HIGHFLYERS/#23 Vol.4 | Jun 22, 2017

生産者と畑を歩いている時が一番楽しい。日本の若者には、インターネットと本物との違いを肌で感じてもっと国際人になってほしい

Text: Kaya Takatsuna / Photo: Atsuko Tanaka / Cover Image Design: Kenzi Gong

コーヒーハンター・川島良彰さんインタビュー最終回は、チャンスと成功についてを伺いました。UCC退職後、2008年に独立して株式会社ミカフェートを設立した川島さんは、一年の準備期間を経て最高品質コーヒー豆「グランクリュカフェ」というブランドを誕生させます。それは川島さんが農園開発時代から長年温めていた構想でもあり、畑の選別、栽培、収穫、精選加工、輸送、保管、焙煎、包装すべてに独自の基準を設けたシステムで、アロマ(*)を維持するため、そしてガスに耐えられるため(鮮度を保たせるため)にとシャンパンボトルを使用。コーヒー業界に大きな衝撃をもたらしました。「コーヒーのためにすべてやる」との決意を胸にさらに進化しつづける川島さんの夢とロマン、そして今のコーヒー業界や日本の若者へ思うことなどをお聞きしました。
*アロマとは、一般的に「香り」を指します。コーヒの命がどの程度保たれているかが、コーヒの品質評価に大きな影響を与えます。
PROFILE

株式会社ミカフェート代表/コーヒーハンター川島良彰

1956年静岡生まれ。1975年中米エル サルバドル国立コーヒー研究所に留学し、コーヒー栽培・精選を学ぶ。その後大手コーヒー会社に就職。ジャマイカ、ハワイ、インドネシアで農園開発を手掛け、マダガスカルで絶滅危惧種の発見と保全、レユニオン島では絶滅した品種を探し出し、同島のコーヒー産業復活を果たす。2008年独立し、株式会社ミカフェートを設立。 日本サステイナブルコーヒー協会理事長、JAL日本航空コーヒー・ディレクター、タイ王室メイファールアン財団コーヒーアドバイザー、カリフォルニア大学デイビス校コーヒーセンター アドバイザリー・ボードメンバー等を務める。

チャンスは人脈。自分のネットワークを惜しみなく分け与えることで自分の世界も広がる。いつも人に頼られる人間でいたい

コーヒーの世界に長年携わってこられましたが、現在の姿は小さい頃から想像できていましたか?

いや、全然できなかったですよ。父を継いで静岡でコーヒー屋になっている姿しか想像していなかったです。ましてやエル サルバドルに行った時はすっかりコーヒー栽培の方で生きていこうって思っていたので、「僕は焙煎屋にはならない。産地で生きるんだ」って父とケンカしていましたからね。でもその後しばらくして和解してから、元麻布にミカフェートをオープンした時に父を招待したんです。その時父が僕のコーヒーを飲んで、「お前、結局焙煎屋になったじゃないか。でも、お前の選択は正しかったな」って言ってくれました。

28年間の海外生活で一番辛かったことは何ですか?

僕はポジティブな人間なんで、辛いと思ったことはあまりないんですけど(笑)、強いて挙げるならば、コーヒーとも無縁で、その先が見えずに不安だったロサンゼルス時代ですね。お金もなかったけど、精一杯生きてました。あの当時はエンジンがかかるのに30分くらいかかるような、ラジエーターに水をしょっちゅう入れないとオーバーヒートしてしまうぼろぼろの車に乗ってましたしね(笑)。

では一番嬉しかったことは憶えていますか?

僕がUCCを辞めて初めて自分のお金で海外に出張した時に、コーヒー農園の生産者が「もうお前はUCCの人間じゃないしお金もないだろうから、俺が空港に迎えにいってあげるよ。それでうちに泊まれよ」って言ってくれたこと。あの時は嬉しかったです。

今の日本のコーヒー業界についてはどう思いますか?

それでいいのかと思うことがいろいろあります。例えばスペシャルティコーヒーって言っていながら、未だにドライコンテナ(*)でコーヒーを輸送しているのはど うなのかなと。うちの製品は昨年の4月から運搬方法もすべて明記するようになったのですが、プルミエ クリュ カフェ(*)は基本リーファーコンテナ(*)を使い、リーファーで輸送ができないものは空輸しています。またコーヒーハンターズシリーズというグレードの豆でも、陸送するのにルワンダなど凄く暑い場所を通るものは空輸しています。利益を減らしてでも良いものを売りたいという気持ちからそうしているんです。
*ドライコンテナは床以外には内張も簡易な通風口もないため、外気温の影響を受けやすいが、リーファーコンテナは冷蔵・冷凍などの温度管理が可能。
*プルミエ クリュ カフェとは、優良コーヒー農園の中の1級畑だけで穫れるトップクラスのコーヒー豆のこと。ミカフェートでは、畑の場所の指定、豆を採る木の選別のほか、収穫時期まで限定している。

ということは、日本に流通されているルワンダの豆は、ほとんどが温度管理などされずに輸入されているということですよね?

