ON COME UP
#44 | Oct 7, 2019

ロンドンとリオ五輪出場後、スポーツキャスターに転身した元フェアリージャパン。新体操を極めることで得た、優しさと強さ

Interview & Text: Kaya Takatsuna / Photo: Atsuko Tanaka / Flower: Mami Yamamoto / Make-up & Hair: Haruka Ishida

未来に向かって躍動する人たちをインタビューする“ON COME UP”。第45回目のゲストは、元新体操日本代表の畠山愛理さん。畠山さんは現役時代、新体操団体日本代表「フェアリージャパン」として、2012年ロンドンオリンピック、2016年リオデジャネイロオリンピックに出場されています。現在は、雑誌モデルやコマーシャル出演、またNHK「サンデースポーツ」ではスポーツキャスターとしてマルチに活躍しています。6歳で新体操を始めた畠山さんは、小学校の卒業文集にすでに「オリンピック出場」と夢を書いていたほど新体操が大好きな少女時代を過ごし、中学3年生の時、フェアリージャパンオーディションに合格し、新体操ナショナル選抜団体チーム入りを果たします。合格からわずか3日後にはロシア合宿に参加し、日本代表として、多くの国際大会に出場してきました。一見エリートで恵まれた環境に見える畠山さんですが、オリンピック出場までの過程には、計り知れない努力や苦悩がありました。幼い頃のことから、代表生活での苦労、試練を乗り越える方法、そして引退してからの正直な気持ち、成功について、また、今後叶えたい夢のことなどを伺いました。
PROFILE

スポーツキャスター/ダンサー/モデル畠山愛理

6歳から新体操を始め、2009年12月、中学3年生の時に日本代表であるフェアリージャパンオーディションに合格し、初めて新体操日本ナショナル選抜団体チーム入りを果たす。 2012年、17歳で自身初となるロンドン五輪に団体で出場し、7位入賞に貢献。 その後、日本女子体育大学に進学し、2015年の世界新体操選手権では、団体種目別リボンで日本にとって40年ぶりとなる銅メダルを獲得。 2016年のリオデジャネイロ五輪にも団体で出場し、8位入賞。リオデジャネイロ五輪終了後に現役引退を発表する。 また2015年に開催されたミス日本コンテストにおいて、大会への応募に関わらず、美と健康の素晴らしい資質を持った女性のさらなる活躍を応援するという特別栄誉賞、「和田静郎特別顕彰ミス日本」を受賞した。 現在は新体操の指導、講演、メディア出演などで活躍中。 またこれまでの経験を活かし、イベントなどでダンスを踊ることも。 新体操の魅力を伝えるため、日々奮闘中。 2017年、世界新体操で現地のリポーターとして、スポーツキャスターとしてデビュー。 2018年、NHK「サンデースポーツ2020」のリポーターとしてレギュラーに。 また、BS-JAPAN「30分ワンカット紀行」のアシスタントのレギュラーにも抜擢される。

畠山愛理

小さい頃は、どんな子供でしたか?

とにかく外で遊ぶことが好きな、凄く活発な女の子だったと聞いてます。兄が2人いるので、お兄ちゃんと一緒にサッカーをやったり、男の子に混じって遊んだりして、おままごととかよりも外でワイワイ遊ぶほうが好きでした。

子供の頃に夢中になったものや、将来なりたかったものはありましたか?

小さい頃から音楽に合わせて踊ったりするのが好きで、最初はリトミックを習っていたのですが、小学校1年生の時に新体操に出会ってからは、大好きになって夢中で練習に通っていました。小学6年生の時に、新体操のオリンピック選手になりたいとしっかりと夢を持ったのを憶えています。

6年生でそう思ったのは、何かきっかけがあったんですか?

小学2年生から6年生まで、小学生の全日本大会にずっと出させていただいたのですが、その大会は、大きな体育館で何人も同時進行で予選を行って、決勝に残れた選手だけが大勢の観客の前で一人で演技できるんです。私はとにかく演技を観てもらうことが凄く好きだったので、「360度お客さんが見渡せる中で一人で踊ってみたい」という気持ちで頑張って、小学6年生の最後の大会でやっと6位になりました。そうしたら、もっともっと多くの人に観てもらいたくなって、世界中の人たちに観てもらうためにはオリンピックしかないなってところから、オリンピック選手になるという目標ができました。

中学生になってもクラブチームに通っていたそうですが、学校とはどうやって両立していったんですか?

