BICULTURAL SOULS
#13 | Jun 26, 2018

ポーランドの偉才、マチェイ・クーチャが映し出す世界。宇多田ヒカルをはじめとするポートレートの魅力に迫る

Interview & Text: Maiko Tsunemine / Photo: Atsuko Tanaka

様々な分野で活躍する日本在住の外国人の方々をインタビューし、日本と祖国の文化の違いなどをお話し頂くコーナー“BICULTURAL SOULS”。第13回目のゲストは、ポーランド、ヴロツワフ出身のフォトグラファー、マチェイ・クーチャ(Maciej Kucia) さん。東京を拠点に日本、アジアで本格的に写真家としての活動を開始。雑誌「GQ JAPAN」「Rolling Stones 日本版」等でのポートレートシーリーズを始め、宇多田ヒカル、スカーレット・ヨハンソンなど数多くの人気セレブリティを写真に収めてきた。クーチャが創り出す深い陰と光のコントラストによって切り取られる被写体たち。まさしくbicultural で、壮大な世界観を表現する写真イメージを投じ続ける彼のクリエイティビティの源とは。故郷ヨーロッパから遠く離れたこの地でアーティストとして活躍するその姿に迫る。
PROFILE

フォトグラファーマチェイ・クーチャ

ポーランド出身。 2000年ファッションフォトグラファーとして独立。 2008年、東京にベースを移し、フリーランスフォトグラファーとして活動し始める。 2012年 AVGVSTに所属。現在東京、上海、シンガポールをベースにファッション、 広告を中心に活動中。またMovie Director, DOPも手掛ける。

