HIGHFLYERS/#24 Vol.4 | Aug 17, 2017

GORO'S高橋吾朗氏が体現した「本場のものづくり」の衝撃がフィレンツェ行きに影響。生涯続ける「ものづくり」への思いとは

Text: Kaya Takatsuna / Photo: Atsuko Tanaka / Cover Image Design: Kenzi Gong

深谷秀隆さんインタビュー、最終回の4回目は深谷さんの考えるチャンスや成功、そしてライフスタイルについてなどプライベートについても伺いました。何事も実際に体験することで、ご自身の感性やキャリアを高めてきた深谷さんは、以前フルマラソンにも挑戦したことがあるそうです。また、若い頃に影響を受けたものづくり職人のひとりとして、インディアンジュエリーの第一人者、GORO’Sの高橋吾郎さんのこともお話しされています。そして、将来は靴職人ではないかもしれないと語る深谷さんの描いている未来のものづくりの世界はどこにあるのか、興味深いお話もお聞かせくださいました。
PROFILE

靴デザイナー深谷秀隆

幼い頃からもの作りが大好きで、デザイン学校在学中より靴づくりに興味を抱き、名古屋の靴職人のもとで修行する。卒業後ファッションデザイナーとして活躍したものの、『誰にもまねできない、自分にしかできないもの作りがしたい』と考え、ビスポークの靴職人になることを決意、単身イタリアに渡る。シエナの靴職人のもとで修行を積み、卓越したセンスと探究心の強さで腕を上げた。 99年『イル・ミーチョ』を立ち上げ、自らの靴づくりをスタートさせた。やがてその才能をフィレンツェの老舗ショップ『タイ・ユア・タイ』のオーナーであるフランコ・ミヌッチ氏に認められ、その助力を得て日本人として初めて海外にビスポークのショップをオープンさせる。また同ショップのシューズデザイナーやその他の有名セレクトショップのシューズデザインも手がけ、そのデザインセンス・才能には高い評価を得ている。 修業時代から現在まで常に彼の頭を占めてきたのは『世界一美しい靴を作ること』である。『世界一美しい靴』とはデザイン・バランス・それを支える確かな技術、そして何よりもそれを履く人に大きな喜びをもたらす靴である。

とにかく人生は楽しめばいい。辛いこともあるけど、ひたすら進めばその向こう側にゴールは絶対あるから

日常生活で普段から習慣にしていることはありますか?

早寝早起きです。夜は10時には寝て、朝は5時か6時に起きます。体を休ませるために極力早く寝るようにしてますね。朝起きたらコーヒーを飲んでタバコを吸って、工房に行くのが日課です。あとは、アンティーク、特にアンティークの自転車が好きで集めています。車もバイクも戦前の機械がまだ発達してなかった頃のものづくりが大好きなんですけど、イタリアにはそういった古いものがいっぱいあるんですよ。

身の回りの持ち物などもこだわりがありそうですが、インディアンジュエリー「GORO’S(ゴローズ)」のアクセサリーもお好きだと伺いました。

GORO’Sのオーナーの高橋吾郎さんは、アメリカに渡って現地でインディアンジュエリーを体得した第一人者です。ご自身がインディアンになってまで本場のものづくりをそのまま持ってきた方で、あのとき受けた衝撃は忘れられないですね。まだ吾郎さんが生きていた頃に東京で何度か見かけましたが、顔も容姿もまるで日本人じゃないし、ノーヘルでハーレーに跨っていた吾郎さんは無茶苦茶だけどカッコ良かったです。僕は行列に並ぶのが苦手なので表参道のお店には行かなかったけれど、GORO’Sは先輩から譲ってもらっていました。

高橋吾郎さんの生き方は、ご自身がフィレンツェに行く道を選択したことに影響していますか?

そうかもしれませんね。やっぱり現地に行かないと見えない部分ってあると思うんで。

フィレンツェに行ったからこそ初めて見えたものはなんですか?

環境がやっぱり全然違うので、フィレンツェではゆっくりしたものづくりができるということです。その中で作ったものは全く違うし、東京じゃできないですね。僕は日本に戻ってくることがあるとしたら、もう靴は作らないんじゃないかなと思います。

深谷さんにとって、チャンスとはどんなことだと思いますか?

努力かな。努力によってチャンスはやってくるんじゃないですかね。努力って自然にすることであって、「俺、頑張ってるぜ〜」みたいなのって嘘だと思うんですよ。やってるやつはやってるんで。じゃないと前に進めないと思うんですよ、多分。

それでは深谷さんにとって、成功とはなんだと思いますか?

