HIGHFLYERS/#17 Vol.4 | Jun 23, 2016

いつか日本に劇伴専用スタジオのスコアリングステージを作って音楽シーンを変えたい

Text: Kaya Takatsuna / Photo: Atsuko Tanaka / Cover Image Design: Kenzi Gong

オーケストレーター、宮野幸子さんのインタビュー最終回は成功について。宮野さんの成功のキーワードは「続けていくこと」。仕事は自分から積極的に掴むものではなく、相手からいただくもので、どんな変化球でも対応できるように万全に準備してやり遂げることを大切にしているという、“宮野流”仕事の流儀をお話してくださいました。また、女性としてのライフスタイルや過去の結婚生活について、そして日本の音楽業界についての貴重なご意見も伺いました。
PROFILE

オーケストレーター 宮野幸子

1969年、神奈川県横浜市出身。東京藝術大学音楽学部作曲科卒業。現在、株式会社シャングリラ代表 映画やテレビドラマの音楽のオーケストレーターとして,主に作曲家・梅林茂、蓜島邦明両氏をはじめとした個性的な音楽作品に携わる。最近では「とと姉ちゃん」を始めとした、遠藤浩二氏の作品や、椎名豪氏のゴッドイーターなどのゲーム及びアニメの音楽への参加も多数。 また「高嶋ちさ子&軽部真一プロデュース:めざましクラシックス」や、「Voices~from FINAL FANTASY」、 「久石譲in武道館」などクラシックスタイルのコンサートや在京オーケストラへのアレンジ提供をする傍ら、 嵐「Dear Snow」、松田聖子「Love is all」、手嶌葵「虹」など、アーティストのへの楽曲アレンジや、 「キングダムハーツ・ピアノコレクション」(音楽:下村陽子)、「ピアノで奏でる日本の抒情歌」などの 楽譜も出版されるピアノアレンジなど、様々なシーンにおいて活動の場を広げている。

チャンスとは出逢い。成功とは続けていること。仕事は人からいただくもの

成功者としてのお話を伺いたいです。業界のトップの方達とお仕事されることが多いですが、何か心がけていることはありますか?

しいてあげるなら、私はオーダーがない限り自ら進んで作曲はしないことですかね。逆に、作曲家の方々からくるアレンジのオーダーに対しては、どんな球が来ても返せるように心がけています。日本の音楽事務所は、作曲家がいないと運営が出来ないシステムがほとんどなのですが、私が仲間と共に2010年に立ち上げた音楽制作事務所「シャングリラ」には作曲家だけがいないんです。つまり、“作曲家の方達が手ぶらでやって来てメロディーを置いて行ってもらえれば、後は全部こちらでやっておきますよ”というサービスを提供する会社なんです。作曲家をおもてなしするような感じですね。

宮野さんご自身には作曲家として名をあげたいというような欲は全くないのですね。

全然ないです。それよりも作曲家としてご活躍されている方達と一緒に仕事をしたいです。

作曲をしないのはなぜですか?

作曲家の方々は、例えば映像を観た時に、悲しいシーンだったら悲しいメロディーというように何かしらのメロディーが浮かんでくると思うんですよ。でも、私は何も浮かんでこない。想像力がないのか、最初の軌道になるものがないということに気付いたので、それを代わりにやって下さる方と仕事すればいいんだって思って。

その考えが会社を立ち上げる動機となったのですか?

会社を立ち上げるというとなんだか一念発起したみたいですが、実はそうでもなくて、私がオーケストレーターとして仕事を始めた最初の頃からいつも一緒にやっていたメンバーたちと、関係者の皆さんが気軽に立ち寄ってくれるような拠点となるスタジオを運営したいと思ったんです。今まで個々にやっていたことを組織化して、無駄を省いて効率よく仕事ができるメリットを考えていたところ、ちょうど良いタイミングでシャングリラスタジオの貸借の話が舞い込んできました。

試行錯誤しながら、必ず自分が誰にも負けない、得意とするところに辿り着くのですね。

やりたいことが2つ、3つあったとしても、1つに絞った方がその凝縮度って高いわけじゃないですか。1つのことをずっと凝縮していった結果、今に至るわけですが、結局今までやってきたことが全部活かせていると思います。

成功者についての定義やイメージはありますか?

やはり、続けていることですね。どんな仕事でも「一発屋」に陥らないような努力をしなければいけないと思います。業界的にも音楽の仕事自体が減っているので、続けられていることが成功だと思います。私自身もシャングリラをこのままずっと続けられたらいいなと思っています。

宮野さんが成功者だと思う方はいらっしゃいますか?

黒柳徹子さんです。黒柳さんのように、日本初のテレビ女優さんが今でもご活躍され続けているのはすごいことだと思います。

宮野さんは現在独身でいらっしゃるんですか?

