IMPRESARIO KEYS
#6 | Jul 25, 2018

プロレーシングドライバーが導き築いたチームとの絆、それを支えたコーチング [レーシングドライバー・武藤英紀]

Interview & Text: Ryosuke Takai / Photo: Atsuko Tanaka

「IMPRRESARIO KEYS(インプレサリオ・キーズ)」では、思い悩んだときの突破の方法や、人生を切り開くための方法を人間開発の技法「コーチング」を用いて紹介する。第6回目にご登場頂くのは、レーシングドライバーの武藤英紀選手。幼い頃からカートに夢中になり、プロのレーシングドライバーになるべく日本で練習を積むが、15歳の時によりレースに取り組む環境が整ったイギリス行きを決意。イギリスで2年間悪戦苦闘しながら日々レースと向き合う。その後は日本へ戻り、プロになってからは華やかな戦績を残すも、近年は中々望む結果が得られない日々を過ごしていた。この状況から脱却したい武藤選手と、同時期にレーシングカー開発に携わるエンジニアが学び始めたコーチングの実践相手を望んでいる時期と想いが一致し、コーチングを開始。以後、選手とコーチの二人三脚で勝利を目指して奔走している。個人の能力向上、チームとの関係性向上、未知なる可能性など、コーチングを通して日々レーシングドライバーとして進化し続けている武藤選手に成果を語ってもらった。
PROFILE

レーシングドライバー武藤英紀

1995年にカートでモータースポーツ活動を開始、中学卒業とともに単身渡英してフォーミュラ・ボクスホール・シリーズに挑む。2002年に帰国して、フォーミュラ・ドリームに参戦。翌03年にチャンピオンを獲得し、04、05年は全日本F3選手権を走り、06年はフォーミュラ・ニッポンとSUPER GTで戦った。 そして07年に渡米し、インディカー・シリーズへの登竜門カテゴリーであるインディ・プロ・シリーズへの参戦を開始。ルーキーながら優勝2度、ポールポジションも2度獲得、総合2位の好成績を収めて、最終戦シカゴランドでは早くもインディカー・シリーズへのデビューを果たした。08年は日本人最高位(2位)を記録し、ルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得。10年までフル参戦する。 11年はSUPER GTシリーズのGT500クラスに復帰。12年は自らが開発を務めるハイブリッドスポーツ「CR-Z GT」を駆り、GT300クラスへ第4戦SUGOラウンドから参戦。総合15位。13年は7年ぶりに国内最高峰フォーミュラに参戦するとともに、SUPER GTシリーズのGT300クラスにも「CR-Z GT」で参戦して同クラスのチャンピオンに輝いた。 3年ぶりにGT500クラスへ参戦した14年は、Honda勢最多となる6レースで入賞して総合14位。15年は、ケーヒン リアル レーシングに移籍し、2度の表彰台登壇を果たすなど活躍。16年の第7戦タイでも2位で表彰台登壇を果たし、実力をみせた。 中嶋大祐選手とコンビを組んで2年目となった18年は、さらなる上位を目指している。

メンタルコーチ園田隆弘

自動車メーカーにてレーシングカーの開発に従事。小学生の頃からF1に夢中になり、現職を目指す。自分自身の夢は叶えたものの、社内では上司や同僚との人間関係がうまくいかず悩んでいた。その解決方法を模索していた最中にチームフローのYoutube動画に出会う。コーチングを学んで人生を変えたいと思い、2016年にチームフローのプロコーチ養成スクールに通う。スクールに通い、自分自身の本当の人生観、価値観に気づき、第2子誕生とともに、3カ月の育児休暇を取得。現在、レーシングドライバーへのコーチングや社内、家庭でのコミュニケーションにおいて学んだ事を活かし、夢実現や自分らしく生きようとする人を応援するために自己啓発にて活動を行っている。

【緊張とリラックスをコントロールする】〜ハイパフォーマンス力を発揮する方法〜

『自分のハイパフォーマンススイッチを知る』

スポーツにプレッシャーはつきものだ。レーシングドライバーの武藤選手も試合では緊張感が高まると語る。では、そんな時にどのように自分を落ち着かせ、集中してレースに挑んでいるのか。

