「散歩する侵略者」は劇団イキウメの人気舞台に感動したことから始まった。「ダゲレオタイプの女」ではフランス人の制作に対する姿勢に驚いた
「散歩する侵略者」の完成、おめでとうございます。カンヌ映画祭で公式上映されましたが、現地での評価はいかがでしたか?
皆さん本当に熱心に観てくれました。「これは今の日本の社会状況や、震災時の津波、福島などを反映しているのか」ということをたくさん聞かれましたね。特定の何かを表すつもりはなかったのですが、現代社会のメタファーのように観られるであろうことは予測していました。
カンヌ映画祭は、お客さんが暫く総立ちで拍手をしたり、上映中に歓声が上がったりしますが、そういった反応は日本よりもダイレクトに感じるものですか?
あれは義理で必ずやるもので、監督や俳優が帰らない限りお客さんはずっと総立ちだから僕はなるべくとっとと去ろうとするんです(笑)。作品に対する反応は良かったですが、他の映画祭と全然違ってカンヌは観ている人の多くが批評家に近く、あら探しや欠点を指摘しようとする意地の悪い人がいるから怖いですよ。映画を観た後、みんなでカフェに集まって、楽しそうに「すごいひどい映画だった」って話しているんですから(笑)。それで噂が一斉に広まって「じゃあ観に行こう」って、ひどい評判の映画なのに満員になることもあるんですよ。今回はそうはならなかったから良かったですけど、作る側としては戦々恐々です。
カンヌ映画祭にて(c) Kazuko Wakayama
今作品は、演劇作品がもともと存在する作品を映画化したものですが、まずは原作の小説を監督が気に入られ、劇団「イキウメ」の舞台を観に行って、映画化しようと思ったそうですね。
最初に原作を読んだのはもう10年近く前ですから色々紆余曲折がありましたが、まずは小説を読んで映画化したいと思いました。その時はまだ「イキウメ」のことは知らなかったし、舞台を観たこともなかったです。でもその後、この作品に限らず「イキウメ」のいろんな作品を観るようになって、すっかりファンになってしまって。
劇団「イキウメ」のどういうところに魅力を感じるのですか?
彼らの作品は、揺るぎない日常に生まれたほんのささやかな異変から始まるんですが、「まさかそんなことありえないよな」っていうことがだんだん現実になっていって、最終的には社会的に深刻な事態にまで及んでいくんです。それに、舞台という制限がある中でどれだけの広がりを持たせることができるかを考える上でもすごく参考になります。「散歩する侵略者」の舞台も、限られた空間の中で最大限の効果を使って世界全体を表現しようとしていました。
もともと演劇の舞台が存在しているものを映画化したのは初めてだったそうですが、舞台作品があることが足かせになったことはありましたか?
キャラクターもキャスティングも舞台とは全く違うのに、舞台と同じような芝居や身振りを映画のキャストに求めてしまったことです。彼らに「もうちょっとこういう言い方になりませんかね?」って言ってる自分がいて、「あれ、なんでだ?」って思うと「あ、そっか、そういえば舞台で…」って(笑)。
本作は、侵略者が人間の持つ「“概念”を奪う」ことを「侵略」と定義したアイディアが非常に斬新ですが、監督が絶対に奪われたくない概念と、逆に奪われて自分の中から消し去りたい概念はありますか?
ものを食べて美味しいと思う感覚は奪われたくないなとは一瞬思うんですけど、よく考えるとそれって概念じゃなくて感覚だなって。そのくらい概念を奪うってなんだかよくわからないことですよね。あと、嫉妬という概念は鬱陶しいなと思います。いくつになっても人を羨ましく思うし、「なんで自分はうまくいかないんだろう」という劣等感とかコンプレックスを奪われたら、どんなに楽になるかと。そんなことをまったく考えないで映画を撮ったらどんな傑作が生まれるかと一瞬考えるのですが、逆に映画を撮らなくなるかもしれないとも思うんですよ。そういうネガティブなくだらない概念でも、人間はそれを原動力に生きているものなのかもしれないなって。現実は厳しいものだなと思いますね。
概念を奪われる瞬間の俳優の反応がとても印象的ですが、あれは舞台も同じなのですか?
