HIGHFLYERS/#54 Vol.1 | Jul 7, 2022

美術品としての価値を見出してもらいたくて始めた現代刀の鑑賞会。刀ブームとの相乗効果で、若いファンが増加

Text: Atsuko Tanaka / Photo: Atsuko Tanaka & Shusei Sato / Web: Natsuyo Takahashi

今回HIGHFLYERSに登場するのは、刀鍛冶の川崎晶平さん。1000年後も人々を魅了する名刀づくりをミッションに、美しく力強い作品を精力的に創り続けていらっしゃいます。そんな川崎さんが刀鍛冶に本気でなろうと思ったのは、遡ること約30年前。宮入小左衛門行平に入門し、厳しい修行を積みました。平成11年に文化庁より作刀承認を受けたのち、新作名刀展に初出品した作品が優秀賞・新人賞を受賞、その2年後には初の特賞「協会名誉会長賞」を受賞という快挙を成し遂げます。そして平成15年に独立されご自身の道場を開いたのちに「文化庁長官賞」を、続いて翌年に「協会会長賞」を獲得。また、新作日本刀・刀職技術展覧会においては、特賞一席の「経済産業大臣賞」を3度も授与されました。作刀のみならず、その魅力を伝えるべく邁進し続ける川崎さんに、日本刀の魅力をたくさん語っていただきます。第1章では、現在開催中の展示や日本刀の流派について、川崎さんが思う美しい刀のあるべき姿などをお話しいただきました。
PROFILE

刀鍛冶 川崎晶平

大分県出身。明治大学政治経済学部卒業後、一般職を経て94年に宮入小左衛門行平に入門。 2003年に埼玉県美里町に晶平鍛刀道場を開設、独立。文化庁長官賞を受賞。以後、経済産業大臣賞(3回)、文部科学大臣賞など特賞多数受賞を受け、現在は公益財団法人日本刀文化振興協会「日本刀名匠/作刀」、全日本刀匠会 特待者。相州伝を目指す刀鍛冶の中で最も高い境地に至っている1人と評されている。靖国神社御創立150年に際して記念短刀を奉納。2020年に双葉社よりエッセイ「テノウチ、ムネノウチ 刀鍛冶として生きること」を出版した。

素晴らしい刀には力強い生命力を感じる。初見で心を奪われるほどの絶対的な姿と、波紋のバランスや鉄の景色が大事

まずは、最近の活動についてお伺いしたいです。今着手されていることや、近々控えている展示会などがあれば教えていただけますか?

長野県坂城町にある鉄の展示館で開催中の、「新作日本刀展」に出品しています。2本ほど新作の刀と、僕の刀を阿部聡一郎さんという研ぎ師さんが研いだ刀で、研磨のコンクールで特賞2席に入ったものもあります。あとは8月18日から3日間、川越で埼玉県内の刀鍛冶二人と研ぎ師さん二人と、現代刀の鑑賞会と講演をやります。

研磨部門で若手研師・阿部聡一郎氏が特賞2席を取った「山姥切國廣」写し。「刀剣乱舞」のファンからの注文で制作した(刃長:70.6cm 反り2.8cm)撮影: 井上一郎

現代刀の鑑賞会とは面白そうですね。

この会は僕が十数年前に始めたものです。以前は刀の鑑賞会と言うと、ひと世代、二世代前のおじいさんたちが名刀と言われる古い刀を並べて鑑賞するのが主流でした。ですが、古い刀を好む人達というのは(歴史上の)誰々が所持したという来歴を含む価値だったり、あるいは刀の価値を高める証書が付いているのを重要視していて、刀そのものの美しさを見ることができる人って意外に少なかったんです。現代刀だってすごく魅力的なものがたくさんあるし、僕は自分の刀が特別だと当時から思っていたので、現代刀に美術品としての価値を見出してもらいたくてこの鑑賞会を始めました。刀ブームということもあって好評をいただき、お客さんは若い方、特に女性が多く来てくださっています。僕ら刀鍛冶、あるいは研ぎ師さんといった刀職者が人前で仕事について話す機会もあまりなかったですし、楽しんでいただけていると思います。

刀ブームはいつ頃から来ていると感じていましたか?

