HIGHFLYERS/#37 Vol.1 | Sep 5, 2019

僕が有名になったのは、物で溢れ、掃除ができない世の中になったから。人と違う視点で革を扱う千葉流の極意と靴の選び方

Interview & Text: Kaya Takatsuna / Photo: Atsuko Tanaka / Cover Design: Kenzi Gong

今回HIGHFLYERSに登場するのは、靴磨き職人の千葉尊(ちば みこと)さん。千葉さんは、有楽町駅すぐの東京交通会館1階にある靴磨き専門店「千葉スペシャル」の創業者です。あっという間に靴をピカピカに輝かせる職人技と、ここで磨いた靴を履いていると運気が上がるという評判など、様々な口コミで注目度が高まり、今では長い行列ができるほど人気の店で、名だたる大企業の社長や著名人も足繁く訪れています。しかし、千葉さんが天職の靴磨きという仕事に出会うまでは、紆余曲折がありました。宮城県で生まれ育った千葉さんは、仙台の職業訓練学校を卒業後、電気関係の仕事に就きますが、その後も様々な技術職を経験します。靴磨き職人の道へ進んだのは、1997年、41歳の時でした。HIGHFLYERSでは、千葉さんが有楽町のガード下で靴磨き職人としての第一歩を踏み出してから15年の歳月を経て、2012年に東京交通会館に「千葉スペシャル」をオープンするまでの軌跡とその思いに迫ります。第1回目は、正しくピカピカにする「千葉スペシャル」流の靴磨きについてを中心に、千葉さんが靴を選ぶ時のポイントなどをお聞きしました。
PROFILE

靴磨き職人千葉尊

宮城県出身。職業訓練校を卒業後は、材木、溶接工、鳶職などの仕事に携わっていた。ひょんな出逢いをきっかけに1997年、41歳の時に靴磨きを始めることになる。有楽町駅付近で営業していたが、2012年、東京交通会館内に「千葉スペシャル」をオープン。大企業の社長や国会議員、芸能人なども顧客を持ち、現在は有楽町と八重洲の2店鋪を経営している。

世の中に正しい靴の磨き方を広めたいと、2012年に東京交通会館1階に靴磨き専門店「千葉スペシャル」をオープン。靴のクリームが店名の由来

2012年に有楽町のガード下でお店をオープンしてから7年経ちましたが、当時と比べて有楽町の風景は変わりましたか?

劇的に変わったね。前は建築基準法で制限があったから、この辺りも今ほど高いビルはなかったし、法が変わるまでは空き地のままにしている場所もあったんだ。ただ、人はあまり変わってない。変わったのは、外国人が増えたことと、浮浪者がほとんどいなくなったことだね。

お店に来る方はどういう職業の方が多いですか?

やっぱり一番多いのはサラリーマンの営業の方ですね。保険とか、証券とか含めて金融関係が多いと思います。営業で人に会うのに、身なりが汚いと失礼に当たるからね。あとは、外国人記者クラブも近いので、外国人も結構来ます。

真夏や真冬の気候が厳しい時期は、外での営業は辛くないですか?

夏も冬もしんどいけど、指が凍っちゃうから冬の方が辛いね。 最近は湯たんぽを使って温めてるので、昔よりはマシになりました。

先ほど拝見していて、千葉さんは、いらしたお客さんの靴をまず見て、それから目線が上がっていってその方の全体を見ているように感じました。

もう習慣だね。靴が汚れてると思うと、やっぱりまあ大体ブサイクだなとか(笑)。何がブサイクに見えるかって、顔や容姿ではなくて、その人の家の中がブサイクに見えるの。つまり、靴の埃を取らない人たちは、下駄箱が買ってきた商品で溢れてると思うんです。

そのお話、とても興味深いですね。ところでまずは、「千葉スペシャル」の大きなコンセプトを聞かせていただけますか?

靴の磨き方を世の中に広めたくてね。でも、なかなか広めるのは簡単ではないね。なぜかって、ネットに流れている情報には間違ったものが多いから(笑)。つまり、世の中にものや情報がふんだんに溢れた時代になっちゃって、みんなどれを選んだらいいかがわからなくなったんだ。

それはどういうことですか?

単純に考えてみれば、昔はものがなかったから、靴磨きも含めて掃除は水拭きしか方法がなかった。それなのに今それができないっていうのはおかしいよね。神社仏閣は、今も掃除機も使わず時間をかけて雑巾掛けをやって、美しさを保ち建物を守っている。でも、一般の人はそういうことを参考にしないんです。

つまり、千葉スペシャルは水拭きを大切にしているのですか?

大切なのは、水拭きでまず靴についた埃や汚れを取ること。埃だけでなく、世の中の汚れ、ブラシから移った汚れを取ることが一番重要な鍵を握ります。靴を触った時に滑るなら、それは油がついているということなので、綺麗なタオルで汚れと一緒に油も全部取るんです。そうしてまずは滑らないようにしないと、せっかくクリームをつけても剥がれやすくなってしまう。そして綺麗なタオルを使うのも大事です。それは、汚れ返しを防ぐため。 汚れを落とす前にクリームやリムーバーをつけてはダメなんです。

なるほど。では、千葉さんの磨き方のポイントを教えていただけますか?

