HIGHFLYERS/#25 Vol.4 | Oct 19, 2017

ハリウッド進出に必要な要素とは。スティーヴン・スピルバーグに見る、撮りたい映画を作れる環境の整え方

Text: Kaya Takatsuna / Photo: Atsuko Tanaka / Cover Image Design: Kenzi Gong

日本が世界に誇る映画監督、黒沢清さんインタビュー最終回は、チャンスと成功について伺いました。一つひとつの質問に対して、大切に言葉を選ばれながら真摯に答えてくださった監督ですが、「成功とは?」の質問にはかなり悩まれていました。周りから成功しているように見える人ほど、成功について意識しないのは、HIGHFLYERSに登場いただいた一流のクリエイターの皆さんに共通して感じることかもしれません。また、監督はハリウッドをどう捉えているのか、将来のハリウッド進出の可能性などもたっぷりお聞きしました。
PROFILE

映画監督 黒沢清

1955年生まれ、兵庫県出身。大学時代から8ミリ映画を撮り始め、1983年、『神田川淫乱戦争』で商業映画デビュー。その後、『CURE』(97)で世界的な注目を集め、『ニンゲン合格』(98)、『大いなる幻影』(99)、『カリスマ』(99)と話題作が続き、『回路』(00)では、第54回カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞を受賞。以降も、第56回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された『アカルイミライ』(02)、『ドッペルゲンガー』(02)、『LOFT ロフト』(05)、第64回ヴェネチア国際映画祭に正式出品された『叫』(06)など国内外から高い評価を受ける。また、『トウキョウソナタ』(08)では、第61回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞と第3回アジア・フィルム・アワード作品賞を受賞。テレビドラマ「贖罪」(11/WOWOW)では、第69回ヴェネチア国際映画祭アウト・オブ・コンペティション部門にテレビドラマとして異例の出品を果たしたほか、多くの国際映画祭で上映された。近年の作品に、『リアル〜完全なる首長竜の日〜』(13)、第8回ローマ映画祭最優秀監督賞を受賞した『Seventh Code』(13)、第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門監督賞、第33回川喜多賞を受賞した『岸辺の旅』(14)、第66回ベルリン国際映画祭に正式出品された『クリーピー 偽りの隣人』(16)、オールフランスロケ、外国人キャスト、全編フランス語による海外初進出作品『ダゲレオタイプの女』(16)がある。 ※本文中( )内は製作年表記。

たまたま起きた出会いや状況は、いつでもチャンスに変えられる。予定通りのことなんてチャンスじゃない

普段から映画はよくご覧になるのですか?

昔はもの凄い数の映画を観ていたんですが、最近は時間がないということもあってあまり観ていません。それに10年前は「ぴあ」などの雑誌を見て、「来週はこれを観に行こう」と計画できたのですが、今はそういうものがなくなってしまったから困っています。あと、シネコン(*)が普及したせいで、観たいと思っていた映画は一週間先もやっているかどうかわからないし、やっていると信じて行ったら朝に一回しかやってないなんてこともよくありますよね。
*シネマコンプレックスの略。一つの施設に複数のスクリーンがある映画館のこと

映画以外に趣味はありますか?

ないですね。

ずっと映画一筋ですか?

だいぶ前のことですけど、映画が全然撮れなくて事実上失業中だった時は、暇に任せてテレビゲームにハマっていましたね。「Theスーパーファミコン」という雑誌でゲーム評論を連載していたこともありました(笑)。幸いその後、映画の仕事が順調に続くようになってから、ゲームからも縁がだんだん遠くなって、今はあまりやってないですが。でも七月末に出たドラクエ11は買いました(笑)。ドラクエは必ずやるんです。

普段撮影がないときは次の構想を練ったり、脚本を書いたりしている時間が長いと思いますが、自宅でお仕事される時が多いですか?

自宅にいることも多いですけど、 脚本を書いたり構想を練ったりするのは大抵喫茶店ですね。そこでノートに書いたものを家に持ち帰ってパソコンを打つという感じなので、考えるのは主に喫茶店です。

行きつけの喫茶店はありますか?

特にないんですけど、だいたい一番仕事がはかどるのはドトールコーヒーとかマクドナルドとか、ファミレスなど、ガサガサしていて、子供がギャーギャー言ってるようなところなんです。落ち着いた喫茶店とかは、逆に全然落ち着かないんです。

そういうところで、監督が一人座って書いている姿は想像しにくいですが。

割とそんなもんです。多分家にいるとサボってしまうというか、自分が頭をもたげてくる感じがして全然ダメですね。自分と向き合わないといけないように感じるというのは大袈裟だけど、外に出て子供がいるようなところで仕事をしている方が、そこに社会があるのを感じて「今、自分はこの仕事をするんだ」っていう思考になっていくので仕事に集中しやすいんです。

そんな場所にいたら監督のファンはびっくりするんじゃないですか。ばったり会ったり、声をかけられることはないですか?

露骨に声をかけられることはたまにしかないですけど、後々「あの時あそこにいましたよね」みたいに言われることはありますね。以前、俳優の鈴木亮平さんに会った時に、「この前、駅前のカフェにいましたよね?」って言われて、実は最寄駅が同じだったっていうことはありましたけど(笑)。

それでは質問を変えて、HIGHFLYERSでよくお聞きしていることなのですが、監督にとってチャンスとはどういうものだと思いますか?

