HIGHFLYERS/#58 Vol.4 | Apr 13, 2023

僕が旅する理由は、美味しいを求めているからだけじゃない。現地で食べて、シェフの話を聞く中で、その国の文化や歴史が見えてくる

Interview & Text: Kaya Takatsuna / Photo: Atsuko Tanaka

浜田岳文さんインタビュー最終回は、世界のレストランについて、トップクラスのレストランに共通して感じることや、これからやりたいことなどをお聞きしました。浜田さんが注目しているレストランやその理由、これからどういう料理人が大事になってくるかなど、多くのレストランを体験してきた浜田さんならではの聡明かつ独特のユニークな視点で、さまざまなことをお話しくださいました。またチャンスと成功について、今世界で気になることなども伺いました。
PROFILE

フーディ 浜田岳文

1974年兵庫県宝塚市生まれ。米国・イェール大学卒業(政治学専攻)。 大学在学中、学生寮の不味い食事から逃れるため、ニューヨークを中心に食べ歩きを開始。卒業後、本格的に美食を追求するためフランス・パリに留学。 外資系投資銀行と投資ファンドにてM&A・資金調達業務とプライベート・エクイティ投資に約10年間携わった後、約2年間の世界一周の旅へ。帰国後、資産管理会社(ファミリー・オフィス)社長を経て株式会社アクセス・オール・エリアを設立、代表取締役に就任。 南極から北朝鮮まで、世界約125カ国・地域を踏破。一年の5ヶ月を海外、5ヶ月を東京、2ヶ月を地方で食べ歩く。 2017年度「世界のベストレストラン50」全50軒を踏破。 2018年度・2019年度・2020年度・2021年度「OAD Top Restaurants(OAD世界のトップレストラン)」のレビュアーランキングで4年連続第1位にランクイン。 国内のみならず、世界の様々なジャンルのトップシェフと交流を持ち、インターネットや雑誌など国内外のメディアで食や旅に関する情報を発信中。 グルメサイト「食べログ」ではグルメ著名人、グルメキュレーションサービス「テリヤキ」ではキュレーターとして、世界の美味しい店を紹介している。 株式会社アクセス・オール・エリアの代表としては、エンタテインメントや食の領域で数社のアドバイザーを務めつつ、食関連スタートアップへの出資も行っている。

食材の質が落ちている今、料理人の技術の重要さに改めて注目したい。 L'évoを筆頭に、今後は日本の地方がどんどん面白くなっていく

世界トップクラスのレストランに何か共通することはありますか?

多分いろんなやり方があると思うんですが、例えばNomaで言うと、僕が一番素晴らしいと思うのは、働いてる人たちの士気が高いこと。あれほど士気が高い人たちが集まってる集団は見たことがないですね。

それは、もともとすごく士気の高い人達が世界中からNomaに集まってくるということですか?

そうですね、いい意味で野心があって向上心がある人がNomaやシェフのレネ・レゼピに憧れて集まってきてます。独立したらすぐミシュランで星を獲得できそうな有能な料理人が何人もいて、レネと一緒にアイデアを出し合って切磋琢磨しているので、当然料理は素晴らしい。サービスも優秀で、士気が高いと自分の頭で考えるから、言われたことをやっているだけとは全然違いますね。かと言って、お店の空気感は全く堅苦しくなく、どちらかというと和気藹々としてるんです。何度か伺うと家族のように接してくれて、みんな笑顔で楽しみながらテキパキと仕事してるので、Nomaという空間に身を置いているだけで気持ちいいですね。

浜田さんがここまで色々世界を廻られるのって、美味しいとか不味いとかいうことをただ判断するためだけとは思えなくて。好奇心の根底には何があるんですか?

おっしゃる通り、ただ美味しいだけを求めて旅をしているわけじゃないんですよね。美味しいだけでいいなら日本にそれを満たしてくれる店はたくさんありますよね。頻繁に海外に行く必要はなくて、年に1回ぐらいフランスとかイタリア、スペインに行けば十分かもしれません。だけど僕は美味しい以上のところを求めている。料理人がどうやって、何を考えて美味しくしてるのか、プロセスや背景に興味があるんですよね。だから日本人にない発想をする海外の店に行くとすごく面白いしワクワクするし、そういう新たな発見をいつも求めています。 生産や流通の問題で飛び抜けた食材は無いかもしれないけれど、厳しい環境の中で技術やアイデアを駆使してすごく面白い意欲的な料理を作っている素晴らしいお店はいくつもあります。なので、ガストロノミーという意味での発展途上国にも結構足を運ぶことが多いですね。

そういう意味で面白いのは、ラテンアメリカとかですか?

