33 Vol.1 | Jan 10, 2019

京都へ引越したことが音楽にもいい影響を与えてくれる。ようやく海外への扉が開かれた今、世界一を目指したくなった

Interview & Text: Kaya Takatsuna / Photo: Atsuko Tanaka / Cover Design: Kenzi Gong

今回HIGHFLYERSに登場するのは、ベーシストのKenKenさん。ソロ活動のほか、 自身のバンドであるLIFE IS GROOVEと、RIZEやDragon Ash、獄門島一家、中村達也とのインプロバンドSPEEDER-Xなど複数のバンドに参加し、国内外で大活躍されています。もともと東京の下北沢出身という生粋の都会っ子で、両親にドラマーのジョニー吉長さんと歌手の金子マリさん、そして兄にドラマーの金子ノブアキさんを持ち、音楽一家に育ちました。KenKenさんは、小学生の頃にベースとドラムを始め、10代でライブ活動をスタート。そして2007年、21歳の時には過去最年少で「ベース・マガジン」の表紙を飾るなど、若い頃からその実力は認められてきました。また、ゲーマーとしても知られており、2008年より7年もの間、週刊ファミ通に連載を持ち、ゲーム業界からも一目置かれる存在として活躍していらっしゃいます。一昨年は心機一転、地元の下北沢から京都に引っ越したKenKenさん。4回に渡るロングインタビューの第1回目は、 現在のライフスタイルと京都という街についてや、日常生活で欠かさないこと、また、KenKenさんが感じている今の日本の音楽シーンについてなどを伺いました。
PROFILE

ベーシストKenKen

カリスマ的な存在感と抜群のベースプレイ、音楽と向き合う姿勢が様々なアーティストに愛され、多くのミュージシャンからラブコールを受け続け音楽シーンで多岐にわたる活動を行う現代のベースヒーロー。ロックバンド・RIZEやDragon Ash、ムッシュかまやつ&山岸竜之介とのLIFES IS GROOVE、the dayなどのベーシストとして活躍する。8歳のときから本格的にベースを始め、数多くのバンドやサポートを行い、10代で2枚のソロアルバムをリリース。 スターリンからジャニーズまでジャンルや世代をまたぎ30をも超えるバンドに参加し、常に新しい自分を発見するチャレンジスピリットや、手が小さくても演奏できる様にとミニベースをリリース。プレイ動画を合わせた教則アプリなどの開発にも参加し、次世代のミュージシャンへ向けた活動も行なっている。 ゲーマーとしても才能を発揮し、兄 金子ノブアキと共にファミ通で7年もの間にわたりコラム連載を行った。 また、「下北沢南口商店街振興組合渉外事業部アイコンアーティスト」に就任し、地元”下北沢”の地域振興にも積極的に参加している。 他、東京都障害者スポーツ啓発プロジェクトなどを始めとし、CMや映画、アニメ、ゲームなど数々の音楽プロデュースやラジオ生放送番組のナビゲーターをレギュラーで務めるなど演奏家以外の活躍など新しい挑戦を常に続けている。

CONTENTS

音楽シーンは素晴らしい時代が来ている。若い才能を認めて尊重し、大人達も彼らから学ぶことで、みんなで幸せになればいい

今は、京都にお住まいだそうですね?

はい、一昨年の12月くらいに東京・下北沢から京都に引越したので、ちょうど1年くらいですね。でも結局仕事は東京が多いので月の半分は下北にいますし、そこは誤解されないように周りの人にも言ってるんですけど、地元を捨てたわけではないんです(笑)。ただやっぱり住む場所を変えるといろんな想いも変わってきますね。

引越し先を京都にした理由は?

京都には昔の下北沢のいいところみたいなものが残っているし、友達も多いし、ずっと前から住みたいと思ってました。それに自然と文化が融合していて、やっぱり街が美しいですね。日本全国旅してますけど、日本は思ったより都会は少なくて自然が多いんです。それで、自然の中で自分の作った曲を聴くとあまり景色に合わなかったというかすごく都会的な曲ばっかりだったんですね。今後の自分を含めて、住む環境や景色が自分の作る音楽にどう影響するかっていうのがすごく気になったんです。

引越してみて、何か新たな発見はありましたか?

