ON COME UP
#16 | Aug 9, 2016

アマチュアナイト準優勝後、全米デビューを果たした実力派ソウルシンガー・Nao Yoshiokaが苦悩を乗り越えて得たもの

Interview: Hamao / Text & Photo: Atsuko Tanaka / Photo Retouch: Toshiko Nagai

未来に向かって躍動する人たちをフィーチャーする“On Come Up”。第16回目のゲストは9月に新しいアルバム「THE TRUTH」をリリースするソウルシンガーのNao Yoshiokaさん。高校の頃から歌手を目指すも、様々な挫折から物事が上手くいかず苦悩の時期を過ごす。その後、ニューヨーク行きを決意。そこで出会ったボーカルコーチの厳しい教えからたくさんのことを学び、アポロシアターのアマチュアナイトでは準優勝を勝ち取る。日本に帰国後、2013年にSWEET SOUL RECORDSより初アルバム「The Light」でデビュー。2015年には同アルバムで全米デビューを果たす。ヨーロッパやアメリカでのツアーもこなし、着実に実力を付け、今年6月にはアメリカの大型ジャズ・ソウルのフェス「Capital Jazz Fest」に参加。パワフルでソウル溢れる歌声で人々を魅了するNaoさんに、辛かった過去を経て感じたことや、ニューヨークで経験した様々な出来事、ソウルミュージックや自身の未来についてなど語って頂いた。
PROFILE

シンガーNao Yoshioka

NY仕込みのパワフルなヴォイスと表現力、ヒストリーに根ざしながらもレイドバックと は異なるモダンなテイストを兼ね備えた現在進行形ソウル・シンガー。デビュー前には単身渡米し、ニューヨークにあるソウル の殿堂アポロシアターで行われた「アマチュアナイト」で準優勝、日本人シンガーとしては異例のトップドッグまで勝ち上がり、 更にアメリカ最大規模のゴスペルフェスティバルでは 40,000 人の中からファイナリストに選出された経験を手に日本に帰国。 2013年にリリースしたファーストアルバム 『The Light』がスマッシュヒット。インディーズデビューにもかかわらず、累計8,000枚以上のセールスを記録。CMタイアップや FM802のヘビーローテーションにも選出さ れた。そして2015年にリリースしたメジャーデビューアルバム『Rising』はグラミー賞受 賞アーティストのゴードン・チェンバースらが参加し、各ラジオ局でのヘビーローテーションを獲得。SUMMER SONIC 2015やGREENROOM FESTIVALなどのフェスへも出演を果たし、2015年に行った12都市をまわる日本ツアー「Rising Japan Tour」でもその圧倒的歌声でファンを魅了した。 更に2015年7月に『The Light』で全米デビューし、ブルーノートニューヨークでの単独公演も行うと、2016年にはイギリスツアーを敢行し公共放送BBCにも出演し現地での単独公演も成功。6月にはソウルの本場アメリカで行われる大型フェス「Capital Jazz Fest」でレイラ・ハサウェイやマーカス・ミラーなどソウル、ジャズのレジェンド アーティストたちと並んで2万人規模のビッグステージに出演を果たすなど世界での認知度も大きく飛躍した。 そして2016年9月、1年半ぶりとなる新作 『The Truth』のリリースと、それに伴う東京、大阪、名古屋、福岡、北海道の五大 都市ツアーの開催が決定。東京でのツアーファイナルは自身の単独公演としては最大規模となる赤坂BLITZでの開催を控え、 更に注目を集めている。

Nao Yoshioka

歌手になることを志したきっかけは何ですか?

母はドレスデザイナーで、父は家具のインテリアコーディネーター、姉も絵を描くという美術系の家庭に育って、私自身も高校に入るまでずっと絵を描いていました。でも昔からずっと歌うことが好きだったので、高校に入ったら、軽音部に入って音楽をやろうと決めていて。実際に初めて人前で歌った時は、「私、これをするべきだったんだ」と今までにない衝撃を感じて、それから歌手を目指すようになりました。

小さい頃は、どんな子供でしたか?

