HIGHFLYERS/#16 Vol.2 | Mar 17, 2016

工作好きの少年時代。藝大でプロダクトデザインを専攻し、不本意な一流グラフィックデザイナーを経て独立時計師に

Text: Kaya Takatsuna/ Photo: Atsuko Tanaka/ Cover Image Design: Kenzi Gong

浅岡さんの調和と合理性を計算し尽くしたプロセスの原点は、中学生の時に出逢った一冊の本でした。その本から得たモノづくりの概念は、今の時計作りにも大きく繋がっています。工作好きの少年時代を経て藝大に進み、その後広告業界にいた頃のお話と共に、時計作りの「プロセス」への限りなき拘りを伺いました。
PROFILE

独立時計師 浅岡肇

1965年神奈川県生まれ。東京藝術大学美術学部デザイン科卒業後、浅岡肇デザイン事務所を設立。プロダクトデザイナーとしての傍ら、現在ほどコンピューターグラフィックスの技術が浸透していなかった時代に、いち早く3DCGなど先端の技術を身につけ、広告や雑誌の世界でも活躍。腕時計のデザインをした仕事をきっかけに、独学で腕時計を作りを始め、2009年に日本で初めて高難度のトゥールビヨン機構を搭載した高級機械式腕時計を発表。その強烈な独自性を放つ時計は世界中から注目される。現在も時計製作の全工程をゼロから手掛ける独立時計師として活躍中。世界で数十人の独立時計師から構成された国際的な組織、独立時計師アカデミー(AHCI)の正会員でもある。

モノづくりの美しさは、「いかに物事をシンプルに解決するか」に尽きる

幼い頃はどういう少年だったのですか?

物心ついた時から、工作ばかりしていました。そして、自分で作ったヨットの模型などの撮影もしていたんです。だから物撮り歴のキャリアは長いですよ。小学校の頃から写真のことは全て若い頃にNHKの記者をしていた父親に教わりました。当時は16ミリカメラの時代ですが、父は映像以外にも写真も撮って暗室で現像していたようで、写真についてはプロでした。

工作好きになったきっかけはありますか?

きっかけと言えるかは分からないですが、横浜にある母の実家が金属加工業をやっていたんです。元々、僕の祖父にあたる母の父は刀鍛冶で日本刀を作っていましたが、戦後は軍刀を作らなくなったので鉄工所を始めて、後に金属加工業をやるように。昔、一般家庭で使われていた黒電話を覚えていますか?黒電話は底板が鉄で出来ているのですが、その部品などを作っていました。そうした環境で育ちましたが、そこから直接工作好きのきっかけを得たというよりは、あるとしたら遺伝的なものですかね。

中学、高校時代もずっと工作を続けていたのですか?

藝大を受験した時は絵の勉強をしていたので、高校時代は工作からはやや遠ざかっていましたね。藝大の受験ではデッサンと絵の具を使って描く作品と、粘土を使った立体作品を作りました。

藝大ではプロダクトデザインを専攻されたそうですが、卒業後はどういうことをされたんですか?

実は学生時代から印刷やグラフィックのアルバイトを結構やっていたので、卒業後はいきなりフリーに近い形で、10年以上、雑誌の広告、主に時計のブランドとのタイアップ広告やCDジャケットなどのグラフィックの仕事をしていました。比率で言うと少なかったですが、時計のデザインもしていましたよ。広告や雑誌の仕事は割と定期的に入ってくるからフリーランスとしては大変都合がいいのですが、プロダクトデザインの仕事は不定期なので、それだけでやっていくのは難しいですね。

当時から時計に関わっていたのは偶然だったのですか?

一緒によく仕事をしていた雑誌の編集の方が時計業界に顔が広く、色んなブランドからタイアップの仕事を持ってきて、それを僕がデザインしてたんです。でも広告の仕事は不本意ながらやっていたことだったので、自分の本当にやりたいことに本腰入れるために、というか入れないとだめだろうって自分を追い込んで、広告業界から足を洗おうと考えていました。

グラフィックの仕事をメインにしていた頃。南青山にあった旧事務所にて

グラフィックを手がけたダンヒルのタイアップ広告

キャリアシフトの際、大きな変化やきっかけは何かあったのでしょうか?

実は画期的なことがあったんです。仕事が暇になったんですよ!(笑)。2001年にニューヨークで起こった9.11の後くらいから、雑誌が衰退し、広告の出稿も予算も減って、05か06年くらいまではそこそこやってましたけど、それなりにクオリティーの高いビジュアルを作る僕のギャラは高めだったので、仕事が減り暇になった。暇を持て余してもしょうがないので、細々と時計を作り始めたんです。

グラフィックのお仕事をされていた時と比べると、一人で時計作りとは全く違う世界ですよね。

広告はお金を出すのもジャッジするのもクライアントなので、こちらでクリエイションをやっても、結局はクライアントの作品なんですよね。そういう意味で言えば、独立時計師は自分で作ったものが自分の作品として出せるので非常にいいわけです。

この道を選ぶのに影響を与えられた人やものの出逢いはありますか?

