HIGHFLYERS/#40 Vol.3 | Apr 2, 2020

「一度勝つこと」と「勝ち続けること」は違う。勝ち続けるために必要なのは、ピンチの時に発想を豊かにするための土台作り

Interview & Text: Kaya Takatsuna / Photo: Atsuko Tanaka / Cover Design: Kenzi Gong

プロゲーマーの梅原大吾さんインタビュー、第3回目はプロになった頃から、現在までのプロとしての活動についてを伺いました。世界大会で優勝したことがきっかけでスポンサー契約を結び、2010年にプロゲーマーとなった梅原さん。それまでプロのいなかった世界で第一人者となった時の心境や、誰も歩んでいない道をどのように切り拓いていったのかをお聞きしました。梅原さんは、一度勝つことと、勝ち続けることは違うとおっしゃいます。その違いとは何でしょう?それはゲームの世界だけでなく、プロとしてトップに居続けたいと思う多くの方に通じるはずです。また、プロになったことで新たに感じた辛さや困難に直面した時、それをどのように克服したのか、そして梅原さんが叶わないと思う人は誰なのか、興味深いお話もしてくださいました。
PROFILE

プロゲーマー 梅原大吾

日本初プロゲーマー。15歳で日本を制し、17歳で世界チャンピオンのタイトルを獲得。以来、格闘ゲーム界のカリスマとして、22年間にわたり世界の頂点に立ち続ける。 2010年4月、米国企業とプロ契約を締結、日本初のプロゲーマーとなる。同8月「世界で最も長く賞金を稼いでいるプロゲーマー」としてギネスブックに認定される。2016年、さらに2つの認定を受け、3つのギネス記録を持つ。 米国大手ゲームサイト「Kotaku.com」が、「奇跡の逆転劇」として知られる2004年の『Evolution Championship Series』※ における伝説の一戦を「プロゲーム史上最も記憶に残る名場面」第1位に選んだほか、2016年にはESPN.comが「格闘ゲーム界のマイケル・ジョーダン」と称するなど、世界のゲーム界ではウメハラの名を知らぬものはいない。 2019年4月には『Newsweek Japan』誌により「世界が尊敬する日本人100人」に選ばれる。 現在、レッドブル、HyperX、Twitchのグローバル企業3社のスポンサード・アスリートとして世界で活躍する。 ※通称 EVO -- 世界最大の格闘ゲーム大会

プロになってから経験した情けない大敗。根性論や練習量で自分を追い込むことの限界を知って、「効率」を意識するようになった

ゲームの世界に戻ってから、どのようにしてプロになったのですか?

実は復活してすぐに、国内大会に出たのですが、途中で負けちゃったんです。勝てば世界大会への出場権が与えられるという大会でした。でも、僕がプロになる前、ほとんど日本でしか試合をしたことがなかったそんな時代にも、海外で僕のことを知ってくれている人が多くいて、「ダイゴが復活したらしい」っていう噂で相当盛り上がっていたみたいなんです。それで、世界大会がアメリカで開催されることになった時、アメリカ代表、韓国代表、日本代表という各国の全国大会優勝者3人に加えて、特別枠で僕を招待したくれたんです。その世界大会に出て4人で戦ったら、僕が全勝優勝しちゃったんですよ。すると、その試合を見ていたアメリカの会社が、「生活は面倒見るから、君はゲームを思いっきりやりなさい」とスポンサードのオファーをくれたんです。それが2009年のことで、結構悩みましたが、最終的にやろうと決心して2010年にプロになりました。

それからずっとプロでいらっしゃるんですね。

そうですね、こんなに長く続いた仕事は初めてですね(笑)。

一番好きだったことが仕事になったんですね。でもその前からも、ずっとプロのような気もしますけど。

そうなんです。「プロになって変わったことはありますか?」と聞かれることがあるけど、よく考えるとやっていることは変わってないんですよね。まあもちろん子供なんでレベルは低いし、効率も悪かったと思いますけど、熱意とか練習時間で言うと、下手したら今をうんと上回っているんですよね。だからプロになるのは自然だったと思いますね。

例えば野球選手ならば成功した先人に憧れて夢を見るじゃないですか。でも梅原さんの場合は、ご自身が第一人者ですよね。それはどういう感覚ですか?目標にしていた人は存在します?

ただ格闘ゲームが上手くなりたいだけで、この人みたいになろうっていう憧れの人はいなかった。プロになって10年経った今でもしっかりとした現実感はなくて、仮想現実に生きているような気持ちになることがあります。

常に大会に出て、勝敗の中に身を置いている中で一番しんどいことって何ですか?

あんまりないかな。負けた時は悔しいですけど、一般職についている人たちが感じるようなストレスはないと思いますね。僕、チャレンジする状況に置かれることに生きがいというかやりがいを感じる質なので、負けた時も次のことを考えるのがとにかく楽しい。そういう意味ではこの仕事は本当に向いてるなと思いますね。

Carlo Cruz/Red Bull Content Pool

今まで一番情けない負け方をしたと思ったのはいつですか?

