ON COME UP
#23 | Mar 14, 2017

札幌国際芸術祭を始めとした坂本龍一との協業や、人と自然の共生のありようを問うプロジェクトなど精力的な活動の根源とは

Text & Photo: Atsuko Tanaka

未来に向かって躍動する人たちをインタビューする“ON COME UP”。第24回目のゲストは、札幌国際芸術祭のデザインなどで知られるグラフィックデザイナーの長嶋りかこさん。山間部にある村で多くの自然に囲まれて育った彼女は、小さな頃から絵を描いたりモノを作ることが好きだったそう。デザイナーとして広告代理店で働いていた中、現代美術家との出会いをきっかけに独立。小さい頃に影響を受けた出来事から、転機となった宮島達男氏と坂本龍一氏との出会いや、長嶋さんの手がけるデザインの根底にある「自然」について、また、 2011年にスタートした自身のプロジェクト「Human_Nature」を始めたきっかけや、「女性らしさ」、「人間らしさ」などについて語って頂いた。
PROFILE

グラフィックデザイナー長嶋りかこ

1980年生まれ。対象のコンセプトやメッセージの仲介となってその世界観と視覚情報をデザインする。建築のサイン計画、エディトリアルデザイン、グラフィックデザインを基軸としたブランディングなどのほか、都市における人間と自然の関係を問い、秩序と混沌、意識と無意識、などの相反する存在の間にある価値を様々な媒体で提示する「Human_Nature」というプロジェクトを定期的に発表する。

長嶋りかこ

小さい頃は、どんな子供でしたか?

山間部にある村で育ったんですが、人に接する機会よりも自然と接する時間の方が長くて、子供の頃は感じた事をどうやって話せばいいのか分からず、人とのコミュニケーションが全然上手くとれない子供でしたね。そのうちに絵を描いたり何かを作ったりすることで、同年代の子供らとの接点ができていった感じです。

小さい頃からものづくりをされていたとのことですが、どんなことに影響を受けて、どんなものを作っていたのですか?

架空のものや目の前のものを描いたり、詩のようなものを書いたり、絵本を作ったり、人形やその衣類を縫ったり、小さな家や玩具を作ったりと、とにかく手を動かして描いたり作ったりしているのが好きでした。素材はそこら中にある目の前に落ちているもので、植物、石、土、木、紙、布、ゴミ、なんでも使ってひとり遊びしていました。貧しい家だったので両親が玩具を買ってくれることは殆どなかったんですが、今思うと私にとってその時間があって良かったなと。家の周囲は山々と畑と田んぼしかないので、テレビで見るような社会とは縁がないような世界でした。

ご両親にはどんな育てられ方をしましたか?また、家族構成は?

祖父祖母、父母、兄姉と私の7人家族でした。モノの無い時代を生きた人間は皆そうかもしれませんが、祖父と祖母がすごく器用で、何でも自分達で作っていましたね。自分達が食べるものは自分達で栽培し、使う道具も着るものも綻びを手直ししながら長く使う。新しくモノを買うという習慣があまり無かったので、捨てるという事にすごく敏感で、最後まで活かして、もうどうしようもなくなったら捨てるという感じでした。

ご家族との印象的な思い出はありますか?

母親は障がい者施設で働いていたのですが、そのことは後々の私の価値観に影響を及ぼしている気がします。その施設には時々遊びに行ったり、知的障がい者の女性と文通したりと交流があったんですが、そのうちその場所が世の中では“光の当たらない陰のような場所”なのだと、テレビに映る遠くの“世の中”を見ながら感じるようになりました。世の中の人達は、ここに限らずこういう障がいを持った人達の存在やそのための場所があること、そこで働く人達がどんなことをしているのかをきっと知らないし、面倒な事のように見向きもしないのではないかと思って、世の群像を想像してはひとりで途方も無い気持ちになっていました。

それらの出来事は、今の長嶋さんにどのような影響を与えていると思いますか?

