BICULTURAL SOULS
#7 | Apr 25, 2017

「和を学び、僕は前より良い人間になれた」。仙台在住のカナダ人プラント兄弟が見つめる日本の魅力と課題、そして震災と復興

Interview: Satoshi Castro / Photo & Text: Atsuko Tanaka / Retouch: Koto Nagai

様々な分野で活躍する日本在住の外国人の方々をインタビューし、日本と祖国の文化の違いなどをお話し頂くコーナー“BICULTURAL SOULS”。第7回目のゲストは、カナダ出身のアーティスト「MONKEY MAJIK」のプラント兄弟。音楽やスポーツを愛する一家に育ち、兄のメイナードは大学卒業後にJETプログラム(語学指導等を行う外国青年招致事業)のALT(外国語指導助手)として97年に初来日。青森で日本語を教える傍らバンドを結成。同じくALTで来日していたイギリス人の元メンバーが幼少の頃に観た日本のテレビドラマ「西遊記」の大ファンだったことから、テーマソングの「MONKEY MAGIC」をバンド名に命名。2001年に弟のブレイズさんを新たなバンドメンバーに加えるため日本に呼び、その後は仙台に拠点を移し、音楽活動に専念する。2005年秋にエイベックスのレーベル「binyl records」と契約してメジャーデビュー。「Around The World」「空はまるで」などのヒット曲を出すなど、様々な功績を残し、2008年に「日加修好80周年親善大使」に任命された。仙台を代表するビッグアーティストの二人に、幼少期から学生時代の思い出、日本に来てからの活動や震災を通して感じたこと、4月頭から始まった全国ツアーに対する意気込みや未来について語っていただいた。
PROFILE

ミュージシャンMONKEY MAJIK

MONKEY MAJIKは、フロントマンのカナダ人兄弟・Maynard-メイナード-(Vo&Gt)とBlaise-ブレイズ-(Vo&Gt)、日本人のリズム隊・TAX-タックス-(Dr)とDICK-ディック-(Ba) からなる仙台在住の4ピースハイブリッドロック・バンド。   2006年1月binyl recordsより1stシングル「fly」をリリース。2ndシングルの「Around The World」はフジテレビ系ドラマ「西遊記」の主題歌として爆発的なヒットを記録。CMソングに「空はまるで」が起用されアーティスト性を確立した。 2011年1月には「東北観光親善大使」に任命され、また同年に東日本大震災復興支援プロジェクト「SEND 愛」を主催、チャリティーライブやオークションを行った。その後も「MONKEY MAJIK MARKET」など東北復興支援に向けた活動を継続。また、アジア・北米などのワールドツアーを実施するなど海外活動も行っている。 2015年2月にはバンド結成15周年記念の初の日本武道館ライヴで8000人のファンに迎えられ過去最大級のパーティーを実施、同年10月にはBESTアルバムをリリース。 2016年3月には、10枚目のアルバム「southview」を発売し、翌月から全国ホールツアー「BLUE MOON presents MONKEY MAJIK JAPAN TOUR 2016-YEAR OF THE MONKEY-」(全国21公演)を実施。また『CYBORG009 CALL OF JUSTICE』の主題歌をつとめ、12月にオープニングテーマ「A.I. am Human」をリリースし、今年4月にはエンディングテーマ「Is this love?」をリリースする。4月8日から自身初の全都道府県ライブハウスツアー「BLUE MOON presents MONKEY MAJIK JAPAN TOUR 2017 -LIVE HOUSE 原点回帰-」(47ヶ所48公演)を行うなど、精力的に活動中。

MONKEY MAJIK

生まれ育ったカナダの首都、オタワはどんな街なのですか?

メイナード(以後M):僕らはオタワの中にあるヴァニエという街で育ちました。ヴァニエは昔フランス領だったのですが、スペイン系、ポルトガル系、中東系、ファースト・ネーション(カナダに住んでいる先住民で、メティ、イヌイット以外の民族の総称)などの色んな文化が混じっています。僕らはそこでフレンチスクールに通っていました。

ご両親はどんな方で、どういう教育方針でしたか?

M:お父さんはプロのミュージシャンで頭が良い人でした。家にはドラムやピアノ、トランペット、ギターなど、いろんな楽器があったので、僕たちは小さい頃から音楽に触れるチャンスがたくさんありました。お母さんは健康的で、バスケットとかのスポーツが好きな、面白い人でしたね。両親は共働きで、二人ともすごく忙しかったので、自由で放任でした。

ブレイズ(以後B):カトリックなんで、その考えもすごく大事にしてました。家族全員すごく元気がよくて、クリエイティブで、スポーツもよくしてました。

お二人がミュージシャンになったのはお父さんの影響が大きいのですか?