抱えていた問題

■余計な思考と意識に囚われていた

モータースポーツは、思っている以上に、体力的にも精神的にも多大なエネルギーが消耗される。武藤選手は、調子のいい時もあれば悪い時もあり、自分の理想の状態がよくわからずにいつもプレッシャーを抱えながら走っていたと言う。

武藤選手:走行中は、同時にいろんなことに気を配り、ものすごく思考を働かせなくてはならないので、少しでもミスが起こると集中力が途切れてその分タイムも遅くなります。いつも大きな緊張感とプレッシャーを抱えながら走っていました。

解決方法

■「嫌だな」などと言葉に出して緊張感を中和させる

どんなスポーツにもプレッシャーはつきもの。パフォーマンス力を上げるために自分の状態と冷静に向き合うことが重要だ。緊張感を高いパフォーマンスの出やすい心の状態に持っていくことや、自分が今どの状態にいるのかを把握してコントロールすることが鍵となる。

武藤選手:レースの2、3日前から「勝つと常に意気込んでいます。しかし、レース直前では、あえて口では「勝つ」ではなく、違う言葉を出すことで力を抜くようにしています。例えば「嫌だな〜」とか「めんどくさいな〜」など、どちらかと言えばネガティブに捉えられそうな言葉ですが、もちろん本当にそう思って言ってるのではなく、あえてそう言うことでプレッシャーを中和させて、リラックス状態と高揚感のバランスをとるよう心がけていたのです。僕は、少し開き直っている状態の方がパフォーマンスが高まるような気がしています。

 

レース前、会話をして緊張感を解く

得られた結果

■フォーカスして自分の納得いく走りができた

2018年6月30日にタイで開催されたSUPER GT第4戦の予選では、武藤選手と中嶋大祐選手がドライブする「MOTUL MUGEN NSX-GT」がポールポジションを獲得。絶対に勝てるという感覚が本番前からあったと語る。

武藤選手:予選でポールポジションを獲得して、決勝戦では先頭からのスタート。極度の高揚感はなく、車に乗る直前に思い切り開き直ってレースに挑みました。そのおかげか、「後ろにいる車に抜かれないようにしないと」などと気をとられることは一切なく、自分の走りだけにフォーカスすることができました。いたって冷静で、タイヤ一本一本にも細やかな意識がいくほど感覚が研ぎ澄まされていたように思います。第5位という結果に終わり悔しかったですが、自分の中では限界以上の力を出し切れたと思っています。


上:2018年6月にタイで開催されたSUPER GT第4戦の予選。中嶋大祐選手と 下:SUPER GT第4戦の決勝戦

コーチ補足

■緊張とリラックスのバランスをコントロールする

園田コーチ:人、または競技内容によってパフォーマンス力を発揮できるのは、緊張している時、もしくは逆にリラックスしている時と違うのですが、自分にとって一番パフォーマンスが発揮されるのはどのような状態の時なのかを気づくことが大切です。それを知った上で、随時自分がどの状態にいるかを把握して、ベストな状態に持っていくようコントロールすれば良いのです。武藤選手の場合、レース直前に身近な人に開き直るような言葉をボソッと吐き出して、高揚感や緊張感、プレッシャーを解き放ち、一番パフォーマンスの出る状態に自らを持っていったのでしょう。このように自分の心の状態を自らコントロールできるような心のスイッチを持てれば、どんなに緊張していてもハイパフォーマンスを発揮できる心の状態へ近づけることが可能になります。今後はその再現性を高めることに取り組んでいきたいと思っています。

2016年に園田氏からの提案でコーチングを受け始めて以降、自分の目的に改めて気づき、チームとの絆に触れ、今もなお限界のパフォーマンスに挑戦し続けている武藤選手。5歳の時に父親が連れて行ってくれた遊園地で魅了されたゴーカートのように、幼い頃の好奇心は今も変わらず消えることなく、形を変えて進化し続けながら清く燃え続けている。最後に武藤選手にとって成功とは何かを聞いてみた。

武藤選手:チャンピオンですね。チャンピオンは総合力です。速いだけでも、強いだけでもダメ。チーム力も含めてすべてを持っている人がなれるものだと思います。今のゴールはチャンピオンを取ることで、それ以外は考えていません。2019年には必ず取りたいと思います。

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