チャンスは至る所にゴロゴロ転がっている気がします。人と人との出会いだけでなくて、この映画を撮ることになったとか、撮る時期がたまたま夏になってしまったとか、なぜかこの場所で撮らざるを得なくなったとか、一見偶然に思える出会いや状況は、みんなチャンスに変えられると思います。「たまたまこんなになっちゃったけどどうしよう」というようなことがまさにチャンスで、予定通りに行っていることは多分チャンスではないんです。

なるほど。それでは、監督にとって「成功」とはなんですか?

う〜ん…。これは本当に考えたことがないのでわかりませんし、成功なんて一度も考えなくて済む方がずっと幸せかなぁという気がします。僕はそういうのとは全く無縁で生きてきました。

周りにいる人で、成功者だと思ったことはないですか?

この人幸せだなと感じる人はいるんですけど、成功しているかと言ったらどうだろう。成功の反対は失敗になるんですか?失敗しているなぁって言う人はいるんですけど(笑)。

ということは、監督的には、「成功=幸せ」とは限らないと言うことですよね?

僕のイメージが悪いのかもしれないんですけど、成功した人ってもともと決めたゴールがあって、そこに行きついちゃった人のような気がするんです。そうすると、そこで終わりのような気がしてしまう。僕がこの人幸せそうだなって思う人って、全然ゴールなんて見えなくて、次から次へとまだ先に行っている。これで大成功して終わりかと思ったら全然そうじゃない。そんなふうに次々にとんでもないことをやるような人に僕もなりたいと思いますし、そういう人は成功することなんて考えていないんじゃないかと思うんです。

実在する人で思い当たる人はいますか?

会ったこともないですけど、スティーヴン・スピルバーグやクリント・イーストウッドは、「どこまでやるの?」っていうくらい常に満足していない感じがするし、彼らは幸せに見えますね。ご本人達に聞いたことがないのでわからないですけど、成功しようなんておよそ考えてないだろうし、やりたいことが次々とあって、それをやっていこうとしているだけなんだろうなと。それって幸せなことだと思います。

黒沢監督は、今後ハリウッド進出は考えていらっしゃいますか?

一度はハリウッドで映画を撮ってみたいという漠然とした夢はもちろんなくはないですが、現実的に考えるとものすごく大変なことですね。ハリウッドに行って成功して幸せになった監督ってヨーロッパ人なら何人かいると思いますが、アジア人ってほぼいないんじゃないかな。唯一アジアからハリウッドに進出して大成功しているかのように見えたジョン・ウー監督も近年は中国で撮っているんですよね。

やっぱり難しいんですね。監督の作品でしたら、ハリウッドでも凄くヒットしそうな気がするんですけど。

ハリウッドに進出した人たちがなぜ幸せになれないかを考えて、薄々わかってきたことがあるんです。ハリウッドを目指している人に「映画が大ヒットして大金を手にしたらどうする?」って聞いたとして、「家買って、ベンツ買って、寿司食べて」などと言っている限りはハリウッドでの成功はないですよ。ハリウッドで成功している人はそんな馬鹿臭いことは考えてない。

彼らはどんなことを考えているのでしょうか?

まず、ヒットする映画を作って莫大なお金を手に入れたら、自分の会社を作って、映画の権利を全部持つ。そうして初めて自分の撮りたい映画を作れるようになるんです。権利を持てば、みんなが自分の言うことを聞くようになるわけで、そういうことをスティーヴン・スピルバーグなどは成し遂げてきたんですよね。彼らのように「自分が撮りたい映画を作るために、映画を作る」という考えは全く持って正しいのですが、そういう考えを持って映画を撮っている人は残念ながら日本にはほとんどいないでしょうね。権利を握って推し進めるようなハリウッドのようなやり方よりは、自分のやりたいことに賛同してくれる人たちと気持ちよく一緒に作っていく方が合っているかなと思います。そういうことを含めて「ハリウッドに進出しますか?」って言われたら僕はたぶん無理でしょう。

今の日本の映画界に対して思うことを教えてください。

みんなが思っていることだと思いますが、日本の映画界は危うい状況にあって、崩壊するギリギリのところにいると思うので、よくよく注意して進めていかないといけないと思います。日本の映画が崩壊して困る人は少ないかもしれませんけど、優秀なスタッフとか、俳優とか世界的に見ても貴重な才能はまだ日本にたくさんいて、そういう人たちが失業してしまうのはいかにも勿体ない。みんな危機感は持っているので、業界はまだしばらくは続くかと思いますが、本当に危なっかしいと思います。

最後に今の若者に対してメッセージをお願いします。

大概の若者は素晴らしい可能性を秘めているので、迷うことなく自信を持って進んでいってもらいたいです。気にはしていないと思いますが、大人にとやかく言われても、無視して先に進んでいってもらいたいなと思います。

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「散歩する侵略者」

「散歩する侵略者」

 第70回カンヌ国際映画祭
「ある視点」部門正式出品作品

誰も観たことがない、新たなエンターテインメント作品が誕生。

『岸辺の旅』で第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門監督賞を受賞、国内外で常に注目を集め、2016年には『クリーピー 偽りの隣人』でもその手腕を発揮した黒沢清監督が、劇作家・前川知大率いる劇団イキウメの人気舞台「散歩する侵略者」を映画化。

9月9日(土)全国ロードショー
監督:黒沢 清
原作:前川知大「散歩する侵略者」
脚本:田中幸子 黒沢 清
音楽:林 祐介
出演:長澤まさみ 松田龍平 高杉真宙 恒松祐里 長谷川博己 ほか
製作:『散歩する侵略者』製作委員会
配給:松竹/日活

©2017『散歩する侵略者』製作委員会 ©2017"Before We Vanish" Film Partners
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