IMPRESARIO KEYS
#4 | Oct 25, 2017

東京オリンピック金メダル獲得のために導入したコーチングの成果 [空手選手・篠原浩人]

Text: Ryosuke Takai / Photo: Atsuko Tanaka

「IMPRRESARIO KEYS(インプレサリオ・キーズ)」では、思い悩んだときの突破の方法や、人生を切り開くための方法を人間開発の技法「コーチング」を用いて紹介する。コーチングとは、心理学やカウンセリング理論に基づく対話による手法で、クライアントの自発的な行動を促すコミュニケーション技法のことである。 第四回目にご登場頂くのは、空手選手の篠原浩人選手。数々の個人・団体戦でメダルを勝ち取り、世界選手権には3大会連続出場。まるで職人のような巧みな戦術で多くの空手ファンを魅了している。2014年には引退がささやかれたこともあったが、周りからの多大な支えを感じて世界一を目指すために奮起する。2016年12月にコーチングと出会い、今までとは違う方法で練習に取り組み始め、現在は2020年のオリンピック出場を果たすため、心身共に鍛え上げている。 篠原選手のコーチングを務めた阿部コーチの解説を含めて紹介していく。
PROFILE

空手選手篠原浩人

5歳から大阪・塚本にある千政館の木村政勝のもとで空手道を始める。上段蹴りや投げ技などの大技に夢中だった中学二年の時に大阪府で優勝するも全国大会には選抜されず、出場することができなかった(*1)。その悔しい経験を糧とし、空手の強豪校である浪速高校に進学。今井謙一監督の指導のもと、1年生でレギュラー入り。高校時代に初めて全国大会へ出場する。当時、日本一であった近畿大学の木島明彦監督の目に留まり、誘いを受け、近畿大学に進学。1年時、レギュラー10人中の10番目に抜擢され、全日本学生個人戦に初出場し初優勝。全日本大学団体戦では3、4年で2連覇を達成。現在は株式会社マルホウに所属し、空手に打ち込んでいる。大学2年時に-75㎏級でナショナルチーム入り。日本代表としてWKF世界空手道選手権大会に4大会連続出場。2013年に階級を-67㎏級に変更。2014年、アジア競技大会で金メダル獲得。現在もなお、悲願の世界一達成を目指し、修行中。 (*1:当時は、大阪府の大会で優勝しても全国大会への出場に繋がるわけではなかったため。現在は府大会の優勝者は全国大会に出場できる)

メンタルコーチ阿部健二

2012年9月から2013年3月、(株)チームフローでコーチングを学び、7月に独立。2014年2月までスノーボードナショナルチームのメンタルコーチを3年間務めた柘植陽一郎氏を約半年間サポート。2015年9月に合同会社All Days Sportsをメンタルコーチ3人で設立、代表社員を務める。選手のメンタル・本番発揮力、チームのコミュニケーション・チームビルディング、親子のコミュニケーションを専門としている。

【「ルーティンで、「今、ここ、この瞬間の自分」のみに集中する】~試合直前に集中力とパフォーマンス力を上げる簡単な方法~

『たった数回深呼吸するだけで、試合前に集中力は上げられる』

2017年の秋は、ヨーロッパの大会(9月にドイツとトルコ、10月にオーストリア)に連続して出場した篠原選手。未来への不安や結果、成果に意識が向いたり、雑念や思考に囚われたりしている状態から、「今ココ」(今、ここ、この瞬間の自分に意識を向けること)に集中。自分の感覚や潜在意識から自然と身体が動いていくような、良い状態の自分を作ることに重点を置いて試合に臨んだ。

抱えていた問題

■試合中に雑念だらけで今ここに集中できない

2017年9月8、9、10日にドイツで行われた「KARATE 1 PREMIER LEAGUE」で、意識を今に集中させて試合に臨んだ篠原選手。しかし、実際は雑念だらけで相手のペースに呑まれてしまったと語る。

篠原選手:5回戦負けだったドイツでの大会では、試合直前の緊張のせいで「負けたらどうしよう」「カッコよく勝たなあかん!」と焦っていました。「今自分がすべきことはここで勝つことや!」と、心の中で自分に話しかけて意識を集中させようと試みましたが、実際には雑念だらけで「今いったらやられるかな?」「ここで技入るかな?」などと考えてしまい、どの技も中途半端で、相手からも隙を取られてしまいました。

解決方法

■コートに入る前に深呼吸を3回、たったそれだけで意識を集中させる

“今ココ”に集中するためには深呼吸することが効果的だと知り、実際に取り入れた篠原選手。意識を呼吸に集中させることで集中力が一気に上がったと語る。

篠原選手:9月23、24日に行われたトルコでの大会では、試合前に阿部コーチとLINEをして、その時に「“今ココ”に集中するためには、セッション前に毎回行っている深呼吸をやるのも効果的」と教えていただき、今までは「正直“今ココ”ってなんだろう」と思っていましたが、その時に初めてイメージが掴めた気がしました。何も考えないで呼吸だけに集中して、深呼吸を3回。同時に呼吸の音に意識を向けながら、吸う息で体にポジティブなエネルギーが送られてくるようなイメージをしました。

得られた結果

■深呼吸で集中力を上げ、無敵状態を体験

意識をコントロールするために深呼吸を3回行ったら、試合中は集中力が上がり、今までにないほど集中力の高い戦いをすることができたそう。

篠原選手:トルコの大会では結果は7位でしたが、敗者復活戦の時、3試合やって、3試合とも負ける気が一切ありませんでした。まるで、終始、無敵状態な感覚です。出した突きも、思った通りに決まり、狙う時も、狙おうとしていなくても、「ここだ!」と思って打ったら確実に入るような感覚でした。

トルコの大会後に行われたオーストリアでの大会。写真提供/空手道マガジン月刊JKFan

コーチ補足

■より高い集中力を意図的に作ることで、ゾーンに入ることができる

阿部コーチ:格闘技はどのスポーツよりも、少しのミスでも結果に直結してしまいます。なので、「試合前にいかに自分が攻撃しやすい集中状態を作るか」が最も大事になってきます。セッションでは、そのために具体的に何ができるかを話し合いました。そこで、主に「“今ココ”に集中するワーク」を行いました。基本的に集中力を高めるためのアプローチの仕方は3つあります。言葉、身体、意識の3つです。篠原選手は、身体のアプローチに含まれる3回の深呼吸を試合前に行ったことで、超集中状態を対戦中に体験したのです。このように極限の集中状態に入ることを「フローに乗る」や「ゾーンに入る」と言います。

コーチングを始めてから1年と満たないが、メンタルを強化していくことの大切さを実感している篠原選手。11月25、26日には沖縄で「KARATE 1 SERIES A」の大会、そして12月10日に全日本空手道選手権大会が控えているそうだ。「以前は自己をコントロールするという概念について無知でした。コーチングを通してその方法について知れて良かったですし、これからも自分にはコーチングが必要だと考えています」と語った。ブレない目標の作り方を手にし、自分の強みも自信に変え、意識的に集中力を上げられることを知った今、次への新たな挑戦へと歩み出している。最後に篠原選手にとって成功とは何かを聞いてみた。

篠原選手:挑戦し続けていくことです。僕は幼少の頃からずっと空手を続けていますが、何しろ空手が一番好きで、僕にとって一番輝ける場所が空手道なのです。そして今、2020年東京オリンピックに向かって挑戦している最中です。

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