ラテンアメリカで言うと、ペルーやメキシコは既に有名ですね。あと、コロンビアも近年注目を集めていて、年末に行ったんですが、自分たちの食のアイデンティティを捉え直そうとしている面白い店がいくつかできていました。最近だと中米のグァテマラを食べ歩いたんですが、まだ4軒程度と数は少ないものの、世界レベルの意欲的な店が誕生していて驚きました。元々グァテマラに縁がある人以外にはまだ発見されていない状況ですが、今後話題になりそうです。食の背後にあるものを突き詰めると、文化という一言になるんでしょうか。現地に行って意欲的なレストランで食べて、シェフと話す中で、その国の文化や歴史、生態系が見えてくる。皿の上だけじゃなくこの一連のプロセスが僕にとって大事で、その地に行くことでしか経験できないことなので、僕はいろんな国を旅してるんだと思います。

左上、下:「MIL」(ペルー)/中上、下:「Leo」(コロンビア)/右上、下:「La Picantería」(ペルー)

ちなみに浜田さんご自身がお料理を作ることはないですか?

全く興味がないです。美味しいものを食べたいだけなら最高の食材を取り寄せて自分で調理するのが一番手っ取り早い。でも僕はそれには興味がありません。誰かが作ってくれたものを頂くことで、そこに込められた作り手のクリエイティビティを理解したい。音楽を耳で聞いたり絵画を目で観たりして鑑賞するのと同じように、料理を舌で鑑賞したいんです。

お腹が空いたらどうするんですか?

基本はある程度先までレストランを予約しているので、そのスケジュールに沿って食べに行きます。僕は全然運動しないし、何でも食べるとやっぱり健康が維持できないので、目的意識を持って食べたいと思うもの以外は口にしないことが唯一のダイエットというか(笑)。例外的にコロナ禍で知り合いのシェフがプロデュースしたお取り寄せを頂くことがたまにあった程度で、コンビニでお弁当などを買って食べることは、多分この20年ぐらいしてないですね。

コロナ禍で、食に対して考え方が変わったことはありましたか?

やっぱりその場所に行って対面で食べることの重要さを改めて感じましたね。僕は食が好きなんじゃなく、外食が好きなんだと。コロナ禍では飲食店を応援するためにテイクアウトやデリバリーも利用しましたが、作りたてのものをその場で食べることの素晴らしさを逆に再認識しました。

では、今世界で起きていることで、 気になることはありますか?

いろいろありますけど、一つは世界でどんどん分断が進んできてる現状。強まる政治的摩擦が文化交流にどれぐらい影響を与えるのか、すごく気になるところです。禁輸措置などで物の行き来がなくなることによって地元の食材が再発掘されたりっていう良い面もなくはないけど、人の往来やアイデアのやり取りはすごく大事だと思うので、それが減ってしまう懸念はすごくあります。あとは、例えばNomaが京都に来たことに関しても、「あれだけ大人数が移動してどれだけ二酸化炭素を排出してるんだ」みたいなことを言う人がいるわけですよ。世界で最も影響力があるレストランだけに、妬みを多分に含んだ風当たりの強さってあるんですよね。じゃあ誰も国境を越えて移動しなくなったらそれが理想的な世界なのかって逆に問いたいくらいですが、人が動くことで生まれる交流や文化はすごく大事だと僕は思ってます。その意義がより理解されればいいなと思う反面、それが難しい世の中になりつつあるのではないか、懸念していますね。

浜田さんがしていることで、世界を変えられるとしたら、それはどんなことですか?

食文化について自分が大事だと思うことを発信していくことで、若い世代の方、特に料理人さんに、何らかの考えるきっかけを提供できればいいなと思います。

若い料理人さんで注目してる人はいるんですか?

最近は海外を中心に若くして独立する人が増えているので、個性や才能、そして何より向上心がある人を応援したいと思います。今後の若い世代に影響を与えるであろう店のリーダー格は、日本だとやっぱり富山の「L'évo(レヴォ)」ですね。あの場所に店を作ったこと自体がすごいんですけど、料理の面でもそこでしか出来ないことに色々チャレンジしていて、目が離せません。僕は“料理界のフィールド・オブ・ドリームス”って勝手に呼んでるんですけど、彼(谷口英司シェフ)の影響で日本の地方のレストランのやり方が今後変わると思います。今はまだ顕在化してるものは少ないですけど、5年ぐらいしたら「レヴォの影響でこうなった」みたいなのがだいぶ見えてくる。それぐらい大きなインパクトがあるし、やってることがぶっ飛んでいて本当に面白いですね。そういうお店を本当に応援したいし、増えてくるといいなと思います。

「L'évo(レヴォ)」の谷口シェフと

東京はいかがですか?

今東京で流行ってるお店って、いかに高級で上質な食材を仕入れてそれをシンプルに調理するかっていう方向性が顕著なんですよね。それはそれで一つのあり方としていいんですけど、やっぱり技術で美味しくするっていう方向性も僕は大事だと思ってるので、そういうお店にもスポットライトが当たってほしいなと思って。メディアで紹介する機会がある時はそういう店を取り上げることが最近多いです。

浜田さんから見て技術がすごく高いっていうのはどこに見られますか?

