HIGHFLYERS/#30 Vol.1 | Jul 5, 2018

2020年の東京オリンピック・パラリンピックは、この先一生ないかもしれないほどのワクワク感がある。会場で試合の臨場感を感じて欲しい

Interview & Text: Kaya Takatsuna / Photo: Atsuko Tanaka / Cover Image Design: Kenzi Gong

今回HIGHFLYERSに登場するのは、柔道家の井上康生さん。2000年シドニーオリンピックの柔道男子100キロ級で金メダルを手にしたシーンは、20年近くの歳月を経た今も多くの人の脳裏に焼き付いているほど感動的でした。5歳で柔道を始め、ジュニア時代から多くの大会で優勝し、日本代表としても2度オリンピックに出場するなど、長い間トップに君臨し続けた井上さんですが、その柔道人生には多くの栄光と挫折がありました。2008年に現役を引退した後、柔道指導者の道を歩み始め、2012年に全日本柔道男子監督に就任。そして2016年のリオオリンピックでは、全7階級でメダルを獲得するという大躍進を成し遂げました。現在は東海大学で准教授として主に柔道や武道についてを教えながら、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、日本柔道界の期待を一身に背負って奔走していらっしゃいます。そんな井上さんに、柔道の魅力や今後の展望、栄光と挫折の連続だった選手時代のこと、監督として組織を動かしていく力やプライベートのことなどをお聞きしました。第1回目は、井上さんが思う柔道の魅力や東京オリンピック・パラリンピックに向けての今の心境、また、これからの柔道界に期待することなどを伺いました。
PROFILE

柔道家井上康生

1978 年 5 月 15 日生まれ。宮崎県出身。柔道六段。5 歳から柔道を始め、東海大学付属相模高校では、全国高校選手権で個人・団体ともに優勝を果たし、3年生時には山下泰裕以来の高校生での全日本選手権出場という快挙を達成する。東海大学へ進学後、99年のバーミンガム世界選手権に初出場して初優勝し、 翌 2000 年のシドニーオリンピック100kg 級では見事金メダルを獲得した。その後、全日本選手権と世 界選手権をともに 3 連覇し、04 年のアテネオリンピック 100kg 級にも出場。その他にも、全日本選抜体 重別選手権や講道館杯、嘉納治五郎杯などの大会で数々のタイトルを持つ。卒業後は綜合警備保障に所 属し活躍を続けるが、08 年の全日本選手権への出場を最後に現役を引退。指導者の道を選び、スコットランドで 2 年間の留学生活を経験。11 年 3 月に綜合警備保障を退職し、4月からは東海大学体育学部武 道学科専任講師(現在:准教授)、東海大学柔道部副監督に就任する。12 年 11 月に全日本柔道男子監督 に就任し、リオテデジャネイロ・オリンピック大会では日本男子代表の全階級がメダルを獲得するという 快挙を達成した。

CONTENTS

柔道の究極の魅力は「技=一本」。これからは、伝統を守りつつ、新たな楽しみや喜びを与えられる柔道にすることも大切

現在は、全日本柔道男子監督、東海大学体育学部武道学科で准教授を務めていますが、日々どのような生活を送っていらっしゃいますか?

柔道においては、全日本監督の仕事は年間半分くらいで、そのほかにも日本オリンピック委員会など他の仕事もしています。2020年に東京オリンピックという非常に大きな闘いが待っていますので、そこを中心に据えて動きつつ、大学の仕事もしっかりとこなしながらやらせてもらっている感じです。

全日本男子監督として選手に指導している様子

准教授として、授業はどういうことを教えていらっしゃるんですか?

例えばゼミの4年生には卒業論文の指導をしたり、1年生に対しては講義を行ったり、あとは私が所属しているのは体育学部武道学科なので、武道の実技における専門的な知識を武道学科の学生だけでなく他学部や多学科の学生にも教えています。

では今も柔道衣を着られているのですね。

もちろん。教員として東海大学にいる以上はそれが私の仕事ですので。武道学科の学生は、柔道部の部員たちが大半ですが、剣道部の学生が柔道を学ぶこともありますから。柔道を純粋に楽しんでもらえたらいいなと思います。

2020年開催の東京オリンピックへ向けて、今どのような心境ですか?

もちろんワクワクしてますよ。我々にとって、これほど生き甲斐や、やり甲斐を持って挑戦し続けられる大会はもしかしたらこの先ないかもしれないと思うほどです。このオリンピックは、4年に一度というより、もしかしたら100年に一度くらいの滅多に体験することのできない世界が待っていると思うんですね。ただ一方で、プレッシャーの中で恐怖と闘っているのも事実です。まぁそれも含めていい意味で我々にしかできない世界へのチャレンジですから、その両面としっかり向き合い、受け入れながら闘い続けるしかないと思っています。

著書「改革」(ポプラ社)の中で2013年は「総合力」、2014年は「変化と進化」、2015年は「克己」、2016年は「開花」という言葉を各年掲げてリオオリンピックまでの4年間を過ごしたとありましたが、2017年以降の言葉は?2020年までも作ったのですか?