B:そうですね、それもあります。父はもともとジャズが好きで、ジャズとフォークの中間のような音楽をやっていました。ビング・クロスビーとか、ポール・アンカのようなフォークっぽい感じ。僕らもママス&パパスとかゴードン・ライトフットとか結構幅広く聴いてましたね。

6人兄弟だそうですが、皆さん仲良いですか?

M:すごい仲良くて、SNSとかでいつも話してます。昔も今も、お互いへの愛をすごく感じるし、タイトなファミリーだと思います。

B:兄弟のみんなとは喧嘩もよくしたけど、すぐ仲直りしてましたね。

学生の頃は、メイナードさんは主に哲学、ブレイズさんは演劇やアート、音楽を勉強されてスポーツも好きだったそうですね。学生生活で印象に残っている思い出や経験など教えてください。

M:高校も楽しかったけど、大学は好きなことを沢山勉強できたり、仲のいい友達と一緒に夜な夜な話しをしたり、とても楽しかったです。クイーンズ大学での当時のルームメイトで、今は有名な小説・脚本家になったエラン・マスタイという友達に言われた言葉で、大きな影響を受けたものがあります。僕が勉強で落ち込んでいた時に「テストの出来が良くないからといって落ち込むのはもったいないよ。人生は映画の中のメインキャラクターのように生きなきゃだめだ。映画のストーリーで良いことも悪いことも起きるように、人生にも同じようにアップダウンがあるんだから」と言われて、すごく楽になれたんです。次の日から僕もそういう風にポジティブに物事を考えて生きていこうと思いました。

B:中学までフランス語のカリキュラムの学校に通っていたのですが、英語の学校に通いたかったので、15歳の時に家を離れて、アルバータ州に住んでいる親戚の家に引っ越し、そこで高校生活を始めました。学生時代で一番印象に残っているのは、大学の時かな。キーアーノ大学とレスブリッジ大学で、オペラやミュージカル、シアターの演技やダンスの勉強をして、クリエイティブでアクティブな日々を過ごしていました。

日本に興味を持ったきっかけは?

M:初めて日本に興味を持ったのは、1986年のバンクーバー万博に行った時。色んな国のパビリオンがある中で、日本のパビリオンだけが凄くミステリアスに見えて、初めて異国の経験をしたように感じました。その後、高校の先生に日本で英語を教えた経験のある人がいて、その先生から日本の写真を見せてもらったり、話をたくさん聞いてるうちに、また日本に興味を持つようになりました。

B:映画「Back to the future」で、主人公マーティが「What do you mean, Doc? All the best stuff is made in Japan.」(何を言ってるんだい、ドク?良いものは全て日本製だよ)って言うのを聞いて、日本ってかっこいいなって思うようになりました(笑)。ほかは、「鉄腕アトム」などのアニメからもすごく影響を受けましたね。あと、大学の時のルームメイトが日系人だったので、彼から日本語を教えてもらっていました。当時すでに日本に住んでいたメイナードに日本語でいたずら電話をかけたこともあったね(笑)。

日本に対して抱いていたイメージは何かありましたか?

M:あまり強いイメージはなかったですけど、当時忍者映画が流行っていたのと、僕は柔術をやっていたこともあり、武士道や、テクノロジーとかアニメ。僕たちが当時観ていた「鉄腕アトム」や「ガッチャマン」はフランス語に吹き替えられていたから、フランスのアニメだと思っていたんですけど、万博で初めて日本のものと知ってすごく嬉しくて、日本ってかっこいいなって思いました。

メイナードさんはJETプログラム(語学指導等を行う外国青年招致事業。The Japan Exchange and Teaching Programmeの略)のALT(外国語指導助手。Assistant Language Teacherの略)として来日されたそうですが、どういったきっかけで、そのプログラムに申し込んでみようと思ったのですか?

M:実はその前に、高校の時に日本とカナダの交換留学に申し込んだことがあったんですけど、申し込んだのが遅くてその時は日本に行けなかったんです。その後、大学に進学して、大きなコンサルティング会社に就職が決まりかけていたんですけど、まだ何かやり残しているような気がしていて。そうしたらある日、JETプログラムがALTを募集しているのを新聞で見つけて、応募してみたら受かったんです。結局その会社は断って日本に行くことを決めました。

そして、97年に初来日。最初は青森県上北郡七戸町に住んでいたそうですが、なぜ青森を選んだのですか?