今思い返すと、あの頃の暮らしは目に見えないものとの対話をしていた気がします。自然は声をあげないし、障がい者施設も光が当たらず、世の中では見えにくい。そういった聞こえない声と見えない存在に想像を巡らしていた時間が多かったように思います。そして歳を重ねるごとに、自分はずっとこのまま同じ感覚を持ち続けられるのか、不安だった気がします。

今まで手掛けた仕事の中で転機となった仕事、また大きな出会いなどがあれば教えて下さい。

現代美術家の宮島達男さんとの出会いとその作品づくりです。宮島さんが子供の頃になりたかった職業は汲み取り屋さんだそうで、誰もやりたくない仕事をやっている彼らの尊さに惹かれたそう。このエピソードもそうなんですが、宮島さんの人間性に共感する部分が多いんです。宮島さんとの出会いは、2008年に宮島さんが主催した「世界アーティストサミット」のロゴやグラフィックを見知らぬ私に突然依頼して下さったことがきっかけで、その次年度に今度は同サミットで作品を発表したいから、やってみないかと声をかけて下さったんです。

どんな作品で、そこから何を感じましたか?

宮島さんの監修のもと、仲間らと共に核廃絶をテーマにした「PEACE SHADOW PROJECT」という作品を作りました。被爆したおじいちゃんおばあちゃんと共にした時間や、原爆が投下された日と同日の広島での炎天下の撮影時間、展示を見に来た人と対話する時間、全てがいつもの仕事とは流れる時間も密度も全く違っていて、人に届く深度と速度が、深くゆっくりとしたものでした。それまで私は現代美術家に出会ったことが無かったので、この仕事で初めてその生き方、その生業を間近で見て、それまで自分が関わってきた人々や環境と価値観に大きな違いを感じ、それ以降自分の仕事への向き合い方が変わったんです。

「PEACE SHADOW PROJECT」2010年

どのように変わったのですか?

宮島さんがモノを生む理由は、世の中の何かに疑問を抱き、怒り、悲しみ、喜びなど、自身の中にある必然性と切迫性に起因していて、それがそのまま生業になっています。依頼主の意思に介入していくデザインの仕事とは成り立ちが全く違っていて、私の中でその差異が明確になりました。しかし一方で、たとえ受注仕事だとしても、デザイナーは世の中の何に疑問を抱き、怒り、悲しみ、喜ぶのかという主体性が必要で、それが仕事を判断する際にも関係しなければ、ただの消費社会の御用聞きでしかないのではと考えるようになりました。私は当時広告代理店で働いていたので、宮島さんとの出会いによって目の前の日常がひっくり返ったんですよね。

その後、2014年に独立されて、株式会社ビレッジ®を設立。なぜ独立しようと思ったのですか?また、独立されたことで、大きく変わった点はありますか?

自分のやりたいこと、やりたくないことを正直に選択するようになった結果、独立に繋がりました。欲しくない商品とか共感できない企業に関わりたくないって思うようになったら、代理店にいることは不自由でしかなかった。仕事を選ぶなんぞっていう空気もありましたしね。代理店にではなく、私に直接デザインの仕事を頼んできてくれる人達には生み出すものや姿勢に共感できることが多かったので、その出会いをもっと濃くしたくて独立しました。

独立後の大きな転機となった出会いや仕事は?

音楽家の坂本龍一さんとの出会いです。坂本さんは「世界アーティストサミット」の登壇者だったのですが、その当時はお話しする機会はなく、その後に山口情報芸術センター(YCAM)のキュレーターの方からお声がけ頂いて、坂本さんがディレクターを務める10周年記念の仕事をしたんです。それを坂本さんが気に入って下さって、2014年に坂本さんがディレクターを務めた「札幌国際芸術祭」のグラフィック全般の仕事をやってみないかとお声がけ頂きました。何より自分の興味関心とがっちり重なっていたことが嬉しかったですね。

どのように重なりあったのですか?

その頃私は都市の消費で見えなくなってしまったものをテーマに「人と自然の間」という展示をやっていたのですが、その芸術祭のテーマが「都市と自然」だったんです。この仕事でサイン計画やエディトリアルデザイン、ウェブデザインや告知諸々、多岐にわたりボリューム感のある仕事に携われたことにやりがいがあったのはもちろんですが、何より坂本さんの政治的な活動や環境問題への積極的な取り組み、音楽を内包しながらアクティビストのようにボーダレスに活動している姿勢、そして物凄い深度やスピード感の片鱗を感じられたことは、何にも代え難い経験となりました。

長嶋さんの手がける作品やデザインの根底には常に「自然」があるかと思いますが、長嶋さんは自然をどの様に定義していますか?