ルワンダは内陸国なので、まずタンザニアまで1500キロを陸送して運ぶのですが、そこから直接日本に来る船はないので一度シンガポールに行くんです。あの暑いシンガポールで暫く港に置かれてから日本に来るので、せっかくいいコーヒーだとしても品質を保つのはとても難しいです。日本に入ってくるコーヒーの99%がドライコンテナで来て、それをどこのコーヒー屋さんも最高級品と謳って売っているのなら、僕のは“もっと最高級品”だと言えますね(笑)。日本のコーヒー屋は、皆焙煎の技術や抽出の話をするけれども、一番重要なのはやっぱり原料ですよ。だから、良い焙煎士とは、豆の目利きができて、その豆に合った焙煎をできる人だと思います。

現在川島さんは、第一次産業から第六次産業(*)まで一貫してやられていますが、全て得意なんですか?
*第六次産業とは、農業や水産業などの第一次産業が食品加工、流通販売にも業務展開している経営状態のこと。

いや、焙煎に関しては僕より腕のいい人がいますし、経営陣には数字に強い人間もいますから。コーヒー業界の人達に、自分の豆なのにどうして自分で焙煎しないのかって言われるんですけど、僕が焙煎したら産地に行く人がいなくなってしまうじゃないですか。うちの会社の一番の強みは、誰も手に入らないような豆を世界中から手に入れてこられる調達力だと思っているんです。僕は産地と消費国を知っていて、両国間の架け橋になろうと思っているのだから、焙煎は僕よりもうまい、うちの会社の3人の焙煎技師に任せればいいと思っています。

川島さんが一番好きなのは、生産国に行くことなんですね。

うん。畑にいるのが一番好きです。生産者と話して一緒に畑を回っている時が生きていて一番楽しいですね。

ところで、「チャンス」と聞いて思い浮かぶことはありますか?

人脈です。ネットワークが常にチャンスをくれますからね。産地に行った時は、ホテルに泊まらずに農園の近くに泊まれるのも今まで築き上げてきたネットワークのおかげですよ。僕のネットワークは惜しみなく皆に分けています。そうすると、さらに広がりますから。僕はいつでも人に頼られるような人間でいたいなと思っているんです。やっぱり僕に興味を持ってミカフェートを頼りに来てくれた人には絶対に満足してほしいし、ギブアンドテイクの関係ができるような状態でいたいと思う。受けた恩は絶対に返します。

それでは川島さんにとって成功とは何ですか?

やっぱり自分がやりたいことをやり続けられることだと思います。そういう点では、僕はこの歳になってもずっと好きなコーヒーの仕事をやり続けられているので、成功というより幸せな人生だなとは思っていますけどね。いつも家内に「幸せな人生だね」って言われています(笑)。

今の生活を維持するために、ご自身が努力し続けていることはありますか?

いつ農園に行っても現地の生産者に負けないで歩けるように、毎朝1時間時速6.5キロの速さで歩いています。この前もうちのスタッフを連れて産地に行きましたけど、20代の若者よりも僕の方が農園の山道を早く歩けるんですよ。逆にそれができなくなったらおしまいだと思っているんで。

まだ叶っていない夢があったら教えてください。

もう今は危なくて行けなくなってしまったけど、もう一度イエメンに美味しいモカマタリ(*)を探しに行きたいです。
*モカマタリは、昔から日本に馴染みがある独特のフレーバーを持つイエメン産の有名なコーヒーのことで、主にイエメンのバニマタル地方で栽培されたコーヒー豆のことを指し、世界中の最高級のコーヒー豆の一つと言われています。モカ港から輸出されるコーヒーを総称してモカと言いますが、モカにはイエメン産とエチオピア産の二つがあり、日本では昔からイエメン産をモカマタリ、エチオピア産をモカシダモ、などと呼び分けています。

これまでいろんなことを達成されてきましたが、まだ達成できていないことで、ご自身の使命のように感じることはありますか?

僕に見つけられるのを待っているコーヒーの木や、僕と出逢うのを待っている生産者がまだまだ世界中にたくさんいると思っているので、それをずっと追い求めて死ぬまで探し続けたいですね。彼らのコーヒーを世に出すのが僕の仕事ですから。

最後に、世界で多くを経験されてきた国際人の川島さんから見て、今の日本をどう思いますか?

国際人と言っても僕がいたのは発展途上国ですけど、特に若い人達には、もっと外に出てほしいですね。この前エル サルバドルに行った時に、現地の人と日本と韓国の比較について話をしていたんです。マーケットが広くて購買力もある日本に比べて、韓国は人口も少ないしマーケットも小さい。だから韓国人の若者は一生懸命外国語を学ぼうとしていて、英語も話せる人が多いけれど、日本の若者は外国語を話せない人が圧倒的に多いと。そうしたらエル サルバドルも国が小さいから同じだって言うんです。中南米でもブラジルやアルゼンチンのように国が大きくなればなるほど、自分の国の言葉しかしゃべらないし、外に行こうとしないから、日本もきっとそうなんだろうねって。その結果、どんどん内向きになっていっちゃうんですよね。だから、やっぱりインターネットやWIKIPEDIA で調べているのと本物の世界とは違うんだっていうことを肌で知って欲しいし、もっと国際人としてバリバリやってくれる人が増えればいいなと思います。

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