僕の工作の原点は、中学一年生の時に買った「新ヨット工作法」というヨット製作の実務本にあります。今でもヨットを作る人達の間ではバイブルとされている本で、テクニカルなことに加えて、「モノづくりとは何たるか」を感じ取る上で非常に大事なことがたくさん書いてあります。モノづくりにおいて、僕に一番影響を与えてくれた本です。

その本から浅岡さんはどういう影響を受けたんですか?

ひとことで言うのは難しいですが、時計を作る上で、ヨットだけでなく飛行機や船などの作りを参考にするのはとても勉強になるんです。飛行機は空を飛ぶため、船やヨットは水に浮かぶために可能な限り軽く、なおかつ丈夫で安全に作られていて、全体の強度のバランスが凄く良く取れています。逆を言うと、一カ所壊れたら全体が同時に壊れてしまう。ある部分だけを丈夫に作ったせいで、そこだけ重量が増したら他に負担がかかってしまうからです。要はいかに全体が調和しているかということが大事なんです。僕の時計作りはこの辺りの考え方から凄く影響を受けています。

浅岡さんの時計作りは「調和」がテーマになっているのですね。

そうです。飛行機も船も作り方のプロセス全てが最終的な性能に直結しているんですよ。例えば船を下から見たら真ん中に骨があって、肋骨が上に向かって伸びているみたいになっていますけど、それは船の強度や軽さを考えても合理的。つまり、色んな要因が複合的に「合理性」の中で一つの目標に向かって出来上がっているんです。そこが一番モノづくりにおいての興味深いところですね。僕は独立時計師というスタンスで全体を一から作ることをしていますけど、一人で作っているからこそ、そういうこだわりのある視点でものが作れるし、最終的なアウトプットに関して調和のあるプロセスを展開出来る。最終的にお客さんは視覚的や、感触的、感覚的なことしか見ないですけど、僕はプロセス自体も、ものの美しさの中に含めて作っています。そこはヨットの本から学んだ最大のことですね。

プロセスまでも美しさを追求して完成した時計というのは、性能という点でも他の時計とは違うのですか?

結果は一緒です。だけど、例えば数学の問題に置き換えて考えてみると、正解は一つだとしても解き方には色んな種類があると思う。その中で一番美しい解き方というのは、数式一本でピッと答えが出ているものです。本当に数学の才能がある人ならそうやって答えを出すでしょう。そこを複雑な数式を書いて、ようやく同じ答えを導き出したとして、たとえ答えは一緒でも僕にとってそれは美しくないですね。その長い数式を書かずに、いかにそのプロセスを綺麗にするかというのに拘るのが僕の作品づくりなんです。いかに物事をシンプルに解決するかということが美しいモノづくりのあるべき姿だと思います。

シンプルであることが美しさに結びつくのですね。ちなみに、時計とは進化しているものなんでしょうか?

時計を実用品として見れば、GPSソーラーウォッチなど当然進化していますよね。一方、機械式時計においては、例えば、「一定の周期で揺れる振り子をいかに完璧なものにしていくか」というようなことは、モノづくりの範疇にとどまらず自然科学的なもので、物理学者や数学者の取り組みと似ていると思います。そこで、300~400年前から存在する振り子時計がなぜ正確に動かないのかを、数学的に解明している人達がいるので、機械式時計としても、進歩はしてるのです。

今まで浅岡さんが作ったトゥールビヨンに一貫したテーマはあるんですか?

作る上での合理性と、時計としての在り方の合理性がシンクロしてるところですね。

浅岡さんにとって、合理性=美しさですか?

一言で言うとそうなります。無駄は無駄だし、無駄以上に邪魔なもの。そういうものを全てはぎ取ったピュアな洗練された世界というのが自然界だと思うのですが、結局そこにどこまで迫れるかということですね。自然の美しさは、人類始まって以来、ずっと普遍だと思うし、当然ながら流行がないですよね。そこにこそ本当の真実があると思います。時計も長く使って愛されるという前提で考えれば、やはりそこにゴールを求めるのは正解だと思ってます。

浅岡さんの時計を買われる方達は、その美学を理解されているのでしょうか?

理解されているかは分からないですが、「いかに理解して頂くか」ということは常に考えています。多分、僕の時計をつけてみれば分かると思うのですが、腕に巻いてみると、ある種の満ち足りたものがあると思います。一言で言うと「佇まい」というのかな。お金の価値に換算しずらい要因なのですが、そこにこそ価値があるので、何か感じ取って頂ける方達には分かって頂けると思います。

取材協力:CAROLINE DINER
東京都渋谷区神宮前2-14-11
03-6721-1960

次回へ続く

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