とにかく良く笑う、ハッピーでわがままでうるさい感じの子でした。母親は私のことを太陽みたいな子って言ってましたね。

姉二人とNaoさん(右)

その頃の夢は何でしたか?

小さい頃は漫画家になりたくて、その次は、キャラクターデザイナー。絵本作家になりたいと思った時もあって、家族や学校の皆も私はそっちの道に進むと思っていたみたいですけど、本当は歌手になりたかったんです。心の中でずっと思っていたことが高校に入って爆発しちゃいました。

アートから音楽に方向転換して、周りの方達の反応はどうでしたか?

高校は美術系の学校で、結構変わっている人が多かったし、私が歌を始めたのは高校に入ってからだったので、特に気にしている人はいなかったと思います。母は私が普通の学校に行ったら高校を辞めると思ったようで、美術系の高校を勧めてくれたのですが、まさか私が歌をやるとは思ってなかったみたいで、ビックリしてましたね。母は芸術至上主義者なので、音楽の道に進むことに対してもものすごい寛容にサポートしてくれました。

高校時代に辛い想いをされた時期があったそうですね。

友達と上手く馴染めず、その時の家庭の事情とも重なって、学校を中退して鬱っぽくなってしまった時期がありました。自分には歌しかないと分かっていても、2年ほど歌えなかったので、すごく辛かったです。

辛い時をどうやって乗り越えたのですか?

家から出られない程、落ちるところまで落ちてしまった時は、ずっと母が支えてくれました。全てやめた後、何をしたら私はワクワクするんだろうと考えて、アメリカに行こうって思ったんです。そうしたらお金を貯めないといけないから、大阪を出て東京に行って稼ごうって色々と考え出したらワクワクしてきました。それまでは、これもあれも出来ない何も持ってない自分ばかりを思ってたんですけど、未知のことにチャレンジするとなったら何も分からないから、とにかく出来ることからやってみようって。ひとつ一つ階段を登っていく感じで、乗り越えていくことが出来ました。

なぜアメリカを選んだのですか?

直感で一番初めに思ったのがニューヨークに行くことで、行こうと思い始めたら、それから3日の間にテレビでニューヨークの特集番組をやってたり、姉からニューヨークの雑誌が送られてきたり、他の本を読んでいたら特集をやってたりの連続で、「私、ニューヨークに呼ばれてる!」と思ったんです。

実際にニューヨークに行ってみて、どうでしたか?

実際に行ってはみたものの、人は場所を変えただけでは心は変わらないんだと気付きました。そこで出会った音楽がソウルミュージックだったんです。サム・クックの曲に、「A Change Is Gonna Come」という歌があるのですが、すごく苦しい状況にいて、辛い思いやみじめな思いもしたけど、絶対に変化が訪れるからそれを信じるという曲なんです。その歌を初めて歌った時に、音楽には人の心を支えたり、人生を変える力があるんだと改めて気付きました。ただ楽しいとか嬉しいとか、身体が自然と動いてしまうとかだけではなくて、音楽を書いた人に共感出来て、こんなにも救われることがあるなら、私もこういう歌を歌っていきたいと思いました。

場所が変わっただけでは人は変わらないと気付いた後、どのように変わっていったのですか?

ボーカルコーチとの出会いで変わりました。中々褒めてくれることのない、とても厳しい先生だったので、とにかく努力して、1週間に1回のレッスンに向けて毎日ひたすら練習という日々を2年半過ごしました。先生に出会うまで、自分は歌が上手いと思っていたし、自分の実力がどれほどなのか分かってなかったと思います。音楽をやるということが、どれだけの努力や研究が必要で、どれだけの力を込めないと達成出来ないのかを教わりました。それがなかったら、気持ちを込めれば伝わるという感情論でいってたと思います。そして、努力の積み重ねで少しずつ良くなることの繰り返しだという、一歩ずつの大事さも学びました。

先生が褒めてくれた中で印象的だったのは?

