IMPRESARIO KEYS
#1 | Jan 24, 2017

世界大会2連敗後、6連勝に導いたコーチング [格闘家・菊野克紀]

Text: Ryosuke Takai / Photo: Atsuko Tanaka

新コーナー「IMPRESARIO KEYS(インプレサリオ・キーズ)」では、思い悩んだ時の突破の方法や人生を切り拓くための方法を人間開発の技法「コーチング」を用いて紹介する。コーチングとは、心理学やカウンセリング理論に基づく対話による手法で、クライアントの自発的な行動を促すコミュニケーション技法のことである。 現在、コーチングを活用している現役アスリートなどにご登場頂き、抱えていた悩みは何だったのか、コーチングという技法を利用することで、自分にどんな変化が起こったのか、また、それによって何を得ることが出来たのかを語っていただく。

記念すべき第一号にご登場頂くのは、格闘家の菊野克紀選手。華々しい戦績後、世界大会のUFCで2連敗してしまったのをきっかけに、元々知り合いだったコーチからの薦めでコーチングを受ける。その結果、漠然とした「勝ちたい」という気持ちが、自分を苦しめていたことに気付き、それを改善することで6連勝(2017年1月現在)することが出来た。その改善方法とは何だったのか、また、菊野選手が経営する会社の問題へのコーチングなど3つの事例を用いて、読者の皆様にも活用頂ける様、菊野選手のコーチングを務めたAll Days Sportsの阿部健二コーチの説明を含めて解説していく。
PROFILE

格闘家菊野克紀

1981年10月鹿児島県鹿児島市生まれ  極真空手仕込みの鋭い打撃と柔道で培った身体バランスの良さに定評がある。中でも、前蹴りとミドルキックの中間の軌道で蹴り込む「三日月蹴り」を得意とする。中学・高校時代は柔道部に所属。高校3年の時に格闘家を志し、卒業後極真会館(松井派)鹿児島県支部に入門、5年間空手の修行を行い、木山仁(第8回全世界空手道選手権大会王者)らの指導を受ける。4年間の内弟子修行を経て23才で上京。 その後、高阪剛が代表を務めるジムのアライアンスに入門。DEEPやDREAMで活躍後、2014年にアメリカの総合格闘技団体UFCと契約。2016年4月にUFCとの契約が解消。同時期に11年間籍を置いたアライアンスを離れ、現在は所属フリー。格闘技の世界一を目指すことと並行して自身のマネージメント会社である『株式会社KOKKI(コッキ)』を経営。 菊野克紀オフィシャルウエブサイト

メンタルコーチ阿部健二

2012年9月から2013年3月、(株)チームフローでコーチングを学び、7月に独立、7月から2014年2月までスノーボードナショナルチームのメンタルコーチを3年間務めた柘植陽一郎氏のメンタルコーチとして約半年間サポート。 2015年9月に合同会社All Days Sportsをメンタルコーチ3人で設立、代表社員を務める。選手のメンタル・本番発揮力、チームのコミュニケーション・チームビルディング、親子のコミュニケーションを専門としている。

【モデリングで未来を描き、リフレーミングで思い込みを変える】~自分らしく能動的に新たな行動を生む方法~

『会社の存在意義が分からなければ、頑張り方も分からない』

総合格闘競技の世界一を目指すことと並行して、菊野選手は2009年に株式会社KOKKIを立ち上げ、自ら経営を営んでいる。闇雲に会社をスタートした結果、会社内では様々な問題が生じたため、会社についてもコーチングを受けることとなった。コーチングを用いたことで、どのような変化を得られたのだろうか。

抱えていた問題

『自身が立ち上げた会社はどこを目指しているのか。何のためにあるのか』

会社を長く存続させていく上で大事なことは、会社の存在意義を明確にすることである。現役選手である自身をマネージメントするために旗揚げされた株式会社KOKKIは、これまで明確なビジョンを持たずに運営されてきた。格闘家として、試合の結果次第で収益も左右される厳しい環境の下、選手と社長の二足の草鞋を履く生活は大きなプレッシャーとなっていた

