、メンタルとフィジカル双方のメンテナンスですね。心身共にストレッチや運動は欠かさないです。

ストレッチは具体的にどういうことをされるのですか?

フィジカルなことでは、毎日お風呂上がりに30分間ストレッチをします。メンタル面では、世間ではマインドフルネスなんて言いますけど、僕の場合は墨を磨って字を書くことです。その時間は墨を磨ることと手紙を書くことに集中できます。生活の中でマインドフルネスの要素を再現できることはたくさんあって、心に良いとされているものは心のストレッチに繋がると思っています。あとはお笑い番組を見ることですね。人を笑わせるプロの方達が作った番組は面白いですから、あれを見てゲラゲラ笑うのは僕にとって大事な時間です。

他に意識してやっていることはありますか?

選択する回数を減らすことです。服を選ぶ時間もそうですが、自分の行動パターンを決めてしまうんです。色々なことにおいて「今日はどうしよう」と思いを巡らすのも楽しみの一つであるとは思うんですけど、楽しむことと迷うことは違うので、迷わなくていいようにどんどん仕組みを作ってしまう。複雑なものは、よりシンプルにした方がいいんじゃないかな。

そうすることで迷わなくなるんでしょうか?

迷わなくなります。ブラッシュアップという言葉がありますね、断捨離みたいなことかもしれないですけど、削ぎ落とせば削ぎ落としていくほど自分の核心に近づいていくんです。そうすると、周りにモコモコと付いていた色々なものがなくなるので、スッキリしますよね。例えば僕が趣味のロッククライミングをやっているのと同時刻に、見たいテレビ番組があったとして、それを録画して両方の欲望を満たそうとする。でも録った番組は見る時間がないから溜まっていく。そうすることによって、今度は観られないという思いが溜まっていく。だったら、もう最初から録らなきゃいいんです。そうやって必要のないものを全部削ぎ落としていくと、結果的に窮屈に感じていた生活ではなくなって、有効に使える自分の時間が長くなります。

なるほど。そうすることで、自分にとって本当に必要なことが見えてきますね。

もう一つ僕が普段からやっていることは、便利と思われているものと距離をとることです。SNSを含め、上手に付き合う。例えば、LINEで1日1時間費やすところを、電話をすれば5分で片付くのだったら電話で話した方がいい。1日1時間でも10日で10時間なわけですから、それなら何かの勉強やどこかに出かけることに使った方が余程有意義になる。便利と思われるものに振り回されないで、自分の1分1秒は大事に使いたいと思いますね。人は限りのある時間をいただいて生きているのに、効率良く便利に過ごせるために作られたものに振り回されているのはどうかと思います。

確かに、それでは本末転倒ですね。

僕は、アマゾンとかネットで何か欲しいものがあっても、すぐには注文せずに、まとめてするようにしてるんです。今は、鉛筆一本でも、頼めば運転手さんが車に乗って届けてくださるわけじゃないですか。欲しいものがあるとすぐにポチッと押してる人が100万人いたら、相当な負担になります。欲しいものは事前に調べればいいわけであって、僕は商品をカートに入れて2週間貯めてから注文をかけるんです。発送元も調べて、できる限りまとめて注文することで、配達業者さんの時間や生産性をロスさせないようにしたい。そうしないと、例えば薬や医療器具など本当に必要としている人が必要としている時に届けないといけないものが届かなくなってしまう事態に繋がります。これは僕が大事にしていることなので、学生たちにも話してることなんです。

みんながそう心がけて実行できるようになるといいですね。では、今世界で起こっていることで気になっていることはありますか?

僕たちが思っているより、自然は疲弊してると思うんです。例えば、川が去年より汚くなっていたり、海にゴミがたくさん浮かんでいたりすることに気がつきます。中国に行った時には、飛行機の上からでも川が汚染されて水の色が変わっているのがわかりました。人間は地球上の王者であると思い違いをしやすいけど、例えば温暖化が進んで気温が高くなれば今年の夏みたいにたくさんの方が熱中症で亡くなってしまう。人間は自然界に裸一貫で投げ出されたら、たぬきより弱い生き物ですよ。限りある資源を自分のできる範囲内から工夫して使っていって、もっと地球を大事に、地球と共生していくことを考えた方がいい。これは僕が石を採掘しに山に行ったり、海や川の表情を見ることが多いから気づいたことでもありますけど、そういったところの景色を見て感じた人間として、今自然はこんな状況だというのは伝えておきたいですね。

では、青栁さんにとってチャンスとはなんでしょう。チャンスと聞いて思うことやチャンスを逃さない方法などあれば教えてください。

チャンスは勝手にはやって来ないと考えています。もし勝手にやって来たとしたら、それは自分の努力で掴んだものではないから、実りのあるチャンスになるかどうかの根拠が見当たりません。その事柄について情熱を持ってひたむきに努力して熱心に取り組んだ結果、たまにやって来るご縁がチャンスだと思うんです。そのご縁を頂戴して活かして貢献、ご奉仕するのが、チャンスをものにして活かすということだと思います。

それでは青栁さんにとって成功とはなんですか?

難しい質問ですね。今も成功しているとは胸を張って言えないですけど、僕が山から頂戴した石で作った硯をお客様に使っていただいて、墨を磨った時に感動を覚えるような磨り心地を感じてくださり、今後の人生をその硯と歩んでいきたいと思っていただけたら、一つの仕事に対しては成功と言えると思います。僕が作った硯は、僕がメンテナンスをしていくので、お客様と一緒に愛着を持って育てていける関係性ができます。持たれた方がより豊かに硯のある生活を楽しめるようなお手伝いができたら幸いです。

素晴らしいですね。

また、毛筆文化がこれほど生活から遠ざかり薄らいでしまった現代の日本に生きる製硯師にできることは、誰もが気持ち良く、怖がることもなく、筆をとって墨を磨ってお手紙を書いたり、毛筆や硯などの筆記具に携わっていくきっかけやお手伝いができることだと思います。それができたなら、50年後の僕に褒めてもらえるような毎日を送れるんじゃないかな。

最後に、まだ叶っていない夢があったら教えてください。それはいつ頃までに叶うと思いますか?

今の一番の目標は、月の石を使って硯を作るという計画を成功させることですね。硯が完成した時には、「月の硯で墨を磨ってみませんか?」と多くの人に問いかけてみたいと思います。そうして興味を持ってくれる人が増えて、やってみたら面白かったとなれば、そのうちの何割かの人にはひょっとしたら、その後も硯を使っていただけるかもしれないですよね。ただ、月の石は獲りに行くことができない場所にあるので、実現するかどうかは石が降ってくるかどうかにかかっているのですが(笑)。

そう簡単には降ってこなさそうな石ですね(笑)。

でも、だからいいんです。地球人の我々にはなかなか手の届かないところにある石だからこそ、挑戦したいという気持ちが芽生えます。これだけ美しい言葉や筆記文化を持つ国の人として、月の硯をきっかけに硯、毛筆が広く普及して欲しい。僕は僕なりにできる運動を起こしていこうと思っています。

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