HF/#5 Vol.3 | Mar 30, 2014

現実の眼を開いて夢を見る

振付稼業air:man

Text: Miwa Tei / Photo: Atsuko Tanaka / Cover Design: Kenzi Gong

“心を射抜く”ような振付を驚異的なペースで創出し続け、多くのクリエイターから求められている「振付稼業air:man」。世界三大広告賞を受賞したユニクロの「UNIQLOCK」、ポッキー、十六茶、映画館で目を引く「NO MORE映画泥棒」などのCM群。さらにきゃりーぱみゅぱみゅ、サカナクションのPVなどジャンルを超えて手がける作品は実に年間1000本。10代から40代の7名で構成された振付ユニットの独創的な手法は、クリエイティブ業界のみならず、“ダンス必修化”が始まった教育の現場からも高い注目を集めています。際立った能力と行動力で人生をクリエイトする人を追い続ける本誌HIGHFLYERS。Vol.5は日本一忙しい振付ユニット「振付稼業air:man」をフォーカス。アンティークミュージアムさながらの世界観のあるスタジオで、主宰の杉谷一隆さんと中心メンバーの菊口真由美さんにお話を伺いました。
PROFILE
振付稼業air:man

振付稼業air:man

1996年に旗上げされたダンスを推進する演劇集団air:manの主宰、杉谷一隆が、菊口真由美と共に、2004年に立ち上げた10代から40代までの複数人からなる業界初の振付ユニット。CM・PV・TV・アニメ・映画・舞台・イベント・ワークショップなど様々なジャンルでビバthe無節操に活躍中。元祖動くものなら何でも振付ます!の売り言葉に、買い言葉増殖中。08年にWEB-CM「UNIQLOCK」で世界三大広告賞である「カンヌ国際広告祭」「One Show」「クリオアワード」の全てでグランプリを制覇。その他、国内外でも広告賞を多数受賞。

現実の眼を開いて夢を見る

 膨大な振付を創作される日々。クリエイティブの発露は一体どこから?

菊口:「身体を動かしながら振付が閃くのですか?」と訊かれることがあるのですが、私たちは身体を動かしながら振りを作ることは一切無いんですね。身体を動かすのは完成型を確認するための最終プロセス。大切なのは頭で考えることです。例えば「可愛いんだけど、今風の大人っぽいイメージで」というリクエストを頂いた時に、私たちが真っ先に行うのがディスカッションです。すると、「“エロカッコいい”イメージが今回の方向性に近いのでは?起用タレントさんは可愛らしさの中に品がある。ならば魅力のギャップが最も映える動きとは?」とアイディアが動き出し、卓上のメモが増え、手書きのフォーメーションシートが出来上がる。さらに“エロカッコいい”というキーワードひとつとっても、10代から40代のメンバーが捉えるイメージはそれぞれ異なり、ひとりでは思い付かない何通りもの発想が生まれます。“コミュニケーション”と“ディスカッション”から生まれる結果こそ、ユニットであることの意味だと考えています。

 言葉の解釈のセンスも問われるような・・・・・・。

杉谷:振付とは何ぞや?と突き詰めると“動きを言葉に置き換えること”だと思うんです。「はい、ここでクラブステップ」と言うより「足をカニのようにバタバタと」と言った方が伝わります。人に伝えるためには言葉は必要で、言葉を通しイメージを共有することによって振付は成立するのです。

 “発想の飽和状態” に陥らないために、習慣にしていることはありますか?

菊口:“俯瞰”です。アイディア出しに煮詰まったりしているメンバーの若い子たちにもよく言っているのが「いっぱいいっぱいにならなくてもいいんだよ」ということ。新しい要素は、自分がいったんゼロにならないと入ってこない。いったんゼロになるということは、自分に対しても周りに対しても俯瞰視することだと思うんです。何が足りないのか、何を必要とされているのか。主観ではなく一歩引いてみること。難しいことでもあるんですが、常に意識しています。

杉谷:あとこれは、実際に毎日の習慣になっていることなんですが。今着ているこの革ジャンは、一着一着自分たちで鋲を打ってカスタマイズしているんですね。その時間が実に無になれるというか。それぞれの現場からスタジオに戻った7人のメンバーが、ポツポツ喋りながらコツコツと鋲を打ち、仏を彫るかの如くですが(笑)、頭の中を一度ゼロにするために必要な習慣になってますね。

 逆に排している習慣とは?

杉谷:発想のストックや動きのアーカイブに頼ることって、僕らには無いんです。周囲から見れば、仕事の内容は似たような感じに映るかもしれませんが、毎回が前例の無い挑戦です。企画に対してゼロからみんなで考えるので、アーカイブは要らないんです。

菊口:自分の個性を振付の中で表現したいと考える振付師もいるかもしれませんが、私たちにはその発想も無いですね。大切なのは、踊りをいかにタレントさんにマッチさせるかということ。そこに自分の感性は必要ないと考えています。

 現場で徹底していることとは?

