IMPRESARIO KEYS
#7 | Jan 30, 2019

2020年のパラ五輪に挑む24歳がコーチングを取り入れて生んだ3つの変革[パラカヌー・高木裕太]

Interview & Text: Richie Takai / Photo: Atsuko Tanaka

「IMPRRESARIO KEYS(インプレサリオ・キーズ)」では、思い悩んだ時の突破の仕方や、人生を切り開くための方法を人間開発の技法「コーチング」を用いて紹介する。コーチングとは、心理学やカウンセリング理論に基づく対話による、クライアントの自発的な行動を促すコミュニケーション技法のことである。第7回目に登場頂くのは、パラカヌーの高木裕太選手。高木選手は、大阪市生まれの24歳。小学生の頃から野球を始め、高校時代には甲子園を目指すも、大学1年生の11月、通学中にバイク事故に遭い、脊髄を損傷。両足に障がいを負った。その後、車いすテニス、車いすソフトボールを始め、わずか1年でソフトボールの日本代表に。そして2017年からはパラカヌーも始め、東京パラリンピックを目指し、9月に行われた日本選手権大会では優勝するなど、周りから多くの期待が寄せられている。また、同年よりコーチングを導入したことで、短期間に大きな意識変革を起こした。高木選手のコーチを務めた水崎コーチの解説を含め、事例を紹介する。
PROFILE

パラカヌー高木裕太

1994年10月12日生まれの大阪出身。インフィニオンテクノロジーズジャパン株式会社所属。 2013年大学通学中、交通事故に遭い車椅子生活に。 翌年から車いすテニス、車いすソフトボールを経て2017年に 友人の紹介でパラカヌーに出会う。2020年東京パラリンピックを見据え 本格的に活動を開始し、アスリート雇用という形で半導体メーカー(インフィニオンテクノロジーズジャパン株式会社)に2017年入社。 現在はパラカヌーKL1クラスで平成30年度日本代表選手に選出。 海外でのワールドカップ、ワールドチャンピオンシップなどにも出場。

メンタルコーチみずさきゆみ

パフォーマンスサポートチームWillfinity 代表 。メンタルコーチ/パフォーマンスコーディネーター/薬剤師 。 薬剤師時代に学んだアドラー心理学をベースとしたコーチングを医療の現場からスポーツの世界へ応用。プロ選手からグラスルーツ選手までサポート中。 メンタルコーチングを主体としながら、アスリートの競技生活を中心としたクオリティーオブライフ(QOL)の向上を目指し、隣接領域を含めたトータルサポートを行う。 「気づきを引き出す設計図」と題したコーチングセミナーは、自己基盤の確立をしながらコーチングスキルを習得できると好評。選手、指導者、保護者のみならずスポーツ系協会、企業やクリニック、ケアセンター、女性起業家等の研修でも採用されている。みずさきゆみ Facebook

【成長サイクルを回す】〜仮説を立て、解決方法と行動を明確にする〜

『あらゆる角度から自分のパフォーマンスを観察し、仮説を立てる』

理想のタイムを出すために、注力するべきことがパドルワーク(カヌーのかいの漕ぎ方)の改善にあったと気づいた高木選手は、自分と理想の選手のパフォーマンスを比較するなど、あらゆる角度から自分のパフォーマンスを観察し、改善すべきポイントを掴むことが出来たと語る。*成長サイクルがもたらした変化は、どんな結果を生み出したのか伺った。
*成長サイクルとは:「振り返る」→「気づく・発見する」→「仮説を立てる」→「解決方法を実行する」、これら4つのフェーズを実行し続け、成長を加速させるサイクルのこと

抱えていた問題

■理想のパドルワークが出来ず、タイムが縮まらない

タイムが思うように縮まらないことで悩んでいた高木選手。パドルワークにおいて、現実と理想にずれが生じていることが要因なのは分かったが、パフォーマンスを上げるために何に取り組んだらいいか、良い方法が思いつかなかったと語る。

高木選手:パラカヌーは速さを競い合う競技なので、タイムを上げることが重要になります。そのために、パドルワークを改善することがタイムを上げる最短の道のりなのですが、具体的に何をどうすれば、より良いパフォーマンスにつながるのかが分かりませんでした。

解決方法

■視点をずらして、フォーカスを変える

「こうしたらもっと良くなるだろう」という仮設を立てて、実行することを繰り返す成長サイクルを駆使するために、パドルワークが上手い選手を探し、その選手と自分を比較することであらゆる視点にフォーカスしていった。

高木選手:理想としている選手と自分のパドルワークの違いを、動画や写真を観ながら比較していきました。それに加えて、自分のパフォーマンスが良い時と悪い時も比較しました。スローで再生して細かい部分を見たり、普段とは違う視点にフォーカスを移して見たりすることで、現状とのギャップが把握できるので、意識改革されていったように思います。また、そこで得られた仮説から、筋トレに良いトレーニングツールを導入したり、練習メニューも変更していきました。

 

パドリングの練習をしている様子

得られた結果

■69秒から61秒、4ヶ月間で8秒を縮めた

成長サイクルを取り入れたことで、4ヶ月の期間でタイムが8秒縮んだ。縮ませた秒数という結果だけではなく、それを実行し続けたことにより自信も生まれた。

高木選手:2018年の5月時点のタイムは69秒、導入後の9月は61秒と、8秒タイムが上がりました。理想のタイムの短縮ではないですが、成長サイクルを回せるようになったことで、着眼点が増え、視点を変えて、自分で仮説を立てられるようにもなりました。また、理想とするパドルの軌道を発見し、そのためには身体のケアが大切なことにも気づけたので、今は前よりストレッチにもフォーカスしています。出来ないことに対して、「どうせできない」ではなく、「どうしたら出来るようになるか」を考えられるようにもなりました。

コーチ補足

■成長サイクルが成長を加速させる

水崎コーチ:現状をあらゆる角度から把握し、仮説を立て、チャレンジする。「振り返る」→「気づく・発見する」→「仮説を立てる」→「新たなメニューや解決方法を実行する」という段階に分けて、そのサイクルをいかに回していくかが成長を加速させるポイントとなります。まずは振り返りをすることで、何が良かったのか、さらに良くなる伸び代はどこかを知る。そうすることで気づきや学びが多くなり、仮説の数が増え、修正ポイントを増やしていけます。そして、この修正ポイントを元に解決方法が見つかり、行動を起こしていけるので、新たなメニューを組んで、どんどん成長が加速していき、理想のイメージに近づいていくことが出来るのです。

パラカヌーの道に挑戦を決意して、コーチングと出会い、漠然としていた夢が目標に変わる。それがきっかけで、2020年の東京パラリンピックへの道のりに追い風が吹いた。もしも、金メダルを獲っている自分が今の自分に会ったとしたら、「諦めるな」そう一言伝えるだろうと語る高木選手は、今日も刻々と水の上で練習に励んでいる。最後に高木選手にとって成功とは何かを聞いてみた。

高木選手:まだ何が成功なのかはわからないですけど、自分で何が成功かを決めつけるのではなく、これから探しながら見つけていきたいと思います。

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