意図的に秩序を生み作られたものが「都市」だとすれば、「自然」は意図的でないものや混沌、無意識的なものだと考えています。人間は人間にとって一番身近な自然物なので、自然と同じく心身の中に混沌を抱えているわけですが、都市での生活はそれが見えにくい。街の作り方や生活のあり方、心の持ち様もそうですけど、混沌としたものを無理に型やルールなどで整理しがちじゃないかと思います。

日々の生活の中では、どの様に自然と接していますか?また、社会が自然と共にあるために、人々はどの様なマインドを持つべきだと思いますか?

東京にいると村に住んでいた時のような空気のにおいや湿度、風の変化などを感じにくいものの、意外と身近な現象で自然のダイナミックさを感じます。例えば、雨は地面から揮発し集合して雲となり、それが冷やされて落ちてくるという、その循環を想像すると、大きな自然の営みを感じられて意外と身近な自然現象という認識になる。そうやって、分かりやすく目に見える現象から目に見えないものを想像するしかない、とも言えますが。全てにおいて言えると思うんですけど、可視化されていないものにこそ、大事なことがあると思うんです。

2011年に自身のプロジェクトとしてスタートした「Human_Nature」はどのようにして始まったのですか?

受注されて始まる仕事とは別に、私自身の背景から導いたテーマを元に定期的に作品を発表していけば、デザイナーとしての自分の態度と輪郭がはっきり見えてくるのではないかと思ったのが始まりでした。都市はすごいスピードで発達を遂げ続け、どんどん情報化し、自動化し、無人化していくけれど、有機的なものの存在が希薄な価値観はやはり疑問で。便利なものは便利でいいけれど、それにより失うものも多いのではないか。それらの「間」に豊かなものがあるはずだと思っていたので、「都市の価値や事象と自然の価値や事象の間にあるもの」を様々なかたちで提示していこうと思いました。都市の生活では光の当たる事象ばかりがフォーカスされるので、陰となる事柄は見えにくいし、大きな力や早いスピードで物事が動く中、見えないものを見ようとしたり、聞こえない声を聞こうとしたりするのは難しいですよね。でも、だからこそ少しでも目の前の日常に疑いを持ち、自然や混沌の声に耳を傾ける必要があると思ったんです。

「Human_Nature」作品。上:2011年「water mirror」下段左→右 2013年「gem stone」、「house plant」、2015年「This is wind.」

「Human_Nature」は今年で7年目となりますが、今年はどんな作品を作る予定ですか?

テーマはこれまでと同様ですが、思い立った時に書いている文章があるので、書き溜めたものをどうやって出そうか悩み中です。

長嶋さんがオリジナルな存在でいるために気をつけていることはありますか?

誰もが唯一無二な存在なので、目の前の自分と後ろの自分をそのまま受けとめることだと思います。自分の背景や自分にあるもの、それゆえに感じる違和感、それゆえに出るかたちやことばを薄めないことじゃないでしょうか。自分がこの世に生まれたこと自体がその環境含めて他にない存在なのだから、まだ見ぬ自分への可能性のヒントは他の誰かにではなく、自分にあるのだと思います。

最近気付いた自分に足りないこととは?

足りないことを数え上げたらきりがないくらい足りていないので、あるものを数えるようにしていますが、昔からずっと自分に足りてなくて努力し続けているのは「言葉」です。子供の頃は人と喋れなかったくらいなので。

良い部分もそうでない部分も含め、「女性らしさ」とは何でしょうか?