杉谷:アイコンタクトに尽きます。監督さんのコンセプトを掴む僕がいて、タレントさんに振り付ける菊口がいて、さらに伝達士として動けるもう1人を付けて3人体制で臨むようにしています。このトライアングル間のアイコンタクトさえうまくいけば、ハプニングにも迅速に対応でき、カバーし合えるんです。“餅は餅屋”的な分業制を徹底できるのもユニットのメリット。分業し合いながら、ネジ穴にきっちり合ったネジをはめるようなイメージ。言うなれば、僕らのやり方はクリエイティブというより職人的ですね。一方で、分業できるということは、ともすれば一人ひとりが責任を持たない危険性もおおいに孕んでいるわけです。みんなで作り上げようよという感覚が間違ったシェアの方向性で進み、誰かのせいにもしない薄ぼんやりとした状況で物事が流れるのが一番怖い。なんとなく物事がうまくいき、たまたまそれが評価されて成功と勘違いされるケースもありますが、それは成功じゃない。ひとりひとりが完全なるプロフェッショナルであり、分業が徹底できるバイタリティをキープし続けることが本当の意味での成功だと考えています。

 杉谷さんの中での“成功者”のイメージに一番近い人物とは?

杉谷:かねてから、みうらじゅんさんのスタンスを尊敬しているんです。人の気分を駆り立てるものをぽこっと用意する洒脱さがカッコいい。憶測ですが、彼は全ての分野に興味があり続けるわけではなく、「面白い要素があるかもな」と思ったものに対して、好きになるにはどうしたらいいかを一度俯瞰で見て、もしくは嫌いなものを主観にもってきて、その作業を繰り返していらっしゃるようにお見受けします。物や人に対するコミュニケーション能力の高さが突き抜けている。やりたい事をやり続けるための熱量を持続されながら、ご本人の職業があいまいな感じなのも(笑)魅力的です。

 本当の“成功者”は謙虚である、と個人的に強く実感することなのですが、お2人の真摯な対応に感動しています。撮影時にポーズをリクエストさせて頂く度、杉谷さんが「かしこまりました」と応える姿が印象的でした。

菊口:「杉谷さんて、いつもあんなに低姿勢なんですか?」と現場でよく訊かれるんですが、いつも同じです(笑)。

杉谷:いや、僕の場合は人に対してビビりなんです。人とのファーストコンタクトはいつも凄く怖い。だからこそ、相手と正しい距離感を取り、緊張感のある関係性で対峙したい。僕にとっては意識しないでやっている“間合い”が、相手からは低姿勢に映るのかもしれません。唯一意識していることといえば“嘘偽りなく対応する”ことです。現場で出会う一流の方々は、何を求められているかをキャッチするのが的確で早く、反応が鏡のように返ってくる。こっちが嘘を付いたり調子に乗ったりしたらすぐ見透かされますから。

 冷静な自己分析のもと “裏方の者である”というスタンスを貫かれていますが、“表で表現する”air:manさんの姿も是非見たいという声も多いのではないでしょうか?

杉谷:踊りに対する情熱は深まっていますが、自分たちがダンサーとして表で表現したいという欲望は一切無いですね。“躍らせる”ことが心底好きですし、自分たちの振付で人が踊る画をこれからもずっと見続けたい。“踊る”側に転じてしまったら、これまで回りに廻って自分たちが作ってきた夢の道のりが消えてしまうことになるので。

 夢の道のりを歩き続ける上で、最も大切なことは何だと思われますか?

杉谷:夢の着地点に向かって見積もりを立てることです。このタイミングであの方法を掛け合わせればどんな結果が生まれるのか?と具体的にシュミレーションを立ててみるんです。“やり続けること”が夢の実現に近づくことは真実ですが、やみくもに続けているだけでは、或る時「あれ、そもそも俺の夢って何だっけ?」と茫然自失の瞬間がやってくる可能性は否めない。始める前に幾つかの方法論を目算してみる。すると、一つ目のやり方が今はダメでも2年後ならイケそうだとか、今は敢えて勢いで責めてみようとか具体的なアプローチができる。“現実の目を開いて夢を見る”ことが大切だと思います。

 最後に。今、まさに“現実の目を開いて夢を見る”過程にある人たちへ、お2人からのメッセージをお願いします。

菊口:「一番大切なものは何か?」と考えた時、私にとってそれはお仕事なんですね。夢とお仕事が直結していると、大変と言われればそうかもしれない事もあり、体力的に厳しかったり、悔しかったり、気持ちが落ち込むこともあります。それでもやりたいと突き動かされるのは、振付というこのお仕事が心底好きだからなんですね。とてもシンプルな答えになってしまいますが、「好き」であるということは夢をカタチにできるかどうかの見極めになります。夢を持てないで模索する人も多い中、夢を持てること自体がとても幸せなこと。さらにその夢を次のステージに引き上げたいと思うなら、どれぐらい打ち込めて喜びを見出せるのか。または、そこまで楽しめないのか。夢と向き合う自分のスタンスを俯瞰することで見えてくるものがあると思います。

杉谷:そう。確実に好きでないと続かないのは事実です。また、夢の着地点をどれだけ頭で完璧にシュミレーションしていても、それを超える部分の面白さがあるのもまた事実です。それを、人は運やタイミングと呼ぶのかもしれません。でも、計画からこぼれ落ちる何かをエナジーに変えて、プラスアルファとして夢の実現に昇華できるかどうかは、その人自身の想像力に依ります。うまくいく時もそうでない時も、周りの環境や自分の居場所をあるがままに受け入れ、その上で俯瞰と想像ができる心の余裕を持つこと。それが、今も僕たちが歩み続けている夢への道のり、想い続けている事です。

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