東京がそんなに得意じゃなかったことに気づきました。ずっと住んでいたからわからなかったけど、いい感じでローカルな下北沢だから住めていたんだなって。でもオリンピックが決まったあたりから、街のざわつき方というか空気が変わった感じがすごくして、ちょっと苦手になっちゃったんです。とは言っても京都まで2時間なので、山手線とか小田急線に乗るくらいの感じで新幹線で行き来してます(笑)。ありがたいことですね。

場所を変えて1年経って、作る音楽は変わりました?

そうですね。表現としては、大分はんなりしましたね(笑)。まったりしたというか、あまりガツガツしなくなりました。元々がユルい性格の人間なので、今が一番いい感じなのかもしれないですね。でも京都にいっぱなしだとユルい性格の方が勝ってしまうので、半分は東京に帰ってきてます(笑)。

昨年は京都で学園祭にも出られたそうですね。

はい。それもツイッターで「学園祭ってあまり出たことないな」って呟いたら、それを見た大学生が色々拾ってくれて、何校かオファーをもらったんです。それでスケジュールがあった京都学園大学の学園祭に出ました。

学園祭はライブとは全然違うと思うんですけど、どうでしたか?

亀岡っていう京都の山の中にある大学だったので、学園祭というより地元のお祭りみたいな空気がすごく強かったです。大学生の子達が「オラ〜ッ」って遊んでるような学園祭を想像してたけど全然違いました(笑)。でも僕はステージがあればやることは同じだし、僕はあまり学校に行かなかったんで、“大学に入ってる時点で君たちはすごいんだ”ってことを伝えられれば良いなと思ってました。

KenKenさんご自身も最近、高校に通っていたそうですね?

通ったわけじゃないんですけど、在籍してるんです。「LIFE IS GROOVE」っていうバンドで一緒にやっている、俺よりもだいぶ年下の山岸竜之介が高校生になる時に、俺も同級生になってみようかなって思ったのと、友達が新しく出来た通信制の高校に関わっていて、誘われたタイミングがちょうど重なって入学したんです。でも小学校3年生でベースを始めて以来全く勉強してないんで、高校の勉強なんかチンプンカンプン。結局もっと最初からやり直さないといけないんだって思いました(笑)。なので全然ついていけてないんですけど、在籍してるだけでも意味はあるのかなぁと。

現役の高校生なのですね。ところで、日常生活で心がけていることや習慣などはありますか?

起きたらまずプレステをつけること。あんまりルーティン化してることはないけど、誰よりも“ありがとう”とか“ごめんなさい”とかは言うように心がけてるかも。習慣はあまりないなぁ。お酒は飲んでますね。実はすごい人見知りなところがあるけど、飲むと饒舌になる。でも、お酒で荒れたりは絶対しない。僕の場合は感性がすごく高まる酔拳タイプなんで(笑)。

いいですね。

あとは、人生で一番好きなアルバム、COLDCUTの「Let Us Play」は15〜16歳の頃から必ず毎日絶対一回は聴いてる。移動中でもなんでも、どこのタイミングでもいいからこれを聴くといつでもスイッチが入る。もう聴かなくてもいいくらい頭の中で常に鳴ってるんですけど、このアルバムを聴くのは今まで1日も欠かしたことがない。

1日もないんですか!おまじないみたいに、聴くと何かあるんですか?

自分が「こんなの作れたら人生最高!」って思うアルバムがこれだと思うんですよね。っていうか、誰かのそんなものになってみたいと思う。何十年も毎日聴き続けてもらえるような芸術が自分に作れる日が来るかどうかって、僕がすごく考えてることなのかもしれないね。今聞かれるまで、習慣なんて考えたことなかったし、今までそう思ったこともなかったけど、家に帰ってぼぉ〜っとする時も、飲み出す時も、どう考えてもこのアルバムを聴いてるな。

家では音楽が必ず流れているのですか?

っていうわけでもないかな。でも、ひと夏で百何曲とか、覚えなきゃいけない曲が山ほどある時期は、常にそういう曲をかけてないといけないし、最近は趣味で聴く時間はあまり持ってなかったんですよね。でもやっぱりアウトプットだけじゃ人間生きていけないから、今年は事務所にも相談して、前半戦はゆっくりインプットもさせていただきました。

そうだったんですね。インプットは十分できましたか?