菊野選手:自分のマネジントをしたり、色んなことに挑戦して経済力をつけるため、またヒーローを目指すための手段として、2009年に会社を設立しました。ところが、明確な事業計画を持たずに勢いだけでスタートした上に、私も唯一の社員もビジネスに関しては全くの素人。メインの収入は僕の試合のスポンサー料と他力本願で、会社はすぐにピンチに陥りました。別の事業を模索しても、素人二人では当然上手くいかないし、僕は現役選手で事業に関わる時間が無い。さらに僕は東京、社員は鹿児島でコミュニケーションを取るのが難しい。先が真っ暗な状況の中、最初の想いは忘れ去られていきました。僕にとって、経済状況がストレスとなって格闘技に悪影響を与えていると感じたので、昨年の9月に会社についてコーチに相談させて頂き、会社が上手く回っていない大きな原因の一つに、目指す方向が定まっていないことがあると分かりました。

スカイプで社員と会議を行う

解決方法

『会社の存在意義を「ヒーローになるための修行の場」とし、会社として何が出来るかを具体的にした』

会社としてどうあるべきか。自分自身、そして会社の未来のために真剣に向き合った。そして、ぼんやりしていた会社の存在意義を自らの「ヒーローになるための修行の場」とした。

菊野選手:会社がどこに向かうべきか分からなかったので、コーチとホワイトボードを使って、頭の中にある理想の会社の姿を、書き出していく作業を行いました。僕の夢は「ヒーローになること」だったので、会社の意味付けを 「ヒーローになるための修行の場」としました。私の目指すヒーローとは、“強くて優しくて、困っている人を助けられるかっこいい存在”です。格闘技と同じように、きついことや解らないこと、やりたくないことを率先してやって成長しようと心がけ、結果に執着せず、“今ココ”でやるべきことに集中しました。

得られた結果

『会社に対する自分の在り方が明確となり、前向きに試合に挑戦出来る余裕が生まれた。さらに、結果を残すことが出来て相乗効果が生まれた』

会社の存在意義が「ヒーローになるための修行の場」と明確になり、それを社員と共有することで、チームとしてもより一層団結力が強くなった。会社の方向性が分かったことで選手としての自分の状態も良くなる相乗効果を実感した。

菊野選手:会社の方向性が分かり、前に進み出したことでストレスがなくなりました。 今では「ヒーローになるための修行の場」という定義を、会社で物事を決定する際の判断基準にしています。失敗も含めて修行と考えられるようになったので、どんな状況も受け入れられるようになりました。社員にも、会社を「理想の自分になるための修行の場」として考えてもらうようにしたら、お互いに意識が向上していきました。また、本職の格闘競技においても、最近はたくさんの試合に出場し、結果を出してスポンサー収入や物販でも収益を上げることが出来ています。会社としてやるべきことが明確になったので、前向きに試合に挑戦出来る余裕が生まれたのです。会社が良くなることで私の状態も良くなるという相乗効果を生みました。

社員や仲間たちと

コーチ補足

『モデリングで未来を描き、リフレーミングで思い込みを変え、能動的な新たな行動を生む』

阿部コーチ:私たちは普段、たくさんのフレーム(枠)の中からフィルターを通して世界を見ています。例えば、「努力する」ことに対して、「努力は報われるもの」と思う人もいれば、「努力は報われないもの」と思う人もいる様に、思い込みは行動に大きく影響し、起こす行動は思考範囲に限られてしまうのです。その様な時、無意識の思い込みによって自分に制限をかけているフレームを外し、全く異なるフレームを付け替えて、望んでいる成果に向けて行動を起こせるように促す様にコーチングしますが、これを「リフレーミング」と呼びます。菊野選手は、会社のあるべき姿を「ヒーローへの修行の場」と明確に意味付けしたことで、目標に向けて行動を起こせるようになりました。また、タイムラインで理想の会社のイメージを定め、そのために今何が出来るかを考えていきましたが、これは「モデリング」(理想を真似ること)と呼ばれる手法の一種であり、良い手本の動作や行動を真似することによって、自身のパフォーマンスも上がるとされています。

コーチングを始めて1年、選手として最高のパフォーマンスを発揮する上で、いかにメンタルが大切かを実感した菊野選手。彼はコーチングを通して、漠然とした不安の中から要因を見つけ出し、それを克服するためにフィジカルトレーニングを始めた。また、都度状況が変わる「試合」にではなく「己」に克つという普遍性を身に付けた。そして、曖昧だった会社の存在理由を「ヒーローになるための修行の場」と明確にした。これら3つの問題を解決し、現在、次なる一歩を踏み出している。最後に菊野選手にとって成功とは何かを聞いてみた。

菊野選手:死ぬ瞬間に「ヒーローになれたかな?」ってにやって笑うことが僕にとっての成功です。

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