夢や目標を実現することです。

成功する人と成功しない人の違いは?

はっきりしたビジョンを持っていない人は失敗するんじゃないですか。それに自分に厳しくないと。

深谷さんは自分に厳しいと思います?

僕はドMですからね(笑)。2年前、フィレンツェマラソンというフルマラソンに出場しました。

フィレンツェマラソンに参加したとき。2015年

スポーツもされるんですね。

しますよ。ヘビースモーカーなんでしんどいですけどね(笑)。フィレンツェマラソンに出た時は、2週間禁煙して、トレーニングもしました。でもゴールしてすぐにタバコ吸いに行きましたけど(笑)。しかし、フルマラソンは地獄でした。もう二度とやらないです。

そこまでして走ろうと思ったのはなぜですか?

マラソンを見るのはもともと好きで、毎年フィレンツェマラソンが行われる時は、自宅の下に小さいテーブルと椅子を持って行って、ワインを飲みながら目の前を走っていく参加者の姿を見ていたんです。そのうちに、せっかくフィレンツェに住んでいるんだから、自分も参加してみたいという気持ちになって。マラソンを走り終えた人しか見ることができない、ゴールした後の風景っていうのを見てみたくなったんですよ。

やっぱり実際に経験してみたくなってしまうんですね。

勿体無いじゃないですか。せっかく生きてるんだから、一回くらいやってもいいじゃないかと思うんです。

やっぱりゴールした時は気持ち良かったですか?

うん、本当にやった人にしか見えない景色と清々しさがありましたよ。でもマラソンにハマることはなかったですけどね。一度やってみて、これは僕のものじゃないということがわかりました。

マラソンで苦しみながらも走ってゴールした後に最後に見えた景色というのは、23歳で単身フィレンツェに渡った頃からお店を開くまでの深谷さんご自身の人生と共通する部分があるのではないでしょうか?とても辛いことなどたくさんあったのではと思います。

辛いこともあるけど、とにかく人生楽しめばいいんですよ。その向こう側にゴールは絶対あるから、そこに向かってひたすら行けばそのうち上り坂は終わるわけじゃないですか。そして、その後は下り坂が待ってる。でもね、マラソンは下りが面白くない。マラソンの下りは膝にくるんです(笑)。

苦労しながらも30歳までにお店を出し、10年後にマリーノ・マリーニ美術館で美術展をやられて、靴職人として理想通りの生き方をなさっていらっしゃるのではないですか?

思い浮かんだことはやらないと気持ち悪い性格なので、その都度浮かんだことをやってるだけなんですけどね。

でもそれがなぜか実現してしまうんですね。

仲間の助けがあるのももちろんですね。今は3人の日本人の職人たちと一緒にやっていますが、彼らがいるからそういう発想が浮かんだっていうのもありますしね。そうじゃないと、僕はただ好き勝手なことをやっているだけのわがままな人になってしまいますから(笑)。

深谷さんの好きな言葉はなんですか?

心技体です。具体的に何かと言われるとわからないのですけど、保育園から中学校まで剣道をやっていたことは生かされているんじゃないですかね。

それでは、深谷さんが最も尊敬してる人は誰ですか?

棟方志功です。彼はヴェネツィア・ビエンナーレで賞を獲ってますし(1956年に日本人として版画部門で初の国際版画大賞を受賞)、イタリアで成功してますからね。

まだ叶ってない夢があったら教えてください。

やりたいことはまだまだいっぱいあります。例えば、ものづくりで富山の限界集落で20人しか人が住んでいないような村に行ったことがあるんですけど、それを見て「これはこれでいい生活だな」って思って。さらにその山奥に行くと、柱以外全部死んでしまっているような古い家ばかりが残る、誰も住んでない村があって、そこで竹とか、土とか、木や石など、素材を買わずに山から全部採ってきてものづくりをしたら面白いなって思いました。家を作って、村を作って、町を作っていくっていう、究極のものづくりがそこにはあると思うんです。

最終的には国を作るみたいなもんですね。となると、数十年後は靴職人じゃなくなってる可能性もあるのでしょうか?

もちろん今まで作ったお客様や、木型があるお客様のためには靴職人であり続けますが、頑なに一生涯靴職人にこだわっているわけではないです。ただ、どんな形であれ、ものづくりはしていますね、永遠に。

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