M:東京や京都、沖縄とかを選ぶ人が多い中、僕は東北にラストフロンティア(最後の砦)的な印象を持っていて、歌川広重の浮世絵で見た雪国のイメージもあって、そういう場所に行ってみたいって思ったんです。それで北国の村を希望したら、青森県の七戸町になりました。

初めて日本に来た時の印象はどんなでしたか?

M:最初に来た時は夏だったんですけど、飛行機から降りた瞬間から、匂いも湿度もカナダとは全てが違って、「なんか違う所に来たぞ」って感じがしました。そして、フィルムカメラを買って、観光客のように写真を毎日撮ってました。田んぼとか、帽子を被って自転車に乗っているおじいさんとか、面白い場所とかね。その景色は、僕が描いていたイメージ通りですごく絵になってましたね。

ブレイズさんが大学でパフォーミングアーツを勉強している最中、2001年にメイナードさんにMONKEY MAJIKのメンバーとして日本に来ないかと誘われて来日することを決めたそうですね。

B:カナダでは、音楽を作ったり、友達とカフェでライブをしたりしてたんですけど、もっとクリエイティブなことをしたいとずっと思ってました。それで「Shakespeare On the Saskatchewan 」という劇団に入りたいと思って、毎年開催していたオーディションを受けたら落ちてしまった。でも少しでも彼らに近づきたいと思って、彼らがやってるシアターラウンジで働き始めたんです。そうしたら、ある日メイナードから電話がきて、「日本で一緒に音楽をやらないか」って言われて、日本に行くことを決めました。ちなみにその次の日に、その劇団の監督から劇団に入らないかという電話がきて、もう日本に行くのを決めた後だったので、断りましたけどね(笑)。

日本に来てみて、どんな印象を受けましたか?

B:その頃、日本語はほとんどわからなかったし、びっくりすることだらけでした。東京はライトがすごい光ってて派手なところだなって思いました。仙台行きの新幹線に乗って景色を見ながら、東京から仙台までがひとつの大きな街として続いているような気がしました。あとは、コンクリートをよく使うなとか、電力がすごくて高そうだな、なんてことも思ったな(笑)。そして青森に行った時には、そこはまた別世界で、スピリチュアルで神の存在を感じました。

MONKEY MAJIKは2000年に青森で結成し、今も上京せずに仙台を拠点に活動されていますが、上京をしない理由は?

M:青森でバンドを結成して、音楽でやっていこうって決めてから、当時のメンバーのうちの二人が彼らの国に帰ることになり、その先をどうしようか決めかねていました。そうしたら、当時ソニーの傘下にあったレーベルの人が仙台から僕らのライブを見に来ていて、もっと大きい街でやってみないかって言われて。仙台にはよく遊びに行っていて好きな街だったし、活動していくうえで街の大きさ的にも良いかなと思って、仙台に移ることを決めました。東京に行くという選択肢もあったけど、何のために東京に行くのかを考えた時に、仙台という楽しい街で楽しく過ごしていくことを優先すべきなんじゃないかなって思ったんです。東京も好きだけど、大変な思いをしながらバンド活動して、それでどうなのかな?っていう想いがあったんですよね。

2003年頃

活動していくうえで、仙台で大変だったと感じたことはありましたか?

M:あんまりなかったかな。僕らが仙台に移った2001年頃がちょうど仙台もバンドブームというか、趣味で演奏する人たちがたくさんいて、色んなバンド同士が仲良くなって、みんなで仙台でやっていこうっていうムーブメントがタイミング良く起き始めた時だったんです。凄くエキサイティングでした。それに、このバンドで頑張っていこうとは思っていたけど、成功しようとまでは思ってなかったかもしれない。売れなかったとしても、日本に住んで面白い経験をさせてもらって、別に何も損したことにはならないし、カナダに帰りたくなったらそれはそれでいいってね。結果はどうであれ、人生の一つのチャプターとして捉えればいいと思っていました。僕はただ純粋に日本が好きだったので、それで良かったんですね。

B:日本に来て最初の1年をまず頑張ってやってみようってやったら、3ヵ月後には初めてのライブができて、ソールドアウトになり、このままうまくいくんじゃないかと感じました。最高な友達もできたし、ポジティブなことしかなかったですね。そして2年目にはバンドのレベルも上がって、ライブハウスツアーをしたり、色んなことにチャレンジしました。とは言っても、僕は日本語はあまりしゃべれなかったし、コミュニケーションを取るのが難しくて、色々大変でしたよ。演技の勉強を昔していたおかげで、歌詞を覚えるのは苦じゃなくて助かったけどね(笑)。

その後はインディーズで活動し、2005年秋にエイベックスのレーベル「binyl records」と契約して「fly」メジャーデビュー。「Around The World」「空はまるで」などのヒット曲を出すなど、様々な功績を残します。そして2008年に日本とカナダの国交樹立80周年を記念する「日加修好80周年親善大使」に任命されましたが、選ばれたことを知った時はどんな気持ちでしたか?