マチェイ・クーチャ

まず、マチェイ(Maciej)とは日本人にはあまり馴染みがない名前ですが、どんな意味があるのですか?
“A gift from God” (神からの贈り物)という意味です。キリスト教使徒の名前でもあって、ポーランドでは珍しくないポピュラーな名前なんですよ。
ポーランドで過ごした幼少期の特別な思い出はありますか?
僕の母がファッション誌の編集やモデル事務所の経営をしていたこともあり、小さい頃は先端のアートに触れる機会も多かったかです。
アートに囲まれて育ち、写真芸術もその一部だったわけですね。
実は、写真以外で今も昔も大切に思っているものがあって、それはクラシック音楽。今ではもうだいぶ指の動きが鈍っているかもしれませんが、僕はコントラバス演奏者です。ポーランドでプロとして演奏した経験もあります。母は彼女の仕事柄、自分でファッション撮影をしていたし、兄も広告をはじめとするスチール、映画の映像監督、その後は大学の写真学科で教授と、僕の人生で最も身近な人たちが写真に関わる仕事をしていた。ファミリービジネスだから、写真の手伝いからは逃れられない。実際に僕も17歳の頃にはすでにフォトグラファーとしてコマーシャル写真の撮影をしていました。
写真家を目指す人にとっては、羨ましい限りの環境のように思えます。
若い頃って親とは別の職業を目指したかったりするじゃないですか。一方で、母に写真家になれと言われたこともありませんでした。どちらかというとルールを好まない母の教えは“他からの強要や押し付けを受け入れるべきではない”というものでした。もちろん忍耐や親としての厳格さを持ち合わせた人間ですが、きっと自分がすごく厳しく育てられたから自分の子供は自由にさせたかったのかもしれません。身近で学べる写真とはまったく別のことを吸収したいと思った僕は、ヴロツワフ工科大学で物理光学を選考しました。ゆくゆく、この光の勉強は自然と撮影技術として活かされていくことになるのですが…。
日本に初めて来たのはいつですか?
2005年です(当時25歳)。大学在学中は学業のほかに、写真の仕事、モデル事務所のインターナショナルマネージメントも任され、多忙を極め、休憩したくなったんです。友達がいるニューヨークやロンドンも考えましたが、東京に行くことに。何かエキサイティングなことが待っているかなと思った程度で、日本のことは何も知りませんでした。
いきなり遠いアジアの国へ来て、カルチャーショックも大きかったのでは?
ショックというより、期待も特段ない状態で訪れたせいか、この国で自分に起こるすべてのことが新鮮さと驚きに満ちていました。最初の目的はリフレッシュでしたが、数週間の滞在が数ヶ月、半年と延びていき、ポーランドへ戻って仕事をし、また日本へ帰って来るというのを繰り返して。その過程で2007年に無事に大学を卒業して、気がついたらなんとなく東京での暮らしが始まっていました。
フォトグラファーとしてのキャリアは来日以降すぐに始まったのですか?
「よし、日本で写真の仕事を見つけて移住するぞ!」というような決心をした瞬間は実はなくて。ポーランドとの行き来が続いた初めの数年間は、日本で機会があればモデルの仕事もしていました。日本人であろうとなかろうと、この国では何をするにも時間がかかります。それは人と親密な間柄と何より信頼を築くのに、みんながじっくり時間をかけるからだと僕なりに理解しています。
そのような経験は今のキャリアに何かインパクトを与えているのでしょうか。
思えばモデルの経験は、今の自分に辿り着くまでにすごく役に立っていて、言うならばマーケットリサーチ。東京でのテレビコマーシャルや雑誌撮影の進め方や仕組み、メイクアップアーティストやスタイリストなど、日本でフォトグラファーとして働く人間にとって必要な人脈を広げるきっかけになりました。
移住にあたって他にどんな苦労がありましたか?
日本でもどこでもフォトグラファーを生業にするってもちろん簡単なことではないです。もちろん言葉の壁もありましたが、仕事をする上でもそこまで問題になったことはなかったです。もともと話すのがあまり得意ではないので、話さないで済むならその方がいい(笑)。話す代わりに相手を観察するのもコミュニケーションの取り方のひとつです。
日本で初めてプロとしての写真撮影はどんなものでしたか?
日本の出版刊行物に初めて載ることとなった僕の写真は、岡山の倉敷で撮影したもの。某大手有名出版社の編集者の方が倉敷に移住し、立ち上げた「Krash Japan」というフリーのライフスタイル誌で、東京とはまた一味違う洗練されたローカルのアートシーンなどを紹介していた。スタッフはもちろん、上質な紙の使用やデザインがとても魅力的で、僕からコンタクトしました。その撮影は“都会”がテーマでしたが、都会に憧れ着飾った“トーキョー ボーイ”、ちなみに僕の友人にモデルになって欲しいと頼んで、倉敷の古い建物や市場の風景をバックに佇んでもらい、そのコントラストを切り取りました。
マチェイさんにとってキャリアを築く上で、ターニングポイントとなった作品や仕事があれば教えてください。
すべての点がつながって今があると思うんです。だからたった一つの出来事を選ぶのは難しい。仕事をくれるクライアントの規模ではなく、撮影を通して出会う人たち、スタッフ、インスパイアされる撮影場所や、被写体など、そういったことを大事に思っています。昔に撮影した写真を見返して、ひとつ前の撮影がなかったら今の仕事が成立していないように、たったひとつに絞るのは難しいですね。本当の意味でのターニングポイントは、母の撮影を手伝っていた時に「自分で写真を撮りたい」と思った時かもしれない。また、雑誌「GQ JAPAN」は、著名人たちを撮影できる機会をたくさんくれたので、僕の日本でのキャリア構築にとってマイルストーンのひとつでした。
GQ JAPANでは、渡辺謙さん、稲垣吾郎さんや小澤征爾さんなど、そうそうたるメンツを撮られていますね。同誌の毎年話題を呼ぶ企画「MEN OF THE YEAR」の力強いビジュアルは非常に印象的でした。
この企画の撮影を担当できたことを光栄に思います。全部で70ページにも及びます。一つ一つのシーンはモデル方々との一瞬だけの特別なものなので、常に緊張が走る現場でした。また、撮影したすべてのカットの仕上がりを同じ質感やトーンに仕上げなくてはならないので、技術面でもチャレンジングでした。
タレントの撮影で言うと「Rolling Stones 日本版」の“煙たい男たち”シリーズはマチェイさんの世界観が溢れています。幾重にも重なる光と陰のレイヤーが美しい作品ですね。
