HIGHFLYERS/#17 Vol.1 | May 12, 2016

羽生結弦で知られる「陰陽師」のアレンジをきっかけに、オーケストレーターの仕事が増えた

Text: Kaya Takatsuna / Photo: Atsuko Tanaka / Cover Image Design: Kenzi Gong

オーケストラ音楽には、オリジナル曲をオーケストラが演奏出来る楽曲に作り替える「オーケストレーター」という専門家がいます。オーケストレーターは非常に専門的な知識やスキルを必要とするため、海外の映画や音楽制作の現場で昔から高く評価されていますが、日本ではまだまだ一般に広く知られていません。そこで、今回ハイフライヤーズでは数々の映画やドラマ、コンサートの現場でご活躍されている日本のオーケストレーターの第一人者、宮野幸子さんにご登場いただき、その知られざるプロの仕事について、たっぷりお話を伺いました。
PROFILE

オーケストレーター 宮野幸子

1969年、神奈川県横浜市出身。東京藝術大学音楽学部作曲科卒業。現在、株式会社シャングリラ代表 映画やテレビドラマの音楽のオーケストレーターとして,主に作曲家・梅林茂、蓜島邦明両氏をはじめとした個性的な音楽作品に携わる。最近では「とと姉ちゃん」を始めとした、遠藤浩二氏の作品や、椎名豪氏のゴッドイーターなどのゲーム及びアニメの音楽への参加も多数。 また「高嶋ちさ子&軽部真一プロデュース:めざましクラシックス」や、「Voices~from FINAL FANTASY」、 「久石譲in武道館」などクラシックスタイルのコンサートや在京オーケストラへのアレンジ提供をする傍ら、 嵐「Dear Snow」、松田聖子「Love is all」、手嶌葵「虹」など、アーティストのへの楽曲アレンジや、 「キングダムハーツ・ピアノコレクション」(音楽:下村陽子)、「ピアノで奏でる日本の抒情歌」などの 楽譜も出版されるピアノアレンジなど、様々なシーンにおいて活動の場を広げている。

オーケストレーターという職業を日本で確立させたパイオニア

まずオーケストレーターとは、どのようなお仕事をする方なのでしょうか?

簡単に説明すると、オーケストラで演奏する曲をアレンジ(編曲)する仕事です。作曲家が作った曲をオーケストラのパートごとに考えて音を決め、楽譜を作り、最終的にオーケストラで演奏出来る形にしていきます。70人から80人ほどいるオーケストラ全員が違う音を演奏することによって、重厚な明るいハーモニーになったり、逆に悲しい音や怖い音になったりするのですが、その組み合わせを色々考えるのが、オーケストレーターの仕事です。

オーケストレーターは作曲家とは違うのですか?

基本的に、印象に残る力強い「メロディー」を生み出すのが作曲家の仕事であるのに対し、楽器の専門知識と緻密な作業、スコアの組み立てに膨大な時間を割くのがオーケストレーターの仕事です。わかりやすく言うと、映画やドラマなどの音楽で多く使われているオーケストラ音楽は、作曲家の作ったメロディーがあるだけでは成立しません。メロディーがあるとして、その曲をオーケストラで演奏出来るように仕上げることをオーケストレーションと言い、その仕事をする人のことをオーケストレーターと言います。また、例えばバイオリンとフルートでは、出る音の高さも、質も、演奏方法も、全く違いますので、オーケストレーターはそれぞれの楽器に対する知識も持っていないと出来ない仕事ですね。

すでに存在するオリジナルの音楽をオーケストラで演奏するために、楽器ごとに分けて音を作っていくのがオーケストレーターの仕事ということですか?

そうですね。オーケストラは各々の楽器演奏を極めたスペシャリストの集団ですから、オーケストレーターは全ての楽器への造詣やリスペクトの気持ちがないと、彼らと良いコミュニケーションを取ることができません。そして、アカデミックな知識も深くないと成り立たない面があります。また、今流行している曲をクラシック風に、例えば行進曲風や、ワルツ風にアレンジしてほしい、などのオーダーが入ることもあるので、そういった譜面の知識も必要ですね。

アレンジしても元の音楽は曲中のどこかに残るんですか?

元はどこかに残らないと、それはアレンジではなく作曲ということになります。つまり、オーケストレーターはあくまでアレンジャー(編曲家)なのですが、オーケストラの楽器の配分まで考えて全部のバランスを見て作らないといけないので、普通のアレンジよりも複雑です。

譜面がないと何も始まらないということですね。では、日本にオーケストレーターとして仕事をされている方はどのくらいいるのですか?