そうですね。素晴らしい景色を見たり、友達と美味しいご飯を食べたり、カワイイ子とデートしたり、いい映画を観たり、そういう自分への時間をどう作るかということを大事にしたら、気づくと部屋でじっくり音楽を聴いてる時間が増えてたので、やっぱり音楽がすごく好きなんだって実感しました。それまでは、「自分にはこれしかないからそれをやらなきゃいけない」って思い込んじゃってたところがあって、責任もどんどんできてくるから、知らないうちに自分で自分を追い詰めてたんだと思う。でもそういう時間を過ごせたことで、すごく力が抜けましたね。あとは海外のミュージシャンに呼ばれるようになったのが個人的には嬉しいですね。

この間もアメリカのニューオリンズにツアーで行かれましたよね。いかがでしたか?

もう底なしに凄い人ばかりでした。俺なんかまだペーペーだなみたいな(笑)。一緒に演奏させていただいた山岸潤史さんは、ニューオーリンズに一人で行って、20年以上かけてあの立ち位置(現地のミュージシャンからも尊敬されている)にいるって、すごい偉業を成し遂げてますよね。俺は彼の恩恵にあずかった形なんで。ちなみに山岸さんは俺の母親(金子マリ)と高校の時から友達なんですけど、「お前がマリの息子だから呼んでるわけじゃなくて、お前のベースプレイがいいから呼んでるんだ」って言ってくれたのはすごい嬉しかった。あと、僕はそれまでずっと日本一を目指してきたけど、やっぱり世界一になりたいって思ったし、何か新しい扉がバーンと開かれた気がしました。

ライブが行われたニューオリンズのTipitina’s。右:リハーサルの模様

いいですね。ところで海外でプレイする時、日本との大きな違いを感じることってあります?

プレイヤーとしてというよりは、お客さんの感じかな。日本人はこっちがどうぞって言うまで待ってる感じ。好きにしてくれたらいいのに、「はい、こうしてノッてください」て言わないとノレない日本人が増えた感じがする。「イェー」って言いたければ言えばいいのに、外国と日本はそういうところが全然違うかもね。

今の日本の音楽シーンについてはどのように感じていますか?

新人類がたくさん出てきてますね。よよかちゃん(かねあいよよか。バンドのドラマー)っていう9歳のドラムの女の子がいるんだけど、彼女みたいに、いきなりすげぇ子がどんどん出てきてる。俺が竜之介を初めて見た時も、彼は9歳くらいだったし。俺が若かった時みたいに、彼らが若さをコンプレックスに感じない時代がやっと来たし、それを大人の俺らが全力で応援する時代になったと最近思います。日本てどうしても“幼いのに弾けてすごい”っていう評価の仕方になっちゃうんですよね。でも音楽ってそういうことじゃないから。早い段階からすごいものを持ってる子に対して、それをどう尊重してあげられるかだと思う。

でも、9歳でもうそのレベルにいるって、どうしたらそうなるんでしょう?

もう意味がわかんない(笑)。竜之介を初めて知った時もそうだったけど、次元が変わってきてるんでしょうね。僕が9歳の時とは時代の進み方も含め、情報のやり取りのスピードが全然違う。それから約20数年経ちましたけど、これからはやっぱり素晴らしい時代が来ると思ってます。そして、それを上の人たちがちゃんと理解して認めてあげて、むしろ彼らに成長させてもらうような気持ちで付き合う時代が今からどんどん来るんじゃないかなと。そうなったら、みんなが幸せになって、すごくいいですよね。

取材協力
PLUSTOKYO
東京都中央区銀座1丁目8-19 キラトリギンザ12F/RF
03-3563-3776
https://plustyo.com/

Funk on Da Table - Japan Tour 2019
2/4(月) 大阪 梅田クラブクアトロ
2/5(火) 京都 磔磔
2/6(水) 名古屋 ReNY limited
2/7(木) 東京 恵比寿リキッドルーム
https://www.funkondatable.com/

次回へ続く

レッチリのベーシストに衝撃を受け、8歳でベースヒーローになることを決意。独特のファッションが注目されて都市伝説に

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