10年以上前になりますかね。きっかけは、僕が理事を務める全日本刀匠会という団体と、「戦国無双」や「戦国BASARA」、「エヴァンゲリオン」などのゲームやアニメとのコラボの展覧会でした。それらのゲーム、アニメに出てくる刀を、刀鍛冶の僕らが本気で作って展示するという内容でしたが、刀のファンにもアニメファンにもすごく喜んでもらえて。それと同時に「刀剣乱舞」というゲームがとても流行っていたので、そのファンの方たちも僕らが造った刀を好きになってくれて、刀について勉強してくれるようになり、若いファン層が増えていったんです。

「戦国無双」の刀剣展では、真田信之の武器「双刃刀」を制作。長い柄の両側に刀が付いており、樋の中に朱漆を入れているのが阿刀、青漆を入れたほうが吽刀。阿吽で一組の刀となる

それはとても面白い流れですね。

ゲーム会社の方が次々と新しい企画を作ってくれて、刀ブームが10年続いたおかげで、ファンの方たちは知識だけでなく経済的にも豊かになり、今では推しの刀の写し物を作って欲しいといったご注文をいただけるようになりました。そういった若いファンの方達は、僕ら刀鍛冶のことを知ってくれようとするし、作家を知った上でその作家の刀を欲しいと考えてくれるので、本当に素晴らしいことだと思ってます。

日本刀には5つの流派、五箇伝(山城、大和、備前、相州、美濃)があり、川崎さんは相州伝の作風で刀を造られていらっしゃいますが、この流派でやるとなったらその中でルールを守って作らないといけないものなのですか?

必ずしもそうではないです。昔は、師匠の伝法を守らないといけない部分が強かったので、決まった枠の中でやっていたと思いますが、現代においては割と自分の好みの作風を工夫して制作することができます。それに、5つの流派は全くの別物というわけではないんですよ。例えば相州伝ができる以前、大和伝、山城伝、備前伝などが既に盛んになっていて、鎌倉中期くらいに北条時頼が蒙古への脅威を感じて、山城、備前の名工を鎌倉に呼び寄せて作らせ始めてできたのが相州伝。つまり相州伝は山城と備前のハイブリッドなんです。そして相州伝が完成した後は、正宗や貞宗といった名工のもとで修行した人が各地に移って、その中で美濃伝も花開いた。そういう感じでいろんな流派が生まれていきました。

他の流派と比べて相州伝の特徴や違いはどういうところにありますか?

相州伝には、武士たちが歴史上初めて政権を取って元気になってきた、そういった時代的な力強さが溢れています。先ほど山城と備前のハイブリッドとして相州伝ができたと言いましたけど、山城伝は非常に上品で、刀に表れる景色や模様(はたらき)も綺麗に細かく現れ、備前伝は刃紋が非常に華やかでした。相州伝は、地鉄や刃文に現れる景色を大胆に強調したり、波紋も少し抽象的でありながら、鎌倉の海に寄せる波とか、山の景色だとかをイメージしたようなおおらかなものになっています。なので、双方の良いところをより強調した作風と言えると思います。

日本刀は1000年続く日本の伝統工芸ですが、川崎さんのように現在刀鍛冶として活躍されている方はどのくらいいらっしゃるんでしょうか?

日本刀匠会に入っている人は170人ほど、入っていない人も含めると200人内外ですが、刀鍛冶だけで食べていける人は多分20人もいないと思います。人数はどんどん減っていて、この10年で100人以上減りました。世間と一緒で、高齢化しているのと、食べていけなくて廃業した人もいると思います。それでも毎年10人くらいは刀鍛冶の試験を受けているんだけれど、独立してまでやりたいという人が少ないのか、独立したという情報が少なくなりましたね。

では、川崎さんが思う、美しい刀のあるべき姿、形を教えてください。素晴らしい刀からはどんなことを感じますか?

すごい生命力、鉄の強さを感じます。良い刀は姿がいい、簡単に言うとかっこいいです。古い刀って、ここが見どころだとか、色んな説明が必要な場合があります。それは長い歴史の中で研ぎ減って疲れたり、姿を変えているからで、現代の作家である僕らが難しい説明が必要な刀を作っていてはいけないですよね。やっぱり初見で心を奪われるほどの強さ、美しさ、生まれたばかりだからこその瑞々しさがないといけないです。その絶対的な姿と、姿に折り込まれた波紋のバランスや鉄の景色なども大事だと思います。

前駐日ポーランド共和国大使に納めたお守り刃(長31.8cm 反り0.2cm)撮影: 井上一郎

これまでホーチミンやマドリード、パリなどでも作品の展示をされてきましたが、海外にも刀のファンの方は多くいらっしゃいますか?