M:凄いびっくりして、僕たちでいいのかな?って思いました。でも、僕たちが音楽を通してやっていること自体が日本とカナダの交流につながっているから、気負いせずに今のままでいてくれればいいと言ってくださって感動しました。すごく光栄に思ってます。

MONKEY MAJIKだからこそできることはどんなことだと思いますか?

M:あまりそういう風には考えてなかったというか、僕らにできることがあればなんでもやりますし、そうすることで誰かの力になれればいいなって思ってます。いつでも僕らを使ってくださいっていう気持ちです。

20011年に起きた東日本大震災ではご自身も被災され、とても辛い出来事だったと思いますが、実際に震災を経験して感じたことなど教えて下さい。

M:自分がずっと住んできた仙台の街が被災して、周りの街も壊滅に近いような状態になってしまって、僕たちの音楽活動は何の助けにもならないし、意味がないんじゃないかって長い間感じていました。消防士とか大工とか実際に役に立つような仕事だったら、もっと助けることができたのにって。

震災後は瓦礫撤去のボランティア活動をしたり、「SEND 愛」プロジェクトを立ち上げて被災者支援のためのチャリティーコンサートを開催するなどされましたね。

M:結局自分がその時できることは瓦礫の撤去とか体を動かすことしかなかったから、震災の次の日から動き始めました。毎日みんなで色んな街に行ってボランティアしたんですけど、大変な状況にもかかわらず笑顔でポジティブでいる人たちを見て、僕も頑張らないとって前向きな気持ちになることができました。そして震災が起こった1ヵ月後にようやくバンドメンバーと集まることができて、みんなと話し合って、僕たちができることは音楽だから、チャリティーライブをやってお金を集めようって。それで「SEND 愛」プロジェクトが生まれたんです。

上段:「SEND 愛」ライブ 下段:ボランティア活動時

2012年には、外務省から「震災復興発信使」(KIZUNA大使)に任命されましたが、震災から6年経った今、これからは震災復興発信使としてどのような活動をしていきたいとお考えですか?

M:当時から震災復興は何十年って時間がかかるものだから、マラソンのように走り続けていかないといけないって思ってました。僕たちは宮城県民として、東北人として、毎日のように、音楽の中でもそういう気持ちを持って活動しないといけないと感じています。ライブツアーでは東北の話をよくするようにしてますね。音楽以外では、「MONKEY MAJIK MARKET」というプラットフォームを作り、東北の職人の方達とコラボレーションをして、サイトを通して彼らが作ったものを世界中の人達に届けたいと思っています。先ほどのカナダの親善大使の話と同じですが、自分たちからも発信していかないといけないけど、僕らが必要とされるときは全力でやりますという気持ちでやっています。

4月8日から始まった全国ツアー「MONKEY MAJIK JAPAN TOUR 2017 -LIVE HOUSE 原点回帰-」では、47の都道府県(48公演)を回られます。どんな想いを込めてタイトルに「原点回帰」という言葉を含めたのかを教えてください。

B:メジャーデビュー後のツアーは、会場がホールのような大きなところで、ライブハウスツアーはインディーズの時代に東京でやった以来なんです。今回のツアーは、もう少し自然でリラックスした感じでファンのみなさんに会いたいと思ったのと、自分たちにとってもパーソナルなツアーにしたいと思って「原点回帰」とつけました。タイトル通り、自分たちが通ってきた道に戻って、懐かしい気分を味わいたいですね。こういうことをやりたいとか、この歌を歌いたいとか、どの曲を歌ったらみんな喜んでくれるかな?とか、いつも考えてます。

このツアーではどんなことを成し遂げたいですか?

