HIGHFLYERS/#54 Vol.3 | Aug 4, 2022

修行時代から書きためていたエッセイが本に。秘伝が多い刀の世界で、惜しみなく全てを綴った「テノウチムネノウチ」

Text: Atsuko Tanaka / Photo: Atsuko Tanaka & Shusei Sato / Web: Natsuyo Takahashi

刀鍛冶の川崎晶平さんのインタビュー第3章は、独立後に起きた印象に残る出来事や、刀鍛冶として食べていくのに必要なこと、刀を造る上で一番大切にしていることなどをお話しいただきました。刀業界では珍しく一般家庭出身で名を上げた川崎さん、活躍するまでの道のりは平坦ではなかったようですが、辛かった頃をどう乗り越えたかを伺うと、意外にも楽観的な答えが返ってきました。他にも、これまでの活動で一番嬉しかった出来事、尊敬する刀鍛冶や、刀鍛冶を目指す人へのアドバイスもお聞きしました。
PROFILE

刀鍛冶 川崎晶平

大分県出身。明治大学政治経済学部卒業後、一般職を経て94年に宮入小左衛門行平に入門。 2003年に埼玉県美里町に晶平鍛刀道場を開設、独立。文化庁長官賞を受賞。以後、経済産業大臣賞(3回)、文部科学大臣賞など特賞多数受賞を受け、現在は公益財団法人日本刀文化振興協会「日本刀名匠/作刀」、全日本刀匠会 特待者。相州伝を目指す刀鍛冶の中で最も高い境地に至っている1人と評されている。靖国神社御創立150年に際して記念短刀を奉納。2020年に双葉社よりエッセイ「テノウチ、ムネノウチ 刀鍛冶として生きること」を出版した。

この仕事に関してだけは、人に負けたと思ったことがないし、これからも負ける気はない。この先1000年残る作品を造ることをいつも考えている

独立されてから、大変なことや心に残る印象的な出来事を挙げるとしたら何かありますか?

僕が修行中から刀を研いで頂いていた有名な研師さんに、独立後にまたお願いしたら断られたことですかね。それはなぜかと言ったら、彼の考えでは、どこの弟子達も修行時代は師匠に手伝ってもらって刀を作っていただろうけど、独立後、弟子ひとりで作った出来の悪い刀を研いだら、自分の研ぎが下手と思われるから嫌だと。あり得ないことで納得はいかなかったですけど、じゃあ結構ですって言って、若手の上手い研ぎ師さんにお願いすることにしたんです。そうしたらたまたま相性も良くて、特賞を取ることができました。

悔しいですけど、そこは実力で見せていくしかないですもんね。

失敗をしても助けてもらえる立場の人もいますが、僕みたいな新参者は転んだって指差して笑われるだけ。だから絶対に自分の力で生き残るしかない。そういう世界なんです。

そういう覚悟は弟子をされていた時から分かっていらした?

それはすごく感じてましたね。師匠の使いで色んな職方さんのところに行っても、色々言われてましたから。その方が師匠に言えないことを、僕がやったかのように怒られたり。

それでも辞めなかったのは刀が好きだったから?

後がなかったので。僕はそれまで全てを中途半端にやってきた人間ですから。

刀の世界はとても厳しい世界だと思いますが、刀鍛冶として食べていくのに必要なことはなんでしょうか?

まずは良い作品を作ること、それと作家になると同時に、経営者としてお金のことをちゃんと知ることも必要です。あとはやはり人間関係を大事にすることですよね。刀を造り上げていく上で、他の職方さん達に無理をお願いしないといけない時もありますが、信頼関係がなければ助けてもらえないので、普段からなるべく迷惑をかけないように良い仕事をしたり、時間を守ったりということをきっちりするように心がけています。

師匠から教わったことで、今でも川崎さんの中で生きていることはありますか?

仕事の部分では、見えないところもいい仕事をすることですね。刀って出来上がってしまえば中身は見えないけれど、その見えない所でも端正な仕事をする。これは先代、故宮入行平以来の教えです。

これまでご自身が手がけた刀について、思い入れのあるものは何でしょう?

作家である以上、もちろん毎回一生懸命やっていますし、毎回いいものができたと思っていますけど、やっぱり最新作が最高傑作じゃなきゃいけないと思うので、作品がお客さんの手に渡ったらその作品のことは忘れるようにしてます。そうじゃないといいものを造り続けられないです。

川崎さんが、刀を造る上で一番大事にしていることは?

自分自身が健康でいることですね。どこか気持ちが壊れていたら良いものを良いと感じられなくなってしまうし、体調を崩すと制作に影響してきてしまう。刀鍛冶の仕事は、一つの作品にかける時間が長いので、その間は気持ちも体も一定の良さを保ち続けないといけない。あとはやっぱり刀以外のかっこいいもの、美しいものを普段からたくさん観ることですかね。

最近観たもので心を打たれたものは何かありますか?