例えばフランス料理だとマンダリンオリエンタルの「SIGNATURE(シグネチャー)」はすごくいいですね。前はジャパニーズフレンチみたいな感じでしたが、コロナ禍中にコンセプトを変えて、今はフランス本国でも珍しいくらいの古典料理をやってます。クラシックフレンチだったら世界で10本の指に入るんじゃないかなってくらいに良いんですけど、コンセプトを変えたことすらまだ全然知られてないかもしれません。でもフランス料理の伝統技術を大事にしているし、古典的なレシピを現代的にうまく再構成しているので、もっと評価されていいと思ってます。あと、例えば金沢の「片折」という予約が取れない日本有数の割烹は、名物の秋の松茸、冬の蟹を目当てに行く人が多いと思うけど、片折くんの凄さはそういうわかりやすい強い食材だけじゃなくて、間に出てくるような白和えだったり信田巻きだったりに感動があるんですよね。伝統を踏まえた上で技術を注ぎ込んだ料理をしっかり出しているんです。

マンダリンオリエンタルの「SIGNATURE(シグネチャー)」(左4枚)と、金沢の「片折」(右4枚)

でも技術って時間がかかるから、今減っているんじゃないですか?

そこはちゃんと残ってほしいし、逆に見直されるタイミングも来ると思ってます。というのも、今後食材のクオリティが上がることは期待できないと思うんですね。特に魚介が明らかで、ある日本を代表する鮨屋のご主人がおっしゃってたんですが、「20年、30年前だったら捨てていたようなマグロを今は有り難く使ってる」って。それぐらい状況は深刻です。

環境が悪くなってるから質が落ちてるんですか?

それもあると思います。あとは、やっぱり取りすぎたりして需給のバランスが崩れた。ズワイガニなんてまさにそうですが、ここ数年で値段がすごく高くなって、蟹専門店以外では一人一杯使いづらい状況になってきた。店によっては、来シーズンからはカウンター6人で一杯を分けて、あとは他の料理で補おう、という話も聞こえてきます。この傾向が続くと、技術の重要さに再び注目が集まってくるんじゃないかなと思いますね。

それでは、浜田さんにとってチャンスとは何ですか?

多分自分がアンテナをちゃんと立てていれば、自然と転がり込んでくるもの。自分が好きなことや熱中できることを突き詰めていると、そこにふと転がり込んでくるのがチャンスなのかなと思いますね。そして、準備できている人だけがそれを掴み取ることができるという。

浜田さんにとって成功とは?

成功って定義がすごく難しいですけど、 僕にとっては、食の世界にポジティブなインパクトを与えられることです。僕はまだ何も成し遂げてないし、最終的に何の影響も及ぼすことができないかもしれない。もしそうだとしても、食文化に何らかの貢献をしたいと思ってもがいたり模索したりする過程を継続できることが僕にとって大事です。結果はコントロールできないけど、過程はある程度コントロールできるので。

理想の人間像はありますか?

自分がいるそれぞれの世界で、他の人に良い影響を与えられるのが理想の人間ですね。やっぱり人生先が短くなってくると、どういう形で自分が生きた証を残すかみたいなことって考えちゃうと思うんです。そうした時にどれだけいろんな人に良い影響を与えることができたかが一番大きいんじゃないかなと思います。

まだ実現していないことはありますか?

実現したいことで言うと、一昨年から地方のレストランを応援する「Destination Restaurants」っていう企画をジャパンタイムズさん主催でやってるんですが、もっともっと盛り上げていきたいですね。過小評価されているレストランや料理人に何らかの形で光を当てるお手伝いができればと思ってます。僕自身自分が主役になるタイプの人間ではないので、あくまで真ん中に立つべき人をサポートする、映画で言ったら主役じゃなくて監督とかになりたい。いや、監督でもない、助監督ぐらいか(笑)。それに、料理人やレストランに対して愛情が強かったり、絶大なリスペクトがあるのは、僕がクリエイティブじゃないからなんですよ。僕自身にクリエイティビティがないから、クリエイティビティがある人を尊敬する。僕の役割は、0から1を作り出すことができる人間を応援することだと思ってます。

最後に、3年後、5年後、10年後はどうなっていると思いますか?

今まで、3年後、5年後、10年後にこうなりたいと計画して生きてきたことがないです。その時々に熱中できるもの、打ち込めるものに時間を費やしていたら、自然とそれが自分の人生になってきた。だから10年前の自分が今の自分を知ったら多分驚くと思いますね。今後のことも全く計画してないので、先のことはわからないけど、その方が楽しい。もし自分がこうなりたいと思って10年後その通りになっちゃったら嬉しいじゃなくつまらない、と僕は感じちゃう性格なので。 とにかく、このまま元気に食べ続けたいと思います、好奇心の赴くままに。

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