振付師ならではの無限のふり幅
トレードマークの革ジャン&帽子姿のインパクトといい、お2人の登場感が実に印象的です。
杉谷:出会う方々に与えるインパクト以上の仕事を積み重ねていこうと気合が入る、いわばユニフォームです。もちろん好きなアイテムだから身に付けているのですが、この外見で結果を出さなかったら、奇をてらった徒党でしかないので。「踊る人なのに、何故そんな踊りにくい恰好してるの?」という突っ込みも多く受けるわけです。事実、自分たちでカスタマイズしているこの革ジャンは重く、腕は上がらず夏場は過酷(笑)。身体を動かすには非常に不自然な恰好。ですが「僕らは“踊る人”ではなく、あくまで振付をして“踊らせる人”なんです」というやり方を、明快なトレードマークで魅せてゆくこともできるのでは?と続けてきた一つの着地点でもあるんです。
革ジャンのバックが燕尾のデザインになっているのですね。
菊口:CMやPVの制作など、大勢の方がかかわるモノ作りの現場で振付のお仕事をさせて頂いているので、仕事場に向かう時は真摯な気持ちで、出会う方に失礼でないように正装で臨みたい、という意味も込めて燕尾のデザインにしています。
セルフプロデュースの大切さを、改めて気づかされます。
杉谷:振付師だから自由な恰好もできると思われがちですが、自分という素材にプラスアルファを加えてモチベーションを鼓舞したり、人に与える印象や相手からの評価を変えることは、どの仕事をしていても、どの世代でもできることと僕は思います。
相手からの評価というお話で言えば、『情熱大陸』やNHKのドキュメント番組へのご出演など、この数年間で俄然注目が高まることで、「振付稼業air:man」さんの存在を知らなかった方々からの反響も大きいのではないでしょうか?
杉谷:自分たちは“表舞台で踊る表現者”ではなく、あくまで“裏方で対象に振付ける者”。振付以外で求められることを明確に提供できないことは失礼にあたると考え、自分たちが前面に出るお仕事は過去お断りさせて頂いてました。お引き受けした理由は、2011年以降文部科学省の規定で、学校の体育授業においてダンスが必修化され、ダンスに関わる者として発信できることがあるかもしれないと考えたからです。実際、教師の方々や生徒さんとの情報交流会の機会を頂き、僕らなりにできることをカタチにしているところです。
学校教育におけるダンス必修化に寄せる思いとは?
杉谷:必修化という“しなくてはならない”状況は、教師の方々にとっても、生徒さんにとってもダンスが嫌いになってしまう可能性も孕む諸刃の剣のようなシステムだなと。同時に、初めての状況だからこそ、先生も生徒も等距離にダンスを楽しめる環境が創れる絶好のチャンスでもあると。実際、先生たちとの意見交換によって、ダンス必修化によって「教育をつまらなくするのは簡単。教育を面白くすることは大変だけど無限にできる」と実感しています。ですが、最も回避したいのは、「ダンスは全ての表現のコミュニケーションのツールである」的な性善説的道徳価値観だけがひとり歩きしてしまうこと。そこだけは、教育者とダンスに関わる人たちが相当慎重に考え抜かねば。今、とあるプロジェクトを進めながら常に意識を置いています。
具体化しているプロジェクトを、ぜひお聞きしたいです。
杉谷:もうじき完成を迎えますが、東京書籍さんとのタッグで、現在ダンスの教科書を作っています。教師陣から頂いたご意見は、「ダンスのステップのマニュアルが欲しい」というものと「ダンスを介した生徒たちへのアプローチ法を教えて欲しい」というものの二極化とお見受けしました。僕らが作りたいと思ったのは、後者に響くもの。ステップのマニュアルは後からいかようにも作らせて頂けるので、まずは先生と生徒がダンスを介して歩み寄れるような、マニュアル以前のコミュニケーションのメソッドを一冊にまとめています。付録のDVDの制作陣営もクリエイティブな才能が集結し、とんでもなく面白い内容に。先生方の準教科書として活用して頂きながら、例えばビレッジヴァンガードさんのような書店でも手に取れるという流通システムの元、自分たちも真剣に、何より楽しんで作らせて頂いてます。
『振付稼業air:man』だからできることの幅が縦横無尽に広がっていらっしゃいます。
杉谷:今の社会通念では、ダンスを習得したその先にあるアウトプットがあまりにも一方方向でしかないように思うんです。ダンサーとして“踊る”こと以外に、振付師として“躍らせる”側の職業という選択肢も示していけたらと。また、一括りに振付師といっても系譜を解いてみれば、舞台の振付師がいて、テレビ創世期や歌謡曲全盛期の振付師がいて、タレント兼振付師がいて・・・・・・と進化してきた。そして今、僕らのように振付を稼業にして、様々な業種とコラボレーションするスタイルもあるんだよということを次世代に少しでも印象付けたい。そんな思いも原動力になっています。
年間1000本のCMやPV、コンサートの振付など驚異的な稼動力です。
菊口:“動くものは何でも振り付けます”をモットーにしています。そういえば、メンバー内で「いつかキャラクター全ての振付をしたいね」と話していた夢が叶い続けているんです。キティちゃん、ガチャピン&ムック、セサミストリートなど、気が付けば、有難いことに日本で一番キャラクターに振り付けていることに。
杉谷:同時にゆるキャラも増え続けているのでコンプリートできないという(笑)。
「この仕事を選んで本当に良かった」と実感する時とは?