30歳から5年ほど結婚していましたが、現在は独身です。結婚生活は楽しかったですよ。私はプライベートでもサポート好きみたいで、妻って割とサポートすることが多いじゃないですか。相手はジャズのトロンボーン奏者で、寿退社するくらいのつもりで結婚したんですけど、現実はそうもいかなくて。

ミュージシャンが音楽で生計を立てるのは大変ですもんね。

ライブがメインのミュージシャンは、特に大変なんじゃないでしょうか。生活していくために、私も結婚して2、3年は内職で譜面を作る仕事などをしていました。その仕事が今の仕事に繋がったので、結果良かったんですけどね。自分が音楽に携わっていなかったら違ったのかもしれないですが、彼の音楽を聴く時も、つい仕事の耳で聴いてしまって、自分の仕事の価値観と私生活の価値観の同居が難しくなってしまい、もちろんそれだけが理由ではないですが、結局離婚しました。

もう結婚はなさらないんですか?

しないと決めたつもりはないですけど、今は仕事も忙しいですし、これと言って出会いもないですし、今の生活は、これはこれで楽しんでいます。でも結婚生活も本当に楽しかったし、結婚して良かったと思っています。

お休みの日は何をなさってるんですか?

ほぼ何もしないです。料理好きなのですが、それも最近仕事になりつつあります。毎年シャングリラで新年会をやるのですが、50人程の参加者の新年会のご飯は全部私が作ってるんですよ。最初は軽い気持ちで始めたんですけど、2回、3 回と回数を重ねるごとに皆さんの期待度が高くなってきて、気合入れて作らないといけない感じになっています。やり出すと本格的になってしまって、去年は中華、今年はフレンチみたいにテーマを決めて作りました。

好きな言葉や本、映画や曲などはありますか?

曲はバッハの「平均率クラヴィア曲集Ⅰ,Ⅱ」です。私にとってバイブルのような存在ですね。ハ長調、ハ短調、嬰ハ長調、嬰ハ短調など、24個の全ての調で書かれていて、頭の体操になるし、譜面の動きを見ると原点に立ち戻れるというか、初心に帰れるというか、勉強を始めた頃の新鮮な気持ちに戻る気がします。

日本の音楽業界についてはいかがでしょうか?何か思うことはありますか?

CDがこれだけ売れなくなって、媒体自体が消えつつある時代に今までは権利で守られてきたものが、どんどん崩れていっています。その中で、大切なのはやはり人のモラルだと思うんです。せめて日本だけでも皆の意識がもう少しそういうところに向いてくれるといいなと思っています。日本の音楽制作は、ビジネスと音楽を分けて考える慣習が元々あるのですが、欧米社会はそこが成熟していて、両方が一緒に動けるシステムになっているんです。最近の日本ですと、アイドルのCDに握手券を入れて販売したことは、ビジネスと音楽が一緒に動いた良い例だと思うんですね。同じような感覚で、日本も音楽の制作とビジネスが一緒になることが今後も増えていくといいのですが、まだどうしても一体化出来ていません。まだというか、そもそもそれは消費者の感覚がそこまで育ってないというのが、やはり一番の原因だと思うんですよね。

日本の音楽がビジネスとして成熟しないのは、視聴者側にも原因があるのかもしれないですね。

先ほどアイドルの例を出しましたけど、ああしないとビジネスが成り立たないのが現状と言いますか、視聴者に媚びたものが多く作られていると思うんです。もちろん視聴者目線でものを作るのは大事なことだと思うんですけど、それだと進化はしていかないです。退化とまでは言わないまでも世の中には良いものもたくさんあるのに、そちらの方に視聴者の興味がいかないんですね。いいものを聴いても、そこに感銘を受けないというか、、。何をどう変えたらいいのか、私もよく分からないですが、教育を変えたら皆の意識も変わるんでしょうか。

これは深い問題ですね。それでは話題を変えて、宮野さんにとってチャンスとはどういうことだと思いますか?チャンスと聞いて思うことや、チャンスを逃さない方法があれば教えてください。

チャンスとは、やはり人との出会いじゃないですかね。自分が何かをしなければ始まらないのは大前提ですが、特に私の仕事は頼んでくださる人がいなければ仕事にすらならないわけですから、これから仕事を一緒にする方と出会った時に、まずは不義理をせず、誠実に向き合うことだと思います。そして、自分が何を提供できるか試行錯誤して、どんな場面でも、常に自分の限界値を超えるようなサービスを提供し続けられるように努力をすることだと思います。

宮野さんが実現したいことでまだ叶っていない夢はありますか?

前にも触れましたが、日本にはスコアリングステージというスタジオがないんです。それに近い規模感のスタジオがNHKの中に一つあるくらい。他の国にはあるのに、日本にだけないのはとても残念なことだと思います。昔は東宝や日活などの映画製作会社も、それぞれスタジオを作っていました。ミックスする環境としては、とてもいいスタジオだったのですが、大元を録音するシステムではなく、結局維持するのは難しくなってしまったようです。予算的に私達「シャングリラ」が作れるような規模ではないのですが、中身やノウハウに関しては提供出来るので、スポンサーになって下さる方がいたらいいなと思います。

もしその夢が叶って、スコアリングステージが日本のどこかに出来たとしたら、日本の音楽業界は変わると思いますか?

おそらく流れは変わるでしょうね。そういうことに快く協力して下さる方がいれば、音楽の景気も少しずつ上向いていくと思います。

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