似たような感じでしたが、侵略者が概念を奪う際に指を使うのは映画だけです。ギリギリまでどうしたら良いのか迷ったのですが、松田龍平さんが前田敦子さんから「家族」という概念を奪うシーンを撮る時に、松田さんにやってもらったらとてもしっくりきたのでそれ以降あの形でやることになりました。
キャスティングに関しては何か特別な思いはありましたか?
毎回そうですが、キャスティングばかりはこちらが一方的に決められるものではないので、いろいろな偶然を含めた出会いだと思っています。今回主演の長澤まさみさん、松田龍平さん、長谷川博己さん、侵略者役をやった高杉真宙くんと恒松祐里さんと、主要のキャスト5人全員が全くの初対面というのは割と珍しいことですね。
それは良いことでもあるのですか?
良かったですね。とても新鮮ですし。
新しい方とお仕事される時は、監督自身も緊張もされるのですか?
もちろん僕も緊張しますし、向こうも緊張されていますよね。 一人でも僕を知っているキャストがいれば、「あの監督大したことないから」とか裏でアドバイスするんでしょうが(笑)、今回はそういう人もいらっしゃらなかったので皆さん一から手探りで僕と付き合ってくれました。
前作の「ダゲレオタイプの女」(2016年公開)はフランスで制作されましたが、いかがでしたか?
フランスのスタッフは、みんな気持ち良く僕がやりたいことを一生懸命実現しようとしてくれる人ばかりで、そういう意味で日本と似ていました。フランスは、映画を一つの表現、芸術として見てくれますね。ああいう環境でアメリカでも映画を撮ることができたらなんていいだろうと思います。
フランスと日本の映画の作り方との違いに驚いたことはありましたか?
特に驚いたのは、まず出演している俳優に初めて会って、「脚本いかがでしたか?」って聞いた時のこと。「とにかく質問したいことが山のようにある」と言ってきて、「ここはどういう意味なんだ?」とか、「なんでこんなセリフを言うんだ?」とか聞いてくるんですよ。スタッフも同じで、カメラマンとかに「ここがわからない」など、いろいろ聞かれて。「そんなにわかってもらえなかったのか」と、その時は絶望的な気分になったのですが、後からプロデューサーに、それはそれだけやる気がある証拠なんだと言われて、「あ、そういうことなのか」と。最初にたくさん質問してくるのは、フランス人独特のコミュニケーションの取り方なんですね。日本ですと、何も質問がない方がやる気がある証拠になる。とは言え、何の質問がないと言って実際やり始めると5つくらい質問が出てくるし、フランスの俳優は最初に20も30も質問があると言っても、よく聞くと5つくらいなので、結果一緒ですね(笑)。
そんな違いがあるとは面白いですね。またフランスで映画を撮りたいと思いますか?
また撮りたいです。彼らもまたやろうと言ってくれていますし、撮るつもりです。
次回へ続く
「散歩する侵略者」
第70回カンヌ国際映画祭
「ある視点」部門正式出品作品
誰も観たことがない、新たなエンターテインメント作品が誕生。
『岸辺の旅』で第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門監督賞を受賞、国内外で常に注目を集め、2016年には『クリーピー 偽りの隣人』でもその手腕を発揮した黒沢清監督が、劇作家・前川知大率いる劇団イキウメの人気舞台「散歩する侵略者」を映画化。
9月9日(土)全国ロードショー
監督:黒沢 清
原作:前川知大「散歩する侵略者」
脚本:田中幸子 黒沢 清
音楽:林 祐介
出演:長澤まさみ 松田龍平 高杉真宙 恒松祐里 長谷川博己 ほか
製作:『散歩する侵略者』製作委員会
配給:松竹/日活
©2017『散歩する侵略者』製作委員会 ©2017"Before We Vanish" Film Partners
公式HP:sanpo-movie.jp