HIGHFLYERS/#25 Vol.2 | Sep 21, 2017

立教大学時代に恩師・蓮實重彦や、長谷川和彦監督と出会い、商業映画監督への道が現実的に

Text: Kaya Takatsuna / Photo: Atsuko Tanaka / Cover Image Design: Kenzi Gong

黒沢清監督インタビュー第2回目は、幼い頃や学生時代のことに迫ります。幼稚園の頃に初めて映画館で見たイギリスの怪獣映画「怪獣ゴルゴ」や邦画の特撮時代劇「大魔神」から、当時の映画が伝えていたことを感じていたそうです。その後多くの映画を観た高校時代を経て、立教大学に入学。8ミリ映画によって映画制作を始めた黒沢監督は、大学での偶然の出会いをきっかけに映画の世界へ入っていきます。人生に大きな影響を与えたフランス文学者で映画評論家の蓮實重彦さんのお話や、映画監督という職業にたどり着くまでを伺いました。
PROFILE

映画監督黒沢清

1955年生まれ、兵庫県出身。大学時代から8ミリ映画を撮り始め、1983年、『神田川淫乱戦争』で商業映画デビュー。その後、『CURE』(97)で世界的な注目を集め、『ニンゲン合格』(98)、『大いなる幻影』(99)、『カリスマ』(99)と話題作が続き、『回路』(00)では、第54回カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞を受賞。以降も、第56回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された『アカルイミライ』(02)、『ドッペルゲンガー』(02)、『LOFT ロフト』(05)、第64回ヴェネチア国際映画祭に正式出品された『叫』(06)など国内外から高い評価を受ける。また、『トウキョウソナタ』(08)では、第61回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞と第3回アジア・フィルム・アワード作品賞を受賞。テレビドラマ「贖罪」(11/WOWOW)では、第69回ヴェネチア国際映画祭アウト・オブ・コンペティション部門にテレビドラマとして異例の出品を果たしたほか、多くの国際映画祭で上映された。近年の作品に、『リアル〜完全なる首長竜の日〜』(13)、第8回ローマ映画祭最優秀監督賞を受賞した『Seventh Code』(13)、第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門監督賞、第33回川喜多賞を受賞した『岸辺の旅』(14)、第66回ベルリン国際映画祭に正式出品された『クリーピー 偽りの隣人』(16)、オールフランスロケ、外国人キャスト、全編フランス語による海外初進出作品『ダゲレオタイプの女』(16)がある。 ※本文中( )内は製作年表記。

幼い頃に観た怪獣映画が今も鮮明に記憶に残っているのは、戦争を経験した人たちが映画を作っていたから

監督は兵庫県神戸市で生まれ育ったそうですが、どのような幼少期を過ごされましたか?

取り立てて普通ですね。よく覚えているのは、小学校1年生の頃に書いた作文で、「野口英世のような人たちは皆、小さい頃に火傷をして大変な目にあったり、すごい苦労をしたりして偉人になったけど、僕自身は特に何もないので多分偉人にはなれないだろう」という作文を書いた記憶があります。そのくらい普通の男子だったと思います。昆虫が好きだったので、俳優の香川照之さんとは昆虫の話でよく盛り上がります(笑)。あとは、プラモデル作りしているとご飯も忘れて永遠に作っているような子供でした。

中学生棋士の藤井聡太四段にも同じようなエピソードがあると聞いたことがあります。一流になる方とは一つのことに夢中になると他のことは忘れてしまうほど集中するのでしょうか。

いや、どうなんでしょうね。そういう時期は誰にでもあるとは思いますが、 いくらそうしたくても親がそうさせてくれなかったらまた別なことになるんでしょう。僕の場合は、親が手こずりながらも放っておいてくれたのが今になっては幸いだったと思います。中学からは進学校に通ったので、学校では勉強ばかり。勉強には全く興味持てず、自分はいかに勉強ができないかがわかりました。

映画との最初の出会いはいつですか?

おそらく幼稚園の頃に親に連れて行ってもらった「怪獣ゴルゴ」というイギリスの怪獣映画が最初に観た映画で、邦画だと東宝の「モスラ」です。僕が小さい頃は初期の怪獣映画がブームだったので、映画というとだいたい怪獣映画か大魔神を観ていたわけです。つまり映画は怖いもので、 ワクワクドキドキしながら始まるのを待っていると、部屋が暗くなり、映画が始まって怖い音楽が流れて、街が破壊されて人がバタバタと死んで行く。あの頃の映画を今観ても生々しいと感じるのですが、それは何故かというと、作った人たちがみんな戦争を経験しているからなんですね。本当に街を破壊されたことがある人たちが作っていて、本当に家を焼かれて逃げた経験のある人たちがエキストラとして逃げている。僕自身は戦争を経験していないですが、怪獣映画を作っている人たちの作品を通して、戦争体験に近いものを植え付けられたんだろうと思っています。

大学に入ってから映画を撮り始めたそうですが、学生時代も映画はたくさん観ていたのですか?