ほとんど皆無に近いかもしれません。なぜなら、オーケストレーターだけを生業にするのは非常に難しいからです。作曲に対しては印税が発生しますが、オーケストレーターの収入は買取が原則なので、この仕事だけで経済的に成立させるためには膨大な分量の仕事をこなさなければならず、印税契約のできる作曲業と両立させることで、経済的に安定した活動をしている作曲家の方が多いんです。

日本でオーケストレーターという肩書きを使い始めたのは宮野さんが最初だそうですね。

私がオーケストレーターとして活動し始めた2000年頃は、オーケストレーターという肩書きでやっている専門家は日本では他に誰もいなかったと思います。以前から、歌謡曲ではアレンジャーの地位は認められていましたが、劇伴(テレビドラマやアニメ、映画、演劇などの劇中音楽のこと)においては、作曲家の他にオーケストレーターがいることを公表するのはタブーという風潮があり、映画やドラマ、アルバムなどのクレジットに載せてもらうことが出来ませんでした。でも、私はその頃すでにハリウッド映画やディズニーなどの海外の作品にオーケストレーターのクレジットが載っているのを見ていたので、日本でも存在をちゃんと認めてもらうべきだと思い悩んでいました。意地でもオーケストレーターとしてクレジットを載せてもらえるようにならなくては!と。

すごい!そこがスタートなんですね。

最初はクレジットを載せられないと断られることが本当に多かったです。慣習として今までにないからというのが理由でした。日本では前例がないことを中々やりたがらないですよね。おかげさまで、最近は「オーケストレーターさん」とまで呼ばれるようになり(笑)、クレジットも普通に載せて頂けるようになりましたが、そうなるまでには時間がかかりました。

オーケストレーターとしての最初の仕事は何だったのですか?

アレンジャーとして仕事をして5年くらい経った2001年に、コンポーザーピアニストの加羽沢美濃さんがテレビドラマ「愛と青春の宝塚」の劇伴を作曲し、私がオーケストラのアレンジをサポートさせて頂いたのが最初の仕事です。オーケストレーターとしての仕事をしてみて、耳コピ(音楽を耳で聴いたものを演奏で再現できるように楽譜に起こすこと)や、楽譜制作、デスクトップミュージック、オーケストレーションと、自分が今まで身に付けてきたこと全てを活かせる仕事だと思いました。

その後、オーケストレーターとして活躍されるようになった、大きなきっかけはあったのですか?

「めざましクラシックス」というフジテレビがプロデュースしているコンサートがあるのですが、2000年にそのコンサートとCD制作にアレンジャーとして参加したことをきっかけに、そこから徐々にオーケストレーターとして声がかかるようになりました。当時は、伝統的なクラシック音楽の枠に捉われず、新しい試みに積極的に挑戦する若手アーティスト達によるクラシック音楽、「J-Classic」と言うジャンルがちょうど出来た頃でした。その時まで私がピアノ伴奏して一緒に活動していた同級生のヴァイオリニストの幸田聡子さんがデビューするというので、私はアレンジャーとして参加し、その後、高嶋ちさ子さんや、J-Classicの他のアーティストの仕事もするようになりました。「めざましクラシックス」で仕事させて頂いたことで信用を頂き、オーケストレーターとしての仕事を下さる方が増えていったんです。

お仕事が増えていく中で、宮野さんが現在手がけている数々の仕事に繋がるキーパーソンとなる方との出逢いはありましたか?

作曲家、梅林茂さんとの出逢いです。80年代初期に「EX」というニューウェーブ・ロックバンドのギタリストとして活躍された方で、彼の非常に感覚的な曲作りは世界的に高い評価を受けています。15年ほど前に、梅林さんが香港の映画監督、ウォン・カーウァイ氏のCMのプロジェクトの制作をしていた時に、オーケストレーションで試行錯誤されていたようで、知人から紹介されました。納期ギリギリでオーケストラの曲を渡されて、それを私が全部耳コピをして一日で譜面に起こしたのが最初の梅林さんとの仕事です。

ウォン・カーウァイ監督のCMをきっかけに梅林さんと繋がり、そこからオーケストレーターとしての仕事がさらに増えていったのですね。

そうです。他にも、梅林さんと仕事をし始めた初期の頃の作品として、フィギュアスケートの羽生結弦選手が2015/16年のフリースケーティングで使用している「陰陽師」があります。梅林さんが曲を作り、私がアレンジをしました。私達は羽生選手があの曲を使うことを知らなかったのですが、「陰陽師」を使って世界最高得点を出し、ご活躍されたことを本当に嬉しく思っています。

宮野さんの作品は、どのようなところで使われることが多いのですか?

以前は映画やテレビドラマが大半でしたが、最近はコンサートやアニメ、ゲーム音楽のオーケストレーションも増えてきました。コンサートも様々で、プロのオーケストラを使ってゲーム音楽のコンサートをやることもありますし、読売日本交響楽団では「シネマ・ミーツ・シンフォニー」というシリーズがあって、映画「ロッキー」の音楽のように、元々オーケストラではないものをオーケストラ用にアレンジして映画の映像をスクリーンに写しながら演奏するというものもありました。

様々なところでご活躍されているのですね。今進行中のプロジェクトは何かありますか?

NHK朝の連続テレビ小説「とと姉ちゃん」の音楽は、遠藤浩二さんが作曲し、私がアレンジをしています。ドラマの音楽なので、劇中のオーケストラのアレンジや、オーケストラでないものもアレンジしています。

作曲家の遠藤浩二さんと

アニメは「ゴッドイーター」などの作品をアレンジされていましたが、アニメやドラマの音楽のアレンジはどのように作業を進めていくのですか?

例えば、ラブシーンだったらこんな感じとか、けんかのシーンはこんな感じという漠然とした指定があるので、それに沿って作っていきます。本当は完成した映像を見ながら作れたらいいのですが、制作側にも色んな事情があるので、タイミング的に難しいですね。台本は前もって渡されるので、読んで参考にしながらイメージを膨らませて作ります。

次回へ続く

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