僕、映画が好きなんですよ。昔から好きで、小学校の頃は8ミリカメラで映画を撮っていたこともありました。最近では「Green Book」(2018)という作品が良かったです。映像の美しさもですが、60年代の人種差別の強いアメリカ南部での演奏ツアーへ行く黒人ピアニストとニューヨークのナイトクラブで用心棒をしていたイタリア人が、旅を進めるうちに心を通わせて行く様子が心に染みるのです。新作も観ますけど、一番好きなのはトム・クルーズの 「Knight and Day」(2010)。それを観るとすごく楽しい気持ちになります。

では、川崎さんの価値観を変えた人や言葉との出会いを教えてください。

価値観を変えた、というのとは違いますが、書道家の藤田雄大さんの「逆風満帆」という言葉と書です。彼とは同世代で、作家としても同じような境遇でお互い頑張ってきた。そんな彼が生き抜いてきた中で、ヨットは逆風の中でも帆に風をいっぱいに受けてジグザグに前に進むことができる、むしろ逆風を受けてやるという強い意志に共感できるのです。僕が大好きなチャーチルも、“Kites rise highest against the wind-not with it” と同じようなことを言っています。僕は自分自身を職人ではなく作家だと考えているし、作家としてもっと高いところに昇るためには逆風を受けて楽しもうと思っています。

ご自身が思う自分はどんな人ですか?周りの人から思われているイメージとギャップを感じることはありますか?

僕は人付き合いが苦手で、どちらかと言うと1日中静かにしてるほうですね。でも周りにはいつもギラギラしてるって言われます。この仕事に関してだけは、人に負けたと思ったことがないし、これからも負ける気はない。この先1000年残る作品を造ることをいつも考えていて、それだけの力があるものを造れるのは僕だけだと思ってます。

素晴らしいですね!他の刀鍛冶の方も、同じように自分の作品について思っているのでしょうか?

どうですかね。仕事が上手い人や手先が器用な人はいっぱいいるけれど、作品がいいかどうかはまた別問題。器用で上手に造れたとしても、人の心を動かすほどの力のあるものはそう簡単にはできないです。僕は不器用だし、何でできているのかは知らないけれど、こうして刀鍛冶だけで生きてこられた。作品に関してよく言われるのは「色っぽい」ということですね。それが僕の生命線じゃないかな。

では、これまでの活動において、最も辛かった頃のこと、それをどのようにして乗り越えたかを教えてください。

酷い目にあったことは結構ありますが、僕はあまり引きずれないんですよ。鈍いというか。先ほど話した大先生の研師さんに研いでもらえなかったこととか、大きなイベントの実行委員長をやった時、僕だけがいい思いをしてるとかって言われたりとかもありましたけど、いつも不思議と助けてくれる人たちがいて、乗り越えることができました。だから何があってもなんとかなるとは思ってます。でもその鈍さのせいで、人を傷つけてることがあると思うので、時々反省します。

逆に一番嬉しかったことを教えてください。

自分の本が出版できたことですね。修行時代からアメブロでブログを書いていて、その時から使っていた「テノウチムネノウチ」というタイトルで実際に本になった時は本当に嬉しかった。これまでの刀鍛冶の歴史の中で、自分の言葉で何かを残した人っていなかったんですよ。第三者に書いてもらった、理屈ぽくてすごい難しいものとかはあるけど、やはり秘伝の世界なのでどこかぼかしていたり、わざと難しい言葉で分からないようにしていたりするんです。そういう意味で、僕は自分の言葉で文章が書ける唯一の刀鍛冶だと思っています。

尊敬している刀鍛冶はいますか?

堀川国広かな。国広の「山姥切国広(やまんばぎりくにひろ)」という作品の写しを造らせてもらった時、色々調べながらやっていく中で、国広の多彩さを知りました。山姥切国広にはその元となる刀、備前長船の名工、長義の太刀があって、国広はそれを足利の長尾氏の体格に合わせて短く造り直したんですが、同時に元の刀の写しも造ったんです。その際、そのままそっくり真似して造ったのではなく、自分なりに消化して元のものよりかっこいいものを造ったんですね。昔から古いものがいいとされてきた刀の世界で、自分の個性を生かしてかっこいいものを造ったところを見ると、想像力や感性の豊かさを感じますし、とても素敵な人だなと思います。

左上:「山姥切國廣」写し(刃長:70.6cm 反り2.8cm)撮影: 井上一郎 / 右上:刀を作るにあたって、国広の生まれた宮崎県綾町(旧飫肥)を訪れた。
綾城の田中国広像 / 左下:制作時から参考にした「寒山押形」の山姥切と制作途中の晶平作の写し / 右下:山姥切国広写しに樋を彫っているところ

では、川崎さんのような刀鍛冶を目指す人にアドバイスをするとしたら?

刀鍛冶になることを最終目標にするのではなく、その先に作家として生きていくことを目標にしてほしい思います。この世界に若くして入門する人は、お金のことや人付き合いをどうしたらいいかわからなくて失敗してしまう人が多いし、逆に年を取って入門してくる人は、師匠より年上で学歴があったりして、師匠の言うことを素直に聞けなかったりする人がいます。修行中は刀造りのことだけを考えるのでなはく、素直な気持ちを持って、いろんなことを見て聞いて学ぶことが大事だと思います。

次回へ続く

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第12回新作日本刀 研磨 外装 刀職技術展覧会

会場
「坂城町 鉄の展示館」
長野県埴科郡坂城町坂城6313-2
会期
令和4年6月11日(土)~8月28日(日)
部門
作刀・刀身彫刻/研磨/刀装の3部門
分野
作刀・刀身彫刻・研磨・鐔(その他刀装具)・白銀(鎺その他金具)・白鞘・拵下地・柄巻き・鞘塗り・拵

川崎晶平、下島房宙(刀鍛冶)/ 森井鐵太郎、水田吉政(研師)による刀剣鑑賞会、講演

日時
8月18、19、20日 10:00〜17:00
料金
現代刀鑑賞会、初心者講座は入場無料、事前予約はできません。
会場
小江戸蔵里(川越市産業観光館)
住所
埼玉県川越市新富町1-10-1 
TEL
049-228-0855
URL
https://www.machikawa.co.jp/

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