両立できてたのかな?って思うほど新体操がメインの生活でした。中学の時は怪我もしたし、色々と挫折があったんですけど、学校の先生方もとっても応援してくださいました。

中学3年の時、辞めようと思った辛い時期があったそうですね。

中学2年生で腰を怪我したことがきっかけです。全日本大会の出場権を持っていたのですが、棄権せざるを得なくなった時に当時のコーチと考えが違ったんです。どんな怪我も根性で乗り越えなさいという考えを持っていた当時のコーチからは、「怪我していても大会に出なさい」と言われていましたが、ドクターストップもかかっていたし、悩んだ末、両親と相談して出場しないと決めました。でもその後、コーチとぎくしゃくしちゃって、中学3年の1年間はあまり観てもらえなかったり、冷たい言葉ばかりかけられたりしたので、それまで大好きだった新体操が嫌いになってしまったんです。

辛い経験をしましたね。そこからどうやって脱却できたのですか?

その時に学校の先生に励ましていただいたり、新体操が大好きだった頃に書いていたノートとか卒業文集とかを読み返して、自分が過去に書いた言葉に背中を押されたり、昔を思い出させてもらったりして、乗り越えました。

それで気づいたらまた好きになっていたのですか?

代表になり、夢だったオリンピックの舞台に一歩大きく踏み出せてからは、環境がガラッと変わったことも大きかったです。中学3年の時にフェアリージャパンのオーディションがあったんですけど、受けてみてダメだったらこれで諦めて辞めるけど、受かったらオリンピックの舞台に立つまで何がなんでも負けないで頑張ると決めて、心して受けました。だから、合格して代表に入ってからは、実際に辛いこともいっぱいあったんですけど、以前とはガラッと変わって全く別人みたいになっていました。

精神的にも一つ成長したんですね。

中学2、3年生の時に辛かったことを乗り越えたっていう事実が、自分の中で凄く自信になっていて、その時を乗り越えたから、今辛いことがあっても乗り越えられるって思えるようになって。過去は辛かったですけど、それがあったから人間として強くなれたし、代表になってからもいろんなことを乗り越えられるようになったんだと思います。

代表になってからの辛さってまた違う質のものだと思うんですけど、何が一番しんどかったですか?

うーん、難しいですね。中学3年で代表に入って、その3日後には親元を離れて強豪国であるロシアに飛んだのですが、レベルが高い選手たちがいる中での練習や、ロシア語が飛び交う所にポンと急に入るという環境の変化にまず苦しみました。あとはメンバーの中に溶け込むのにも、最初は大変でしたね。7年も代表生活があったので、何が一番苦しかったかを選ぶのは難しいですが、今思うとそれら全てが幸せなことだったなって思います。それは多分、引退したからそう思うようになったんでしょうね。

引退してから現役の頃が懐かしく思うことはありますか?

現役の選手たちを見ていると、今だから感じることがたくさんあります。私にとって新体操は特別でしたし、引退後に、新体操と同じくらいまっすぐ真剣に命をかけてやれることを見つけられるってなかなかないんです。あんなに全身で喜んだり、悔し泣きしたりって、大好きで真剣で、一生懸命だからこそ生まれる大きな感情だと思うんですね。もちろん今も感じないわけではないですけど、ただ、その感情の強さが違う。新体操の時のように大泣きするほど悔しいと思うことも、今はなくなったなぁと思っていて。

では、復帰しようと思うこともあります?

私の中では、新体操選手に戻ろうっていう気持ちはないんですけど、引退してまた現役に戻られる選手の気持ちは凄くよく分かります。気持ちの部分で引退したから感じられたもの、そのとっても大きなものを得て戻っているはずだから、すごく強い気持ちで現役復帰しているんだろうなって思います。

畠山さんにとって新体操で一番大切に心がけていたことはなんでしたか?

うまくやろうではなくて、とにかく楽しむことですかね。表現スポーツって心の部分が凄く出やすいというか、スピードを競う競技や対戦競技は、感動や興奮はすごくあると思うんですけど、新体操とか採点競技は感動だけではなくて、悲しい気持ち、嬉しい気持ちなど、曲に合わせてその選手が伝えたい感情を、観ているお客さんと共感できることも魅力だと思うんです。例えばリオ(オリンピック)では、いろんな選手がブラジルのサンバの曲で踊っていて、 会場がサンバ一色に染まるというか、そういう面白さは採点競技ならではですし、新体操の良さかなって思います。

畠山さんは団体競技に行かれましたけど、個人か団体かを決断するのってどういう時にするものなんですか?

所属しているクラブチームによると思うんですけど、私は小さい時から個人と団体両方をやっていました。ジュニア時代、全国大会で優勝したことはなかったんですが、団体は同時性などがとても大切で、高身長でみんな同じようなスタイルが求められます。私は身長が大きかったこともあり、コーチから団体に行くことを勧められました。

オリンピックに出たいという小学生の時の夢が叶った時、ご自身の中に実感ってありましたか?

