HF/#8 Vol.1 | Sep 10, 2014

仕事はスポーツ。一瞬にベストを尽くしきる

池貝 知子

Text: Miwa Tei / Photo: Atsuko Tanaka / Cover Design: Kenzi Gong

高い志と深い心を持ち、豊かな人生をクリエイトする人を追い続けるHIGHFLYERS。Vol.8は、空間プロデューサー・池貝知子さんの登場です。地図にも、そして人の心にも残る空間を創造し続けている池貝さん。クリエイティブディレクターとして、建築と内装、家具とアートに至る視覚的なものの方向性を示した「代官山T-SITE」は、求心力の高い文化の発信地となっています。物語性のある作品によって多くの共感を創出する池貝さんに、今回はご自身が歩んできた物語を語って頂きました。
PROFILE
池貝 知子

株式会社アイケイジー代表取締役/空間プロデューサー池貝 知子

東京生まれ。 1990年に日本女子大学家政学部住居学科を卒業し、株式会社松田平田坂本設計事務所(現株式会社 松田平田設計)に入社。 2006年に株式会社アイケイジーを設立。 2005年より日本女子大学家政学部住居学科の非常勤講師。 アイケイジーでは建物に関連することをトータルでプロデュースしており、内容は土地選びから始まり、建物・アプローチの建築設計、インテリアデザイン、照明デザイン、家具やアートの選定、カーテン・リネン・食器類・家電製品などの備品の選定、オーディオ環境の提案、植栽計画、防犯計画、そしてメンテナンス計画などのアフターサービス、と多岐にわたる。 また、2012年に完成した代官山T-SITEのクリエイティブディレクターとして、建築、インテリアから、イベント・環境・サービスまで、施設全体のディレクションをした。 昨今は住宅設計のみならず、商業施設全体の空間プロデューサーとして活躍の場を広げている。

仕事はスポーツ。一瞬にベストを尽くしきる

 地図にも、そして人の心にも残る空間を創り続けていらっしゃいます。池貝さんがクリエイティブディレクターとして手掛けた「代官山T-SITE」は、職場でも家庭でもない、大人のための“もう一つの居場所”のような包容力が感じられます。

3年前に「代官山T-SITE」が誕生する前の、旧山手通りの風景を覚えていらっしゃいますか?あの場所は人通りが少なく、静謐な緑の杜だけが続く、まるで都内のエアポケット的な一帯でした。不思議なもので、私は代官山という街と縁があるんですね。引っ越しが多い家庭で10回以上住まいが変わったのですが、小学生の頃に一時期、代官山から徒歩30分圏内に家族で住んでいたことがありました。代官山の教会のガールスカウトに通っていた時に見慣れた街並みは、今も心の風景として刷り込まれています。30年前にはヒルサイドテラスが誕生しましたが、街が時間をかけて成熟していく様子を子供なりに肌で感じとり、大人の品格が宿る代官山という街がこよなく好きでした。T-SITEのクリエイティブディレクターとして最も心を砕いたのは、もともとこの地にあった木や石をできるだけ残し、あたかも昔からそこにあったような景観を創り出すこと。そして大人が心から寛げる家のような空間にすること。コーヒーを飲みながら蔦屋書店で自由に本を読んだり、照明を落とした夜の深い時間帯は、ラウンジでお酒をたしなみながら談笑したり、ひとり静かに過ごすのもいい。若い人向けの“TSUTAYA”が、どうしたらプレミアエイジの方々に居心地の良い空間と思って頂けるかを考えました。

 「代官山T-SITE」に繁く足を運ぶ人たちは、各々お気に入りのエリアと過ごし方があるように思われます。個人的には、蔦屋書店内にあるラウンジ「Anjin」の、金屏風が飾られた一角の非日常感に心惹かれます。

ラウンジ「Anjin」のひとつの象徴でもあるあの金屏風の作品のタイトルは「TOGEN」。“現代の桃源郷”というテーマが通底する、鴻崎 正武さんという芸術家による作品です。あの作品に描かれたモチーフを一つひとつ見てみると、実に意表を突かれるんです。マグマが吹き荒れる地球と惑星、ミサイルやジェット機、動物と花の掛け合わせなどが緻密に描かれていて、まさに現代の絵巻物、風刺画ともいえるユニークな作品なのです。鴻崎さんが「TOGEN」を描いたのは3・11直後。福島県生まれでご実家が被災したご自身にとっては、絶望と希望、過去と未来、原発に対する思想など、忘れられない事、モノ、人と思いのたけ全てが込められています。一方で、ラウンジ「Anjin」の店名の由来は、映画『ラストサムライ』でトム・クルーズが演じた青い目のサムライ、三浦按針からきています。さらに按針という名前には“時代の羅針盤”という意味も。東洋と西洋、過去と現在のミックス感のある「Anjin」の空間世界が、作品「TOGEN」によってぐっと引き立つ。鴻崎さんしかり、この仕事をしていると、想像を絶する才能を持った方との出逢いがあります。出逢いこそが、私にとってはかけがえの無い財産であり、仕事のモチベーションになっています。

© Nacása & Partners Inc.

 ご自身が創造した空間を俯瞰された時に、こだわりの特徴は何だと思われますか?

