【最強の絆を生んだチーム作り】〜良いチームを作るコミュニケーション方法〜
コーチングを取り入れ始めてから自分自身のとる行動が変わった武藤選手。次に自分だけでなく、チームを引っ張っていくことで全員のモチベーションを向上させようと試みる。その鍵は積極的なコミュニケーションの積み重ねにあったそうだ。
抱えていた問題
■タイヤ交換のスピードが遅い上に、意識が低い
「以前はピットインでのタイヤ交換のスピードが本当に遅かった」と苦笑いする武藤選手。レースの勝敗を分けるのはドライバーの運転する速さだけでなく、例えばタイヤ交換のスピードも極めて重要な要素となる。それについてどのように感じていたのかをドライバー視点で語ってもらった。
武藤選手:この時のチームメンバーはほとんどが20代の若手でした。最初は彼らの中に「勝ちたいという意識が非常に低いと感じていたので、私にとってはかなり大きなジレンマでした。ベテランのメカニックであれば10秒でタイヤ交換できるところ、我々のチームは15秒もかかってしまう。周りからも笑われてしまうようなチームだったんです。彼らは負けても悔しい表情をしていなかったので、チーム全体の意識を上げていかなければ勝てないと思いました。
解決方法
■伝えるのではなく、伝わるコミュニケーション
どんなに今がダメでも、チームとのコミュニケーションを大切にすることで、みんなのモチベーションが変わるものだと自身の体験を通して確信していた武藤選手。園田コーチが寄り添って目的に向かって自分をサポートしてくれたように、チームメンバーにも武藤選手から積極的に動いてリーダーシップを発揮した。
武藤選手:チームのやる気を引き出すためにどうすればいいのかと園田コーチに相談したら、「武藤くんにこのチームを引っ張るリーダーを担ってほしい」と言われました。それからは、メカニックから雑用の様なことをしてくれている人まで、チームの一人ひとりに自分から声をかけて挨拶したり、ご飯に誘ったりして。みんなの想いを聞かせてもらいつつ、自分も勝つためにやっている想いを彼らに伝えていきました。また、例えば彼らがタイヤ交換をミスしてしまった時には以前は怒りをぶつけていたかもしれませんが、そうではなく、「終わったことはどうすることもできないから、いかに早くピット作業を終えることができるかに集中して欲しい。そうすれば結果は必ずついてくるから」と励ましたりもしましたね。ある日、園田コーチから動画が届いたので見てみると、そこには定時を過ぎた夕方頃にメカの子達がタイヤ交換の練習をひたむきにしている姿が映っていました。ものすごく嬉しくなりましたし、負けてられないなぁとスイッチが入りました。また、「武藤さん、見てくださいよ」と練習のしすぎで太くなった筋肉を自慢されたり(笑)、チームメイトとの距離が縮まっていくのを感じました。
当時のチームメイト達と
得られた結果
■レース結果を超越したチームとの絆
2016年8月のSUZUKA1000Kmの予選では結果はポールポジションと好成績を残したが、11月のSUPER GT第8戦(もてぎ)の決勝ではアクシデントが発生。その時に武藤選手が目の当たりにしたチームの行動は予想外なものだった。
武藤選手:2016年11月の「SUPER GT第8戦(もてぎ)」決勝戦で、レース中にトラブルがあり、ピットに入りました。普通だったら周回遅れで勝負権もないし「今日はやめだね」と諦めてリタイアするんですが、その時はメカニックの人が手を火傷しながら必死にパーツ交換をしてくれて。走り終わった後の車は何100℃ととても熱いのに、その人は火傷を負ってでも僕を走らせようとしてくれたんです。ですが、「行かせてやりたいけど、トラブルが再発すれば最悪車が燃える可能性がある。他に迷惑かかるかもしれないから、やめよう」との判断が下され、レースに復帰するのは断念しました。このチームでの最後のレースでしたし、手の皮が剥けながらも僕を走らせたいと思ってくれた気持ちを形にするために、僕は正直燃えてもいいから走りたいと思いました。本当に悔しかったですね。
2016年8月のSUZUKA1000Kmの予選(左)、11月のSUPER GT第8戦(もてぎ)の決勝(右)
コーチ補足
■相手を受け入れるコミュニケーションが意識を高め、本当の絆を深める
園田コーチ:チームの意識を上げるにはコミュニケーションの方法が大切です。ただ自分が伝えたいことを相手に伝えるのではなく、相手の立場に立って伝わるように話すことが重要。レーシングドライバーが、メカニックの人がやってくれたことに対して素直に感謝の気持ちを伝えるといったことはあまりないのですが、そう言ってもらえて嬉しくない人はいないでしょう。武藤さん目線で彼らが気持ちよくモチベーションを向上させる方法を考え、親身にコミュニケーションをとっていたことが信頼を生んだのだと思います。コーチングでは、『YES, AND』というコミュニケーション方法があるのですが、相手をいったん受け止めて、自分が伝えたいことをただ伝えるのではなく、相手に伝わるように伝える。また、武藤選手の『勝ちたい』のさらに先にある、『勝ってみんなと喜びを分かち合いたい、応援してくれる方々の期待に応えたい』などの気持ちがチームのみんなに伝わっていったからこそ、最後のレースでの深い絆を生んだのだと思います。
コーチングはさらなる問題を解決する。次は、最近の事例を