【目的を明確にする】〜漠然とした夢を目標に変えるための質問〜
大学1年生の時に交通事故で両足を負傷し、パラカヌーの道に進むことを決めた高木選手。ソフトボールの海外派遣で一緒に同行していた水崎コーチと宿泊先ホテルへ向かう最中に、「パラカヌーで2020年の東京パラリンピックに出場したい」という漠然とした夢を語ったところから、すべてはスタートした。2020年まで残り約1年半となった今、コーチングを導入してから高木選手にどのような意識変革が起きたのかを振り返りたい。
高木選手はどんな少年でしたか?
小学生時代は、みんなからよく“天然”と言われていました。いじられていたというより、本当に意味のわからないことを言っていたらしいです。例えば、小学1年生から始めた野球では、急にボソッと 「(監督は野球ショップを経営しているのに) 監督ってなんの仕事してるんやろ」と言い出したり(笑)。その頃からメジャーリーガーになりたいという思いはありましたが、段々と現実を目の当たりにしていく中で難しいなと気づき、大学生の頃には、プロとしてでなくても楽しみながら野球が続けられたらいいなと思うようになりました。
小学生の頃
大学1年生の時にバイクの事故に遭ったそうですが、その時のことを教えていただけますか?
当時僕はバイクで大学に通っていたのですが、事故は通学途中に起きました。大きな事故で肺が破れて骨もおかしくなっていて、息をしようにできない状態だったので、意識はほとんど飛んでいました。そこからは何も覚えておらず、目覚めたら病院のベットの上。状況も把握できないまま、横を見ると親が泣いていました。少し気まずかったのでそのまま寝たふりをして、誰もいなくなってから再び目を開けて、その時に自分の状況をゆっくり把握したんです。「ああ、生きてた」という感じでした。
その後も色々なスポーツに挑戦されていますね。
はい。退院して、すぐに車いすテニスを始めたんです。そして1年ぐらい経った時に、テニス仲間の誘いで、車いすソフトボールを紹介してもらい、2つを並行してやっていました。カヌーに初めて触れたのは、2016年11月に友人に紹介してもらい、長良川で行われたカヌーの大会を観に行った時。その時はあまりピンとこなかったのですが、翌年の1月に実際にやってみることにしました。水の上での動きが今までにない感覚でとても新鮮だったのを覚えています。自然の中で行うスポーツですし、今までにない刺激を受けました。
それからは、どのような進路を選択されたのですか?
まず、事故の数ヶ月後に大学を退学しました。それまではスポーツばかりで、真面目に勉強したことがなかったのですが、突然勉強がしたいと思い、昔から興味のあった家のデザインなどを学ぶことにしました。専門学校に通いましたが、結構大変でした。なんとか2年間通い、無事卒業して内定も決まっていたのですが、カヌーと出会ったことで、迷いが生じてしまって。
内定が決まっていたのに、カヌーをやると覚悟したのはなぜですか?
会社に勤めてしまうとスポーツへの挑戦がもう出来ないのかなと思い、挑戦するなら今しかないなと思ったんです。それでアスリート雇用にしてもらえないか、会社に交渉してみましたが、決定までには半年かかると言われ、そんなに待つことが出来なかったので辞めました。その後すぐに、パラ・アスリート向けの就活支援会社に登録したら、外資系の半導体メーカー( インフィニオンテクノロジーズジャパン)にアスリート雇用が決まって。働き方には3つの選択肢があり、僕はほぼ毎日練習に時間を使わせていただける、通勤は月1回というものを選びました。そしてその頃、パラカヌーの監督と出会ったことがきっかけで石川県に練習拠点を置くことになり、月に一度、東京の会社に飛行機で通いながらカヌーの練習に励む生活がスタートしました。
コーチングに出会ったきっかけは何ですか?
2017年の8月に、ソフトボールの世界大会でアメリカへ行った際に、チームのメンタルコーチとして水崎コーチが同行して下さっていました。ホテルに向かう時に少しだけ話す機会があり、パラ五輪に出場したい旨を話したんです。そして帰国して再び会った時に、2020年に向けてやるならコーチングを取り入れるといいかもしれないとアドバイスをもらいました。その時はまだ五輪出場が漠然とした目標だったので、それを確かなものにするためにコーチングをお願いすることにしました。
2017年にアメリカのダラスで行われた車いすソフトボール年ワールドシリーズ
抱えていた問題
■目標が漠然としていて達成の仕方が分からない
「2020年のパラ五輪に出場する」という夢を持っていた高木選手。他の人と同じことをしていてはダメだと感じていたものの、あまりにも漠然としていて、どのように具現化すればいいのか全く分からなかったと語る。
高木選手:パラ五輪に出場するという大きな目標はありました。しかし、その過程において、どうしていったら良いかが分かりませんでした。最初に水崎コーチに「何のためにやるのか」と聞かれた時も、すぐに答えは出てこない。僕は、自分の夢の目的すら分かってなかったのです。
解決方法
■目的を明確にすることからスタートした
「パラ五輪でメダルを獲りたい」という目標はあったが、その目的が明確ではなかった。そこで、まずは目的を再確認するところから、コーチングをスタートした。
高木選手:一つ一つ、目的を思い出させてくれるための質問をしていただきました。「なぜ、パラ五輪なのか?」「モチベートされるものは何なのか?」「何のためにやるのか?」「その先に何があるのか?」「自分や周りにどんな影響があるからやりたいのか?」「パラ五輪でメダルを獲りたい目的」など。それらに答えていくと、自分でも驚くような答えが出てきたんです。
得られた結果
■メダルを獲りたい、その先にある真の目的に気づく
高木選手にとって「パラ五輪でメダルを獲りたい」というのは、1つの目標にすぎなかったことに気づく。その先にあるのは、親や友人への恩返しであり、感謝の気持ちを表すことだった。
高木選手:嫌になるぐらいたくさん考えましたが、掘り下げていくと、パラ五輪でメダルを獲る真の目的は、メダル獲得の先にある「両親や友人達が笑顔になっている姿を見る」ということに気づきました。それと同時に、パラ五輪に向けて本気で努力をして金メダルを獲ることが出来れば、中途半端だった自分の人生とその後の人生観が変わるかもしれないと思いました。
2018年度海外派遣選手選考会にて。高木選手と同時期にパラカヌーを始めたKL-2の加藤選手と
コーチ補足
■目的が最初にあって、質の良い目標が生まれる
水崎コーチ:高木選手には、少し胸がドキッとするような質問をたくさんしたかもしれませんが、トップのアスリートとして、最初から後ろ向きな姿勢でいては目標を果たすことはできません。目標というのは、目的を達成するための指標にすぎないのです。なので、まず目的を確認するところに注力しました。その目的とは、「何のためにやるのか?」「何を得るためにやりたいのか?」「その先に何があるのか?」など、成し遂げようと目指す事柄であり、価値観、信念、使命にも置き換えられることです。そして目的が分かることで質の良い目標が見えてきます。この部分を間違えて認識していると、途中で諦めやすかったり、達成したとしても真の喜びを得ることはないでしょう。
次は、今までで一番視界が開けたコーチングについて