マクドナルド主催のゴスペルフェスティバルや、アポロシアターのアマチュアナイトに出場した時に見に来てくれて、ライブ後に私のことを本当に誇らしく思うと言ってくれたことです。最後のレッスンを受けた時は、「僕は君に教えられることは全て教えた。これから君はプロフェッショナルとしての責任を負って成長するステージにいくべきだ」と言われて、その言葉がずっしり重く響きました。

アポロシアターのアマチュアナイトでは準優勝を勝ち取りましたが、印象深いエピソードや感想はありますか?

今まで色んなステージに立ってきましたけど、アポロシアターは凄いスピリチュアルな場所で、ステージにはエネルギーが溢れているように感じられて、チャレンジングな場所でした。自分の心が負けてしまったら、引きずり降ろされてしまうような、不思議な空間。勝てたら凄い自信になるし、負けたら傷を負うんじゃないかなというくらい、今までにない感情が沸き起こって、ものすごい手足が震えて冷静でいられませんでした。ジャッジはお客さんの拍手の量で決まるんですけど、歌った時に、1000人以上の観客から凄い歓声を頂けたんです。圧巻の拍手の迫力と、私のために一生懸命歓声をくれている様が美しすぎて、まだそれに見合ってない自分を感じて、それに見合うぐらいのアーティストにならないといけないと思いました。

観客はNaoさんのどこを評価したと思いますか?

本当に緊張して、自分が歌いたいように歌えていたか分からないですけど、一生懸命頑張ってどうにか自分の想いが伝わったのではないかと思います。歌って不思議で、ある程度のテクニックや技術は必要なんですけど、その先は人間力とかその人の想いの強さとかで人に伝わるか伝わらないが決まるんですよね。上手くても伝わらなければ何の意味もないし、下手だけど伝われば誰にも負けないって感じ。私はそんなに上手くなかったですけど、お客さんは私のことを「こいつ、なんか頑張ってるし、何か分からないけど伝わってくるものがある」と感じてくれたんだと思います。自分としてはあまり良い出来だと思っていなかったので、信じられなかったですけど光栄でした。

ニューヨークは日本人がソウルミュージックを歌うことに寛容だと思いますか?

ニューヨークは人種のるつぼで、世界中から色んな人が来ているから、アジア人だからどうとかいう壁はそこまで無いと思います。その代わり、出来るか出来ないかでジャッジされるので、人種関係なく歌える人であれば興味を持つし、歌えない人には興味を持たない。良くなかったら、誰も一切聴かないですね。

Naoさんのスタイルを言葉で表すと?

ソウルミュージックは、その人の歌を聴けばその人の人生が分かるところがあるので、私も私の生き様が伝わるような歌を歌いたいと思ってます。私の生き様は••••必死。恥ずかしいんですけど、余裕のある感じではなく、とにかくずっと必死な感じです(笑)。

最近気付いた自分に足りないことはありますか?

たくさんありますが、言いたいことや表現したいことが、まだ思うように表現出来ていないので、ステージでも楽曲でも、もっと自分の感情や自分の求めていることを具現化出来るような技術を身につけて、人に伝えられるようになりたいです。やり続けるしかないんでしょうね。

歌手活動で学んだことのうち、学校教育では教えられなかった大事なことはありますか?

学生時代は、友達と仲良くなれないことや、皆と同じようになれないことがコンプレックスでした。高校を中退した後も、同じように悩んでいたんですけど、今ではあの時コンプレックスに感じていたことが、何よりも自分の強みになっています。私が感じたような辛い思いをしている人はたくさんいると思いますが、大人になったら自分の個性が強くないと面白くないですし、人と違うことや自分自身の世界を持つことはとても大事だと思います。

憧れの人や尊敬している人は誰ですか?

アレサ・フランクリンは昔から大好きです。ニューヨークでは、グレゴリー・ポーターというアーティストに出会い、ほぼ毎週彼のライブに通って、彼からものすごい学びました。最近では私が所属してるSWEET SOUL RECORDSのレーベルメイトのブライアン・オーウェンズやシャーマ・ラーズ、ゴードン・チェンバースらと一緒にレコーディングやツアーをする機会が増えて、彼らからも色々学んでます。

好きな歌や映画、絵などで一番影響を受けたものは?