プロ1年目の2010年、ようやく自分の好きなことが仕事になってめちゃくちゃ張り切って、1日17時間とか18時間ゲームをする毎日をずっと続けていたんです。そして練習の甲斐あって、その年のEVO(Evolution Championship Series。1995年から開催されているアメリカ最大の格闘ゲーム大会)も勝って2連覇するんですけど、その辺りから限界が来て、ゲームのやりすぎで神経が張り詰めている状態が続いて精神的にもおかしくなっちゃって。ずっと上下のまぶたが痙攣したままゲームを続けていたら、もっと体に異変が出始めて、それでも練習量を減らさなかったらどんどんおかしくなっていって、挙句、2012年の秋の大会で大敗するんですね。そこで一気に崩壊しました。その時が一番情けないって気持ちになりましたね。

精神的にもしんどかったでしょうね。そこからどうやって克服したんですか?

ゲームを見るのも嫌になって、これが俺の“がむしゃら”という意味での努力の限界なんだと知りました。でも、ずっと続けていきたい仕事だから、限界だからって簡単にやめるわけにはいかない。じゃあどうしたらプロを続けられるかって考えた時に、精神のバランスを図りながら練習することを初めて考えたんです。根性論とか練習量で、ゲームを見るのが嫌になるレベルまで自分を追い込むのではなく、もうちょっと効率良く練習しようと。そこからですね、今みたいなスタイルになっていったのは。

プロは、ある程度勝ち続けないといけないわけですが、「勝つこと」と「勝ち続けること」って全然違いますか?

経験者だから言わせてもらうと、特に若い人は早く成果を出したいって思う人が多くて、そうすると手段を選ばずに近道で行こうとする。確かに結果は出やすいんですけど、土台がきちんとできてない状態で勝ち始めちゃうと、実はモチベーションが続かないし、単純にいびつな仕上がりになる。結果、ゲームの調整が入ったり周りのレベルが上がったりした時に対応できなくなっちゃうんです。

ご自身でも経験がおありなのですね。

あります。勝てるようになるまで凄く早いんですけど、その分勝てなくなるとどうしようもなくなっちゃう。それで惨めな思いをしたんですね。それからは時間がかかってもいいから土台作りを丁寧にして、終盤に強い、さらには3年、4年、5年後に強いプレイスタイルを確立することに意識を向けるようになりましたね。

ゲームで勝つための土台作りというのは具体的にはどんなことをなさるんですか?

手っ取り早く勝つには、強い技をいくつか作って、その使い方だけを考えればいい。でも、土台を作るというのは、手っ取り早く勝つ方法の精度を高めていくのではなくて、もちろんある程度勝つスタイルは確立しておいた上で、同時に可能性をたくさん探っておくことなんですね。他の人から見ると回り道をしているように見えるんだけど、とにかくどうでも良さそうなことを色々試して、知識や経験を集積していくんです。意味のないことだと思われるかもしれないけど、とにかくいろんなことを試しているから、結果、発想が豊かになっていくんです。

とても興味深いです。一見無駄なことが、試合でピンチになった時に使える想像力を鍛えているんですね。

いろんなことを試しながらやってると、問題に当たった時に、「確かにちょっと複雑だな、でもあれとあれを組み合わせればいけるんじゃないか」とか、解決に至るための発想がちゃんと生まれるんですね。それがないと見ている側も少し物足りないし、一プレイヤーとしてその先に行けないんじゃないかなと思うんです。

Robert Paul / Red Bull Content Pool

梅原さんはいろんな方のゲームのスタイルを見て、この人は土台があるなとか、勝ちに行くためだけの効率の良いやり方をしてるだけだなとか、プレイを見てわかります?

わかりますね。要するにいろんなことをやってきた人は柔軟だからプレイをパッと変えられるし、変化が早い。逆に効率良い勝ち方だけを追求していくと、凝り固まっちゃって戦い方を変えられないんです。だからなるべく最初から柔軟な取り組みをしておいたほうが後々楽なんですよね。

そういうことをやるのは元々の性格ですか?どこかで変わりました?

最初は効率重視でしたが、途中で変わりましたね。というのは昔はゲームの寿命が長くても大体1年くらいだったんで、手っ取り早く勝って、次のゲームが出るのを待つ感じだったんです。それが、自分がプロとして徹したスト4(ストリートファイター4)はすごく息が長かったんで、このゲームできちんと勝とうとしたら、土台作りからしっかりしないとダメだなっていう風に切り替わっていきました。今はスト5というゲームで、今年で5年目です。

ギネスで「最も賞金を長く稼ぎ続けるゲーマー」の称号を獲得しましたが、ゲーマーとして最も必要な資質とは?

やっぱりゲームが好きってことだと思いますね。何事もそうだと思いますが、とにかく好きでやっている人が一番強くて、やらなきゃいけないという義務感に駆られて無理してやっている人たちは限界があると思います。

梅原さんご自身はゲームを好きなんだなって実感することはあります?

頑張ろうと思って無理してやっているわけじゃないけどついつい自然とやっちゃう自分を見ていると、ああやっぱり好きなんだなって実感させられますね。

そんな梅原さんが敵わないと思う人っているんですか?

ゲームの世界ではないんですけど、麻雀時代の師匠、Tさんです。何が敵わないかって言うと、人柄というか人格ですね。もちろん麻雀もすごい腕なんですけど、計算無しで本当に人に優しくできる人なんですよね。自分だったらこの状況ではできないなっていう優しさを見る機会が多かったです。僕の尊敬の対象は、自分自身はすごく苦しい思いをしてきたけれども、そういう想いは他の人にはさせないようにしようとして行動できる人。同じ理由で父親も尊敬しています。心の優しさとか器の大きさには絶対に勝てないなって思っています。

次回へ続く

地位や名誉を得ても、人生窮屈だったら意味がない。成果を残して認められた結果、人生が広がり豊かになっていくことが成功

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