交通会館に入れたのは、一流会社の社長をはじめ、いろいろな人の協力があったから。今の悩みは、靴職人を育てる難しさ
靴磨きにはそろそろ出逢う頃でしょうか。千葉さんと靴磨きとの出逢いを教えてください。
ある日の昼間、上野の不忍池のベンチで寝てたの。お金もないし、やることもなくて。この先どうしようかなって考えていた。そうしたら僕に声をかけてきた人がいたんです。「どうだ、靴磨きやってみないか」って。
そんな偶然が起こるんですね!ちなみにそれは誰だったんですか?
それが後に私の靴磨きの師匠となった人です。そう声をかけられて、「そっか〜、そういうことか、神様は悪いいたずらをするなぁ」と思ったよ(笑)。それで、師匠に靴磨きのための足台を作ってくれって言われて。私は鋸やハンマー、ラチェットとか、足場鳶をやってた時の道具をみんな持ってたから、すぐにそれらを家に取りに行って足台を作って持って行ったの。
その方は千葉さんが技術者であることを知っていて声をかけたんですか?
いや、全く知らないよ。それなのに私に声をかけるなんて、何か感じていたのかね。それでとにかく師匠のために一台と、自分のために一台、合計2台作った。それで数寄屋橋の並木通りで、2人で並んで靴磨きを始めたんです。師匠は先にやり始めて、私は遅れて3日くらいやったけど、厳しくてすぐに追い出されて、次は有楽町の駅前でやり始めた。そっちは文句を言われずに続けることができました。
お客さんは結構来たんですか?
来たよ。私の師匠はすごく腕が良かったから。これまで師匠より上手な人を見かけたことがないね。それが1997年の5月くらいの出来事で、次に有楽町の中央口のガード下でやるようになった。そこでは5年くらいと長い期間やったけど、色々と問題があって、反対側の銀座口に移ったんです。
その後、交通会館に入られたんですよね。どのようにして、入居が決まったのですか?
交通会館にあるロイヤルという喫茶店のマスターが話をしてくれて、話が決まったんです。たまたまそこの営業部長が大手アパレルメーカーの社長とお友達だったんで、制服をそのメーカーに作ってもらうことができて。什器にもこだわりました。
制服が蝶ネクタイで素敵ですね。眼鏡もみなさんお揃いですか?
「英国風のお茶目でやんちゃなイメージ」というテーマで、ユニフォームをコーディネートしていただきました。眼鏡もその一部ですが、靴磨きの際にリグロインという溶剤を使用しますので、目を保護するために着用してます。
それでは、これまで靴磨きを通して、今まで一番嬉しかったことはありますか?
交通会館に入る時にいろんな人に手伝ってもらったことですね。それまで自分の店を持ちたくても、お金がなかったし、出資してくれる人を見つけることもできなかったから、本当にありがたかった。
なんで皆さんは千葉さんにそんなに協力してくれたんだと思いますか?
さあそれはわからないです。もともとみんなお客さんだったけど、そこまでの繋がりはなかったので、なんで協力してくれたのかね。
千葉さんがいなくなったら困るからなんじゃないですか。
確かに、それはあるかもしれないね。協力してくれた人たちはみんな一流会社の社長や会長さんばっかりだった。トップ中のトップだね。
これまでいろんなお客さんを相手にされてきたと思いますが、お客さんから言われた言葉で勉強になった言葉はありますか?
一番応えたのは、「そろそろ俺を覚えてくれよ」って言われたことかな。その人のことは本当に覚えてなかったんだ。というより、その頃の私は覚える気がなかったのかな。
覚える人もいるんですか?
たまにはいたけど、あまりいなかったね。でもその人に、そう言われて流石に応えたよ(笑)。そんなに私の靴磨きを気に入ってもらえたんだって思って嬉しかった。それでやっぱりお客さんは大事にせなあかんなぁと思いました。
では、これまで靴磨き職人をやめたいと思ったことはありますか?
ないですね。今までいろんな仕事をしてきたけど、私にとって靴磨きは簡単なことだから。ただ、一つ頭を悩ますことは、職人を育てる難しさだね。
その難しさっていうのはどういうところにあるんですか?
職人一人一人にそれぞれ想いがあって、みんな進む方向も変わっていくから、そこで揺れ動く人が多いんです。彼らは人生これでいいのかって悩んでしまう。ずっとここでやっていける人は少ないんですよ。そういった時、どうしたらいいのか相談されることもあるけど、そういう人たちをどう指導していけばいいかは私にはわからないね。
では、靴磨き職人をやっていて一番辛かったことは?
路上でやっていた時代は辛かったね。すぐに移動するように言われるんで。まあ我慢して乗り越えていきました。
これから靴磨き職人になりたい若者にアドバイスをするならなんと言いますか?
磨きのフォームはもちろんだけど、まずは食生活を変えるようなアドバイスをしたいですね。どの職業も同じだと思うけど、食べるものに気を遣った方が良いと思う。皆食べ方が偏っているから、ミネラル、塩分などしっかり栄養を取ってバランス良く食べるようにならないと。今、食べ物を美味しく味わっている人は少ないと思うよ。
千葉さんが、食生活などで、普段から心がけている習慣があれば教えてください。
お酒を飲んだ時は必ず塩水を飲む。塩水じゃないとダメなの、お酒は。お酒を飲んだら必ず血行が良くなって体が熱くなって熱を持つ。それを冷やすために塩水が必要だと思う。あと食べ物では、ワカメと干し芋は必ず食べるようにしています。干し芋は好きだからじゃなくて、乳酸菌を摂るため。整腸作用。薬では治らない部分もあるんで。元を治さないとやっぱりダメですね。
ところで、もしも靴職人になっていなかったら、千葉さんは今何をしていると思いますか?
多くの職業経験を活かし、日雇い労働者をしていたと思います。それ以外は考えつきません。
次回へ続く