そもそも「女性らしさ」という言葉を使うには、注意が必要な気がします。もちろん生物的な違いがあるので、それぞれの性別に特徴があるのは当然ですが、大きく「女らしさ」、「男らしさ」と分けてしまうと、その言葉の中に無数に存在する多様性は無くなる。それはまさしく女らしさについて、女の加齢について、夫婦のあり方、子育てのあり方、働き方についてなど、様々な問題に繋がっている気がします。なので「女性として」、「男性として」というよりも、「人間として」という価値観を大事にしたいと思っています。だけど生物的な特徴ゆえに現れる「らしさ」もありますから、そういう視点で答えるならば、女性は“感じ取るものや受けとめることが多い生き物”のような気がします。体の生理的なリズムや、種を受けとめ子を産むという生物的な特徴からなのだと思いますが、「自然」と「女性」には親和性がありますよね。水もそうですけど、かたちを固めて主張するのではなく、変容しながら受けとめて育む、そんなイメージです。

では、「男性らしさ」という観点で、何か感じることはありますか?

無数のビルを見ると、すごく男性的な価値観によって作られたものだなと思うんです。柔らかい土の上にコンクリを固めて、資源をもとに四角いビルが立っているんですから。資源が無ければ立たなかったビルを見て、女性がいなければ生まれてこなかったものの存在を想像してしまいます。この間、本で読んだのですが、コンクリートの材料になるセメントを構成する主な原料の元素は、酸素、ケイ素、アルミニウム、鉄、カルシウムで、この5元素だけで地球の地殻表層部の質量の91%を占めているから、ビルはまさに母なる大地による産物なんだそうです。

それぞれ踏まえて、「人間らしさ」とはなんだと思いますか?

生きとし生けるもの全ては自然のままに従うといずれ「死」に向かいますけど、それに抗うから生きている。だから「人間らしさ」とは、抗う気持ち、抗う意思、抗う力が寝そべった体から立ち上がることであり、抗い続ける意思なのかなと思います。無意識がつまった自然物である体を、意識的に自然に抗って行動し続けるのが人間なのかもしれないです。

社会で起こっていることで、気になることは何ですか?

環境です。企業もデザイナーも経済に寄添ってモノを生みすぎて、環境に無頓着だと思うんです。暮らしの中で、例えば自分はどこの野菜を買い、どこの服を買うのかという行為がある特定の企業を支持することに繋がるように、デザインで私が企業と関わる場合でも、その企業に賛同出来るのか、その活動にはどんな意義があるのかに出来るだけ重きを置きたいと思っています。

最近、一番ときめいたことは何ですか?

蟻地獄(アリジゴク)が薄羽蜉蝣(ウスバカゲロウ)の幼虫だということを知ったことです。私はこの36年間、蟻地獄はあの暗い砂のなかで一生を終えるのだと思っていたので、あんな底なしの砂から底なしの大空を飛び回る人生を全うしていたのかと思うと、妙に嬉しくて。

他人が思う自分の像と、実際の自分自身との差があると感じる部分を教えて下さい。

実際の私は、ほぼお爺ちゃんお婆ちゃんだと思います。例えばお湯を沸かすのにどれだけ薪が必要なのか、その薪の木は生長するのにどのくらいの時間がかかるのか、体感としての記憶があります。今はボタンを押せばお湯が勝手に流れてくる。だけどそのお湯は、本当は勝手にお湯になって出てくるわけじゃない。都市の生活はその経験をする機会も無いから、原理が何も目に見えないんですよね。資源も、労力も、エネルギーも、何も見えない。その違和感と、それによる危機感は、都市で暮らす今の自分自身も感じています。

長嶋さんにとって、成功とは何ですか?

何も成功してないし、何が成功なのかは、終わってみないと分からないです。もっとこうしたい、ああしたい、という自分自身の更新はずっと続いていくし、多分死ぬまで成功ってないんじゃないでしょうか。自分がダメだと思ったものでも誰かが見て成功だと思うかもしれないし、違う誰かは失敗だと思うかもしれない。だから成功は他の誰かが勝手に決めることかもしれないです。

それでは最後に、輝かしい人生をデザインするためにはどうしたら良いでしょうか?

誰かから輝かしいと思われることも、誰かからしたらどうでもいいこと。その逆も然り。だからこそ自分のやりたいことにまっすぐに、自分自身の魂みたいなものを喜ばせ続けることが、いい人生なんじゃないかなと思います。自分が自然に欲することをかたちにして、それが少しでも誰かの何かになっていくのなら、そんな嬉しいことはないですね。

長嶋りかこ Information