ロンドンで五輪のマークを見た時に、「本当にオリンピックの舞台に立つんだ」って実感しました。ただ、初めてのオリンピックというのもあり、余裕もなくて競技自体は本当にあっという間に終わってしまいました。一日8時間とか10時間練習して、やっと舞台に立てたと思ったら、新体操って団体だと競技時間が2分半しかないので、本当一瞬に感じて。それで、もう一回あの舞台に立ちたいと思って、次のリオも目指したんです。リオでもう引退すると決めていたんで、演技でそれまで支えてくれた人たちや応援してくれた人たちにありがとうという気持ちが伝わる演技ができたらいいなと思って臨みました。

リオで引退を決めていたのは何か心にあったんですか?

もともと中学2年生からの腰の怪我がずっと治らなかったのもありましたが、 一番は、やっぱりモチベーションかなって思いますね。モチベーションがないと、怪我をしてる状態で競技を続けることって難しいと思いますし、何よりちょっと引退を考えた自分が代表にいること自体失礼だと思って。たくさんの人が国際大会で戦いたくて、日本代表になりたいという気持ちを持っていて、代表という場所にいるんであれば、誰にも負けない気持ちを持ってないといけない。リオが終わってから、その強い気持ちを自分は持ってるかなとか、この怪我を持って東京までやれるかなって自分に聞いた時に、リオまでにしようって決断しました。

5、6歳からやられてきた新体操人生で、ご自身が得たものはなんですか?

一つに決めるのは難しいですけど、強いてあげるなら優しさと強さでしょうか。それに、今の私がこうしているのも、新体操あってのことなので、新体操は、私の第2の母みたいな感じです。

でも、よく頑張りましたね。新体操生活を支えてくれた言葉や、誰かに言われた言葉で今でも指針にしているものって何かありますか?

競技をやりながら、自分らしい、今のありのままを見せるのが一番いいんだと感じてきたので、「自分らしく、背伸びせず」という言葉を大事にしています。新体操って上位何名が代表っていう競技じゃないからこそ、自分に自信を持つのがすごく難しい。自分よりも上位だった子が身長が足りないという理由で代表に入れないこともあるんですよ。なので、周りにどう見られているかをすごい気にして、なるべく上手な自分を見せたいという気持ちになりがちだったんです。引退してからもこの言葉は大切にしてますし、まだちょっと背伸びしちゃう自分が出てきちゃった時に思い出す言葉ですね。今はもうありのままの自分でいいんだよねって、今私がいる世界でも思い始めています。

今はキャスターもされてますし、紅白ではダンスもしたり、プロ野球公式戦の始球式ではすごいパフォーマンスをされていましたけど、自分が今新体操と全く離れたことをやっている中で、自分の天職だと感じている分野はあるんですか?

喋るのがあんまり得意じゃないので、モデルの撮影はすごく楽しいです。衣装があって、メイクをして、曲に合わせて世界を作っていく新体操に似ています。やっぱり表現するのが好きなんだと思う。今やらせていただいているスポーツキャスターの仕事は、もちろんすごく楽しくて、新体操以外の競技を知ることもできていろんな魅力を感じていますが、一番素の自分でいられるのは撮影の仕事かなと思います。

紅白で披露したダンスも素晴らしかったです。ダンスはソロ活動などしないんですか?

踊ることは好きなんですけど、やるならとことんしっかりやりたいって気持ちが強いので、今の生活だともっと練習したいって思ってしまうかもしれないです。

スポーツキャスターの仕事をしていろんな方に会っていると思いますが、今一番気になるアスリートはいますか?

飛び込みの玉井陸斗君。一度だけしか取材させていただいたことはないのですが、今中学1年生で、ギリギリ来年のオリンピックの出場権を得られる歳なんですね。最年少でこの前全日本で優勝した選手で、取材してみてやっぱりあの飛び込みができるだけの練習量をこなしていました。他の子よりも早くアップを済ませ、多く飛ぶんですよ。インタビューしていても中学1年生とは思えないくらい凄くしっかりしていて、オーラじゃないですけど、いろんな部分で惹かれる部分があった選手ですね。

憧れている人、羨ましいと思う人、尊敬する人は誰ですか?

私の母です。とにかくいつも笑ってるというか、明るくて、何でも悪いことを吹き飛ばしちゃう。そういうお母さんだったからこそ、私もずっと新体操をやってこれたと思います。きっとこれくらいの歳になるとお母さんってみんなすごいと思うと思うんですけど、私も引退して一人暮らしをしてから、お母さんの凄さをより感じました。

現役の時でも引退してからでもいいんですけど、自分の価値観に変化や気づきを与えてくれた出会いはありましたか?