うちは、クリームを溶かして外から色付けをします。気をつけるのは、クリームの量とブラシのスピード、そして靴に当てるブラシの角度。クリームの量は多くても少なくても靴を痛めてしまうから、まずは少なく取って、足りなかったら後から足せば良い。それから、ブラシでゴシゴシやるのも靴を痛めるから、スピードを上げてはいけない。特に男性の大きな靴は、ブラシを立てて(ブラシの)溝を使って、全体を広くバランス良く磨かないとだめです。そうしないと靴を痛める原因になってしまうんだけど、実際そのフォームになるまでが難しいんです。

クリームをつける時の布の持ち方も独特ですね。

磨く時は、使っていない親指で布が緩まないようにしっかり抑える力が必要なんだけど、力がない人は、布を指に巻きつけた方が緩まない。これを考案してから弟子を育てることができるようになりました。

10分ほどで磨いてしまいますが、磨き終わったとわかる瞬間はあるのですか?

布につけた全てのクリームを靴に移し終えた時、ふと手が軽くなる瞬間があるんです。それが感じられる域に到達するには何年もかかるし、一生かかってもわからない人も多いと思う。そういう細かいレベルの話です。

凄く難しそうですね。

僕には簡単なんだけどね(笑)。

ご自分の靴も合間に磨いてらっしゃいましたけど、どういう状態になると磨いているのですか?

一回磨いたらあとは水拭きでツヤを出すだけ。クリームの機能を失うまではクリームは一切使わない。むやみやたらにやったって靴を傷めるだけだから。

ところで「千葉スペシャル」という店名は、そのクリームの名前だと伺いました。

そう、元々はね。最初は「千葉スペシャルクリーム使用」って看板に書いて営業していたんだけど、クリームを取ってそのまま店の名前にしちゃったの。「NHKスペシャル」が好きでテレビでよく観てたから、番組名にちなんで「スペシャル」をつけたんです。

そうだったのですね。そのクリームの他と違う特別な点はどんなところでしょうか?

リグロインという可燃性の液体との相性が良いという点です。革を柔らかくするためには、リグロインでクリームを溶かし、薄く引き伸ばして素早く塗り込むことが必要なんですが、市販されているクリームはリグロインで溶かせない。なので、千葉スペシャルのクリームは、リグロインと混ぜることができるように作り変えたんです。

ところで、現在お店は、何人でどのような体制でやられているのですか?

営業時間は9時から19時まで。土曜は9時半からで日曜祭日は休み。休憩を取りながら、4つのお客さんの席を5人体制で動かしています。社員は7人です。

千葉スペシャルの社員たちと

結構な肉体労働かと思いますが、千葉さんは、体は健康でいらっしゃいますか?

健康じゃないよ。喘息で苦しい思いをしたので、靴磨きの時に石鹸は使えなくなったんです。昔、建築現場で埃を吸っていた後遺症もあるだろうけど、石鹸の水酸化ナトリウムも良くないんだと思う。 やっとマスクなしで大丈夫になりました。

千葉さんご自身は靴をどういう基準で選んでいるんですか?

とにかくまずは履き心地重視でいろいろ試して自分の足に合ったものを選ぶんだけど、まずはそれを長く持たせるためにはどうしたらいいかってことを考える。それで良い靴が欲しいってなるんだ。デザインありきで磨き方を選ぶのとは全く逆だね。

なるほど。他には選ぶ際の具体的なポイントはありますか?

合皮は間違っても買わない。合皮は足に馴染まないし、だんだん緩んでくるからね。要するに、革は水分を与えると伸びたり縮んだりするけど、合皮はボンドが剥がれて伸びるばっかりなの。

そうなんですね。それは自らのご経験から知り得たことですね。

それは子供の頃から木材に馴染んだ経験から覚えたことなんだけど、革も木材と同じで、硬い部分と柔らかい部分、厚い部分と薄い部分、いいものと悪いものが必ず出てくるんです。例えば、背中の部分の革は厚すぎて靴には使用できないっていうのもあるし、動物の年齢も関係ある。例えば、靴のアッパー部分に使われる牛革は1歳から2歳までのしか使用されてないです。3歳、4歳になったら厚みと硬さが出てきちゃうから、底やソールの部分にしか使われないんです。

ところで、靴磨き職人はたくさんいると思いますが、千葉さんがここまで注目される理由はなぜだと思います?

そんなのは簡単だよ。掃除ができない人が増えただけ(笑)。それから物の使い方を知らない人が多すぎる、ただそれだけ。昔は職人の技を間近で見て覚える風習があったし、逆に本当に上手い人は教えたがらなかった。今はおかしな使い方を素人がネットで広めているだけで、上手い人が出てこないんです。それに、僕は靴自体がもともと好きな方じゃないから。

え、好きじゃないんですか?

好きじゃないし、デザインやブランドには一切興味がない。だから、人と違った視点で靴を見ることが出来るのかもしれないね。

次回へ続く

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