HIGHFLYERS/#16 Vol.4 | Apr 14, 2016

色んな諸条件が調和する自然物を手本とした時計作りを目標に。浅岡肇の目指す仕事と望む社会

Text: Kaya Takatsuna/ Photo: Atsuko Tanaka/ Cover Image Design: Kenzi Gong

最終回は、チャンスと成功について。浅岡さんにとっての成功とは、「自分に偽りのない仕事が出来ているかどうか」であり、業績や資産の大きさよりも人にリスペクトされたかどうかが大切だとおっしゃいます。そして、普段のライフスタイルや、モノづくり以外の好きなもの、社会への関心事や疑問に思っていることについてもお聞きしました。
PROFILE

独立時計師 浅岡肇

1965年神奈川県生まれ。東京藝術大学美術学部デザイン科卒業後、浅岡肇デザイン事務所を設立。プロダクトデザイナーとしての傍ら、現在ほどコンピューターグラフィックスの技術が浸透していなかった時代に、いち早く3DCGなど先端の技術を身につけ、広告や雑誌の世界でも活躍。腕時計のデザインをした仕事をきっかけに、独学で腕時計を作りを始め、2009年に日本で初めて高難度のトゥールビヨン機構を搭載した高級機械式腕時計を発表。その強烈な独自性を放つ時計は世界中から注目される。現在も時計製作の全工程をゼロから手掛ける独立時計師として活躍中。世界で数十人の独立時計師から構成された国際的な組織、独立時計師アカデミー(AHCI)の正会員でもある。

成功者とはリスペクトされる人のこと。偽りのない仕事をしているかどうかが大切

日常生活で習慣にしてることはありますか?

あんまりないですね〜。習慣にしてないってことが習慣なのかもしれないけど、例えば寝る時間が決まっていないっていうのは習慣なのかもしれないですね。

その日の行程によって生活が変わるということですか?

一度仕事に取りかかったら、きりのいいところまでやるというスタンスでやっているので、終わりの時間が見えないんですよね。だから気まぐれというか、ひどいというか、、、(笑)。

1年のうちで、時計と全く関係ない事をしている時期もあるんですか?

う〜ん、あんまりないですね。ほぼこのスタジオにいます。

ファッションもセンスが光っていますね。洋服はどこで買われるのですか?

ジャケットやシャツは、青山のキラー通りにあるお気に入りのお店でオーダメイドで作ってもらうことが多いです。オーダーメイドというと高いイメージがありますが、既製品で良いものを買うのと金額的にそんなに変わらないですよ。

浅岡さんは決断が早そうに見えますけど、どうですか?歩くのも早いですが(笑)。

そうなんです。歩くのは異常に早いんです(笑)。よく女性の人といる時に早すぎるって言われます。決断も割と早いですね。

好きな映画などはありますか?

僕が映画に求めることは、“非日常性”なんです。いかに新鮮な世界に没入出来るかということがポイントなので、キューブリックの映画とか好きですね。彼の映画は、話の起承転結に関してはあまり面白いと思わないのですが、映画を見ている間は別世界にトリップ出来るので。あと、派手なハリウッド映画とかも大好きです。それに比べて、女性の方々は好きな方が多いと思いますが、フランス映画やイタリア映画によくあるような日常生活の延長線上を描いたような映画は僕の好みではないですね。

浅岡さんの映画コレクションを拝見させて頂いて、何となくそうなのかなと思っていました。それではいつもHIGHFLYERSが皆さんにお聞きしている“チャンスとはどういうことか”、についてお伺いしたいのですが、浅岡さんはどう思われますか?

チャンスとは、ただやってくるだけのものという風に思われがちですけど、結局それって表裏一体のもので、向こうからやって来ても、それを受け入れるだけの素養が自分にないとチャンスが結果に結びつかないと思います。僕の場合、これはチャンスとは違うかもしれないけど、独立時計師になる前にやっていたグラフィックの仕事が暇になったというのが一つのチャンスだったと思うんです。あの時に何にもアクションを起こさず、前からやりたいと思っていた時計を作り始めていなかったら現在は随分変わっていたかもしれませんが、そういうことだと思います。

それも昔、ヨットの模型を作っていらっしゃった頃からの土台があって、今に繋がっているのですね。それでは、浅岡さんにとっての成功とは何ですか?