絵は、ピカソとダリと草間彌生さん。母とよく一緒に見に行ってました。歌で影響を受けたのはサム・クックの「A Change Is Gonna Come」。私にも変化が起こるようにと日本に帰国後、この曲をライブで歌ってたんですけど、レーベル代表で私のプロデューサーでもある山内さんが聴いてくれていて、「変化は待つのではなく、自らが起こすんだ」と言われて、それをきっかけに私のデビュー曲、「Make The Change」が生まれました。私のターニングポイントとなった曲です。それまでの“きっといつか変化は訪れるから、それまで一生懸命頑張ろう”という気持ちから、“自らが変えていかないといけない”に変わって、それ以来、もっとアグレッシブに自分から進んでいかないといけないと思うようになりました。

6月にアメリカのワシントン市で行われた大型ジャズ・ソウルフェス「Capital Jazz Fest」にご出演されましたが、イベントの様子やオーディエンスの反応、Naoさんご自身の感触などいかがでしたか?

最高で、特別な瞬間でした。3年前からアメリカでツアーはしてましたが、5人くらいしかお客さんがいなかった時や、相手にされないこともあったので、悔しい思いもしましたし、自分の想いがちゃんと伝わってるのか悩んだこともありました。今回「Capital Jazz Festに選んで頂けたこと自体、もの凄く光栄でしたが、ステージで歌った時にスタンディングオベーションを受けて、私が今までやってきたことが伝わって、やっと受け入れてもらえたんだと感じました。それまで孤独で不安でしたが、これから何か新しいことが始まる新たなターニングポイントになるんじゃないかって思うくらい大きな出来事でした。

 

海外と日本のオーディエンスの違いは?

日本のオーディエンスの方は、秘めた情熱を持っていらっしゃって、静かに見てしっかりと聴いて下さって、マナーがとても良いですよね。そして、曲が終わったらちゃんと空気を読んで拍手をして下さいます。アメリカは皆さん何かを感じ取ったら、タイミングは関係なく「イェ~~~イ!」って感じで、表現がすごい自由ですね。

Naoさんのソウルはどこから来るのですか?

私から歌を取ったら、多分何も残らないんじゃないかと思うくらい音楽が全てなんです。ステージで歌う時、ミュージシャンやお客さんと心が繋がるような、世界ってこんなに美しかったんだと感じる奇跡のような瞬間があって、その瞬間に出会う度に、人間や世界は本当に美しくて尊いものだと感動します。そういった感動のひとつ一つから私のソウルが作られているのだと思います。

日本人として、ソウルミュージックとの親和性はどこにあると思いますか?

懐かしいと思う気持ちとか、故郷を思う気持ち、人を愛する気持ちを深く掘り下げた時に何が残るかといったら、愛とか、シンプルなメッセージだと思うんです。そこに行き着いたものを表現しているのがソウルなんだと思います。なので、日本人だからというわけではなく、ソウルは「人として」という原点に立ち戻るという点で、誰もが繋がれるところがあると思います。

Naoさんがこうなりたいと思う理想の女性像は?

母みたいな人です。私の母は、自分がボロボロになるまで他人に尽くす人なんです。私の才能を評価して、ずっと支えてくれました。母を見ていると潔いなと思うし、ずるくないって思う。損をしていることもあるけど、母のような生き方はすごい憧れます。

自分のやっていることで、日本や世界が変えれるとしたら、どんなところだと思いますか?

音楽の役割って心に寄り添うことだと思ってて、聴いてて楽しいとか悲しい時は心が癒されるとか、そっと傍にあるものだと思うから、世界が変えられるとは思わないですけど、誰かのその日の気持ちに寄り添って苦しさや痛みを和らげることは出来ると思います。

他人が思う自分の像と、実際の自分自身との差があると感じる部分を教えて下さい。

写真からはクールな感じで、気さくじゃなさそうと思われることが多いみたいです。でも実際に会ったことがある人たちには、適当なところとか不器用な感じは隠せないですね。

一気に視界が開けた瞬間や、自分が成長したと実感した出来事はありますか?