2020年まではまだ作っていないです。前年の2017年は、築き上げたものを活かしつつ、また新たな闘いの始まりの時だったので、「リスタート」や「リセット」という言葉を掲げました。2018年は再び「チャレンジ」、「挑戦」です。2019年になると、なかなか革新的にいろんなものにチャレンジできるような状況ではなくなってくると思うので、今年は失敗を恐れずに果敢にいろんなものに取り組んで成長しながら、海外派遣や選手の練習内容なども見直していける時期なのかなと思っています。

指導者という立場になって、最も難しいことは何ですか?

むしろ簡単なことはほとんどないです。強化をする部分でも、選手とのコミュニケーションにおいても、交渉事においても難しいことだらけですね。いろいろなことを変えていくためには、どのように点と点を線で結びつけていくかという作業も必要になってきますし、簡単なことを探す方が難しいんじゃないですか(笑)。

選手時代よりもある意味大変かもしれませんね。

まぁ、でもそれがまたやり甲斐でもあるんだと思います。私が指導者になった頃、いろんなことで悩んだり苦労したりして、師匠である佐藤宣践先生に相談すると、先生は「楽な学生をコントロールするのは当たり前で、難しい学生をいかに成功に導いていくかがとても大切だ。それは仕事の面でも同じで、難しいことに取り組んでこそ、やり甲斐があるんじゃないか」と常に仰っていました。その時はその言葉の意味があまりわからなかったんですけど、今この立場になって本当にその通りだなと感じます。

2017年に、男子の試合時間が5分から4分になったり、技ありの解釈が変更になったりと、ルールが改正されたようですが、そういうことはよくあるのでしょうか?

2017年はテストマッチで、それからまた多少の変更があったんです。有効がなくなり、技ありは何本取っても技ありだったところから実はまた改正があって、技ありを2つ取ると一本ということになりました。他にもゴールデンスコア(延長戦)がエンドレス(時間無制限)になりましたし、細かな点がいろいろ改正されています。これからも少々の変更はあるでしょうが、2018年度からルールが固定された上で進んでいくと思います。2016年のリオオリンピックの時もそうでしたが、そういった情報を素早く入手しながら、柔軟に対応していかないといけないでしょう。世界が目まぐるしくスピーディーに動いている中で、情報量、柔軟性と対応力というものがとても重要になっていくと思います。

ところで、井上さんが思う柔道の魅力とは何でしょうか?

まず柔道の魅力は、技にあると思うんですね。日本の選手が、体力、体格的に上回っている海外の選手達を投げ飛ばす様子をご覧になったことがあるかと思いますが、あれは、技術力を持っていればどんな相手をも打ち負かせるということの証明だと思います。例えば重量級なんて、身長2m超え、体重130~140kg超えの、街中で会ったら目も合わせたくないほど強そうな選手がざらにいますんで、彼らに果敢に立ち向かう姿には、綺麗な言葉で言ったら「ロマン」があるんじゃないかと感じています。そして、「技=一本」が究極の魅力だと思っています。

海外にいる日本人が、柔道の経験があると周りから尊敬されるとよく聞くのですが、それはなぜだと思いますか?

なんでしょうね。でも、日本の柔道の持つ、正々堂々と相手と組み合って投げにいく技だとか、小柄な人間が恐れず挑んでいく姿に憧れているのは間違いないと思います。勝つための戦術も大事だと思いますが、それだけではない日本の柔道は、おそらく海外の選手が理想としている柔道なのでしょう。だからこそ、これから先も世界に「良き柔道」というものを示すのと同時に、「勝ち続ける集団」でなければならない。それは日本の柔道と世界のJUDOの発展のために必要な要素なんじゃないかと私は思っています。

2020年のオリンピックに向けて、柔道を知らない人たちのために、柔道の見どころや楽しみ方を教えてください。

これは私の願望でもあるんですけど、是非とも皆さんに試合会場に足を運んでいただいて、生で柔道を観て感触を味わってもらいたいと強く思ってます。最近は、男性選手はかっこいい選手や肉体が素晴らしい選手が、女性選手も可愛らしい選手が増えましたし、是非実際に観て迫力を楽しんでいただきたいです。

柔道界において変化が必要と思うことなどはありますか?

我々が強くなる以外に努力すべきことは、楽しさや喜びを感じ取ってもらえるような柔道界にしなければならないことです。本来柔道は武道的観念から始まったものなので、どうしても近寄りがたい、入りづらいイメージがあると思いますが、そこを変えていくためには、やはり楽しさ、喜びを感じる要因が必要になってくるんじゃないかと思いますね。

楽しさや喜びを感じてもらうためには、具体的にどうしたらいいのでしょうか?

柔道の発展を考えると、試合会場の運営面など変えられる要素がまだまだたくさんあると思うんですよね。もちろん先人の方達がここまで築き上げた柔道界の伝統は守っていかなければいけないのですが、そこはそこで大事にしつつ、時代の変化に応じて生き残っていくために変わることは必要だと私は思っています。そのために例えば、試合以外のところでちょっとしたエンターテイメント的な要素を入れるなど、何かと融合させたいと思っています。武道という観点からすれば消極的になりがちな部分ですし、僕自身は現場監督でありますから、一番は選手を勝たせるところに重視していかないといけないポジションなので、現場に集中しなければならないと思っています。

次回へ続く

父の姿に憧れ5歳で柔道を始め、幼少期の宣言通り、シドニー五輪では金メダルを獲得。自分のスタイルを貫き通した柔道人生に悔いなし

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