高校時代は学校の成績が下がって行くのと反比例するように、たくさんの映画を観ていました。その頃は映画監督になるなんてまるで考えていなかったんですけど、当時の70年代中頃は、8ミリカメラを使って自主制作の映画を撮ることが流行っていたので、僕も大学に行ったら、趣味で8ミリ映画を撮ったら楽しいかなくらいは考えていました。

その後、入学された立教大学では、フランス文学者で映画評論家の蓮實重彦さんの授業を受けていたそうですね。

はい。蓮實さんというのは、80年代以降の映画評論を全て変えてしまった方で、映画界においてもその影響は凄まじいものがありますが、僕が大学に入った時はまだ全く無名で僕自身も知らなかったんです。一般教養の授業のひとつとして映画の授業があったので、「映画の授業を受けて単位をもらえるならそれに越したことはない」くらいの気でひょいと顔を出したのが始まりでした。僕自身まだ19歳くらいでしたから、色々影響されやすい年齢だったということもあるんですけど、蓮實さんの教えは凄かったですね。映画だけにとどまらず、ものの考え方全般に対して根底から影響を受けてしまいました。授業を受けにきていた生徒は最初100人くらいいましたが、どんどん減っていくんですよ。

減っていくのは厳しいからですか?

蓮實さんは、例えば世間的には凄く評価されている映画のことを罵倒するなど、それまでみんながなんとなく信じていた価値みたいなものをひっくり返すような事を言うので、強烈に影響を受ける人がいる反面、反発する人が出てくるんだと思います。だから最終的には10人くらいしか残らなかったです。するとその10人は、「蓮實さんの言葉が理解できたのは我々だけだ。我々は選ばれた」となる。そして「彼の言葉を伝えていかなければならない。それが自分たちに課せられた使命だ」ってなっていく、まさにカルト宗教ですよ(笑)。

その蓮實さんとの出会いが、ご自身の映画製作にもかなりの影響を与えているのですね。

自分の作品を通して蓮實さんの言葉を伝えなきゃいけないという使命感で今日まで僕はやってきている。ちょっと大げさですけど(笑)、嘘ではないですね。

今でも蓮實さんと交流はあるんですか?

あります。ただ、そういう絶対的な存在ですから通常の交流とは少し違いますね。教祖の言葉は絶対ですから(笑)、反論なんてしちゃいけない。全て受け入れて自分で解釈するんです。冗談のように言ってますけど、僕だけじゃなくあの頃に蓮實さんの影響を受けた人たちは割と似たようなことを言ってますね。偶然、大学で蓮實さんに出会ってしまったことは決定的でした。それくらいカリスマ性のある人なんですよ。

同時に、大学ではS.P.P.(セント・ポール・プロダクション)という映画制作サークルから独立して、仲間でパロディアス・ユニティという自主映画サークルを立ち上げたんですよね。

大学で蓮實さんの影響を受けつつ、8ミリ映画を撮っていこうという人たちが何人かいて、彼らと一緒にそのクラブでやっていたものが、実は今日まで繋がっているんです。例えば、今回の「散歩する侵略者」のVFX(*)を担当した浅野秀二とはもうずっと昔から一緒にやっているんですが、彼は同じクラブの後輩ですし、蓮實教の一人でもあります。ちなみに、僕の奥さんも大学の一年先輩で、同じくクラブで知り合いました。大学時代の出会いがその後の僕の人生を決定づけたことは間違いないですね。
*ビジュアル・エフェクツの略。現実のものに、非現実的な仮想空間を生み出すように見せる特殊な映像効果

では、その頃から映画監督になることを決心されたのですか?

実はその頃はまだ映画監督になろうという発想はあんまりなかったんです。映画監督のなり方なんてさっぱりわからないし、だいたいなれる気がしなかった。ところが、大学4年生になった時に長谷川和彦監督にお会いしたことから変わっていくんです。

長谷川監督は、黒沢監督が初めて助監督をなさった方ですね?

そうです。彼の「太陽を盗んだ男」という作品で、助監督というか、制作部の一番下っ端の制作進行という立場で初めて商業映画の世界に足を突っ込んだんです。その時に長谷川監督がやっているのを脇で見て、これなら自分もできるかもと思って。当時は商業監督ってすごく変わった人や、メガホンを持って怒鳴るような恐ろしい人が多いイメージがあったんですが、長谷川監督を見ていたら、そんなことをしなくても、自分がやりたいことをただ丁寧に人に説明すればいいんだとわかって。それなら学生時代にクラブでやっていたことと大きな差はないし、頑張れば僕もできるかもしれないと、それまでは別世界と思っていた商業映画の監督になることが現実味を帯びてきたんですよ。

次回へ続く

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「散歩する侵略者」

「散歩する侵略者」

 第70回カンヌ国際映画祭
「ある視点」部門正式出品作品

誰も観たことがない、新たなエンターテインメント作品が誕生。

『岸辺の旅』で第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門監督賞を受賞、国内外で常に注目を集め、2016年には『クリーピー 偽りの隣人』でもその手腕を発揮した黒沢清監督が、劇作家・前川知大率いる劇団イキウメの人気舞台「散歩する侵略者」を映画化。

9月9日(土)全国ロードショー
監督:黒沢 清
原作:前川知大「散歩する侵略者」
脚本:田中幸子 黒沢 清
音楽:林 祐介
出演:長澤まさみ 松田龍平 高杉真宙 恒松祐里 長谷川博己 ほか
製作:『散歩する侵略者』製作委員会
配給:松竹/日活

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