自分に偽りのない仕事が出来ているかどうかということだと思います。今の僕が成功しているとは全然思いませんけど、僕にとっての偽りの姿というのは、グラフィックの仕事をやっていた時ですね。もちろんそれを好きで生業とされている方もいるでしょうし、素晴らしいことだと思いますけど、僕にとってはそうだった。そういう意味では、今は自分に偽りなくやれていますね。

それでは成功者の定義はどういうことだと思いますか?

やはり、“尊敬される人”ではないでしょうか?リスペクトを受ける人こそが成功者だと思います。例えば、経済的な成功者という意味では、ビル・ゲイツは世界で最も成功している人だと思いますが、それと比べて、今は亡きスティーブ・ジョブズは資産的に見たらビル・ゲイツに劣るかもしれないけど、リスペクトされている点で見れば、圧倒的にジョブズの方が上なんですよね。日本人だと、本田宗一郎さんが思い浮かびます。

今後の新しい作品への試みや、やりたいことはありますか?

作りたい時計のイメージは、常にいくつものアイデアがあります。ですが、時計の価値観というのは、主に時計雑誌などに書かれているような事で価値基準が作られているところがあるんです。例えば、“この磨きがいかに平滑になっているか”とか、“歯車のどこそこが綺麗に面取りがしてある”というように読み手に分かりやすく具体的に書かれていて、特に仕上げにまつわるような事に話題が集中しすぎています。時計の本質を見失っているようなところがあるんですよね。前に話した数学の話で言うと、“答えの部分しか見ていない”ということです。でも、実際はもう来るところまで来てしまっていて、仕上げで差別化するのは無理なんです。なので、僕は今後も重要なのはそこではないよというのを常に言い続けたいと思ってます。相当深い話になるので、理解して頂ける方は少ないかもしれませんが、一握りのコアファンの方達はそこについてきてくれると思うので、僕は時計づくりにおけるプロセスなどの部分で他のブランドとの違いをアピールしていきたいと思っています。

最終的に浅岡さんが目指す、モノづくりの理想の形とはどういうものですか?

人間が作り出すものというのは基本的には自然物がお手本になっていて、結局は“いかに自然物にならって、ものを作るか”につきると思うんです。凄く分かりやすい例をあげると、にわとりの卵は生まれ出てくる時の合理性を踏まえて、容器があの形になっているんです。そして、卵を手の中でぐーっと握って均一に圧をかけても絶対に割れません。その丈夫さは、親が卵を温める時に破損しないための合理性によるもの。その一方で、雛が卵の内側からくちばしで叩いて外に出て来る時は、その瞬間に割れるんです。卵は外側からは強いけど、内側からは弱いというのが面白いところで、そういう色んな諸条件が調和して出来上がっている。それと比べて時計は自然のものではなく、人間が作るものなので、神様が考えて作ったものには足下にも及ばないですが、僕はそういう理想のもとに時計を作ることを目標にしています。

独立時計師としてのこれからの展望があれば教えて下さい。

今は全て一人でやっていますが、今後は組織化していければと思っています。僕にとって、1本新しい作品を作り上げた後に同じ物を2本、3本と作るのは難しいので、可能な限り新しいものを作り続けることに専念出来るように、2本目以降は信頼出来るスタッフに任せるなど出来たらいいなと思います。

最後に、社会への関心事や疑問に思っていることを教えてください。

周りを見ていると、いかに羨望のまなざしを受けるかということに、こだわり過ぎている方が多いような気がします。自分目線でものを選んでいるようで、実は他人目線で選んでいるんですよね。特に日本人は、皆と同じことに安心感を感じ、皆より少し良いことに優越感を感じたいようですが、どちらもあまり意味のないことだと思います。僕はたとえ無人島で一人で暮らすとなっても、気に入った時計は絶対に持って行きたいと思うし、そういう風に自分に正直にものを選べばいいのではないでしょうか。自分目線でものを見て、自分で判断する方が大事だと思う。そういう視点で皆さんがものを選ぶようになれば、モノをつくる側の意識も多様なものになって、生活もより豊かになるのではないでしょうか?

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