感覚で感じたことなんですけど、ここまでと思ってた自分のリミットが、バキバキッと開く瞬間というか、もっと 出来ると思えた時が今まで何度かありました。「Capital Jazz Fest」の時も感じたし、ゴードン・チェンバースさんのレッスンを受けた時も、自分一人でやっていると簡単にまとまってしまいがちなのが、「違う違う、君はもっと出来るからもっと出しなさい」とプッシュされたらパッと開けて「まだまだ出来るんだ!」って感じたことがありました。

活躍する場は日本やアメリカなど、どこに重点を置いてますか?

全部ですね。今は自分が日本で得た新しいインスピレーションを海外に持っていったり、逆に海外で得たものを日本に持ってきてライブしたり、楽曲制作ができていて、私にとっては全部が大切な場所です。

Naoさんにとって、成功とは何ですか?

自分の音楽や表現したいことが、しっかり人に届いていて、自分自身もお客さんも心が燃えるような瞬間を作れたら、それは私にとっての成功なんじゃないかと思います。私の想いや表現したいことを出来るだけ多くの人に知って感じてもらいたい。これからも芸術的な美しい瞬間を作り出していきたいです。

今、何かの1番を目指すとしたら何を目指しますか?

「あの人のライブに行きたい」と思われる人の中の1番になりたいです。

今までの人生で一番愛情を感じたのはいつですか?

あり過ぎて分からないです。でもやっぱり親かな。私がずっとふさぎ込んで引きこもっていた時も、母は諦めないでずっと応援してくれたので。これという瞬間ではないですけど、毎日ちょっとずつもらってます。

今後挑戦してみたいことは?

これからも日本と世界で活躍するアーティストになるべく、活動を頑張っていきたいです。私、アウェイな場所でライブするのも好きで、私のことを知らない人達の中に飛び込むのがすごい好きなんです。もの凄いプレッシャーですけど、その壁にぶち当たることで新しい可能性が見えてくるので、これからも様々な国で自分のワンマンライブをやったり、フェスもチャレンジしていきたいです。音源もライブも、もっとクオリティーを上げて、まだまだ成長していきたいです。

3年後、5年後、10年後の自分はどうなっていると思いますか?そして、どうしたらそれになれますか?

多分、必死の状態が続いていると思います。うぅ~って言いながら、苦しみながら歩んでいるんじゃないかな(笑)。やり切った!と思うようなことがあったら、それで終わっちゃうじゃないですか。20歳の頃から頑張って苦しみを乗り越えながら、少しずつ上達するのを繰り返してきました。日本では9月に新しいアルバムをリリースしますが、かなり実験的なアルバムにしたくて、コンセプト版ということで、ネオソウル一色のものになっています!デビューしてから3年、様々な国のアーティストと音楽を作っている中で感じたモノをテーマにしました。この経験で感じた「The Truth」=真実は、音楽がすべての垣根を越えて心を繋いでくれるということを意味します。今回旅の中で出会った素晴らしいアーティスト達がいてくれたからこそ出来たサウンドです。海外でも2枚目、3枚目をリリースして、世界中の多くの人に私の音楽を知ってもらいたいと思っています。

取材協力: Fireking cafe
東京都渋谷区上原1−30−8
(03)-3469-7911

Nao Yoshioka Information

The Truth

「The Truth」
2016年9月21日発売

価格: 2,700円(本体価格)+税

発売元・レーベル: YAMAHA MUSIC COMMUNICATIONS
収録曲数: 全9曲(予定)

収録曲: Journey (intro) / Borderless / Freedom & Sound / The Truth / Beautiful Imperfections / I Love When | Set Me Free / Spark / Journey II (outro)

※曲順、曲名、収録内容は変更になる可能性もございます。

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