M:無事に終わることかな。ライブハウスツアーは体力的にも大変だけど、47都道府県回って、最後にやって良かったって思えればいいなって思ってます。

B:このツアーの間に、いいインスピレーションが湧いてくると思うので、いいアルバムも作れそうかなと思っています。

それでは、お二人の日本語と母国語で好きな言葉を教えてください。

M:「絶対多分」(笑)。この矛盾している表現が好きでよく使うんです。英語の好きな言葉は特にないかな。

B:日本語の好きな言葉はいっぱいあります。たくさんあるけれど、よく使ってる言葉は「ちなみに」です(笑)。英語の好きな言葉は「Diversity(多様性)」。

お二人が思う日本の良いところを教えてください。

M:日本の良いところは沢山ありすぎて選ぶのが難しいけど、お互いへのケアを大事にするところかな。日本に来てから和を大事にすることを学んだお陰で、僕は多分前より良い人間になれたと思います。だから本当に日本に感謝しています。

B:クラシックな要素とモダンで未来的な要素が綺麗に混ざり合っているところです。それって簡単には成立しないことだと思います。日本人はきちんとしていて、理論的で、ことやものの背景の全てに意味がありますよね。人生と同じで、全てのことに対して意味を持つのはとても大事だと思います。

良くないと思うところは?

M:僕の周りだけかもしれないですけど、政治に興味を持っている人が少ないように感じます。僕は政治に興味があって、政治に対するアツさっていうのはデモクラシーに繋がると思うし、そういった会話をみんなともっとできるといいなと思う時があります。でもアツくなりすぎるのも良くないので、逆にそれが日本の良いところでもあるのかもしれないですけどね(笑)。

世界や社会において変化が必要だと思う点を教えてください。

M:化石燃料(石炭、石油、天然ガスなど)に対してもっと深刻に考えるべきだと思います。日本だけでなく、アメリカやカナダでも、新しいエネルギー源が見つかっているのに広まっていなかったり、ソーラーパワー(太陽光発電)ですでに完成したプランがあっても全然進んでいなくて、ストレスに感じることがあります。未来の世代の人たちのために、この地球を守っていかないといけないと思ってます。

日本の社会で変化したらいいと思うことは?

M:フェミニズムがもっと進むべきだと思います。例えば男女間の給料に大きな差があるのは気になるし、今後、人口減少に伴って、ヒューマン・キャピタル(人的資本)が足りなくなった時に、女性に対するポリシーや法律がもっと必要になってくると思うんですよね。

B:僕もそう思います。この前、仙台市長とも同じようなことについて話をしました。女性の政治家がもっと増えれば、日本は絶対変わっていくと思います。

それでは、お二人にとって成功とは何ですか?

M:成功っていうのは、後悔しないことかな。

B:信仰。家族の信仰、コミュニティの信仰、そしてスピリチュアルの信仰ですね。それが僕にとって一番大事なことです。

人生の未来予想図を教えてください。

M:将来は、僕は間違いなく農家をやってます。どっかの田んぼで、毎日農作業していると思います。

B:東北で職人をやっていると思います。色んなことに挑戦してみたくて、お酒とかジュースとか、美味しい飲み物を作るのもいいですね。

最後に、お二人が思う日本の未来と世界の未来とは?

M:日本は今、不景気とか人口減少とか色々な問題があるとは思うんですけど、今までの歴史のように大変な時期を乗り越えた先には凄く明るい未来が待っていると思っています。世界に対してはあまり期待できないですね(笑)。僕は愛国心を持つことをあまりいいと思うほうではないんです。強すぎる愛国心や宗教観が戦争を引き起こす可能性がありますし。あと、今の時代、インターネットのお陰で国境のない環境にいるのに、それに反して、視点や考え方が狭まっている人が増えているように感じることがたまにあります。僕の思い込みかもしれませんが。

B: 私たちは決断をしなければいけないことがたくさんあるし、そこでどう問題を解決しようとするかで真の人間性が見えると思うんです。人間ってちゃんとしていると思うし、正しくないことのためにはちゃんと闘うと思います。

M:結局は人間次第ですね。

Monkey Majik's official info

BLUE MOON presents MONKEY MAJIK JAPAN TOUR 2017-LIVE HOUSE 原点回帰-

http://www.monkeymajik.com/live/2017_tour/

〈チケット料金〉
スタンディング¥4,800(税込)/ ドリンク代別途(会場毎の設定額)

〈注意〉
○年齢制限:3歳未満入場不可/3歳以上有料
○枚数制限:一般販売:1名様につき1公演8枚まで(複数公演申込可)

2月25日(土)10:00~チケット一般発売開始、下記のプレイガイドで発売。
●チケットぴあ:http://w.pia.jp/t/monkeymajik/
●Yahoo!チケット:https://ticket.yahoo.co.jp/tour/00001618/
●イープラス:http://eplus.jp/monkeymajik/
●ローソンチケット:http://l-tike.com/monkeymajik-tlawson/