そうですね。映画や日本の時代劇などの影響で、刀に対して神秘的な武器というイメージを持って好きでいらっしゃる方と、歴史的な価値で好きな方といらっしゃいます。マドリードで展示をした時は、古い刀も多少持って行って、そこから我々の現代の作品の間に1000年の時が流れているという風に展示させていただきましたが、すごく喜んでいただけました。あと、僕は忙しかったから袴姿のままうろうろしていたんですけど、その格好をしているだけで皆さんすごく敬意を払ってくれましたね。

マドリードのABC美術館で行われた「エヴァンゲリヲンと日本刀展」の様子。写真右下は、現地でよく通っていたバル

海外と日本の方の作品の見方に、違いを感じることはありますか?

海外の方のほうが見方がもっと自由かもしれないですね。古武術、剣術をやってらっしゃる方は、刀について勉強されている方が多い印象でした。でも刀がよく切れることとか、神秘的な武器としてばかり見られてしまうと、僕らは所詮職人としてしか見られない。“失われた武器を造り続ける職人”って思われている限りは、その作品の価値や値段が上がらないと思うんです。なので、僕自身については「スウォードスミス」という言い方は絶対にしないように、「スウォードマスター」とか「スウォードアーティスト」と言うようにしています。そうして日本刀の美しさや鑑賞の仕方、歴史的な背景をお話しするとすごく理解してくれて、新しい眼が開けたって喜んでくれる方が多いですね。

これからは日本刀を造るだけでなく、そうやって文化や魅力を伝えていく方にも力を入れていく感じですか?

そうしなくてはいけないだろうなと思っています。僕がまだ若い頃は、自分で自分の作品をいいと言うのは馬鹿だくらいに言われていて、展覧会で自分の作品を自分で説明することさえも同業者には嫌がられていたんですよ。でも僕は、自分の作品に自信を持って最高だと言えなくて誰が買ってくれるの?って思っていて。自分の言葉で伝えることを心がけて、ようやく現代の刀鍛冶の世界が世間に広がってきた感じです。

伝えていくために心がけていることは何かありますか?

刀の世界は専門用語が多いですが、その用語を使って一般の方に説明してもわからないと思うし、聞いている方もつまらないと思うので、できるだけわかりやすい言葉で話すように心がけています。あとは、良い作品を造るために、刀以外の良いものをたくさん観ることですかね。美術館や博物館に行ったり、お芝居を観に行ったりします。

刀の製作は今どのくらいのペースでやられているのですか?

年間のうち2ヶ月位は、材料の鋼を作る時期がありますが、ほぼほぼいつも造っています。作品として残せるのは1年に10本内外ですね。もう少し造ってはいるけれど、晶平の名前を入れて世に出すとなったら、ある水準以上のものしか残せないので。

作刀は集中力や根気のいる作業かと思いますが、心も体もベストな状態を保つために気を遣っていることはありますか?

ちゃんと食べて寝ることぐらいですかね。あとは軽いトレーニングをして、週一で整体に通ってメンテナンスをしています。人から「すごく集中力があるんでしょう?」ってよく言われるけれど、僕は基本的にないです。ないのを知っているし、人間の集中力がそんなに長く続かないのもよくわかってるから、ほどほどに力を抜く時間を作っています。集中しないといけない時に集中できるように、そうじゃない時には出来るだけ空っぽになってる。そうするのは得意なんです。

次回へ続く

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第12回新作日本刀 研磨 外装 刀職技術展覧会

会場
「坂城町 鉄の展示館」
長野県埴科郡坂城町坂城6313-2
会期
令和4年6月11日(土)~8月28日(日)
部門
作刀・刀身彫刻/研磨/刀装の3部門
分野
作刀・刀身彫刻・研磨・鐔(その他刀装具)・白銀(鎺その他金具)・白鞘・拵下地・柄巻き・鞘塗り・拵

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