今からちょうど数年前ですね。編集部が“タバコを吸うユニークな人達”を選ぶ企画でした。当初は予定していなかったのですが、評判がよく、シリーズ化されて数年続きました。自然な姿を捉える撮影では言葉はあまりいらない。撮影時間もほんの数十分ということがほとんどです。
雑誌以外にも、大御所アーティストだと宇多田ヒカルさん、海外セレブリティではスカーレット・ヨハンソンさんも撮影されていますね。
ファッション誌「VOGUE JAPAN」が、15年ぶりとなる宇多田ヒカルさんの撮影で、特別な記事になるからと声をかけてくれて、とても光栄でした。その後プロモーション用の写真も撮ることになって。スカーレットに関しては、彼女が主演した映画「GHOST IN THE SHELL攻殻機動隊」のビジュアルイメージ撮影だったんですが、写真を撮ってほしいと直々に依頼があって驚きました。
スカーレット・ヨハンソン。Maciej Kucia for Paramount Pictures
ポートレート撮影で大切にしていることは?
ポートレートではどんなストーリーを語るかと、“美”をキャプチャーすることが大切。僕が表現したい美しさがあって、その上でその人がどんな人なのか、写真を通して伝えたい。ファッションストーリーであっても、コンテンツとして完結させるのではなくて、被写体がどんな人なのかを見せるように心がけています。
様々な撮影現場をこなしていく中、ヨーロッパとは違う日本の文化やビジネス習慣など、マチェイさんの目にはどのように映りましたか?
高いクオリティーを追求する姿勢が、ヘアメイク、スタイリスト、撮影スタジオのアシスタントに至るまで溢れていて、みんながプロフェッショナルとして“完璧”を目指すという姿に感動しました。短い間ですが中国、シンガポールを拠点にしていたこともありましたが、アジアの中でも日本ではみんな時間を正しく守りますね。
日本の変わった方がいいと思うところはありますか?
日本に来た外国人が「日本のここが変わった方がいい」と言うのは失礼に当たることだと僕は思っています。だってそれって、誰かの家に遊びに行った時に「あなたの家は美しいけど、ここは変えた方がいいね」って指差して言うのと同じで、正しいことなのかな?自分が気に入らないことを変えようとするのではなくて、受け止める方がいい。確かにヨーロッパ人の方が自分の意見をはっきり表現したり、相手に聞いたりします。でも僕は、“日本人はこうした方がいい”とかそんなことはまったく思わないですね。
日本のメディアについてはどうでしょうか。
特に日本の雑誌では、強くて自信に溢れた女性のイメージ像よりも、ソフトでキュートな印象を与えるものの方が好まれているように思えます。“かわいい”だけじゃなくて、もっと美しさの表現に幅があってもいいと思います。そういった意味で「GQ JAPAN」は女性の美しさだけでなく彼女たちの強さ、個性にもフォーカスされていて共感できるところが多いです。
他人から見た自分の像は、実際の自分と違うと思いますか?お話しをしていて、心から穏やかな方だなと感じます。
僕自身もそう思いたいよ(笑)。他の人が僕のことをどう思っているかはわからないからなぁ。あまり社交的な方ではないし、プライベートで付き合う友人は比較的決まっているので、彼らは僕のことをとてもよくわかっていると思います。
これからフォトグラファーを目指す人に写真を学ぶ上でアドバイスはありますか?
僕は母からも写真を学びましたが、ほぼ独学に近いです。失敗しながら学んでいく長い道のりを歩むのも大切ですが、学校で基礎を学ぶのもいいと思います。写真は撮れば撮るほど、自分の撮りたいイメージが浮かんでくるので、それを実現するために技術面を磨いていく必要があります。学べないのはセンス。そこはフィーリングですから。大事なのは、人生を謳歌しながら見澄ますこと。自分を取り囲むものから目を離さないことですね。
作品の数々。左から、Y’s、レア・セドゥ(月刊EXILE)、Wang Ta Chen, 上海 2013
マチェイさんのライティング作りについて教えてください。
たいてい、自分自身で綿密にライティングを組みます。濃密で何層にも重なる自然の光にインスパイアされることが多いですね。それぞれの場面や状況によって異なる注意が必要です。ライティング作りは絶対に機械的に、教科書通りにできるものではありません。いつも僕自身が感じるものが元になっています。
日本以外に住んでみたい国はありますか?
ありません(笑)。東京ってところに魅せられたらもう抜け出せない。ここにいられることがどれだけ幸せか。こんなにも生活しやすくて美しいところは世界のどこを探しても他にないですよ。ニューヨークは好きだけど、今は日本がいいかな。今も時たまポーランドに帰郷するけれど、その度に僕にとって必要なものが東京にあると気付かされます。
日本の好きな場所を教えてください。
都内だと銀座や青山によく行きますし、その辺りで食事をすることも多いです。ただ、静かな街並みや混沌と立ち並ぶ小さな家々、軒先に並ぶ小さな植木鉢たちの “隙間”に僕は日本の真の美しさを感じます。奥多摩あたりは僕の隠れ家ですし、広島の尾道をサイクリングした最近の旅行はとても良かった。倉敷は僕にとって心が落ち着くとても特別な場所。日本の田舎で過ごす夏がいつも大好きです。あとは中野。都内も色々住みましたが、やっぱり中野が好き。ヒップなエリアからは少し離れているけど、便利で大好きな場所です。
3年後、5年後、10年後の自分を想像できますか?
何をしているのかまったくわからないです。来月の予定も、来年日本にいるかどうかもわかりません。今からちょうど10年前に同じ質問をされたとして、僕の答えが今自分がしていることだったとは思えません。与えられたチャンスに対してベストを尽くすだけです。人生は計画通りにいかないとわかっているので。
それでは最後にマチェイさんにとって成功とは?
毎回の撮影で、納得のいくいい写真が撮れて結果に満足できること。それが僕にとっての成功かもしれません。どれだけたくさんのクライアントがいるか、誰よりも多くの撮影をこなしたかといったことで成功の度合いは測れないと思います。どんな成果よりも、それぞれの写真に刺激を感じて今の瞬間を大切に思うこと。また、数年後に自分の作品を見返した時に、そこに新しいストーリーが生まれる感覚に気づくことも成功です。自分がしていることの価値を知ることができたら、それを成功と呼ぶかもしれません。

マチェイ・クーチャ

取材協力:青山スタジオ
http://www.aoyamastudios.com/
東京都渋谷区神宮前3-3-9 青山スタジオビル