ロシアのインナ(・ビストロヴァ)コーチは、表現の部分で価値観を変えてくれた先生です。私の新体操自体を変えてくれたと言っても良いかもしれません。日本で目指していた新体操は、誰が見ても丸が取れるノーミスで正確な演技でした。でもロシアに行くと、表現の部分をとても大切にしていて、ミスして落とすことよりも、演技をして何も伝わらないのが一番良くないから、観た人の心に残る演技をしなさいと教えていただきました。そういう演技をするために、練習だけではなく、私生活の部分で新体操に活きてくることがあるとも教わりました。例えばお休みの日には、太陽から力をもらってきなさいとか、可愛いお花とか美しいものを目で見て身体に入れて、綺麗になって帰ってきなさいとか、恋愛しなさいとか、可愛いや綺麗と思うことが感受性を豊かにして、いい演技ができるのに繋がるんだと。日本の先生からはそれまで聞いたことがなかった言葉でしたし、素敵な考え方だなと思いました。

映画を観たり、音楽を聴いたりはよくなさるのですか?

音楽は聴きますね。テンポがいい曲を聴きます。選手の中にも、試合前に落ち着く曲を聴く人とテンション上がる曲を聴く人といるじゃないですか。私はどっちかと言うと明るい曲を聴いて試合に行くタイプで。英語とか意味がわからなくても聴いてますね。アリアナ・グランデさんとか聴いてます。

ところで、噂によると、ネギがお好きだそうですね。

ネギというよりお野菜が好きなんです。太ってはいけないので、選手の時から結構野菜を食べる癖があったんですけど、好きなものを食べるときにシャキシャキ感があると罪悪感を感じないというか、口の中でシャキシャキ言っていたら、野菜を食べてるって思えるというか、そんなことをずっとしてました(笑)。一番好きなのはお肉で、罪悪感を感じないために、ネギのシャキシャキした感じを求めてたんですね。

体型とか美貌を維持するために、努力されていることはありますか?

食事ですかね。野菜をしっかり食べたり、あとは身体を伸ばす癖があって、スキがあればストレッチしてます。前と比べてあまり動かなくなったので、何かしながらかかとを上げ下げしたり、階段を上ったり、私生活で動けるものを見つけてます。

ご自身のことを一言で表すと?

天真爛漫です。

社会で起こっていることで、気になることは何ですか?

来年のオリンピック、パラリンピック。東京で開催されることが自分にとっては生まれて初めてなので、どんな雰囲気になるのか、自分の国が開催国ってどういうものなのか感じたいです。あとはオリンピック、パラリンピックが終わった後の日本が気になるかな。

自分のやっていることで、日本や世界が変えられるとしたら、どんなところだと思いますか?

新体操の人口を増やすこと。小さい頃からやってきた新体操人生を通じて、日本の子供たちに夢を持つ大切さであったり、一つのことに熱中する楽しさをどんどん伝えていける人になれるかなと思います。

お話を伺っていると、やっぱり新体操って今でもご自身の中で大きいものなんですね。

そうですね、周りの人に「第二の人生が始まりましたね」って言われがちなんですけど、新体操あっての今の自分なので。どこへ行っても元新体操の日本代表って言われますし、過去の自分は大切にしていきたいです。

畠山さんにとって成功とはなんですか?

結果とか周りの評価ではなく、自分の心がその時晴れているか。成功の形って人によって違うんじゃないかなと思います。

これから挑戦してみたいこと、まだ叶っていない夢があれば教えてください。

まだ先の話ですが、いつかは新体操のお教室をしたいです。新体操を始めた時に入ったクラブチームが楽しさを教えてくれたからこそ、私は新体操が大好きになってオリンピックまで行けたと思っています。なので、新体操の楽しさを教えられるお教室を作って、私と同じように、新体操が大好きで仕方のない子供達がたくさん出てきてくれたらいいなと思っています。

やっぱり楽しさが大事なのですね。

それがないと無理だと思います。夢も、「好き」という気持ちから繋がっていると思うんですよね。小学生でまだ新芽が出ていない子もいるんですけど、適当に見つけるより、興味を持てるものがまずあって、それが好きになって、その先に仕事としてずっとやっていけるね、みたいな感じがいいと思うんです。だから小さい時のその純粋な気持ちで、お友達がやってるからとかではなくて、自分の感情に素直になって、子供たちには自分に合ったものを見つけてもらいたいなと思ってます。

最後に、3年後、5年後、10年後の自分はどうなっていると思いますか?どうしたらそれになれると思いますか?

女性なのでいずれは結婚したいと思ってます。その時、その時の自分を受け止めて生きていきたいと思います。

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