“良いものを創りたい”という純粋な欲求でしょうか。私は、自分自身をクリエイティブな人間と思ったことは一度も無いのです。自分の実力の限界を、嫌というほど自覚している。だからこそ、大胆で無謀な高望みをするのだと思います。もし私に唯一能力があるのだとすれば、それは「良いものを創りたい」という自分ひとりでは到達できないゴールに向かって、色々な方の才能を集結させ、「人の力を活かす」ことができる、ということに尽きます。

 人の力を活かし、知恵を集結させて完成した「代官山T-SITE」の敷地は、実に4000坪。同じく4000坪を誇る個人邸宅を筆頭に、池貝さんが手掛けるプロジェクトのスケールは圧巻です。とてつもなく壮大な仕事力の源とは?

「仕事はスポーツである」。これは、私の持論なんですね。スポーツって、夢中で練習すればするほど巧くなりますよね。学生の頃の部活みたいに、無心でひたすら継続していると、ある日「こういうことか!」と、理屈ではなく感覚でコツが掴めてくる感じ。かといって、報酬があるわけではない。1秒でも早く走りたいとか、そこにあるのは純粋な動機。そういうのって、実にシンプルでいいなって思うんです。チームプレーのスポーツなら、皆が一丸となって本気を出して挑みますよね。本気を出さなければ、仲間にも相手にも失礼ですから。仲間が弱っていたら、その人の分までカバーしようとする。そういう思いやりの精神もスポーツにはあって、仕事と似ているなって。「仕事がスポーツみたいだったらいいのに」と、常々考えているんです。

 「仕事がスポーツみたいだったらいい」という考え方が、ストンと腑に落ちます。エレガントな印象の池貝さんから伺うと、ギャップもあり一層説得力があるといいますか。

大学時代にスキーは一生懸命取り組んだことはあるものの、基本スポーツは苦手なんですけどね(笑)。とかく女性は、ハードに働いていると「そんなにガツガツしないでも」と批判される。仕事しかないような淋しいイメージを持たれがち。でも、スポーツに一生懸命打ち込んでいる姿には、誰もそんなことは思わないでしょう。私はただ、もっと仕事が上手になりたくて働いているだけ。爽やかに汗をかいて、地道に練習を重ねていこうと思っています。その実、トライアスロン並みにハードですが、それもスポーツの醍醐味と思えば楽しめる。と、思うようにしています(笑)。そういえば、私が仕事で出逢い「魅力的だな」と思う方々は、男性女性問わず実際にトライアスロンをライフワークにしている方が多いんですよ。彼等に共通していることは、迷いがなく結論しかないという潔さ。前向きで快活、仕事の進め方も俊敏で、素敵だなって思います。

 今回の取材にあたりスケジュールを伺ったところ、365日フル稼働でいらっしゃり、その仕事量にも驚愕しました。莫大な仕事の効率化を図る上で、習慣にされていることとは?

いかにスピーディーに決断するか、です。「持ち帰って検討します」ということが、どの仕事でも常套句だと思いますが、持ち帰ったら帰ったで、他にも仕事は山積みなわけで(笑)。私はその場で瞬間的に決断をするようにしています。なぜなら、その一瞬でできることが全てだと思うから。空間プロデュースという仕事は、後から考え直せば考え抜くほど、答えの出ないループにはまります。欲や見栄だってありますから、もっと良く見せたい、もっと出来たのではないか?と思うことも。でも、その瞬間に出した成果こそ、自分にとってのベストタイムだったわけですから。一瞬にベストを尽くしきるしかないんですよね。

 妥協せざるを得ない折り合い。苦渋の選択を瞬間的に求められる場合もあるのではないでしょうか?

私だけの仕事でしたら、いくらでも時間とお金をかけて、妥協は絶対にしません。ですが仕事とは、施主さんがいらして、自分のチームがあり、業者さんも含め立場と意見が異なる大勢で動かしているもの。どこかで許すことを認めなければ、一歩も前に進めないのです。高速のスピードで流れゆく日々の中で、許せるギリギリのラインを高跳びして走り抜けていくイメージ。もはや瞬間技の連続ですね。

 まさにスポーツ!プライベートでも、決断は早い方でいらっしゃいますか?

買い物にしても、二者選択で迷ったら両方買います(笑)。これは私が教えている母校(日本女子大学住居学科)での話なのですが、生徒さんたちからはよく相談を受けるんですね。「留学もしてみたい」「専門学校にも行ってみるべきですか」等など。悩み多き若者たちです(笑)。彼女たちには、ぎりぎりまで両方をやってみたらどうかと答えているんです。そのぐらいやったところで全然余裕。人生は、欲張った方が楽しいのですから。大学院への進学か就職活動かで悩んでいる学生たちにも、両方やってみて両方受かってから悩めばいいと話しています。

© 岡村昌宏

 池貝さんのもとで働きたいと希望する学生さんも多いのではないでしょうか?

インターンシップや、建築家を志す学生を対象に実際の製作の場を提供するオープンデスク制度で来る学生さんたちはいます。最初は心もとなくても、毎日がハードな部活のような現場で鍛えられ、頭角を現す若者もいます。今、弊社アイケイジーで、彼無くしては考えられない20代半ばのホープも、専門学校時代にインターンシップとしてエントリーしてきて、そのまま正社員に。人の成長を間近で見ていると、自分も凄く刺激を受けますね。かつて私自身もそうであったように、社会人として最初に入る会社の方針、上司のスタイルが、その人のファーストスタンダードになることは確かなので、私は自分の仕事との向き合い方をそのまま見せますし、彼等とも真剣に向き合います。

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書籍: 空間演出家 池貝知子の仕事と意見

ホームページ: http://ikg.cc/

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