菊口:去年、名古屋に住む中学生の女の子達が「 今一番会いたい人に会いに行くことが修学旅行の方針で、私たちが会いたいのはair:manさんです」とHPに書き込みをくれて、取材に来てくれたのは嬉しかったですね。私が昔ダンスを教えていた生徒さんで、当時は3、4歳だった子たちが番組などを見てメンバーになりたいと会いにきてくれたり、小学生の子たちから真剣なお手紙をもらったり。振付師というお仕事があるから出逢いもあり、コミュニケーションが生まれる。幸せなことだと思います。
「air:manのメンバーになりたい」と会いに来る方の採用基準とは?
杉谷:来る者拒まず去る者追わず、です(笑)。共感することがあるのなら、一緒にやってみようよと。ただ“踊ること”と“躍らせる”ことは、思いのほか違うよと。僕らのやり方を面白いと思うのか、自分は踊る側に進みたいと気づくのかも、本人が体験して初めて見つけられるもの。そこへ一歩踏み込んで来てくれる人はいつだってウェルカムです。間口を広げている分、人の出入りも多い。けれど、そこで僕らが学ぶこともある。仮に短い交流だったとしても、出会った人たちが振付師という職業に対して何かを感じたり、自分の道を見つけることで、ダンスや振付の未来が今日より明日、少しでも明るくなればいいと考えています。沢山の出逢いが連鎖し合い、今現在のメンバーの年齢層の内訳は、下は17歳、ハタチの子もいて、10代~40代までの7名で構成されています。
17歳!その若さからair:manの一員として百戦錬磨の現場を経験しているのですね。
菊口:プロフェッショナルな現場で、若いメンバーが先走りや空回りをしていると感じた時には厳しく注意します。現場の瞬間を俯瞰して、自分がやるべきことを見極めるすべを体得して欲しいので。一方で、彼らから私が教えられていることもあります。一生懸命喰らいついていくひたむきさと貪欲さ、集中して考え抜いている時の本気の目を見ると初心を思い出します。私自身も、高校生の頃から振付のアシスタントとしてお仕事をさせて頂いているのですが、キャリアを重ねると、決してそんなつもりはないのに仕事のやり方がマニュアル化しそうな瞬間というのもあります。そんな時、若い彼らの姿勢にハっと気付かされます。
菊口さんご自身も10代から振付を職業に。たおやかなお話のトーンや物腰に秘められた情熱と豊かな経験値に驚かされます。
菊口:私の場合は、やりたいことに真っ直ぐなんですね。9歳の頃、ミュージカル『アニー』のメイキング番組をTVで見て、振付師という仕事を知りました。舞台で踊るより、作る側に魅力を感じ、タップダンスを始め様々なダンスを習ったのも振付師になりたいという理由から。高校に上がると、アイドルを目指していた友人に誘われて、芸能界ともかかわりの強いダンススクールへ。失礼な表現ですが“若くて踊れる”と需要は高く、CM撮影の現場に呼ばれることがよくあるんですね。現場を踏むうちに、振付のアシスタントをやらないかと誘われこの道に入りました。
杉谷:「高校のセーラー服着て振付やってるスゴイ子がいる」とういのが、菊口に対しての最初の印象でしたね。以前SMAPさんの楽曲『Moment』の振付でお会いした木村拓哉さんも、そんな菊口のことをよく覚えて下さっていましたが、当時ダンスに関わる人たちの間でも、高校生でタレントさんの振付をやっている彼女は一目置かれていました。その頃僕は、タレントさんも出演するイベントのオーガナイズをしていて、芸能関係の現場で彼女と居合わせることも度々。「なんでこんな若い子に振付してもらわないといけないの?」という言葉を彼女が受けている姿も見てきましたが、仕事の後には「次もあのセーラー服の振付の子にお願い」という反応に変えている。人に向き合うことに投げやりにはならずに、自分に対する悔しさや苛立ちを昇華できる人間だなと。
菊口さんの振付シーンを番組で拝見したのですが、落ち着いたテンションで指導するスタイルに、場の空気がふっと柔らかくなる感じが印象的でした。
菊口:話し方がスローというのもあるのですが(笑)。メリハリが大事な現場では必然的にテンションを上げることもありますが、振付師として“頑張ることは別にある”と考えています。少しおどけた感じの間合いで相手とコミュニケーションを取ることもあれば、柔らかいアプローチを心がけることもあります。どんな歩み寄り方にしても、踊りを付ける方に緊張感や威圧感を与えてしまっては意味がありません。私たちが現場でやるべきことは、そのお仕事に必要な振りを、タレントさんやキャラクターを始めとする対象者に明確に伝えることなので。
杉谷:踊りのスキルはもちろん、菊口のコミュニケーション能力を信頼していたので、いつか一緒に何かを始めたいと常に念頭にありました。ですから、僕が手掛けた舞台を観た彼女が楽屋を訪ねて来て「私は、このまま誰かのアシスタントでは終わりたくない。振付師としてやっていきたいんです」と葛藤を直談判してきた時は、僕にとってもチャンスだと。“振付”を職業として成立させるシステムを一緒に創っていこうと焦点を定めたんです。今から10年以上前のことです。